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第六話【誓いという名の呪い】

こんにちは!

今日も暑いですね!

印刷物を出してたらインクが無くなった有田 陶磁です。

連日投稿してますが、見てくださる人が居るというのはやはり嬉しいです。

今回の話も、誰かが楽しんでくれると願っています。

 第六話【誓いという名の呪い】


 意識と記憶は霞に包まれ、次に意識が鮮明になった時には、○○○を抱きかかえた状態で、あちこちを擦切らせた黒装束を纏った謎の人物と対峙していた。

「なんだ・・・・・・?」

 俺の様子を見て黒装束の人物は、構えていた腕を下ろして口を開いた。

「ふぅ・・・・・・ようやく自我を取り戻したようだな・・・・・・おい小僧、意識はハッキリとしているのか?」 

「・・・・・・あんたは?」

「もう大丈夫そうだな。悪いが、この格好の時は名乗れない身分でね・・・・・・まぁ、すぐに名乗ることになるさ」

 その声の主は、仮面を被っては居るものの、女性であることは解った。

「小僧、お前は何者だ?ここで一体何が起きた? 生憎、私は事態の収束としか指令を受けていないのでね。これでは上に報告ができない」

「・・・・・・俺は―――」

 俺はここで起きたことの全てを語った。神核のことも、百目鬼のことも、牛鬼のことも、優希のことも、先生のことも、そして優希のことも・・・・・・。

「なるほどね。あのサイコジジイ、裏でコソコソやってると思ったら、裏でこんな施設まで作ってた訳だ。しかも証拠を出さないために、この空間は音声通話のみでカメラが無いという周到っぷり。しかも頼みのマイクも牛鬼の雄叫びで壊されてしまうというギャグ付きだ。そりゃあ、こちらに情報が全く来ないわけだな」

 女は頭を掻きながら、溜め息まじりに俺の話の感想を述べた。

「俺たちはこれからどうなる?」

「そうさねえ・・・・・・どうもこうも、お前らの先生が言った通り、離れ離れだろうな。男は軍隊へ。女は工場で働いて、子供を産ませるために嫁へ行かされるといったところか。あぁ、でもその子は強い神が宿っているからねぇ、厳しい前線で死ぬまで戦わされるか、顔も良いし・・・・・・あと数年もすれば、好色のお偉いさんに慰み物にされて、弄ばれるというのが最も有望なルートなのかねぇ」

 俺の問いに黒装束の女は、さも平然にそう答えた。 

 先生は○○○を守るためにこの国を欺けと言っていた。だが、この掴み取った力を振るってでも○○○の手を離すなとも言っていたのだ。だから俺はある行動に出た。

「そうか・・・・・・なら俺達の秘密を知ったお前を・・・・・・殺さねえといけねえ訳だな」

「へえ、鼻の垂れた糞ガキだと思っていたが、意外と良い目をするじゃないか」

 こちらが全ての情報を出したことで、警戒されることなく最低限必要な情報を聞き出すことができた。後は口を封じるだけだった。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 お互いに殺気を放ち続けた状態で沈黙し、膠着状態に入った。

「・・・・・・」

「・・・・・・っく、あっはっは!」

 沈黙を破ったのは女の方だった。

「はっはは、あぁ・・・・・・お前、面白い奴だな! 良いだろう、お前の望みを聞いてやる。どうせ、お前はどう転ぼうとも、うちの部隊に入る運命だからな。任務中に恨みで寝首を掻かれちゃたまらないからねぇ・・・・・・」

 黒装束の女は、あっけに取られている俺に笑いながらそう話すと、懐から鞘に収められた短刀を取り出して、俺の足元に投げ渡した。

「その子の髪、そのままじゃ話にならないからね。あんたの手で切り落としな」

「・・・・・・そんな」

「その子を守るって、覚悟決めたんだろ。なら、男を示しな」

 ○○○は長い白銀の髪をとても大切にしていた。先生に甘える時はいつも、ブラッシングをせがんでいた程にだ。

 俺は、腕の中で眠る○○○を見つめる。

「・・・・・・○○○」

 俺は足元に転がる黒い柄の短刀を掴み、鞘を歯で抑えて刀身を抜いた。

「・・・・・・」

 ○○○からの返事はない。俺は、その長い白銀の髪を一束にして握り締めると、白く輝く刃を当て、一気に斬り落とした。

「弱い俺を・・・・・・恨んでくれ」

 覚悟を決めた俺は目を見開き、一気に刃を走らせた。

 良く砥がれた短刀は、なんの抵抗も無く乙女の髪を思い出と共に斬り裂いた。

「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」

「・・・・・・良くやった。辛かっただろう、お前は少し休むと良い。せめて、その子の髪くらい私が整えてやる」

「・・・・・・お願いします」

 無惨な髪型になった○○○を黒装束の女が、俺の腕から引き受けた。その頃には、女への不信感はおかしな程に消え去っていた。

「休んでいる間に、アポロンの神核を回収して、封神瓶の中に入れておけ。良いな?」

「・・・・・・わかった」

 封神瓶がどんな物であるか理解できた俺は、黒装束の女に言われた通り、優希に託されたアポロンの神核を拾い、転がっていた瓶の中に入れた。

「こんなもんだろう・・・・・・」

 女は器用に短刀を使い、手際よく○○○の髪を整え終えた。

「・・・・・・優希」

 短い髪型も相まって、○○○は優希にそっくりだった。

「おい小僧、この恩はでかいぞ?」

「あぁ・・・・・・いつか絶対に返す」

「ま、返しに来られる前に、最大の難関があるんだけどねぇ・・・・・・」

 女は、○○○を何も言わず背負った。

「おそらく、私とお前らは、これから共に神前へと報告に向かわねばならない。本来なら、うちの部隊を預かっている軍のクソ少将閣下への報告で済むんだが、この場所ってのと貴族が関わったという点で、軍が預かるには事がでかすぎる。まず、神前行きは避けられないだろう。まぁ、お前にとっても都合は悪くないはずだ・・・・・・行くぞ」

「お、おい!」

 そう言い終えると、女はこちらを見ることも無く歩き出した。

 歩いている最中に女は、神前について語ってくれた。この日本という国の王であり、全ての決定権を持つ、スサノオとツクヨミを宿す二人の人物と対面する場所であるとのことだった。

 懐から出した端末で、女はどこかへと連絡を取った。少々揉めているようではあったが、長くなることは無かった。

「ちっ・・・・・・このまま、神前まで上がって来いだとさ」

「・・・・・・」

 歩いていく女の後を俺は黙って追った。何度も昇降機を乗り継ぎ、階層が上がるにつれて、床に敷かれた絨毯も、壁紙も照明も上等な物へと変わっていった。

「ふん、何度来ても趣味が悪いな」

 黒装束の女はそう呟いて、豪華絢爛な装飾が施された、人が通るには大きすぎる観音開きの扉の前で立ち止まった。

「入るぞ」

「あ、あぁ」

 女はその体格からは、とても考えられぬ程の力で扉を押し開けた。

「入りますよっと」

「・・・・・・」

 女は扉を開き切ると、なんの躊躇いも無く中へと入っていった。

「お前も早く入れ。乙女の細腕にはこれは重すぎるからな」

「・・・・・・お、おう」

 女は苦しい表情一つ見せることなく、俺を部屋の中へと誘った。

「全く、これだから軍属は野蛮で困るのう・・・・・・ノッカーぐらい鳴らさぬか」

 中に入ると同時に、被り物をした和服の老人に声をかけられる。

「申し訳ございません。至らぬ私は、低俗出身の野蛮な軍属ですゆえ、高貴である貴族様のマナーを知らないのです」

「ふん、減らず口が・・・・・・ここは神前であるぞ。その汚らわしい仮面を早く取らぬか」

 部屋に入って早々、女は中で待っていた老人と火花を散らしている。

「これはこれは、とんだ失礼をお許しください・・・・・・左大臣殿」

 女は顔面を覆う仮面を外し、微笑を浮かべた。

 その横顔は呼吸を忘れ、息を飲み込む程に美しかった。

「ふん、忌々しい子娘だ・・・・・・まもなく両陛下がいらっしゃる。申言台で待っていろ」

「かしこまりました、左大臣殿。丁寧なご対応に感謝いたします」

 わざとらしい程に丁寧な言葉使いで女は返事を返した。それを受けて左大臣は、重なる皺の上ですら分かるほど、歯を食いしばっている表情が見て取れた。

「おい小僧、何を呆けている。さっさと行くぞ?」

「お、おう・・・・・・」

 先ほどまでの言葉遣いとは打って変わって、女の口調は元に戻っていた。

 申言台と言われる場所に立つと、正面には二つの簾が下ろされた空間があった。

 そして数分が経過し、簾の向こう側に明かりが灯る。

「神皇皇后両陛下の御成りである。頭を下げよ!」

 簾の左右にある机の、右側に座る左大臣が起立してそう述べた。

 女と俺は、左大臣に言われるがまま、深く頭を垂らす。

「苦しゅうない、面を上げよ」

 簾の向こう側から、凛々しい声が鼓膜を擽った。俺は横目で女が頭を上げるのを確認しながら、同じタイミングで顔を上げた。

「ところで左大臣よ、右大臣はどうしたのか?」

 その声の主は、大臣とは反対側にある、左側の簾の奥から発せられた。

「はい、不在の理由としましては、この度の一見は急でございましたので、九州コロニーの兵団視察中である右大臣を、この席に招集をすることが叶いませんでした」

 左大臣は、申し訳なさそうな声で簾の向こう側の人物に理由を述べた。

「ふははっ、あの者は軍人であるからな、仕方があるまい・・・・・・さぁ、話を聞かせて貰おうか。我が愛しき懐刀よ?」

 簾の奥の人物が話終えると、女は右手で作った拳を胸に当て、再度最敬礼を行った。

「はっ! 発言の許可、ありがたく頂戴致します! 今回の一見は―――」

 女は、俺が語った事実を全て、恙なく報告した。優希と○○○に関する事実を、偽ったことを除いて。

「なるほど、あの百目鬼がのう・・・・・・睦月は、どう思う?」

 その問いかけに答えたのは、左側の簾の中に居る人物だった。

「そうですわね、あの方は権力に興味がありませんでしたし、与えた権力も、自分の知的好奇心を満たすために振るわれるだけでしたから、謀反の企てはありえないと思いますわ」

「まぁ、そう考えるのが妥当か・・・・・・あの老木は良くも悪くも、欲望に忠実で表裏がない者であったからなぁ・・・・・・左大臣よ」

「はい、陛下」

 簾の向こう側の人物に呼ばれた左大臣は、素早く返事を返した。

「御簾を上げよ」

 その一言を聞いた左大臣は、顔面に脂汗を浮かべて驚愕の表情を作った。

「なりません神皇様! このような下々の者に陛下のご尊顔を拝ませるわけには―――」

「かまわぬ、早くせよ」

「な・・・・・・なりませぬ!」

「ほう、ならば其方は、我が命を聞けぬと申すのか?」

「ぐぅ・・・・・・仰せのままに・・・・・・」

 納得のいかない表情の左大臣は、机の上に設置された鈴を摘みを軽く振るって鳴らした。

「御簾を上げよ!」

 その言葉が発せられてから数秒後、垂らされていた簾が上げられていき、とても美しい容姿をした、一組の男女が姿を現した。

「ほう、そこに居る黒髪の童が黒木場 大和と申すか。中々、凛々しい顔をしておるではないか」

 絢爛な椅子に腰かけている神皇は、見定めるかのような鋭い眼で見つめ、俺の名を呼んだ。

「あ・・・・・・は、はい」

 その威圧感に、俺は返事をするのがやっとだった。それを見かねたのか、隣の椅子に座っている睦月と呼ばれた女性が口を開いた。

「あなた、子供をいじめるのは関心しませんよ?」

「ん・・・・・・? おぉ! すまぬ、すまぬ! この愛らしき童に、あの魔狼が宿っておるとは、俄かに信じがたくてな、つい見つめてしまったのだ」

「ふふっ、あなたの悪い癖ですよ」

 睦月は口元を掌で抑え、可愛らしい笑みを溢した。

「さて、一つ確認なのだが・・・・・・睦月は気がついておるのか?」

「えぇ、もちろんですわ」

 二人は楽しそうに談笑し、スサノオは声高らかに笑い声を上げた。

「はっはっは! そうであったか、そなたは出し抜かれると、すぐにむくれるからなぁ」

「うふふっ、私はそんなことで怒るほど、もう子供ではありませんよ?」

 短い談笑を終える二人は、品のある笑みを浮かべてこう問いかけた。

「答えよ、我が愛しき懐刀。その背で眠りし童は、一体何者だ?」

 その問いに俺は凍り付いた。しかし、仮面を外した女は表情一つ変えずに口を開く。

「はっ! この子は、先ほど説明致しました、オリュンポス十二神の一柱、太陽神アポロンを身に宿す少年、朝月 優希にございます」

「ふむ、理由はどうあれ、其方も強情よのう・・・・・・まさか我が妻、睦月の権能を忘れた訳ではあるまいな?」

 品のある怪しげな笑みを浮かべる神皇の問いに、女は答えることができなかった。僅かな間の沈黙は、まるで時が止まってしまったかのようにすら感じた。

「ふふ、あっはは。参りました陛下・・・・・・事実を全て話しましょう」

 女は沈黙の中、我慢ができずに噴き出してしまい、偽りの事実を述べたことを認めた。それに大きな反応を示したのは俺と左大臣だった。

「貴様! 穢れなき、神聖な場である神前を何と心得る! 発言することすら恐れ多いというに、その上、虚偽を述べたと申すか!」

 女の振舞いに激昂する左大臣。しかし、それを窘めたのは他でもない神皇だった。

「良いのだ左大臣。あの者をそう咎めるな」

「しかし・・・・・・」

 それでも食い下がろうとする左大臣を、神皇が鋭い眼で一瞥して黙らせる。

「方々に預けておる我が刃たちの中で、最も思慮深き其方の事だ、もちろん考えあってのことであろう?」

「はっ! 恐れ多くも、このような手段を取ったことをまず、お詫び申し上げます」

 神皇の言葉に、女は深々と頭を下げて謝罪する。

「よい。面を上げ、楽にせよ」

「はっ! ありがたく」

 女は頭を上げ、正面に顔を向けると何一つ隠すことなく、事実を語りつくした。

「なるほどのう・・・・・・なぁ童よ」

「は、はい」

 突然、神皇から声を掛けられる。しかし、場の雰囲気の慣れてきた俺は、素早く返答することができた。

「其方は、その娘と共にありたいか?」

「なりません陛下! この童は、我々を長年苦しめ続けた、あの大罪人の子ですぞ? その罪人の子に陛下自ら特例を出し、甘やかすなど下々の者に示しがつきませぬ!」

 神皇の発言に素早く反応し、反論したのは左大臣だった。

「ふむ、確かにそうであるな」

 神皇は左大臣の言葉に同意する。

「だが、左大臣よ。この童の力は、間違いなく我が懐刀に席を置くことになるぞ?」

「しかし陛下、決まり事というものは、守るためにあるのでございます。穢れ無き血筋であればまだしも、よりにもよってこの童は、名を呼ぶことすら忌々しいあの大罪人の子でありまするぞ! もし、陛下自らが秩序を乱すとお考えなのであれば、私はこの身が滅びようとも陛下を止めまする!」

 左大臣は只ならぬ形相で声を荒げ、必死に神皇に訴える。

「ふむ、それは困るな。口うるさく、何かにつけて反論してくる其方ではあるが、信頼をおける忠臣を失う訳にはいかぬ。だが、我が懐刀が懸念することも、また事実ではないのか?」

「確かに、その通りにございますが・・・・・・」

「それに、アルテミスは狩猟の加護を与える武神のはずであろう? ならば、女人軍人にしてしまうのはどうであろうか?」

「それもなりませぬ、陛下。魔狼とアルテミスを同じ環境に置くなど、またあの厄災を呼び起しかねませぬ! その娘には、数年の勤労活動に従事させた後、我が国の通例に従い、規定の年齢になり次第、嫁がせるべきなのです。なにより、その童との接触を断たねばなりませぬ!」

 左大臣の言葉がグルグルと頭の中を回り続け、このままでは、○○○と永遠に会えなくなってしまうと悟る。最悪な状況に汗が頬を走り抜け、顎先から滴が落下すると同時に、考えるよりも速く、俺の身体は動き出していた。

「なっ、おい! お前何を!」

「その手を離せ!」

 俺は女の背で眠る○○○の身体を無理矢理に奪い取ると、後方へと跳び、女から距離を取る。

「お前らが、俺達の事を勝手に何喋ってんのか知んねえけどよ! 俺は二人に、○○○をこの手で守るって誓ったんだ!」

 自然と全身に力が満たされていく。気が付くと身体全体に、黒く硬い毛が覆い尽くしていた。

「○○○を・・・・・・俺から生きる理由を奪うつもりなら・・・・・・一人残らず全員殺す!」

 既に眼前には、長く伸びた鼻が視界に入り、周囲には帯状の黒い煙が激しく揺らぎ続ける。それに触れた物は、接触部のみが完全に消失し、みっともなく断面を露出させていた。

「ほう、これが魔狼の力か・・・・・・。直接目にするのは初であるが、文献通り、真に恐ろしき力よ・・・・・・」

「陛下、大罪人の子が、やはり本性を現しましたぞ! 魔狼を宿す、あの童を軍などという野に放すのはあまりにも危険でございます! 今一度、お考え直しくださいませ!」

「ふむ・・・・・・だが、我が野望のため、ここで消すのはなんとも惜しい力よ」

「なっ・・・・・・なりません、陛下何を!」

 神皇の発言に言葉を失う左大臣。さらに、あろうことか腰かけていた椅子から立ち上がるのを目の当たりにした左大臣は、より一層声を荒げる。

「出でよ、十束剣が一振り・・・・・・天羽々斬剣あまのはばきりのつるぎ

 神皇がその名を呼び終えると同時に、天に掲げられた掌の中に納まる一振りの剣。

「そ、それはまずうございます! お待ちください陛下!」

 左大臣の静止を聞くことなく、剣を構えた・・・・・・その時だった。

『ドンッ―――』

 突然の衝撃。腹部と背部に走る鈍痛。前方にある、ガラクタとなった傍聴席の椅子と机を見て初めて俺は吹き飛ばされたことに気が付いた。

「この程度、陛下が手を下されるにも及びません」

 その声の主は、正拳を放った姿勢のまま静止していた。そして俺は目を疑った。なぜならもう片方の腕の中には○○○の姿があったからだ。

「ふっはっは! 流石は我が懐刀の筆頭。今の早業、我が目を以てしても、追うだけで精一杯であったぞ」

「私などに、勿体なきお言葉にございます」

 女は姿勢を戻し、○○○の身体を先ほどと同じように背負った。

「子供とはいえ、陛下に牙を向けた罪、大変重たくございます。ここは、穢れなき神聖なる神前の場。この子供は、場所を移した後、私自らの手で処分致します」

「よい、童の無礼に死を以て贖わせるほど、我が器は小さくはない」

 神皇は台の上から降り、一歩ずつ俺の方へと近寄ってくる。あまりの出来事に、左大臣は口を開けたまま、制止することもせずに驚愕の表情を浮かべていた。

「ぐっ・・・・・・○○○を・・・・・・返せ!」

 全身を襲う激痛で、身体を起こすことすらできない俺の前に、神皇は立ちはだかった。

「童よ、我と一つ賭けをせぬか?」

「賭け・・・・・・?」

 その言葉に反応した俺を見て、神皇は今までに無い笑みを浮かべた。

「そう、たった一つの賭けだ。さすれば、あの娘と共にあることを許そうぞ?」

「あいつの手を離さなくて済むのなら・・・・・・俺は、なんだってしてやる!」

「うむ、覚悟の決まった良い瞳だ。ならば話すとしよう・・・・・・我が望みは唯一つ。この暗く冷たき世に、今一度、太陽を取り戻すことだ。 そのためには、其方の力が必要だ。だが、左大臣は其方を処せと申して聞かぬ。そして、それは極めて純粋な正論である。この意見を無碍にすることなど、我が権力を以てしても不可能な程にな」

 神皇は、崩れ去った椅子と机の瓦礫の上に腰を下ろし、俺と目線を合わせる。

「だが、条件が揃いさえすれば、左大臣を納得の上に同意させることは可能だ。そこで賭けの出番なのだ。大和よ、我と、この場にいる全ての者と賭けよ。これから十年、そこで眠る娘が成人するその日まで、あの娘の真名と女人である事実を隠し通せ。そうすれば其方の勝ち。できなければ娘とは離別。其方は危険分子として処分する・・・・・・どうじゃ?」

 神皇はそこまで話すと立ち上がり、万が一のため傍で待機していた女の後ろに回り込む。

「其方は、今日この時をもって(おのこ)だ・・・・・・誰も其方が女人であることを知らぬ」

 眠る○○○の頭を撫で、神皇は左大臣の方へと身体を向ける。

「この眠る童が男であれば通例通り、軍への入隊は義務となろう?」

「陛下、貴方という方は・・・・・・ですがそれだけでは、この童を処さぬという理由にはなりませぬな。あの強大な力は、罪人の子が持つには、あまりにも危険すぎるのです」

「そう焦るでない。まだ我が話したのは、まだ眠り続ける童の、軍への入隊の是非のみ。それに、もう手は考えておる・・・・・・」

 神皇は剣を床に突き刺し、二度手を叩いた。

「あれを持って参れ」

 指を鳴らす乾いた音と同時に、俺が入ってきた扉とはまた別にある、正面左右に下ろされた幕の裏より、顔を白い布で隠し、その上に一枚の札を付けた人物が台車を押し、入って来た。

「なんと・・・・・・まさか」

「そなたも知っているであろう?」

 台車の上には、四本の刀剣と三つの道具が乗せられていた。

「これは遥か昔、魔狼が封印される際に、その身体を縛り付けていた拘束具を修復した物だ。革の戒め、鉄の戒め、紐の戒め、これら全てを呪詛として再構築し、童の氣核と神核を縛りつける。さすれば、強大な力も大きく損なわれよう」

「確かに・・・・・・その通りではございますが・・・・・・」

 その言葉に、左大臣は渋りながらも否定することはしなかった。これを好機とみた神皇は、さらに畳み掛ける。

「昨今、清国の侵攻が過激化しておる今、強力な戦力が増えるに越したことはなかろう?」

「・・・・・・わかりました。ですが、これはあくまで国益のためにございまするぞ?」

「それで構わぬ。ならば早速、儀式に取り掛かるとしよう」

 神皇は左大臣に背を向け、台車の上にある道具と対峙する。

「お待ちください、陛下」

「左大臣よどうした?」

「呪詛の儀は、この私が執り行います。穢れなき陛下のお手を、呪詛で穢す訳にはなりませぬ。それに呪詛は、私の身に宿りし神の権能ですゆえ・・・・・・」

「よかろう、ならば其方に任せる」

 その提案に神皇は快諾した。左大臣は台車の前まで歩き、それぞれの拘束具を確認する。

「童よ、わしはお主のことを認めた訳ではない。陛下の御心でその命があるということを、努々忘れるでないぞ?」

 俺はその言葉に無言で頷き返した。そんな俺の態度に左大臣は、眉を顰めたものの、それ以上咎めることはしなかった。

「両陛下、この神聖なる神前で神格化することをお許しください」

「構わぬ、許す」

「では・・・・・・神格化、犬神」

 神格化の言葉と共に、左大臣の周囲は一瞬にして白い霧に包まれる。

「参るぞ、飢禍王」

 霧が晴れ、中から現れた左大臣は、頭部を白い犬のものへと変化させいた。

 左大臣は、動かない俺の身体を抱き上げ、平らな場所で仰向けに横たわらせる。そして、数歩離れた場所まで移動すると、袖の中から長い数珠を一気に引き抜いた。

「怨! 犬神式神獣呪縛術、【氣縛陣】―――」

 俺を中心に形成される陣。それは、その獣の毛色とは裏腹に、禍々しいほどの濃い至極色の輝きを放っていた。

「ぐ、あぁあああああああ!」

 襲い来る激痛。千切れそうになる意識に、俺は強く歯を食いしばり、何とか繋ぎ止める。

「ぐぐぁ・・・・・・うああぁあああああああ!」

 そこから一時間。俺の絶叫が止むことはなかった。

「ふぅ・・・・・・ふぅ・・・・・・、よくぞ、気を失わず耐えた」

「ぅ・・・・・・」

 もはや、その言葉に応える気力は残っては無かった。

「・・・・・・○○○」

 こうして俺は意識を失った。



「はっ・・・・・・」

 次に目が覚めたのは病室のベットの上だった。

「よう、もう目が覚めたか? 見かけによらず案外タフなんだな。あれからまだ、三時間しか経ってないぞ?」

 声のした方向を見ると、ベットの隣に座る女の姿があった。

「そんなことはどうでも良い! あいつはどこだ!?」

「落ち着けよ小僧。隣の寝台を見ろ」

 俺は勢いのままに首を横に振り、隣のベットに目を向ける。

「なっ・・・・・・良かった・・・・・・無事だったか・・・・・・」

 俺は、自分の身体の上に掛けられた毛布を払い除け、隣のベットに眠る○○○に縋りつく。

「・・・・・・さて、感動の再開のところ悪いが、私も意外と忙しい身でね」

「なぁ・・・・・・どうして俺は・・・・・・こいつの名前が分からねえんだ・・・・・・?」

 俺は○○○を抱きしめたまま、女の顔を見つめる。

「・・・・・・呪詛だ。名前を取り戻したければ従えという脅しのな。当然、その娘も自分の名前を忘れている。まぁ、名前を失ったっという感覚は忘れないがな」

「ふざけるな!」

 突きつけられる残酷な現実に、思わず声を荒げてしまう。

「誰もふざけてなどいない。その子の名前は、朝月 優希。それ以外に今は存在しないんだ」

「・・・・・・優希」

「そうだ。そいつの妹は死んだ。そこに眠るのは朝月 優希・・・・・・そうだろ小僧?」

 その言葉、見つめるその瞳は、一切の冗談を許さない。

「そうだ・・・・・・こいつは優希だ。あいつは死んだ」

「それで良い」

 女はそう言って立ち上がると。大きく背伸びして溜息をついた。

「小僧、お前が掛けられた呪いはとても強力なものだ。神威を振るうにも、神格化するにも大きな制限が掛けられる。たとえ、神格化したとしても長い時間その状態を保てぬだろう。まったく、あの犬ジジイもよく考えたものだ。最大の力を出したところで、反乱を起こす時間を与えないんだからな。一応、伝えておけと言われたから話すが、お前にかけられた呪いを解く方法がある。お前がこの世の全てに深く絶望し、生きる理由を失ったその時、呪いは解けるのだそうだ」

「・・・・・・そういうことか」

「気が付いたか。この話を聞いた時、流石の私も虫唾が走ったよ。なぜなら、お前の呪いが解ける時・・・・・・その子は、この世には居ないのだからな」

 軍靴を鳴らし、女は眠る○○○の傍らに立つと、悲しげな表情で、短く切り揃えられた頭を優しく撫でた。

「ははっ・・・・・・俺はまるで犬のようだな・・・・・・これから、俺と優希はどうなる?」

「お前らは私の監視下に置く。今後の世話も一任されてしまったからな。小僧、お前は私の所属する部隊に、この子は通信部隊の見習いからだ。怪我でもされて救護所に運ばれでもしたら一巻の終わりだからな」

 女の口調は厳しかったが、その表情はとても優しいものだった。しかし、俺はその優しさを信じることができなかった。

「優希に触るな!」

 優希の頭を優しく撫でる女の掌を、強く叩き払い除ける。

「何でお前は俺たちに優しくするんだ!? 何が目的なんだ!」

 俺は女から庇うように、眠り続ける優希の身体を強く抱きしめ、払われた手の甲をもう片方の掌で摩る女の目を睨みつけて叫んだ。

 女は、そんな俺を憐れむかのような表情で見つめる。

「そうだな・・・・・・。それは、私とお前が同じだからさ・・・・・・私は罪人の子ではないが貧民街の出でね、周りは出生届すら出されてない子供で溢れ返っていたよ。貧民は法で、一組の夫婦に二人以上の子供を作ることを認めていないんだ。もし生まれたとしても、戸籍に登録することができない決まりになっている。長女の私と七つ下の妹は、運よく神核の適正があって軍に入ることができた。だが、私にはもう一人妹が居た。戸籍上存在しない妹がね。そんな子がどうなるか知ってるかい?」

 徐々に女の表情は険しさを増していく。俺はその問いに首を横に振った。

「男ならまだ救いはある。神核の適正さえあれば軍人になれるからね。なければ臓器をバラされるか、強制労働で死ぬまで働かされるだけで済む。だけど女は悲惨さ、神核の適正が無ければ、高級軍人か貴族の暇つぶしの玩具になり下がるしかない。だけど、私の二人目の妹には、神核の適正が無かった。私は、その事実を受け入れることができなかった・・・・・・」

 女はそこまで話すと小さな溜息を吐いた。

「つまり、お前と一緒さ。呪いで縛られてはいないが、私にも人質が居る。可愛い妹を助けるために私は、この糞ったれな国の頂点に、胡坐をかいて君臨する、憎くて仕方がない神皇に魂を売って、懐刀なんていう汚れ仕事専門の犬になるしか、道は無かった」

 女は俺の正面に立ち、俺の頭をクシャクシャと強く撫でた。

「そんな私の前に、同じ運命を歩いている子犬が居たんじゃ、手を差し伸べるなって方が無理な話だろ? 小僧、こんな理由じゃダメかい?」

 女は膝を床に付き、俺の肩を掴むと正面から顔を覗き込み、そう問いかけた。

「・・・・・・俺には大和って名前があるんだ・・・・・・小僧じゃねえ」

 その真っ直ぐな言葉を聞いた俺は、女の顔を直視することができず、俯きながら関係ない不満を並べることしか出来なかった。

「ははは、悪かったな大和。お前はもう私の部下だ。必ず名前で呼ぶことを約束しよう」

 女は返ってきた言葉に笑いながら、また俺の頭を撫でる。

「そう言えば、今の君には自己紹介ができるんだったな。さっきは、名乗らなくてすまなかった。・・・・・・私の名は黒描(こくびょう) 律子(りつこ)って言うんだ。よろしくな」

 律は自己紹介を終えると、俺と優希ごと力強く抱きしめた。

「やめろ、いきなり・・・・・・何すんだよ・・・・・・」

「一度に大切な家族を失って辛かっただろう?」

 俺はその問いに答えず、無言を貫いた。しかし、気にせず女は再び口を開いた。

「これから先、お前ら二人が歩く道のりは厳しいものになるだろう。私も上官として、厳しく当たらざるおえない場面も多々出てくるはずだ。だが、二人の秘密を知る人間として、私は誰よりも二人の味方であることを忘れないでおくれ。いいな?」

 俺はその言葉を聞き、必死に抑えていた恐怖と不安がほぐされ、溢れそうになる涙を懸命にこらえた。しかし、声を出すことができない俺は、抱きしめられた腕の中で、無言で頷くことしか出来なかった。

 律子はそれ以上言葉をかけてくることは無かった。だがしばらくの間、抱きしめるその腕の力が緩まることも無かった。



「ん・・・・・・うんん」

 目が覚めた大和は、今まで見ていたものが過去の夢であったことを理解した。

 氣を産生する氣核は、感情に大きく影響を受ける。またその逆も然りで、氣核は脳で得られた記憶と深く結びつき、複写する機能がある。大量の氣を産生する際は、効率を上げるために感情を昂らせる側面を併せ持っているということを改めて大和は実感した。

「ん・・・・・・?」

 しかし、夢の中から続く感触があった。

「おい、何やってんだ・・・・・・優希」

「んぅ・・・・・・あれ、もう起きたんだね、大和にぃ・・・・・・」

 まどろみの中にいる優希は、大和の問いに問いで返した。しかし、大和はそれを許さず、無言の圧力を掛けながら、優希の瞳を見つめ続けた。

「あぁこれ? ずっと苦しそうにうなされてたから、抱きしめてたんだよ」

「いや、何で抱きしめる必要がっ―――」

 悪びれることなく答える優希は、さらに抱きしめる力を強める。

「ばっ! おい! む、胸が当たってる! 早く、その手を離せっ! ていうか、何で下着姿なんだよっ!」

「えー、別にそんなこと気にしないよ?」

「俺が気にすんだよ!」

 優希の離そうとしない細い腕を、力づくでどうにか外す。そして大和は、腕を掴んだまま優希と顔を合わせた。

「ったく、朝っぱらから何やって・・・・・・んだ。おい、優希・・・・・・今何時だ?」

「え、今? 午前二時過ぎだよ?」

 優希は平然とした表情で、述べられる事実に大和は跳び起きた。

「なんてことしてくれてんだ! さっさと着替えて出るぞ!」

「そんなに慌てなくても、大丈夫だよ大和にぃ。 だってこれ、杉本副隊長からの指示だから」

「はっ?」

 優希は、ゆっくりと身体を起こしながら状況を告げる。その中に、思わぬ名前が出てきた事によって、大和は気の抜けた声を発してしまった。

「朝食食べてた時、私の端末に連絡が来て・・・・・・おっはよう。ところで隊長、まだどうせ寝てんだろ? 俺が連当してやっから、たまには大人を頼ってゆっくり休めって伝えといてくれ。ついでに朝月少尉、お前も今日は休んで隊長のお守りを頼むわ。んじゃ、そこんとこよろしくー・・・・・・だって」

「ったく、杉本の奴勝手なことを・・・・・・」

 眠っている間に行われたやり取りを、優希は全く似つかないモノマネでやり取りを再現する。それを見た大和は大きくため息を吐いた。

「やっぱり・・・・・・駄目だった?」

 優希は困ったような表情で大和を見つめる。それは当然で、上官である杉本の命令に優希は従うしかなかったのだ。

 そしてその時、大和は気が付いたのだ。自分を見つめる優希の目の下が、僅かに腫れていることに。

「うっ・・・・・・わかったよ。わかったから、俺をそんな目で見ないでくれ!」

 大和はその眼差しに耐え切れず、優希の頭を抱え込み、その顔を自分の胸に押し付ける。

「や、大和にぃ・・・・・・苦しいよ」

「あ、悪いっ!」

 優希の声に我に返り、優希を抱きしめる腕の力を緩める。

「ぷはっ・・・・・・もう、いきなりは苦しいでしょ?」

「すまん、どうにかしてた」

 なんとか呼吸することができた優希は、顔を上げて優しく非難する。それに対して大和は優希の髪を撫でながら謝った。優希は目を閉じ、笑みを浮かべて自ら大和の胸に顔を埋める。

「・・・・・・でも、元気になってくれたみたいで良かった」

「すまん・・・・・・心配かけたな」

「もう、本当に心配したんだからね?」

「・・・・・・あぁ」

「何があったのか聞いても・・・・・・どうせ話してくれないんでしょ?」

「・・・・・・すまん」

「ううん、良いの・・・・・・でも、一人で残されて、待ち続けるのは寂しいよ・・・・・・」

 優希の瞳には涙が溜まっていく。

「大和にぃは、居なくならないよね? ・・・・・・お兄ちゃんや先生みたいに、黒い狼に食べられたりしないよね? 私を・・・・・・独りにしないよね?」

 大和の胸を借りて俯く優希の肩は、嗚咽と共に小刻みに震えている。

「と、とりあえず落ち着けよ・・・・・・な?」

「そんなの・・・・・・そんなの無理だよっ・・・・・・!」

 大和の言葉に、優希はさらに顔を強く押し付ける。その姿はまるで、母親の存在を確かめる仔猫のようだった。

「・・・・・・ったく、前にも言っただろ? あの狼は俺が倒したって。だからもう、お前は怖がらなくて良いんだよ」

「でも、でもっ!」

 優希は既に、酷く泣きじゃくっていた。

「安心しろ、お前を一人になんて絶対しねえからさ・・・・・・」

 大和は優希の身体を、自らの崩した膝の上に抱き寄せ、優しく背中を叩く。部屋に叩くのは、乾いた優しいリズムと、優希の口から洩れる声にならない声だけだった。

 ゆっくりと流れていく時間の中、二人はその体勢のまま寄り添い続けた。

「俺は馬鹿だな。しっかりしてる優希がこんなになっちまうまで、何にも気が付かなくて。一番近くに居て、一番近くで見てきたはずなのに、こんなに我慢させてたんだな・・・・・・ごめんな」

「ひっぐ・・・・・・大和にぃ。私、ずっと怖かった。いつも、大和にぃの背中を見送る時、ちゃんと帰ってきてくれるのか不安で・・・・・・帰ってきても大和にぃは、いつもボロボロで・・・・・・いつか本当に死んじゃうんじゃないかって・・・・・・怖くて! 何もできない私には、ただ見送ることしかできなくて!」

「あぁ、わかってるよ・・・・・・」

 泣き声は、もはや悲痛の叫びへと変わっていた。

「もう、こんなの嫌だよ・・・・・・助けてよ、大和にぃ・・・・・・」

「・・・・・・」

 その力なく吐き出された言葉に、大和は何も答えることができなかった。その理由を誰よりも理解している優希は、これ以上、口を開くことは無かった。

 抱擁の中、優希が泣き疲れて眠るその時まで、優しく抱きしめるその腕を、大和は最後まで離すことは無かった。

「俺は絶対に、お前を残して死なないから・・・・・・だから、安心してくれ」

 優希の小さな寝息が鼓膜を微かに擽る中、大和はそっとその胸に、また一つの誓いを立てる。

「大和・・・・・・にぃ・・・・・・」

 夢の中でなお、その名を呼ぶ少女もまた、その胸に小さな秘密を抱いて眠り続ける。

 その眠る少女が、床に落ちたはずの空アンプルを、ベットの下に入れたということに、大和が気付くことは最後までなかった。

次回は若干ギャグ回を挿みます。

短い話ですが、物語に大きな影響が出る話なので見て下ると幸いです(; ・`д・´)

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