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第四話【黒き狼】

(; ・`д・´)バトル第一弾もここで終了。

描写が分かりにくかったり、読みにくかったりすると思いますが、文法、誤字脱字などがありましたら

教えてくださると助かります(*´ω`*)

それでは、楽しんで頂けると幸いです☆

第四話【黒き狼】



「・・・・・・ぐっ」

 前身に隙間なく圧力を掛けられ、呼吸がままならない状態で目を覚ました大和は、砂の中で生き埋めになっていることに気が付いた。

「・・・・・・」

 両手に剣が握られていることを確認した大和は、すぐさま黒炎を発現させると、周囲の砂を全て消滅させた。

「がはっ!・・・・・・はぁ、はぁ、はぁ」

 口腔内に残った砂を吐き出し、両手に持つ剣を砂に突き立てる。そして、腰に差す三本目の刀を鞘から抜き取り、二本の剣の間に突き刺す。

「我が四肢の自由を奪いし、鉄の拘束を今こそ解かん! 砕けろ・・・・・・ドローミ!」

 竜巻状の風に砂と黒炎が巻き上げられる。それを見た黒蛇たちは再び巨大な口を開き、次々とブレスを放った。

「隔てろ・・・・・・絶界」

 轟音と共に出現するクレーター。巻き上げられた大量の砂は、ブレスで生じた暴風によって遥か彼方に吹き飛ばされている。

 そして、クレーターの中で舞い踊る砂の中からは、正三角の漆黒の闇が出現していた。

「ジジィに頼まれてんだよ・・・・・・ペットの亀をこのクソったれな世界から解放してくれってな!」

 漆黒の闇は煙に巻かれるように消滅し、その向こう側から現れたのは一体の獣だった。

 長く伸びた鼻。頭には尖った二つの耳が帽子を押し退けるように立ち、僅かに開かれた口から覗かせる鋭い牙は、全身を覆う硬く黒い毛とは酷く対照的に、白磁のような輝きを放っていた。尾骶骨から伸びた長い尾は刀剣の柄に絡みつき、威嚇するサソリのように持ち上げていた。

 大和は軽く身を屈めると、全身に力を込めて一気に跳躍した。乾いた破裂音と共に数度空を蹴ってクレータの外に出た大和は、出迎えた黒蛇たちを一瞥して溜息をついた。

「さっさと来い! クソ蛇ども!」

 大和が叫ぶと同時に、三体の黒蛇が極限にまで収縮させた筋肉を一気に解放し、その巨体に見合わぬ速度で突進をしかけた。

「絶空っ!」

 三本の刀剣は迫りくる三体の黒蛇に向けて振るわれ、漆黒の刃が放たれる。その刃は三体の黒蛇と接触した後、空中に霧散した。 

 すでに、残りの黒蛇たちも間髪を入れずに後に続いていた。その時、先に絶空と接触した黒蛇の頭部が胴体とズレて、倒れるように落下した。しかし、黒蛇の身体で影になっていた向こう側では、一体の黒蛇が大口を開いてブレスの体勢に入っていた。

「あいつ、他の蛇どもごと俺を・・・・・・ちっ、具現しろ黒狼球!」

 大和は三本の刀剣の切っ先を、ブレスを放とうとしている黒蛇に向けて構えた。すると、三本の刀剣の中心に黒い球体が出現し、刀剣が纏う黒炎を吸収して肥大化していった。黒蛇たちはすで大和の目と鼻の先まで迫り、その後方では、眩い光が燦然と輝きを放っている。

「十分だ・・・・・・穿て、黒狼砲!」

 大きく背を仰け反らせ、肺に限界まで空気を取り込む。そして迫りくる脅威に向けて牙が並ぶ口を大きく開き、一気にそれを解き放った。

「はあぁあぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁあぁ!」

 その光景は、世界を黒色の絵の具で塗り潰すかのようだった。迫りくる黒蛇はもちろん、放たれたブレスさえも飲み込み、それらは全て等しく無に帰ったのだった。

 数秒ほどで放たれた黒き咆哮は虚空へと消え去った。残ったのはブレスの軌道に入っていたなかった黒蛇たちの身体とそこから滴り落ちる赤黒い血液だけだった。

「かはっあ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」

 肺の中の空気を全て放出してしまった大和は、空気を求めて肩を激しく揺らして荒い呼吸を繰り返す。

「ぐっ・・・・・・もう回復しやがるか」

 倒れている黒蛇たちはすでに骨格が再形成されており、その上から筋繊維が覆い始めていた。複数同時に回復させているため、通常より再生速度が低下しているとはいえこれまで大和が対峙してきた再生能力を持つ神々の中でもその他に類を見ない速度だった。

「まぁ良い、時間稼ぎは十分だ」

 大和は刀に纏わせていた黒炎を払い、両手と尾に握る刀を両側と背後の地面に突き刺した。

「最後の一刀だ・・・・・・今こそ、我が顎に咥えし全ての刀剣を抜き取らんっ!」

 大和は腰に掛ける最後の刀剣を抜き取り、自分の正面に力強く突き刺した。

「神威完全開放!」

 大和の身体からは黒い炎が噴き出し、骨の軋む音とともに全身の筋肉が隆起をし始めた。

「うぐぅ・・・・・・うあぁあぁああ!」

 大和の身体全身を覆っていた黒炎が弱まり出した頃には、大和の体格が一回りほど増大していた。

「うぐ、あぁ・・・・・・何度やっても全身に激痛が走るな・・・・・・だから解放はしたくねえんだ」

 倒れていた黒蛇たちは赤い筋肉層の修復を終え、身体を起こして表面を鱗で覆い始めていた。一方玄武は、こちらの能力を警戒しているためか、自ら攻撃に加わる気は無いようだった。

「よくもやってくれたな・・・・・・次は俺の番だ」

 大和は両腕を前に広げると、掌を天へと向け、鋭利な姿へと変貌を遂げた爪を立てた。

「舞え・・・・・・黒狼爪!」

 その声に答えるかのように、砂に突き刺さっていた刀剣たちが独りでに浮き上がり、両手の爪先にそれぞれ二本ずつ刀剣が静止した。

「ウオォォォォオォ!」

 大和は雄叫びを上げて玄武へと駆け出した。それに反応した黒蛇たちは、まだ再生の途中である身体を極限にまで捩じり、全身を筋肉の発条へと変貌させ、大和の接近に備えた。

 地面を強く蹴りつけた大和は、玄武の頭部に向けて一気に上空へと跳躍した。黒蛇たちは動く脅威に対して一斉に跳び掛かった。

「喰らいつくせ!」

 大和は両腕を強烈な勢いで振るい、生み出された遠心力を利用してその手に追随する刀剣を襲い来る黒蛇たちに向けて放った。

 その動きはまるで生き物のようだった。放たれた四本の刀剣はそれぞれ、一直線に黒蛇へと襲い掛かり、接触すると同時に何の抵抗もなく黒蛇を貫通した。しかし、黒蛇を貫いた刀剣たちは空中でその刀身を翻し、急旋回すると再び黒蛇へと突き進み次々に屠っていった。

 刀剣を放ったことで風の抵抗を受け、上昇する力を失った大和は空中で身を屈める体制を取り、乾いた破裂音とともに再び高く跳躍した。

「戻れ!」

 声が発せられると同時に刀剣たちは急上昇し、大和の両腕に舞い戻る。

『パキンッ―――ヴゥンッ!』

 大和はその音をを聞いた瞬間、反射的に身体を大きく仰け反らせていた。

「ぐぁっ!」

 次の瞬間、大和の頬が大きく裂け、苦悶の表情とともに血液が溢れ出した。

「ってぇ・・・・・・おいそれって防御専用じゃねえのかよ!」

 仰け反らせた身体を捻らせて一回転させると、足場のない空中で直立姿勢となって静止した。

『パキンッ、パキンッ、パキンッ、パキンッ、パキンッ―――』

 次々に展開されていく正六角形の障壁。それは大和の周辺をあっという間に埋め尽くしていく。薄氷が砕けるような音が止んだ時、それらは皆一斉に回転を始めた。

 動き出したのは同時だった。

「四爪、絶空乱舞!」

 迫りくる無数の障壁の刃に対し、大和は刀剣たちを操り絶空を放ち、こちらへと向かってくるものを悉く切り伏せていく。しかし、多勢に無勢である状況は変わることなく、圧倒的数の暴力の前では防戦一方だった。

「くそっ・・・・・・キリがねえ!」

 大和が吐き出した弱音をあざ笑うかのように、刃の嵐はその数と勢いを増していく。

「俺を囲め、四方爪陣!」

 迫りくる刃を討たせながら大和は刀剣を操り、自分の四方に配置する。

「回れ、絶刀円!」

 大和は右腕を横一文字に振るう。それと同じくして刀剣たちは、縛り付ける紐から放たれた駒のように回転しはじめた。四本の刀剣は八本になり、一六、三六と数を増やし続け、とうとう真円を描く一本の黒い帯となった。

「歪め、絶刀圏!」

 左腕を天へと掲げた大和は、声を発すると同時に振り下ろした。すると、一本だった黒い帯が大きくブレ始め、複数の残像を生み出しやがて大和を包み込んだ。

 回転する刃が我先にと襲いかかる。しかし、それらは全て形成された絶刀圏によって阻まれてしまう。そして大和はさらなる手を打った。

「蹂躙しろ、絶空輪!」

 それは全方位に向けた殺意だった。絶刀円が描く円周が拡大されたものが、全ての角度に等しく放たれる。

 次々に展開される障壁も次の瞬間には搔き消され、そして突破口を作り出した大和は一気に玄武に向けて跳んだ。

 数回の破裂音がするたびに加速し勢いが増していく。大和は両腕を前へと突き出し、上下に大きく広げた。

 刀剣たちはその腕の動きと連動するように上下二本ずつに別れ、爪を立てた両手のように互いに刃を向け合い、纏う黒炎は激しく巻き上がる。

「喰い千切れ! 黒狼牙!」

 大和は声を発すると同時に、上下に広げていた両腕を全力で閉じ、爪を立てた両手を強固に嚙合わせる。

 刀剣たちはその動きに合わせ、獲物に襲い掛かる肉食獣の如く玄武の首に喰らいついた。

しかし、玄武は喉元を深く抉られようとも身動き一つ取ることはなかった。

「なっ・・・・・・」

 渾身の一撃だった。しかし、大和は目の前で起きた光景に言葉を失った。

「う・・・・・・そ・・・・・・だろ?」

 摩擦すら発生することなく、触れた物を全て無にする【絶】という力を纏いし牙。それは玄武の首を易々と深く抉り、何の抵抗もなく貫通する。だが、流れ出すはずの大量の血液の一滴すら見受けられず。それどころか、牙に触れたはずの部位にさえ、傷一つ存在しなかった。

 目の当たりにした現象を理解することができず、大和は無理やり空中で体勢を取り直し、乾いた破裂音とともに加速しながら玄武へと突撃する。

「爪よ! 我が手に戻れ!」

 玄武を斬りつけた刀剣たちは再び大和の下へと舞い戻り、その中から一本を強引に掴み取った大和は、手に握る刀剣を振るい、渾身の力を籠めて玄武に斬りかかった。 

 玄武の肌に触れ肉を断ったその瞬間、大和は全てを悟った。

「どうりで斬れねえ訳だ・・・・・・クソジジィ」

 玄武の肉体に描かれる刀剣の軌跡。しかし、そこには傷一つ残ってはいない。

 それは当然の事だった。なぜなら、肉を斬り裂く速度も回復する速度の方が上回っていたのだから。

『ブゥンッ―――』

 理性を失い、無謀な行動に出た大和を待ち受けていたものは無慈悲な鉄槌だった。

 丸飲みしてしまうと腹腔内から斬り裂かれると学習した黒蛇は、その長い胴体をしなやかな鞭として利用し、音速を遥かに超える速度で振り下ろした。

 それに気が付いた時には、すでに黒蛇の胴体を斬り裂いたとしても、回避不可能なほどにまでに接近を許してしまっていた。残された選択肢は、両手と両足で気休め程度に急所を守る他なかった。

『パァンッ―――』

 空気が炸裂する音とともに、発生するソニックブーム。その中心から吹き飛ばされた大和は、そのあまりの衝撃に為す術も無く地面に叩きつけられる。しかし、玄武の動きはまだ止まらない。首元から足元に落ちてきたのと同時に、その巨大な前足を一歩前に出して大和を踏み潰したのだ。

 たった一歩。たったそれだけで足元は砂の大地が大きく抉られ、火薬を使ったかのように大量の砂が煙となって巻き上げられる。

 玄武は足元を一瞥すると、何事も無かったかのようにその歩みを再び進めはじめた。

(俺はまだ・・・・・・あいつに頼らなきゃならないほどに弱いのか・・・・・・)

 覆いかぶさる砂の中で意識を取り戻した大和は、己の不甲斐なさを嘆く。玄武の歩く衝撃が徐々に遠ざかっていくのが感じ取れた。

「待てよ・・・・・・クソ亀・・・・・・」

 クレーターのように陥没した砂の大地の底から一本の腕が這い出した。しかし、そのか細い声は玄武に届くはずもない。

「俺は・・・・・・ジジィと約束してんだよ・・・・・・」

 大和は砂を掻き分け、砂の牢獄から辛うじて脱出する。

「はぁ、はぁ・・・・・・恥も、プライドも全部捨ててやる。だから・・・・・・力を貸せ!」

 振るえる両足に力を籠め、大和はよろけながらも立ち上がる。

『パチンッ』

 刀剣を収める鞘を腰に固定する金具が外され、ガチャガチャと耳障りな音を立てながら地面に落下する。

「我が爪よ・・・・・・舞い戻れ!」

 その声が発せられて数秒と経過することなく、刀剣たちは大和の下へと集った。

「我が身を縛りし紐の呪縛よ、その姿を現せ」

 カタカタと地面に転がる鞘が震え出した次の瞬間、それらは飛び上がり大和の四方を囲むように深く砂に突き刺さる。すると、その鞘の口から大和の身体へと伸びる、細くて薄い紐が可視化されると同時に、大和の足元に複雑な模様と文字が刻まれた円形の陣が出現した。

「今こそ我が顎に加えさせらし刀剣で、紐の呪縛を断ち斬らん・・・・・・」

 大和は瞳を閉じ、深呼吸して精神を統一する。そして深く息を吸い切ったところで再びその瞳は開かれた。

「斬り裂かれろ、グレイプニール!」

 四本の刀剣たちは言葉通り、鞘から伸びる紐を斬り裂き、地面に突き刺さった。

 紐が刀剣に断ち切られたその瞬間、発せられる輝きが増していく陣を中心に、強風が吹き荒れ、大和の身体から止め処なく溢れ出す黒炎と混ざり合う。

『ぐっ・・・・・・があぁぁあぁぁあぁぁぁ! ・・・・・・神格・・・化・・・・・・絶狼王、フェンリル!』

 悲痛の叫びにも似た雄叫び。それに呼応するかのように風は黒炎を激しく巻き上げ、辺り一面を覆い尽くした。

 後方から発せられる並々なら気配に気が付いた玄武は、身体ごとゆっくりと振り返り、禍々しく燃え上がる炎と対峙する。

『ウオオォォォォォォオオォォォォォォォオォォォォン!』

 巨大な遠吠えが突然響き渡り、空気は酷く揺さぶられる。

『己の器すら測れぬ、愚かで惨めな小僧よ。ようやく我を頼る気になったか?』

 その声の主は、悠然と黒炎の中から姿を現した。

 燃え滾る黒炎を纏う純黒の巨狼は、こちらを鋭い瞳で睨みつける玄武をその紅く輝く瞳で一瞥する。

『ふん、呪い持ちの人間風情がどうこうできる獲物ではないな・・・・・・お前の出せるそのちっぽけな氣では、激昂しているあの亀に、傷一つ付けれぬだろう』

「うる・・・・・・せぇ。あいつは、俺の・・・・・・俺の力で倒さねえといけねえんだ!」

『ほう、我に絶の力を与えられておいて、己の力だとのたまうか。自らの都合の良いように解釈する人間の傲慢さは、どの時代でも同じだな』

 二人分の声は、一匹の狼の口から発せられている。

「違う! この力は与えられたんじゃねえ・・・・・・あの日、俺がこの手で掴み取ったんだ!」

『偉そうに・・・・・・ならば、我に身体を奪われないよう、せいぜい気をしっかり保つことだな』

「あまり・・・・・・舐めるなよ。今、お前が喋れてんのは俺の気まぐれなんだからな!」

『ふん、お前のその強がりがいつまで続くか見ものだな』

「はっ、言ってろよ・・・・・・クソ犬!」

 黒き狼フェンリルの姿となった大和は、その名の通り大地を揺がしながら、玄武の下へと駆け抜る。

 迫り来るフェンリルを目の当たりにした玄武は、大和との戦闘が始まって初めて身構えた。尾である黒蛇たちは五体ずつに分かれ、捩じれるように絡み合うと、その身体が融合し、二体の大蛇へと変化した。

「がぁあぁぁああぁぁ!」

 大和は荒ぶる声を上げながら、玄武へと跳び掛かる。しかし、それを二匹の大蛇が黙って見逃すわけがなかった。大蛇たちは大和が射程圏内に侵入した瞬間、筋肉を収縮させて溜めた渾身の力を解放し襲い掛かったのだ。

『ボッ―――』

 それはまさしく一瞬の出来事だった。ハッキリと目視できるほどの音速の壁を貫く大口を開いた二匹の大蛇。それらはフェンリルと化した大和と接触した瞬間、一体は振り下ろされるその鋭き爪で、もう一体は白く輝く牙で屠られていた。しかし、それに対する玄武の対応は早かった。黒蛇たちを再生するための神氣を使い、数百にも及ぶ障壁を展開させ、幾重もの層を持ったドームで大和を覆ったのだ。そして、それは一斉にゆっくりと回転を始めた。

「破砕機の中にでも閉じ込めたつもりか?・・・・・・無駄だ!」

 絶狼の巨大な口から黒炎が漏れ出し、大きく身体をのけ反らせる。

「全てを滅せっ! ・・・・・・絶狼砲(フェンリル・カノン)!」

 鋭利な牙が並ぶ顎が開かれたその時、全ての闇を固めたかのような黒い球体が一瞬にして形成された。

「ぐおぉぉおおぁあぁぁぁあああぁ!」

 咆哮と共に放たれる黒い衝撃は、幾重にも重なる障壁をいとも簡単破壊し、玄武の身体をも貫通した。

『ヴァモオォォォォォォォォォォオォォォォオオォォオォオオォオォォォ!』

 自らの身体に大きな損傷を負った玄武は、障壁を維持することができず、それらは音もなく消失した。しかし、それでもなおその瞳には鋭い眼光が宿り、倒れる事なき足には力が籠められている。

『やはり貴様だったのか・・・・・・フェンリル!』

 大和は耳を疑った。なぜならそれは紛れもなく玄武から発せられた声だったからだ。

「なぜ玄武の声が・・・・・・?」

『清一郎を・・・・・・我が愛し子をどこへ隠した! 答えろ! 魔狼!』

 玄武はそう叫びながら癒えぬ身体で突進し、自らの口で絶狼の肩に噛みつき付きに掛かった。しかし、玄武の顎では嚙み千切られることは無いと判断した大和は、あえてそれを回避せず、玄武の攻撃を受けた。

「隙ありだ!」

 大和は長く伸びた首の下に頭を潜り込ませ、玄武の首の根元に喰らい付くと、唸り声を上げて肉を喰い千切った。

『ヴァッロァァアァッァ!』

 悲痛の叫びと共に玄武は、噛み締めていた口を離し、その長い首を大きく仰け反らせた。

「見えた!」

 喰い千切った部位に外神核が露出したのを目視した大和は、さらに深く外神核ごと喰らいつこうと首を伸ばした。その巨大な口を開き、外神核に牙を立てようとしたその時、ピタリと黒き狼は凍りついたように動きが止まった。

「なっ・・・・・・あっ・・・・・・うあぁ!」

 嚙み砕こうとした外神核の中に、右腕と胸から下の肉体を失っている亀戸を目の当たりにした大和は、動揺を隠しきれず身体の硬直を解くことができなかった。

「じぃ・・・・・・さん・・・・・・?」

 あまりにも無惨な亀戸の姿。大和の心拍数は急激に上昇し、その鼓動音は自らの耳にまで届き出した時、大和の耳元で囁き声が発せられた。

『小僧よ・・・・・・心を乱したな?』

「しまっ―――」

『この程度で心を乱す小僧が我が主とは、嘆かわしいものだな』

 その口から発せられる声は、すでに大和のものではなかった。

 露出した神核に目を向けたフェンリルは、それを長い首で必死に隠そうとする玄武と目が合った。

『フェン・・・・・・リル!』

『荒神となっても自我を保ち続けるとは・・・・・・哀れだな』

『黙れ・・・・・・清一郎を返せ!』

 玄武は再びフェンリルの身体に噛みつこうとするが、フェンリルは難なくそれを回避する。

『我らが与えた大恩を・・・・・・忘れたと申すかっ!』

『忘れるわけが無いだろう! だから我はここに立っている。・・・・・・全く、小僧を心の檻に閉じ込めておいて正解だった・・・・・・昔の友はペラペラと語りたがるからな』

 玄武の身体からは大量の血液が流出し、立っていることがやっとの状態でありながら、依然とその瞳には鋭い眼光が宿っている。

『何度も・・・・・・何度も問いかけたのだ。・・・・・・何度も、何度も、何度も、何度も! だが、清一郎は返事を返さぬ・・・・・・。やはり、貴様が清一郎を隠したのであろう?・・・・・・ならばフェンリルよ・・・・・・頼むから清一郎を・・・・・・どうか、我が愛し子を返してくれまいか?』

 途切れ途切れになりながらも必死に訴える玄武。その姿には鬼気迫るものがあった。再生すらままならぬ身体。それでもなお、玄武はふらつく足でフェンリルへと歩み寄り、再び噛みつこうとした。

『あの小僧も俺に酷なものを残して逝きやがって・・・・・・恨むなよ!』

 フェンリルは、こちらに向かう玄武の首に牙を立てて咥え込み、その頭部を露出した己の外神核へと向けさせる。

『よく見ろ! お前の愛し子は死んだのだ!』

 その言葉に玄武は、目をさらに大きく見開いた。

『清一・・・・・・郎? おぉっ、清一郎・・・・・・そこに、そこに居ったのだな! なんと痛ましい姿になりおって・・・・・・!』

『今や、主を失ったお前は荒神だ! いずれは意識も言葉も、お前の愛し子との記憶すら失い、ただ悪戯に力を振るう厄災へとなり下がるだろう!』

『嫌だ・・・・・・嫌だ! 我は清一郎と共にありたいのだ! 荒神になどなりとうはない!』

 フェンリルは声を荒げる玄武から牙を外し解放する。

『・・・・・・我は清一郎と離れとうない・・・・・・なぁ、フェンリルよ・・・・・・頼む、せめて愛し子との記憶があるうちに・・・・・・この我が身を―――』

 その言葉が発せられた時にはすでにフェンリルは動き出し、次の言葉が発せられるよりも早く露出した外神核を喰らった。

『ふん、あの小僧との契約だ。もう眠れ・・・・・・我が友よ』

『すまぬ・・・・・・かたじけない・・・・・・』

 玄武はそう言い残すと、崩れ去るように倒れた。

『ウオオォォォォォォオオォォォォォォォオォォォォン!』

 フェンリルは玄武の亡骸を一瞥し、分厚い雲が覆うそれに向かって大きく遠吠えを放った。その姿はまるで、倒れた玄武の冥福を祈るかのようだった。

『・・・・・・ちっ、呪いが修復され始めたか。檻も破られるな・・・・・・』

 一瞬、前足の膝が折れ、バランスを崩すフェンリル。しかし、すぐに体勢を立て直し平然を装う。

「なっ・・・・・・フェンリルてめえ!」

 フェンリルの精神から身体を奪い返した大和は、目の前の光景に激昂する。

「玄武は俺が・・・・・・俺が終わらせねぇとならなかったんだぞ!答えろ、フェンリル!」

『ふん、半人前の小僧がどう粋がろうと知ったことではない。お前が我を従わせることすらできぬから獲物を奪われるのだ。お前が敬う老兵の最後を、見送ることすらできなかった気分はどうだ? 絶望したか?』

「てめえ!」

『全ては弱いお前が悪いのだ。それとも何か?今からお前の胸にある俺の神核をえぐり取るか? そうなればお前は無力だ。大層大事にしている小娘一人すら守れぬぞ?』

「うるせえ・・・・・・その口を閉じろフェンリル!」

 大和は怒鳴り声をあげるが、フェンリルはその口を閉じなかった。

『図星を突かれて言い返すこともできぬか。ふん、呪縛のおかげで辛うじて我を御している分際のお前がいくら吠えようと、負け犬の遠ぼえにすら劣る声では我が耳にすら届かぬ』

「調子に乗るなよ糞犬!」

 事実を突きつけるフェンリルの言葉に、大和は声を荒げただ激昂するしかなかった。

『まだ吠えるか・・・・・・ならばそこで見ていろ。呪縛が我が身を縛り付けるまで、この亀の亡骸が蹂躙される様をな!』

「なっ―――」

 再びその身体はフェンリルに乗っ取られ、身動き一つ取れない大和は、ただ強制的に視界に映しだされる光景を見続けるしかなかった。

『グロォァアァアァァ!』

 フェンリルの牙は玄武の肉を裂き、数回の咀嚼と共に次々と飲み込まれていく。その肉を噛み締め、飲み込む感触はフェンリルと共有され、自らの行動と錯覚してしまう。

「やめろっ!フェンリル!」

『ガゥアァアァ!』

 大和の制止など意にも介さずフェンリルは、玄武の亡骸をただ黙々と貪り続ける。

「止まれフェンリル! 食うな! 食うんじゃねえ!」

 血液が飛び散り、肉が擦れ、骨が砕ける音が砂の大地に響き渡る。

「頼む・・・・・・これ以上は、やめてくれ・・・・・・俺のじぃさんを食わないでくれ・・・・・・」

 その声はすでに憔悴しきっていた。

『ふん・・・・・・時間か』

 フェンリルはそう呟くと、フェンリルの口からは黒炎が漏れ始めた。

『全てを喰らえなかったか・・・・・・ふん、同族が人間風情に弄ばれるなど・・・・・・許せぬ』

「まさか! やめ―――」

『すべて無に帰してやろう!』

 フェンリルは大きく後方に跳ぶと、着地と同時に頭を仰け反らせて振り下ろす。

『フェンリル・カノン!』

 それは変わり果てた玄武の亡骸へと放たれた。

 空間を黒く塗り潰していくブレスは、これまで放たれたものとは比べ物にならないほどの規模を誇り、小さくなった玄武の身体を軽々と飲み込んでしまう。

「あ、あぁっ!」

『己の弱さに絶望しろ!お前が最も深き絶望の底に落ちる時、我らにかけれた忌々しき呪縛が解け、俺は自由の身となる!』

「じぃさんを・・・・・・よくも! 俺は、お前がやったことを絶対に許さねぇからな!」

『ふん、いくらでも吠えるが良いさ・・・・・・まだ弱き、我が主よ』

 フェンリルはそう言い残すと。精神の奥底へと去ってしまった。

 深く抉られた砂の大地には、すでに何も残ってはいなかった。亀戸との約束を果たせなかった大和は、ただ茫然と立ち尽くした。

 神格化している身体が一瞬にして黒炎に覆われ、刀剣とその鞘が落下する音と同時に黒炎は消滅し、大和はボロボロの服を纏う元の身体へと戻った。

「はぁ、はぁ・・・・・・ちくしょう・・・・・・」

 大和の膝は折れ、その身体は力なく倒れていく。

「すまねぇ、じぃさん。・・・・・・俺、約束を守れなかった」

 自分の不甲斐なさを呪う言葉が静かに吐き出され、投げ出された掌が砂を力強く握り締める。

 上空ではすでに、神核と共に消失した玄武の反応を確認した管制室によって大和の回収指示を受けたヘリがホバリングの体勢に入り、徐々に高度を下げ始めていた。

 着陸したヘリからは、素早く乗組員が大和の下へと駆け寄る。

「隊長!ご無事ですかっ?」

「・・・・・・あぁ、すまん・・・・・・氣を使い過ぎた・・・・・・」

「すぐに担架をお持ちします!」

「いや、歩ける・・・・・・肩を貸してくれないか?」

「は、はい!」

 隊員は素早く大和の腕を首に回し、ゆっくりと立ち上がらせる。

「悪い・・・・・・」

「いえ、それよりも・・・・・・酷い出血です。すぐに止血をしないと命に関わります」

「傷はもう塞がってる。・・・・・・あのクソ犬・・・・・・情けのつもりか・・・・・・?」

「えっ?」

「いや・・・・・・なんでもない」

 ふらつく大和の歩調に合わせ、隊員は慎重に足を進める。

「はぁ、はぁ・・・・・・早く帰るぞ・・・・・・あいつが待ってるんだ」

 吐き出される言葉はとてもか細く、弱々しかった。しかし、大和の瞳から放たれ続ける眼光が鈍ることは決して無かった。

北欧神話って良いですよね!

一番好きなのはやっぱりフェンリル。

この狼を描きたくて書いたと言っても過言じゃありません(*´ω`*)

あと好きな神様は、エジプト神話のセクメトですかね、あのチート感が溜まりません。

肉弾戦最強の神様ではないでしょうか?

皆さんの好きな神話とか、神様とかあったら教えてくれると嬉しいです。

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