冬至の宵越し3
「……さん、アカツキさん」
誰かが呼びかける声がする。全身が妙に気持ち悪い。目を開けると、双子のメイドとマトラが俺の顔を見ていた。ジメっとした服を見ると、寝汗でビショビショに濡れている。
「随分とうなされていたようですな。悪い夢でも見ましたか」
「ああ、ちょっと気分のいい夢じゃなかった」
マトラに返事をして起き上がると、双子のどちらかが跪いたまま体を拭く布を差し出した。両方とも真顔で何も喋らないと、流石に判別が付かない。
「ああ、ありがとう」
ボンヤリとした頭で上着を脱ぎ、当たり前のように体を拭く。元の世界と比べてこちらの服は素朴な作りなので、一度汗を吸ってしまうと着たままではなかなか乾かない。頭まで拭いた時、後ろで立っている二人がジッと俺を見ている。同時に変な薄笑いをしているメイドがミレーユだと確信する。
「見世物じゃないんだけどな」
首筋を擦りながら俺は不快感をあらわにするが、二人は動かない。何なんだと思った時、ミレーユが肘でマトラの腕を小突く。
「マトラ様。私達は邪魔なようですので」
「そのようだな。では、後は頼んだぞマリー」
良く分からない事を言って二人は部屋から出ていく。唖然としていると、ふと頭の中で引き算が始まった。マトラと二人の双子がいて、マトラとミレーユが出ていきました。後に残るのは誰でしょうか。というか、マトラが答えを言っている。
「あの……」
すると。残るのは真面目な方。冗談が通じなさそうな方。恥じらいがあってお淑やかな方。俯いて黙り込んでいるマリーの面先で、俺は上半身を露にしているという結論が導き出される。
「いや、これは」
「別に見てませんから。着替えを持って来ます」
「あ、ああ」
俺の返事を待たずにマリーも出ていった。暖炉の火がパチパチと弾ける音が、静かな部屋を満たす。上着を持ってベッドを起き抜けると、運び込まれていたお湯を使って汗を洗い流し、堅く絞って暖炉の前にかざした。慎重に熱風に近づけていると、ノックも無しに扉が開いた。マリーかと思って振り向いたら、邪悪な笑顔で扉の陰から顔だけ見せているミレーユだった。
「何なんだよ」
「あなたが何なんですか。この間はタイユフェール先生がお膳立てしたにも関わらず、手も繋がずに二人して星空を眺めていたって、まさか本当ではないでしょうね」
「お前の頭にはそんな事しかないのか」
「ふーん?恩寵の騎士様はお行儀がよろしい事で。あなたはイシュタルの犬なんですか?」
「イシュタルの犬って、お前。いや、お前はイシュタルの恐ろしさとか分かんねえよな」
ミレーユは意味を図りかねるという顔を一瞬して、探るような眼付きで俺の顔を伺う。
「……、イシュタルの犬って言葉を御存じない?」
「ねえよ。イシュタルの犬っつわれても、あいつに勝てる気なんかしねえ……」
「このオナニー野郎」
「え?」
「イシュタルの犬という言葉の意味です。姉として、多少の事は許す気ではいましたが……」
多少の事は許す、流石にその意味は分かったが、逆にこいつは何でもいいのかという気持ちが湧いてきた。
「別に犬で結構だ。俺は多分、責任を持てない」
「それを選ぶのは女の方ですよ。思い上がらないで貰えますか?」
「……」
「でも、見かけからしてお子様ですものね。仕方のない事なのかも知れないですね」
「ああ、ガキだよ。気が済んだら出ていけ」
「では、おやすみなさい」
そう言ってミレーユは扉を閉めた。思えば、この世界の事を俺は全く知らないのだ。もしかしたら、俺の年齢で父親になる奴も珍しくないのかも知れない。そんな事を考えていると再び扉が開いた。
「失礼いたします」
「……」
俺は黙って暖炉の前で上着を乾かしていた。入ってきたのは多分マリーだが、口を利く気にはなれなかった。
「ズボンと下着も持って来ましたので、必要でしたらお使い下さい」
「うん。ありがとう」
それだけ言うと、俺は乾かしていた上着を頭から被って着た。若干臭いが、マリーと目を合わさずにベッドに横になる。
「他に御用はありませんでしょうか」
「多分大丈夫だから」
「では、失礼いたします」
マリーがそう言った時、扉が勢いよく開いた。そこにはミレーユが胸の前で交差した両手に六本のナイフを持って仁王立ちをしていた。
「アカツキコウタロウ!私はあなたに決闘を」
言い終わらない内に、姉ミレーユは妹マリーに鎖骨の中心を正拳突きされた。言葉になってない呻き声を漏らして、ミレーユは床に膝を屈した。
「何をしてるんですか姉さんは!恥ずかしい真似はやめてください!」
半ば叫びながら姉の襟首を掴んで部屋から引きずり出すと、小声で何事か挨拶をして扉を閉めた。取り残された俺はマリーが持ってきた服に着替えると、特に考える事も無く寝床に潜り込む。布団が若干湿っているのに気づいたが、今更誰かを呼ぶ気にもなれずにそのまま寝入った。