エピローグ 【オデュッセイア】
完結です。
読んでくださると幸いです。
エピローグ 【オデュッセイア】
「―――ぃ! ―――にぃ!」
遠くから人の声が聞こえる。それはまるで誰かを呼んでいるようだった。それは徐々に鮮明な物へと変わっていく。そして―――
「大和にぃ!」
その声に俺はハッとなり、勢い良く身体を起こした。そこはさっきまで居たはずの明の家ではなく、オレンジ色の夕日に染まる教室だった。この光景は見たことは無い。だが、俺はここを良く知っている。まるで自分の記憶に知らない記憶が混ざり合ってしまったかのようだった。
「もう、大和にぃやっと起きたの?」
その声に、心臓が激しく高鳴った。
「えっ・・・・・・?」
俺は隣の椅子に座る、一人の女子生徒に目を向ける。その結果、心臓の高鳴りはさらに強さを増していく。
「ど、どうしたの大和にぃ、人を死んだ人を見るような目で睨みつめて?」
細く柔らかそうな白銀の髪。白い肌。灰色の瞳。目の前で呼吸し、動き、話し、生きているのは紛れもなく朝月 望だった。
「えっ、本当にどうしたの大和にぃ! わ、私、何か酷いことした?」
気が付くと、涙が零れ落ちそれを止める方法は無かった。
「だ、大丈夫? 大和にぃ、何かあったの?」
望はオロオロと、俺の前に膝立ちになって顔を覗き込んでくる。
「の、望・・・・・・!」
「や、大和にぃ! ここ学校だよ! 誰か来ちゃうよ?」
俺は椅子から崩れ落ちるように床に落ち、望の身体を抱きしめる。
「望が・・・・・・生きてる・・・・・・良かった・・・・・・本当に良かった・・・・・・」
我慢できずに嗚咽を漏らして泣きじゃくる俺に、望は依然として動揺している。
「えっ、私が生きてる? 大和にぃ・・・・・・怖い夢でも見てたの?」
勘違いしながらも、なんとなくこの事態を納得したのか望は落ち着きを取り戻し、俺の背中を摩ってくれていた。
「あぁ・・・・・・すげぇ怖かった。家族は死んだし、軍の仲間も、望も・・・・・・皆死んじまった」
「ぐ、軍? 一体どんな夢見てたの大和にぃ・・・・・・?」
「・・・・・・話しても、望は多分信じてくれなだろう・・・・・・。でも俺は、もう一度取り戻すことができた。なぁ望・・・・・・もう一度俺に、その掌を握らせてくれないか?」
その問いに、優希は耳まで真っ赤にして聞き返した。
「て、掌? ど、どうしていきなり! いつも私が繋ごうとしたら嫌がるくせに!」
「一度その掌を離して、望にすっげえ怒られた。だから俺は誓ったからだ。もう一度その掌を掴み取るって」
望は俺の話す言葉の意味も分からないまま、オドオドしながらその掌を差し出した。
「こ、これで良いの?」
差し出される小さな手のひら。それは緊張からか小刻みに震えている。俺は今にも壊れそうなその掌をゆっくりと握り締めた。
「やっと・・・・・・やっと掴むことができた・・・・・・」
俺はその掌を両手で包み込み、額に押し当てる。
「ねぇ、どうしたの大和にぃ? 私、ちゃんと話してくれないと分からないよ?」
その時、俺の胸元から強い輝きが放たれた。
俺はその光るものを胸から取り出す。それは望からもらったペンダントだった。
「綺麗・・・・・・大和にぃ、それは何?」
「これは・・・・・・お前から貰ったんだ」
「私、大和にぃにこんなすごい物、プレゼントした事ないよ?」
「そうか・・・・・・そうだよな。でも、確かにお前に貰ったんだ・・・・・・だからこれ、望が持っていてくれないか?」
「え、えっ、ちょっと」
突然の事に困っている様子の望の掌に、俺がペンダントを乗せたその瞬間だった。
「きゃっ―――」
部屋全体を眩い光が包み込み、その黄色い石は紐から外れ、光の塊となって望の胸の中へと吸い込まれていった。
オレンジ色だった夕日は完全に消え、教室には青白い光が差し込み、昼と夜の中間である、逢魔が時が訪れた。
「望、望、おい無事か?」
気を失った望を腕の中に抱き締め、その名を呼んだ。
「う・・・・・・ぅ・・・・・・大和・・・・・・にぃ?」
すぐに気が付いた望は、ゆっくりと目を開き俺の名を呼んだ。
「何だったんだ今のは・・・・・・おい、大丈夫か?」
望の身体を起こし、ふら付いている身体を片手で支えながら問いかけた。
「大和にぃ・・・・・・どうして・・・・・・?」
その言葉を聞いて、全身に冷や水を浴びせられた感覚になった。望は両手で顔を多い、涙を溢しながら俺を見つめていた。
「のぞ・・・・・・み・・・・・・なのか?」
「やっと・・・・・・名前を呼んでくれた・・・・・・大和にぃ!」
望はその瞳から止め処なく涙を溢しながら俺に抱き付いた。
「どうして大和にぃが・・・・・・どうして私の前に大和にぃが居るの? ・・・・・どうして私、生きているの?」
「変えたんだよ・・・・・・戦争が無かった世界に!」
俺は望を抱きしめ、ずっと撫でたいと願っていた白銀の髪を優しく撫でた。
「やっと望の手と繋ぎ直すことができた・・・・・・もう絶対に、俺はこの手を離さねえから!」
望の掌を握り締め、それを優希の顔の前で示した。
「うん・・・・・・嬉しい」
望は俺の胸に顔を埋め、照れながらそう答えてくれた。
互いに抱きしめ合い、辛くない沈黙の時が緩やかに流れて行った。
「どうせ大和にぃのことだから・・・・・・一人で無理をしてきたんでしょ?」
沈黙を破った望の問いに、俺は首を横にふって答える。
「いいや・・・・・・違う。俺一人じゃ過去を変えることなんてできなかった。いろんな人に力を借りて、いろんな奴に知恵を授けられて、俺を信じてくれた皆が・・・・・・俺に協力してくれたから、望と再会する事ができたんだ」
「そうなんだ・・・・・・もう大和にぃは、一人じゃないんだね・・・・・・良かった・・・・・・!」
声を震わせ、涙を浮かべながら話される望の言葉には、様々な思いが込められているのを感じられ、抱きしめる腕は自然と力が籠ってしまう。
「ねぇ、聞かせて? 大和にぃは、どんな人達と出会って、どうやって過去を変えたの?」
「あぁ、良いぜ。俺達が皆でやり遂げた全てのことを話そう。だけどこれは―――」
俺は深く長く息を吸い、二つの肺の中に満杯になるまで空気を入れて、こう答えた。
「―――すっげえ、長い物語なんだ」
黒き狼のオデュッセイア 完
一応、これで完結になります。
思えばホメーロスのオデュッセイアを読んだことが始まりでした。
日食の周期を調べたり、松江の地形を調べたり、旧暦の神無月を調べたりしました。
時間がかかった作品で一番思い入れがあるものとなりました。
ここまで読んで頂き、本当に嬉しいです。
ありがとうございました。




