第七話【信仰の力】
ピンポーン!
「はーい、今でまーす!」
ガチャ
「神は信じますか?」
「あ・・・・・・(察し)」
はい、神話好きの無宗教徒、有田 陶磁です。
忙しい時の訪問は勘弁してほしいものです。
ですが、話を聞いてると、この人たちは信仰を心の拠り所にしてるんだなと強く感じます。
まぁ、丁重にお断りしてリポビタ渡して帰っていただくんですけどね(´・ω・`)
今回は信仰の話。よろしくお願いします!
第七話【信仰の力】
玄武を討伐して一ヶ月が経過し、十一月に入った。
先月、納品ノルマのトップをとった部隊に与えられる景品、牛肉を獲得するために、多少の無理をして資材納品を強行した大和は、帳簿とのズレが無いか確認するはめになっていた。
鉄クズをはじめ、様々な資材を保管している資材倉庫に、足を踏み入れた大和は、その光景を見て思わず言葉を失った。
「おい優希、これは一体どういうことだ?」
「え? 大和隊長は、ご存知ではなかったのですか?」
眼鏡を掛け、分厚い帳簿を胸に抱える優希は、この状況を大和が知らなかったという事実に驚きの表情を見せた。
「いや、これを回収したのは確かに覚えてるんだが、この状況は・・・・・・鉄くずを倉庫に移すのは、全部あいつらに任せっぱなしだったからな・・・・・・」
「そうだったんだですね。最近は、いつもこの様子ですよ?」
二人が見つめる先には、あの美しい女神像の姿があった。それは、簡易ではあるものの、祭壇が作られ、その上に丁重に安置されている。
さらに大和を驚かせたのは、周囲に置かれた配給品の食料の数々だった。それらは丁寧に並べられ一目で女神像に捧げれれたものだと見て取れた。
「それで、あいつらは何やってんだ?」
そして大和が最後に目を向けたのは、女神像の正面に規則正しく三列に整列している兵士達の姿だった。それは先頭の者から次々と列から外れ、清々しい表情で倉庫から出て行くのである。また、優希が普段と喋り方を変えているのも彼らが理由だった。
「あー、あれはですね。祈りを捧げているんだそうですよ」
「へえ、そうなのかぁ・・・・・・」
そんな会話をしているうちに、また一人、二人と列に加わる者が現れる。神に祈るということを知らない大和は、その光景をしばらく茫然と見つめることしか出来なかった。
その時、大和は不意に背後から声を掛けられた。
「あれ、大和隊長も参拝っすか?」
振り返るとそこには山岡の姿があった。その手には、毎月の配給で与えられている、嗜好品の菓子が握られている。
「何してんだお前?」
「何って、参拝に決まってるじゃないっすか。特にこの時間は人気なんすよ」
山岡は大和の問いに、キョトンとした表情で答えた。
「いやそうじゃなくてお前は、俺と同じ勤務シフトのはずだろう?」
大和のその一言で、普段、ほとんど表情に感情を出さない山岡が顔を顰めた。
「あ、これはどうもやばいっすね」
「ん・・・・・・?」
列に並び参列する者たちをよく観察すると、この時間は働いているはずの人間が多く見てとれた。
「よう、お前ら」
大和はそう声を掛けながら、列の最後尾に加わる。
「あ、隊長だ!」
「隊長も参拝に来たんですか?」
「俺達も、交代で抜け出して来てるんすよ!」
「今、ちょうどおやつの時間なんで、女神様にお菓子をお供えに来たんですよ」
隊員達は、大和を見つけると次々に声を掛けてくる。大和はそんな彼らの言葉を、笑みを浮かべて耳を傾けた。
「そうか、そうか・・・・・・」
微笑む大和は、頷きながら返事を返すと、数秒間だけ顔を俯かせた。そして次の瞬間、ドスの効いた声が静かに倉庫内に反響した。
「お前ら、仕事を放り出して来てんだ・・・・・・もちろん、覚悟はできてんだろうな?」
「えっ・・・・・・」
「あっ、まずい・・・・・・」
その声は、最前列の隊員達を振り向かせるには、十分すぎる殺気が籠められていた。
その光景を見た山岡は、音を立てずに踵を返してその場から逃れようとする。
「さーて、仕事にもど―――」
「待ーてよ山岡、参拝していかなくて良いのか?」
すでに山岡の背後に立っている大和は、この場から去ろうとする山岡の肩を掴み、笑顔で問いかけた。
「え、良いんすか・・・・・・なーんて、あはは、はは・・・・・・」
山岡はぎこちなく背後に立つ笑顔の大和に顔を向け、引き攣った笑みで返した。
「おい優希、ちょっと来い」
「はい、大和隊長。ご用件はなんでしょうか?」
近くに居た優希は、素早く大和の傍に駆け寄る。
「あの女神像、明日のスクラップリストに追加しろ」
「わかりました」
優希は、大和の指示通りに帳簿に予定を書き込む。
「あぁぁんまりだぁぁあぁ!」
「それだけは! 隊長! それだけはご勘弁を!」
「そりゃねーよ隊長!」
「俺達から、信仰の自由を奪うな!」
「人として駄目なライン超えちゃってますって!」
「鬼畜! 鬼! 悪魔!」
「童貞! 早漏! ムッツリ!」
いまだかつて無い、激しいバッシングの嵐。それらを前にして、大和は真顔で口を開いた。
「なんだ、今すぐの方が良かったか?」
「あんたって人は・・・・・・」
「信じてたのに!」
「とうとう、白黒つける日が来たみたいですね・・・・・・」
その一言に、隊員達から凄まじい殺気が発せられ始める。ちなみにその間、優希は資材リストと、現物の資材との睨めっこを開始していた。
「おい、お前ら・・・・・・」
「おう・・・・・・! 行くぞ!」
誰かの掛け声と同時に全員が走り出した。
「なんだ、やるのか?」
「「「「「「「「「「「「うぉぉぉぉおおぉぉぉぉぉおぉお!」」」」」」」」」」」」
拳を握り構えを取る大和。それに対し隊員達は一糸乱れぬ動きで、一斉に跳び上がった。
「「「「「「「「「「「「すみませんでしたぁぁぁぁああぁ!」」」」」」」」」」」」
謝罪の言葉と共に、素晴らしい練度をもって繰り出される五体投地。
「あ・・・・・・?」
予想だにしていない隊員達の行動に、大和は数秒間硬直する。
「本当にすみません! でも、女神様は俺達の心の支えなんですぅぅぅぅ!」
「今まで通り、ちゃんと働きますからぁぁ! スクラップだけはどうか、どうか! ご勘弁を!」
「何卒、何卒、スクラップだけはご容赦をぉぉぉぉ!」
飛び交う謝罪と、涙ながらの異議申し立て。
「お、おい・・・・・・お前ら・・・・・・」
初めての事態に大和は困惑するも、数秒後にある妙案を思い浮かんだ。
「ったく、しょうがねえな。わかったよ・・・・・・」
大和の言葉に、一斉に顔を上げる。その表情は期待に満ち溢れていた。
「ただし、俺と朝月少尉で一週間かけてやる予定だった帳簿の確認を、今日中にお前ら全員残業して片付けろ」
「「「「「「「「「「「「イエス・サー」」」」」」」」」」」」
大和の言葉に、乱れなく敬礼で答える隊員達。それを見て大和は一度だけ頷いた。
「よし。わかったなら、各自持ち場に散れ!」
「「「「「「「「「「「「イエス・サー」」」」」」」」」」」」
敬礼を解くと同時に、蜘蛛の子を散らすように隊員達は倉庫の外へ走り去っていった。
「あのー隊長。何で僕の後襟を掴んでるんでるんすか? 早く持ち場に戻りたいんすけど?」
走り出そうとした所で、後襟を掴まれて阻止された山岡は、その腕の主である大和に問いかける。
「優希、こっちに来てくれ」
作業に戻っていた優希はその声を聞き、すぐさま大和の下へと駆け寄った。
「はい、ご用件を」
「帳簿を山岡に引き継げ」
「えっ!?」
その言葉に反応したのは山岡だった。
「よろしいんですか?」
「構わん、こいつに指揮を取らせて確認させる」
「かしこまりました。では山岡伍長これをお願いします。ついでに、資材のナンバリング・重量測定等もついでにお願いしますね」
「ひっ・・・・・・」
手渡される分厚い帳簿。その重みに山岡は顔を引きつらせる、
「頼んだぞ?」
「りょ、了解っす・・・・・・」
有無を言わさぬ大和の言葉に、生気のない笑顔で返答される。そして解放された山岡は、力の無い足取りで倉庫から去っていった。
倉庫の中には大和と優希を残すだけとなり、先ほどまでの喧騒は消え去っていた。静まり返った倉庫内では、コンクリート製の床の上で軍靴の乾いた音だけが響いている。そして、女神像の傍まで近寄った大和は、憂いの表情で瞳を閉じる女神の頬を摩った。
「・・・・・・にしても、この像は一体何なんだ? 別に野良神の依り代でもなけりゃ、神氣を発している気配も無いしな・・・・・・」
「まぁ、神様嫌いの大和にぃには分からないかもね」
大和の横に立つ優希は、その独り言に皮肉交じりにそう口にした。
「どういうことだ・・・・・・っていうより、仕事中にその呼び方はやめろって言ってるだろ?」
「ふふ、大和にぃは心配性だよね。誰も居ないんだし平気だよ」
「お前は警戒心が無さすぎなんだよ・・・・・・で、さっきの意味は?」
「そうだね・・・・・・簡単に言えば、心の拠り所かな?」
優希は少し考えた後、そう答えた。
「心の拠り所?」
「そう、心の拠り所。・・・・・・皆、大和にぃみたいに強い訳じゃないし、私のように縋りつくことができる存在が居るわけでもない。それなのに、いつ死んでしまうか分からない状況下で生活している。隊員の皆はいつも笑顔で振舞ってるけど、本当はすごく心細いんだよ。安全という物理的な物を失ったから、安心という精神的な物で補おうとする。きっと、そういう事なんじゃないかな?」
大和はその言葉に、二人きりになった頃の優希の姿を無意識に重ねていた。
「そういうものなのか・・・・・・?」
あの日から、己の力のみを信じて生きてきた大和にとって、信仰とは自分から最もかけ離れた概念であり、理解することはできても、共感することはできなかった。
「まぁ良い。面倒なことを奴らに擦り付けることができたし、さっさと戻ろうぜ?」
「擦り付けるって・・・・・・もう少し綺麗な言葉を選ぼうよ」
少し呆れ気味に口を挿む優希も、自分の仕事を押し付けた部分もあるため、心に痛い部分が無いわけではなかった。
それから三日後が経過し、倉庫の中に女神像の姿は無かった。
「なぁ、優希。信仰って恐ろしいものなのかもしれんな・・・・・・」
「そう・・・・・・ですね隊長」
それは、穴蔵から外に出て数歩の場所での会話だった。二人の目の前には、昨日まで存在し無かった、木製の小さな建物が建造されており、その中にはあの女神像が安置されていた。
「で、これはどういう事なんだ山岡?」
「あーはい、えーこれは・・・・・・社っすね、帳簿に記載がない木材があったので、手先の器用な隊員達が集まって制作したようっす。自分はやめようって言ったんすけど・・・・・・はい」
あの件があってから大和は、自らが所蔵する本の中から信仰という記述がある物を探して読み解いたのは、旧世界の学舎で使われていた数冊の歴史書だった。それらから得た情報を自分なりに解釈した大和はその危険性を知り、全隊員を集合させていくつかのお触れを出した。
【偶像の崇拝のみを認める】
【宗教、宗派の設立の禁止】
【神話・聖典の制作禁止】
【勧誘の禁止】
【過度なお供えの禁止】
この五つを守らねばスクラップという宣言を行ったが、そもそも旧世界の宗教の在り方を知らない隊員達にとって、大和の出したお触れは信仰への障害にすらならず、不満や反感を産むことすら皆無だった。
次回で未来でのお話は終了。
長い冒頭が終り、物語は大きく動き出します。
次回も見てくださると嬉しいです。