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冬至の宵越し1

 イシュタルを信仰する世界において、新年は春であった。しかし暦を作る上では冬至を迎えた次の月が新しい年の変わり目である。夜の一番長い冬至が計測しやすいからである。都市部では華やかなミサが各所で行われて貴族や富裕な商人は家で宴会をするが、辺境ヴァランスでは教会や修道院の人間が各地で説教を行いその場で聖別した塩パンを配り、貰った塩パンを家に持ち帰って再び祈ってから食べる。ブルーノ候の館にも司祭が訪問して、館の者達は近隣の領民と同じパンを夕餉にしていた。


「アカツキ殿が、次の新月の日に旅立つ事になった」


 ブルーノ候の言葉に、長男のヤンがパンを取り落とした。本人である俺は塩パンを黙々と齧って咀嚼している。


「そんな……、父上は約束したじゃないですか!マトラが認めたらアカツキの旅について行って良いって!」

「王宮からのお達しだ。王宮は精鋭を集めてアカツキ殿の旅に同道させると言って来ている。次の新月の日にはアカツキ殿は魔王探索の旅に出る。お前が付いて行っても足手まといにしかならん」

「だって、マリーは付いて行くんでしょ?なんで僕はダメなんだよ!」

「マリーとお前では立場が違う。マリーは計算が出来るし、料理の腕もある。だが、お前はブルーノ家の名代としては不足だ。我ら一族に泥を塗るわけにはいかない」


 ガンガンにハードルが上がっていくのを俺は感じていた。最近は同じ稽古を受けているが、最強のマトラとしか稽古をしていないヤンと素振りしかしていない俺とで、実力の差など考えるのも無意味な程にはヤンは強い筈である。


「……」


 そう思ったが、俺は沈黙していた。ブルーノ家の名代という話題に及べば言い返す言葉も無かったし、万が一でもイシドールのような事になれば取り返しが付かないという事も十分に有り得たからだ。


「アカツキ殿はどう考える?貴殿が許せば、息子のヤンを同道させてもいいが」


 意表を突くブルーノ候の無茶振りは、俺に凄まじい心理的な衝撃を与えた。ヤンは期待の顔を俺に向け、俺は塩パンをのどに詰まらせた。マリーがガラスのコップに水を入れて俺に差し出すと、少しずつ飲んで落ち着きを取り戻して言った。


「いや、次の当主とか言ってるヤンを……」


 喉に詰まった塩パンを飲み込んだ代わりに、本音が出てしまった。出てしまったというか、吐かされたのだ。しまったと思ったが、時はすでに遅かった。ヤンは血相を変えて食って掛かってきた。


「アカツキまで、同じことを言うのか!ブルーノ候とは、臆病者と同じという事か!?」

「それは違うぞヤン、戦うだけが全てじゃない」

「じゃあ、僕はブルーノの名を捨てる!それでいいだろ!」


 ヤンは食卓を強く叩いた。その時に、食堂の端で控えている騎士隊長のマトラが呟いた。


「ブルーノ家の名が無ければ、尚更アカツキ殿に同道させる訳には参りませんな」


 話の流れが何となく見えてくる。ブルーノ家としては、恩寵の騎士と強い関係を持ちたくないのだ。算数術師タイユフェールが言うには、恩寵の騎士の半分はロクでもない死に方をしている。下手に関わって共犯扱いされるよりは、王宮の命令通りの事に終始して積極的な責任を引き受けたくないのであろうとも思える。


「魔王を倒すのがブルーノ候の仕事ではないだろ。難しい話も多いのに関わる必要は無いんじゃないか」


 食堂を沈黙が包む。俺必殺の全方位攻撃だ。ブルーノ候もヤンもマトラも黙り、誰が口火を切るのか俺は待っていた。


「王宮の気紛れに付き合う必要は無い。我々には王から預かった民がいるのだ。その辺りはアカツキ殿の方が良く分かっている」


 ブルーノ候はそう言い捨てて、塩パンを食べ切らずに席を立って食堂を出ていった。俺は全力で頭を回転させた結果、この場における最適解を導き出した。


「俺は魔王を倒す。ヤンは当主になってヴァランスを豊かにする」


 俺は完璧なタイミングで立ち上がり、塩パンを手に取ってヤンを見据える。


「どちらかと言えば、大事な仕事をするのはヤンの方だ。魔王は何人もいるわけじゃないが、ヴァランスの領民は何万人もいる。今夜も、この同じ塩パンを食べて新しい年が良い物であるように祈ってるんだ」


 思いつく限りの綺麗事を並べて絶対に反論させる気は無かった。マトラに目配せすると、老いた騎士隊長は小さく頷いた。


「一時の虚栄心の為に他人の役割を羨ましがるな。俺は、お前を連れて行かない」


 扉の方に歩き出すと、ヤンが追い縋ろうとする。


「待って、僕は足手まといにならない、やれと言われれば荷物運びだってする!何でもやるから、僕を連れて行ってくれ!」

「断る」


 歩きながら俺はヤンを振り返って塩パンを大きく齧った。もう何も言う気はないという、意思表明だった。


「お湯は使われますか?」

「……」


 俺は咀嚼しながらミレーユに頷いて食堂を出た。後はマトラが上手くやってくれるだろう。部屋に戻った俺は、王宮から送られてきた魔王探索を命じる書状を読み込んだ。写しを取る為にブルーノ候に一度渡したので、内容はすでに把握されている。


「騎士隊、秘書隊、魔術師隊、錬金術師隊、兵士隊、雑役隊の六隊か……」


 ゲームなどでは一つ二つ強い武器をくれて仲間を3人とか付けてくれたら優遇されてる方だが、異世界の本気は全く違った。これでも書状を返しに来たマトラは物見遊山同然だと忌々しそうに言い捨てた。ではどうしたらいいのかと反問したら、アカツキ殿の機関銃や大砲や毒ガスの話を信じるならば斥候だけで三千、本隊が最低でも計三万は必要だとガチな事を言い出した。完全に戦争の考えである。


「何人来るんだこれ」


 隊長だけでも少なくとも六人。騎士隊長はフェブリエ、魔術師隊長はレマ。いずれも畑を開墾している時に訪ねて来た二人だ。マトラ曰くは隊長連中は大体がお偉いさんかそれなりに地位が高いらしい。雑役隊の隊長はラファージュとあるが、これはイシドールの弟で家を出て印刷所を経営していたそうだ。家の名誉挽回の為に連れ戻されたのだろうと言っていた。この状況が元の世界で何に当てはまるのか考えると、ギルドのようなそれぞれが意志や目的を持つ集団だと考えた方がよさそうだ。


「すると、総ギルドマスターはフェブリエであるべきかな。しかし秘書隊が謎過ぎる……」


 秘書隊とは何か。書状をしばらく眺めたマトラは、気にしなくていいと言った。ならば気にしなくてもいいのだろう。この時点で、俺が全員を仕切るのは不可能に思える。書状を読み進めていくと、各隊の役割やスケジュールも書いてある。だが、秘書隊についての記述は簡素で、本当に何をするのか分からない。細かく読んでいると、気になる記述を見つけた。


「エスランサ王国における国王との謁見行事、秘書隊による。……」


 俺は色々と考えた。マトラが最も怒っていたのは、恩寵の騎士をダシにエスランサとの外交に利用する積りだと言っていた時だ。すると、全てが繋がってくる気がする。今回の魔王探索はパフォーマンスで、それで?


「……」


 書状を片付けると、ベッドに横になった。ヤンには偉そうな事を言ったが、俺もマトラもブルーノ候も、下手したら王宮すら何も分かっちゃいないかも知れない。俺たちは一体何をしに行くのか。少なくとも一つあるとすれば、全く何もしないという選択肢は有り得ないという事である。その為に俺は呼ばれているのだから。


「もっと勉強しとけば、……いや、キリが無い」


 あれこれ考えている内に、ウトウトした。ミレーユが体を拭く湯を持ってくるのを忘れて、俺はついに寝入ってしまった。

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