第三話【交わされた約束】
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第三話【交わされた約束】
朝帰りをした俺は一人遅れて食堂に入り、渡された食事を持って一番奥の席に座った。すでに食事の定刻はとっくに過ぎており、この広い食堂にいるのは俺だけだった。
「・・・・・・」
目の前にある食事に手を付けるわけでもなく、ただ時間だけが流れて行くだけだった。
「これ坊主、何をぼーっとしておる?」
その時、前方から歩いてきた大柄な老人が声をかけられた。そして図々しくも俺の正面の椅子を引き、その上に腰を下ろした。
発達した筋肉が軍服の上からでもうっすらと存在感を発していた。しかし、この老人は不思議と圧迫感を感じさせない雰囲気があった。
「別に・・・・・・相変わらず不味い飯だと思ってただけだ。まぁ、生まれてこの瞬間まで旨い飯を食ったことなんてねぇんだけどな」
老人は俺の言葉に一瞬キョトンとした顔をしながらも、次の瞬間には盛大に笑いながら語り始めた。
「・・・・・・ぶっ、がっはっはっは!そうか、そうか。さてはお前さん、他の基地に行ったことが無いな?わしが食い歩いてきたところ、ここは全国の数ある基地の中でもマシな方じゃぞ?」
「不味いことは否定しねえんだな」
「当たり前じゃ、時代が悪ければ食材も悪くなる。じゃがの、料理人はこの厳しい環境の中で腕を磨き、旨いという一言のために血が滲むほどの努力を重ねた料理を出しておる。儂は、その気持ちを食べるんじゃよ」
老人は蓄えた髭を撫でながらそう答えた。その言葉を聞いた俺の手は、無意識に内に食事を口に運んでいた。
「そうかい・・・・・・ていうか、じぃさん。こんなとこで仕事サボってると上に怒られちまうぞ?」
「うむ、そろそろ奴がここを嗅ぎ付ける頃じゃな。ま、今日は面白い小僧に会えたから良しとしようかのう」
そう老人が答えたとき、ドタドタと食堂の外から軍靴を鳴らす音が聞こえ、強く扉が開かれる音が食堂内に響き渡った。
「い、居たぁぁぁぁぁぁあぁぁ!」
「早かったのう、もう見つかってしもうた」
入って来た早々に大声を上げた男は、ズレた眼鏡を片手で直しながら、ドスドスと足音を鳴らしてこちらに接近してきた。それに対し老人は特に動く様子もない。
「じぃさん、こいつ誰?」
「うむ、儂の秘書官じゃ。本当はもっと可愛い女の子が良かったんじゃがのう・・・・・・」
「はは、同感だな」
男が老人の前で仁王立ちになってなお、くだらない会話を続けたことに対し業を煮やしたのか、鬼の形相となって口を開いた。
「まだ片付いてない報告書があるというのに、何を暢気に油売ってんですか亀戸少将?」
「そ、そう怒るな曳舟。儂にも息抜きが必要なんじゃよう・・・・・・」
その言葉に、老人の大柄な体格は見る見るうちにシュンと縮こまっていく。
「じぃさん、偉い奴だったんだな」
「そうなんじゃよー。一応この京都基地の一番偉い人ということになるかのう」
「へー。偉い奴は椅子に踏ん反り返ってサボってると思ってたんだが、意外に大変なんだな」
「いやもーマジ大変で困っとるんじゃよー」
「私を無視してしゃべるんじゃない! それとそこのお前、亀戸少将閣下にその口の聞き方とは何事か!」
ついに曳舟と呼ばれた男はキレてしまい、大声で俺に怒鳴り散らした。
「いつもいつも少将は面倒ごとを私に押し付けて油売って!まだ本部への報告や備品の決済書類に、あぁ、資源納品書類もあった・・・・・・設備破損報告もなんで私がこんなにぶつぶつ・・・・・・」「おい、じぃさん。こいつすっげー病んでんだけど、大丈夫なのか?」
虚ろな目で譫言を発しながら項垂れている曳舟を指さして俺はじぃさんに問いかけた。
「うむ・・・・・・儂もこれ程までに曳舟が追い込まれておるとは思わんかったでのぅ・・・・・・」
曳舟のこの状態には、流石にじぃさんも罪悪感を隠せない様子で忙しなく、顎に蓄えた髭をなで続けていた。
「仕方ないの、仕事に戻るとしよう。ほれ、曳舟しっかりせい」
「はっ、私はいったい・・・・・・」
じぃさんに背中を軽く叩かれた曳舟は、遠くに居た意識を引き戻して我に返った。
「少将、早く業務に戻ってください!」
「わかった、わかった引っ張るでない・・・・・・それじゃまたの。第零討伐部隊、黒木葉 大和大尉」
じぃさんはその一言だけ残し、曳舟に引きずられて食堂から出て行った。
「あのじぃさん、俺のことを始めから知ってやがったな・・・・・・探りを入れに来たのか?まぁ良い。もう会うことも無ぇだろうしな」
一人食堂に残された俺は、止まっていた手を動かし途中だった食事を再開した。
それから数日が過ぎた頃、俺に任務が与えられた。
第一から第十までの討伐部隊は、清国のバトルロイドの他に、過去に神落としに失敗した際に野生化してしまった荒神の駆除が主な任務である。
それに対し、俺が所属している第零討伐部隊は、戦闘により死亡または暴走し、依り代となってしまった荒神の討伐を専門としている。もちろん、多くの兵から反感を買うことが予想されるこの部隊は、軍上層部直轄の秘密裡に組織された部隊である。基地指揮官、またそれに連なる幹部の面々がこの部隊の事を認知している。また、別名【神皇の懐刀】と呼ばれ、討伐任務以外では基地内部の汚職を告発する任務も兼任させられているため、基地幹部達からの対応もあまり良いものでは無い。
俺は穴蔵の通路を歩きながら、通信端末に送られてきた討伐指令に目を通す。
「なんでまた俺が討伐役なんだよ。大口の奴サボってんじゃねえだろうな?」
「誰がサボってるって?」
俺がぼやいていると、突然背後から声をかけられて肩を組まれた。
「うぉ! ・・・・・・居たのかよ!」
「丁度そこの角でお前を見かけてな。声を掛けようとしたらこの言われようだ」
背後から迫って来た大口は、その腕を首に回してきたため、回避して俺は振り返った。
「まぁ、事実だしな。で、何で二回続けて俺なんだよ?」
「おいおい、本人を前にして遠慮無しか? まぁいい。その任務はもともと俺に下された任務だよ。だが、少し前にそれが解かれてしまってな、それで大和を探して歩いてたんだよ」
「ちっ、俺より大口の方が安全に神格化できんだから、俺が出る必要ねえだろ」
「何言ってんだ。お前の適合率は、俺なんかより圧倒的に高いじゃないか」
「性格が違うんだよ、忠犬と猛犬並みの差がある。うちのは俺の身体を乗っ取る気満々だぞ?」
「はは、うちの忠犬は酷く気分屋だぞ? 大喰らいのくせに、食わず嫌いが多いから大変だ」
大口は愚痴を零してはいるものの、笑みを含んだその表情は決して暗いものではなかった。
「そんじゃ、精々死なないよう気を付けるこった」
「うるせーよ。お前こそ油断して討伐リストに載ったりするなよ?」
「俺がそんなへまするかよ・・・・・・まぁ、その時は大和、俺と真神のことは頼んだぜ」
「冗談じゃねえ。面倒ごとは嫌いなんだよ」
「ははっ、そりゃそうだ。お互いにそうならないよう気を付けようぜ。さーて、俺は少ない休日を謳歌させてもらうとするかね」
大口はそう言って身を翻すと、背伸びをして掌をヒラヒラと振りながら、通路を戻っていった。その大口の背中を、俺はただ無言で見送った。
夕刻が過ぎ、早めの夕食を済ませた俺は討伐の兵装を整えて所定のヘリに乗り込んだ。酷い音と風を発しながら機体は上空へと向かう。小さな窓の外から見える景色は廃墟と、立ち枯れた木々ばかりだった。
『まもなく目標地点の【高浜】に到着します。大尉、降下の準備を!」
「了解。今回の対象は風と雷を支配する麒麟だ。俺が降下したら全速力で退避してくれ」
「かしこまりました!」
俺はヘリのドアに手を掛ける。
「目標地点です!」
パイロットが大声で叫んだのを合図に、一気にドアを解放した。
「じゃ、行ってくる」
「ご武運を!」
その言葉を背中で聞きながら俺はヘリから飛び降り、降下を開始した。
「・・・・・・神威解放」
神威を解放させて身体能力が上昇した俺は、身体を地面と平行にして風の抵抗を最大限受ける姿勢を取りある程度降りたところで脚を下に向け、乾いた僅かな土煙と共に着地した。
「さーて麒麟はどこだ・・・・・・?」
俺が腰に差した索敵用の小型双眼鏡に手を掛けたその時だった。
『ヒュンッ―――ズドォォン!』
突然背後から衝撃が走り、土埃が激しく立ち昇った。
「何だ!」
いきなりの出来事に大きく飛び跳ねて距離を取った俺は、衝撃のために発生したクレーターの中で依然と揺らめく煙を柄に手を掛けて凝視した。
「驚かせて悪いのう・・・・・・この戦い、儂が貰い受ける」
煙の中から現れたのは食堂で話したじぃさん、亀戸少将だった。
「じぃさん・・・・・・なんでここに?」
「昔・・・・・・交わした約束を果たしに来たのだ」
その表情に、食堂での優しさを思わせる雰囲気はなかった。
「どういうつもりだ・・・・・・?」
「今回の麒麟討伐任務を、お主に変更したのは儂じゃ」
その時、数百メートル程の距離で天空より大地に向けて、凄まじい轟音と共に稲妻が走った。
亀戸少将は戸惑うことも無く、背後に落ちた稲妻の方へと振り返った。
「来よったか・・・・・・お主も資料を見て知っておると思うが奴は五反野という奴でのう、儂が中佐じゃった時の元部下じゃ。と言っても、奴は世渡り上手かったからな、儂よりさっさと出世しおったわい・・・・・・」
じぃさんは先ほどの雷と共に現れた麒麟を見つめて語り始めた。
「・・・・・・仲間の面倒見が良く、実力、教養を兼ね備えた五反野は皆に尊敬されておった。戦闘時の冷静さと毅然とした態度は、皆が安心させられていた。じゃが、奴は一つだけ恐れを胸の奥に秘めておったのだ。自分が荒野で死に絶えた時、依り代となった自分を誰が食い止めれるのかとな。まだその時、お主達のような第零討伐部隊など存在しなかった。荒神となってしまった者を出してしまった場合、それは基地ごとに討伐を行わなければならなかったのだ。当然、五反野の実力に並ぶものは多くない、大勢の犠牲が出ること間違いなかったじゃろうな」
麒麟は依然として動くことはなく、天を仰ぐかのように厚い雲に覆われた空を見つめていた。
「二十年ほど前か・・・・・・儂は当時、部隊を率いてとあるクーデター集団と数十年に渡って戦っておった。儂がまだ中佐じゃった頃、その部隊に五反野が配属されて来た。他の隊員より階級が近かった儂らは、戦いの数を重ねるたびに信頼し合うようになった。そして十五年前、長い戦いに幕が下りた。率いていた部隊は解散することになった時に奴が儂に言ったのだ。もしも、依り代となり荒神となった時は儂に殺してほしいと。これ以上、草を踏むことすら躊躇う麒麟を、殺生のために利用させないでくれ・・・・・・とな」
亀戸少将はその場で身体を翻し、俺と正面から向き合った。
「・・・・・・儂を止めるというなら、ひた隠しにしているあの少女と共に・・・・・・お主も潰すぞ?」
その瞳には先日の優しさの一片すら入ってなどいなかった。
「てめぇ・・・・・・その事をどこで!」
亀戸少将の言葉に激昂した俺は、添えられていただけの右手は鍔を強く握りしめていた。
「儂の情報網を甘く見ないことじゃな」
しばらくの沈黙。それを破ったのは俺の方からだった。
「・・・・・・好きにしろ。ただ、面倒事は御免だからな」
「すまぬ・・・・・・恩に着る!」
そう言い残し、亀戸は将官のみが身に着ける白い外套を脱ぎ捨て、麒麟の下へと歩を進めていった。
俺は、傍にある小高い丘に移動し、この戦いの行く末を静観することにした。
接近する亀戸に対し、麒麟は角の切っ先を向けて激しく威嚇していた。しかし、その歩みは止まることなく進み続ける。
こらえきれなくなった麒麟は甲高い鳴き声を発しながら後ろ足で立ち上がり、激しく放電する角を天高く掲げて一気に振り下ろした。
その瞬間、けたたましい雷鳴とともに辺り一面に雷柱が降り注ぎ、凄まじい閃光に思わず目を腕で覆った。
「くっ・・・・・・な、なにやってんだ!あのじぃさん!」
閉じようとする瞼を無理やりこじ開けた時、俺は目の前の光景を疑った。雷柱が降り注ぎ、何もかも吹き飛ばされた荒野に、亀戸は一歩も動くことなく仁王立ちで麒麟と向き合っていた。
「これじゃ・・・・・・これが・・・・・・」
身に着けていた衣服は黒焦げとなり、所々煙を上げている。
「これこそがお主の雷だ! ・・・・・・この迸る稲妻を! この雷の熱さを! この輝きを・・・・・・儂は・・・・・・儂は忘れぬぞ!」
雄叫びに近い声が辺り一帯に轟いた。
「・・・・・・神格化・武神玄武」
『ドンッッッ!』
亀戸の身体を外神核と呼ばれる有色透明な物質が包み込み、一瞬にして一体の巨大な亀が出現した。
体高十七メートル、鼻先から尾部まで二十メートル強の麒麟に対して、体高六十メートル、体長百八十メートルほどある玄武の迫力は相当なものだった。
「うわっ・・・・・・でけーな・・・・・・討伐対象にならないで頂きたいもんだぜ・・・・・・」
そこから先は一方的な攻防となった。高速で駆け抜け、次々と落されていく麒麟の雷は、六甲障壁によって悉く防がれ、またその進路はも展開される障壁で巧みに誘導し、完全に塞ぐことによって生まれた隙を突き、六甲捕縛守と呼ばれる拘束結界で四肢を抑えられた麒麟は、動く気配のない玄武の鼻先でもがいていた。
『ブルアァァァアァァァアァアァァァ!』
麒麟は牙を剥き出しにして玄武を威嚇する。角は激しく放電して赤熱すら帯び始めていた。すると玄武はその長い首を伸ばし、頭部を麒麟の頭部に擦り付けたのだった。
激しく稲妻が踊り狂うなか、玄武の行動には深い愛情を感じさせるものがそこにはあった。
『ブルルゥゥゥゥ・・・・・・』
稲妻は消え、激しくもがいていた麒麟は抵抗をしなくなった。そして玄武はゆっくりと頭部を離し、静かに見つめ合っていた。
「・・・・・・」
しばしの沈黙が続き、麒麟の琥珀色の瞳が閉じられた。玄武は身体に巻き付いている巨大な
白蛇をゆっくりと伸ばし、その口を開かせて麒麟を足元から飲み込ませ始めた。
「一体どうなってやがる・・・・・・?」
このありえない光景に俺は目を疑った。そこから先はあっという間だった。白蛇は難なく麒麟を丸飲みにし、玄武は天に向かって咆哮を轟かせた。それはまるで不条理なこの世界に激しく抗議するかのようだった。
神格化を解いた亀戸は、しっかりとした足取りでこちらへと戻ってきた。
「友との約束を果たすことができた・・・・・・深く感謝する」
開口一番そう言い放つと、深々と頭を下げられた。
「・・・・・・俺は何も見てねえし、任務も加減ができずに神核ごと麒麟を消し去ってしまったこと以外報告することはねえよ・・・・・・ただ、あんたが優希の事を黙っているならの話だがな」
俺は亀戸に完全なる敵意を露にして答えた。
「うむ、必ず約束は守る・・・・・・な、なんじゃその目は!信用せい!わしの口は堅いんじゃぞ!」
「信用ねぇ・・・・・・仕事サボるわ、部下を病ませるわ、いきなり俺の任務に乱入して回収支持が出てる神核を破壊しちまう人間を信用ねぇ?」
「ぐぬぅ、痛いとこを付いてくるのう・・・・・・」
「まぁ良い、それより・・・・・・あの時、なぜ麒麟は抵抗をやめたんだ?」
亀戸の表情が微かに強張った。
「・・・・・・麒麟は、五反野を守っておったんじゃ」
「守るだと?」
「中にいるはずの五反野に問いかけても答えない。当然じゃ・・・・・・奴はとうに死んでおるのだからな・・・・・・ずっと叫んでおったよ。なぜ返事をしない、春雪は我が守る、と繰り返し叫び続けておった」
「荒神化した神が言葉を発するのか?」
「お主は・・・・・・戦友を討伐したことがあるか?」
突然の問いかけに俺は言葉を詰まらせた。
「無いな。今のところは・・・・・・だが」
その答えに、亀戸は優しい笑みを浮かべた。
「うむ・・・・・・それはとても幸せなことじゃ。信頼し合った者同士に絆が生まれるように、その者に宿る神々とも僅かにではあるが縁が結ばれる。そうすると神格化した時にその神の声が聞こえるようになる。それは荒神になってしまってもだ・・・・・・まぁ、ほとんどの場合は言葉を失い、文字通り意味もなく荒れ狂う神となるがのう・・・・・・じゃが、人が本気で神を思い、神が本気で人を愛したとき、何があったとしても神は宿主を守り抜こうとする。たとえ自我を失おうともな・・・・・・」
口を閉じた亀戸は顎に蓄えた髭をさすっている。
「長話をしてしまったようじゃ、帰るとしようかのう」
「帰るって、じぃさんどうやって来たんだよ?」
「ん?始めから助手席に乗っておったぞ?」
「おい嘘だろ?・・・・・・ったく、パイロットを買収してたのかよ・・・・・・」
俺はため息を吐きながら通信端末を取り出し、ヘリに回収要請を発信した。
十分ほどでヘリが到着し、基地への帰路についた。
自室に戻った頃には朝食の時刻になっており、部屋には優希の姿はなかった。
「優希は食堂か・・・・・・」
食堂へと向かう時、俺は完璧に隠していたはずの優希の情報をどこで亀戸が手に入れたのかを確認していなかったことに気が付いた。
「飯食ったら隊長室に行かねえと・・・・・・」
食堂に入り、死角になっている定位置である席が見える位置に立つと、優希が座っているのが見えた。しかし、その表情は誰かと談笑しているようだった。
「なっ・・・・・・てめえ!」
それを見た俺は、食堂を歩く兵士を半ば押し退けるように席へと進む。
「あ、大和! 帰ってたんだね! 早く一緒にご飯食べよ!」
「お、おう、すぐに取ってくるから・・・・・・じゃねえ!何で優希と飯食ってんだジジィ!」
「む? 食事は誰かと共にするものじゃろ?」
スープを啜るスプーンを口から離し、悪びれることなく答える亀戸。
「いや、そうだけど、そうじゃねえだろ!」
「あれ? 大和もおじいちゃんと知り合いだったの?」
「お、おじい・・・・・・ちゃん?」
優希の口から出た単語に俺は表情を引きつらせる。
「な、なぁ優希、このじぃさんとは今日初めて知り合ったのか?」
「ううん、二ヶ月くらい前からかな? 大和が忙しくて、一緒にご飯を食べれない日はだいたいおじいちゃんと食べてたよ?」
「そうか・・・・・・おじいちゃんって呼び方は?」
「あぁそれは、僕が関東コロニーに住んでる、お孫さんに似てるらしくて、おじいちゃんって呼んでくれないかって頼まれたんだよ」
「へ、へぇー・・・・・・そうなのかぁ」
優希の話を聞いた俺は亀戸に詰め寄る。
「おいこらジジィ・・・・・・優希で孫プレイとはどういう了見だゴラァァァ!」
「孫プレイとは人聞き悪いぞ!」
「何がどう違うだ!あぁ?」
俺は座っていた亀戸の胸倉を掴み、顔を引き寄せる。
「ち、違わぬけど・・・・・・その通りなんじゃけど!」
「その通りなんじゃねーか!」
「悪いか!」
「悪いわ!」
「しょうがないじゃないか!だって儂、家族と離れて働いて寂しいんじゃもん!」
「んなこと知るか!」
「こ、こら、襟を使って絞め落としにかかるでない!」
「大丈夫だ。ここは食堂の一番奥の死角。誰も見てねえから安心して堕ちやがれ!」
「全くもって大丈夫じゃないではないか!」
いつの間にか俺の飯を取りに行っていた優希が席に戻ってきた。
「ちょ、ちょっと大和! おじいちゃんに何してるの!」
「うるせえ黙ってろ優希!」
「ぐっ、苦しい、苦しい! 優希君助けておくれ!」
「嘘つくな! 普通の奴だったら一瞬で落ちてんだよ! 首筋発達させすぎだろてめえ!」
「駄目だよ! おじいちゃん痛がってるよ!」
優希は掴みかかる俺を亀戸から引き剥がそうと引っ張りはじめた。
「騙されるな! お前は優しいから付け入られるんだよ!」
「そうじゃな、優希ちゃん純粋で優しいんじゃからチョロイわい」
「やっぱり演技じゃねえか! それとちゃん呼びすんじゃねえクソジジイ!」
「大和! やめなよ!」
この後、数分間の優希の説得の末、俺は亀戸の襟から手を離すことになった。そして、後日。俺と優希が食事をしている時、当然のように席に座るようになったのは言うまでもなかった。それはいつの間にか当たり前になり、俺もこの時間が楽しみになっていた。
じぃさんは、何かと言い訳をして俺の討伐任務にも付いてきていた。
「おい、何で毎回付いてくんだよ?」
「それ毎回言っておるのう。それは儂の可愛い優希ちゃんを泣かせぬためじゃよ。お主が死んでしまうと悲しむじゃろ?」
「可愛いのは否定しねえが、優希はてめえのじゃねえ。それにこの俺が死ぬわけがねえだろ」
「そうか、そうか。それは頼もしいのう」
亀戸は対象の索敵と地形を確認している俺に突然問いかけた。
「なぁ大和よ・・・・・・儂の子にならんか?」
「・・・・・・はぁ?」
あまりにも非現実的な問いに、俺は思わず双眼鏡から目を離した。
「いきなり何を言い出してんだよ?仕事中だ、つまらん冗談は後にしてくれ」
「本気じゃよ・・・・・・断じて冗談ではない。悪い話ではないぞ? 儂の権力を使えばお主をコロニーの内勤職につけることもできよう。それに、あの子をこの危険な世界に置いておかずに済む。どうじゃ良い話じゃろ?だから、儂の養子にならぬか?」
「・・・・・・そうだな。何の狙いがあるのかは知らねえが、飛びつきたい話ではあるな・・・・・・」
「そうであろう?」
「だが、答えはNOだ。俺はこの国を信用してねえし、何よりあいつは俺の力だけで守り抜くと誓ったからな」
俺の答えを聞いた亀戸は一瞬キョトンとした顔をしたが、すぐに笑いながら顔を伏せた。
「がはははは!そうか、そうか! ・・・・・・やはり奴に似ておるわい」
「何か言ったか?」
ぼそぼそとした亀戸の独り言が聞こえた気がして、気になった俺は問いかける。
「いや、気にするでない・・・・・・ちっ、せっかく儂が死んだ時の後始末をさせようと思ったのにのぅ。まだ生きねばならんのか・・・・・・」
「縁起でもねぇ、人間百年生きたらだいたいの奴が死ぬんだ。別に急がなくても良いだろ」
「いや儂、とうに百歳を過ぎとるしのう、玄武の神力の影響でまだ数百年は生きることになるじゃろうなぁ・・・・・・」
「へぇー・・・・・・っておい! じぃさん長生きしすぎだろ!」
「しかも儂は強いからのう、荒神化したら並みの兵じゃ儂を殺せぬ。大きな犠牲を生むことになるから死ねぬしのう・・・・・・全く、こんな世の中で長生きするのは嫌じゃな」
亀戸はため息を吐きながら近くに転がっていた岩の上に腰を下ろした。
「・・・・・・皆、儂を一人残して逝きおる」
その一言が口からこぼれ落ちた瞬間、亀戸の背中が酷く小さく見えた。
「・・・・・・皆、先に死ぬのかも知れねえが、また同じように出会う奴だっていくらでもいる。それで良いだろ? ・・・・・・人見知りの優希が懐いてるんだ。じぃさんが居なくなったら、あいつが泣いちまちまうだろ・・・・・・? だからさ、長生きしてくれよじぃさん」
「・・・・・・そうじゃのう、儂に新しく孫ができたんじゃったなぁ」
亀戸はゆっくりと立ち上がり、大和の傍に歩み寄った。
「だから優希はじぃさんの孫じゃねえって!」
「いや、孫じゃよ。あの子も・・・・・・大和、お主もな」
亀戸から俺は力強く、背中から抱きしめられた。
「頼れる者も少なく、一人であの娘を守り続けるのは辛かったじゃろう? よく頑張ったのう」
「・・・・・・離せよ」
「強がらなくとも良い・・・・・・その瞳に溜まった涙も全て溢してしまえば良いのだ大和よ」
「うるせぇ! てめえに何が解るって言うんだ! さっさと離せ! ・・・・・・離せよ・・・・・・」
不意に温かい感触が頬に走った。
「クソ、泣かないって誓ったのに・・・・・・優希には絶対に言うなよジジィ!」
亀戸の言葉に、涙は止めどなく流れ続ける。
「あぁ、我が誇りにかけて、その涙を他言せぬと誓おう」
「ちっ・・・・・・なら俺も誓ってやる。じぃさんが荒神になっちまったら俺一人で殺しに行く」
「うむ、心強いのう。なら・・・・・・もし、お主が生きておる間に儂が死ぬようなことがあれば、玄武をこの終わりない戦いの運命から解き放ってやってはくれぬか?」
「あぁ! 俺が糞ったれな運命から解放してやる! 絶対に!」
それを聞いた亀戸は、俺を抱きしめていた腕をそっと離した。
「大和よ、玄武の事を頼んだぞ」
ブックマーク押してもらうのは難しいですね(´・ω・`)
頑張って押してもらえる作品になるよう、頑張って書くので次回も読んで頂けると幸いです(*´ω`*)