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妹が恋人になりました。  作者: 蒼龍 葵
ー弘樹 論文発表会編ー
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第六話 「ご主人様お帰りなさい」

 俺は今5人グループで行っている抗がん剤研究に関する論文のまとめで、連日連夜誰かの家に泊まりこみでその作業に追われていた。

 男3人、女2人のグループなので、女子二人は倫理的にも問題があるので、夜は別行動を取り文献検索をしてもらっている。

 残った俺達野郎3人は家を交代で提供しあって文献のまとめとデータ収集作業をしているのだが、どうやら今日は順番で行くと俺の家に泊まりに来るというプランらしい。

 ふと、ボールペンを動か居ていた森田があっ!と声をあげた。


「そういえば……弘樹んトコ、1年生の雪音ちゃんがいるんだよな?」

「……そうだけど」

「マジかっ!あの子すっげえモテんだぜ?噂の雨宮センパイの超可愛い妹さんって!やっべ~もしかして、今日一つ屋根の下?」


 げらげら笑う同じ薬剤部4年生の森田と田嶋はすげえ楽しみといやらしい笑みを浮かべている。

 冗談じゃない。こんな獣と一緒に雪を寝かせるもんか。

 ――まあ、部屋が違うから全く問題ないだろうけど。俺はそう高を括っていた。




「おっ邪魔しま~っす」


 昼飯を食った後に図書館で借りて来た本を持ち、森田と田嶋は俺のナビ通りに車で家までやってきた。

 しかも、何かパーティでもするつもりなのか、ちゃっかり食料と酒まで買い込んできている。


 珍しく俺が大学の仲間を家に招くということで、本日休日の母親と雪までが気合いを入れて夕食の仕込みをしていた。

 わざわざ着なくてもいいのに、雪は白いフリルのエプロンをつけて玄関まで二人を迎えに来る。


「いらっしゃいませぇ」


 黒いワンピースに白いフリルつきのエプロンはどう見てもメイドさんにしか見えない。

 これで白いカチューシャなんてつけた日には『ご主人様お帰りなさい』状態だ。

 そんな雪の姿を見た二人の仲間はすげえ…と呟きながら雪の全身を舐めるように見つめていた。

 不躾な視線を感じても雪は全く動じる様子すら見せない。


「うわぁ可愛い。はじめまして。田嶋 裕也です」

「どうも~!俺、弘樹のお友達の森田 剛君ですっ!」


 森田の自己紹介に軽く吹いた雪の笑顔を見てちょっとむっとした俺は即名前を訂正した。


「おい、勝手にアイドルになるなって……伸治だろ伸治」

「チッ…弘樹、俺にだって可愛い妹の前で夢くらい見させろや。明日までお邪魔させてもらうね雪音ちゃん」

「はぁ~い」


 ゆっくりしていってね?と可愛く微笑みながら言う雪の姿をみて、この二人の獣はしまりのない顔を向け、完全に悩殺されていた。

 何となく気分の悪い俺は、二人をさっさと階段に通し、自分の部屋まで案内する。

 飲み物取ってくると声をかけ、俺は1人で一階に降りて3人分の飲み物を取るため冷蔵庫を開けた。


「あぁ~っ!ひろちゃんは上で勉強してて?ユキが持っていくからっ」

「え?何で……」


 既に中で冷やしていた麦茶を手に取り、コップも3つ用意していたのだが、その手を強制的にとめられる。


「いいのっ!いいのっ!早く上がって上がって!」


 エプロン姿の雪にぐいぐい背中を押されて強制的にキッチンから追い出される。

 何やら甘い香りがするところを見ると、お菓子でも作っているのだろう。……多分、俺の大好きなチーズケーキ。

 結局手持無沙汰のまま2階に戻って来た俺は、便所か?と森田に笑われた。



 数分後に部屋のドアをノックする音が聞こえる。俺はドアを開けてお菓子とお茶を持って雪の姿を見て思わずドアを閉めたくなった。

 どこから持って来たのか、先ほどの格好に白いタイツを履き、頭には白いカチューシャをつけている。

 ……完全にメイドじゃないか……

 俺はドアを半分閉めた状態で雪をこの獣のいる中に入れて良いものか葛藤していた。


「ゆ、雪……その格好は……」

「だって、ひろちゃんのお友達をおもてなししなきゃっ!チーズケーキ焼いたの。ひろちゃん大好きでしょう?」


 チーズケーキを俺の為に焼いてくれるその心意気は嬉しいんだけど、なんでわざわざ男がいる時にそんな可愛い格好で……


「そ、それは嬉しいんだけど、その格好な……」

「お待たせしましたぁ~!ユキちゃん特製のケーキとお茶だよっ」


 俺の悩みなど一切無視した雪はドア前の攻防をあっさり制して中に入って来た。

 勿論論文に取り掛かっていた二人も雪の格好を見てぽかんと口を開けたままフリーズしている。

 だよなぁ……やっぱ。


「――ひ、弘樹……お前……雪音ちゃんになんて格好を……」

「すっげえメイドちゃんスタイルじゃん。何、お前コスプレ趣味あんの?」

「違うっ!!」


 多分、何を言っても実際にこんな格好されたらどう解釈されても仕方がないと腹を括った俺はため息をつきながら文献検索に移行した。

 いくらここで雪の話で盛り上がっても俺達には時間がない。さっさと1次提出しないと今度は面倒な教授のお小言がついてくる。

 雪が作ってくれたチーズケーキは相変わらず俺好みの甘さ控えめで、外で買うものと比べものにならないくらい美味しかった。



 夜になり、やっと論文の目途がついたところで交互に風呂に入り、寝る支度に入る。

 俺の部屋は男3人寝るには流石に狭いので、田嶋と森田にそのまま部屋を提供した。


「弘樹、まさか雪音ちゃんと寝るのか!?そんなのお兄ちゃん許しませんよっ!」

「だって男3人で布団並べたら狭いだろ。俺の部屋は好きに使っていいから。じゃあまた明日な」

「くっそ~可愛い妹と一つの部屋だなんて…羨ましいぞ弘樹ぃぃ!!」


 背後から憎しみ混じりの叫びを聞きながら俺はドアを閉める。

 間向かいにある雪の部屋をノックするとはーいとすぐ返答があった。

 雪の部屋はいつも綺麗に整頓されており、不必要なものはあまりおいていない。だが、ベッドを圧迫してる巨大な熊のぬいぐるみは一体いつまで置いているのか。

 寝る準備をしていたのか、雪は長い髪を一本にまとめて縛っており、ピンクの熊さん柄のパジャマを着ていた。雪はいつになっても若干服のセンスが少女趣味なのは変わらない。部屋も相変わらずピンクが多くて少しだけ目が疲れる。

 俺が枕だけ持って無言で部屋に入ると雪は嬉しそうに俺の背中に抱き着いて来た。


「えへへっ。今日はひろちゃんと一緒に寝れる」

「はいはい……。あれ、俺の布団どこ?」

「ひろちゃんは、雪と一緒にここだよ?」


 きょとんとした雪は、俺の手を引っ張ってベッドの上に座らせた。

 巨大な熊さんのぬいぐるみをごめんね、と言いながらフローリングの方に避けている。それにしたって、大の大人が二人でベッドに寝れるか。セミダブルとかじゃないんだから間違いなくどちらかが落ちるだろう……

 俺の無言の不安を感じ取ったのか、雪は少しだけしょんぼりした顔を見せた。


「ユキ、そんなに寝相悪くないよ?」

「そ…そういう問題じゃなくて…な……」

「じゃあどういう問題?」


 段々拗ねてきた雪はぷぅっと頬を膨らませていた。雪と一緒に同じベッドに寝たら、今晩は一睡もできないだろう。

 向かいの部屋には同じ学部の友人達がいるんだから、これでもしも変なことになったら間違いなくネタにされる。


「――今日は学部の仲間がいるからダメ。また今度な」

「えぇ~……ひろちゃんと一緒に寝たい~」

「俺が寝れないんだって……」


 固いフローリングの上にせめてものクッション代わりになるブランケットを敷いて俺は自分の部屋から持って来た枕を置いた。

 さほど寒い時期じゃないので俺はそのまま寝ようと心に決めると頭上からぐすっとすすり泣く声が聞こえた。

 まさかと思いベッドの上にいる雪を見ると何故か鼻水を垂らして泣いている。泣かせるようなことを言った覚えはない。


「ゆ、雪!?どうした……」

「ひろちゃんが、ユキのこと嫌いなんだ……ユキ、今日…頑張ったのにぃ……」


 頑張った――?あぁ、チーズケーキに夕食にあのメイド服?のことか。

 確かに俺の友人が来てもちゃんと妹らしく振る舞っていたような気がする。いつもみたいにひろちゃんは彼氏ですとか言わないし、論文の邪魔も一切してこなかった。


 何時も帰りの遅い俺を待って、恋人になってもなかなか一緒に話をする時間もなくて、大学でも俺と雪は学ぶ時間もやっていることも全然違うからほぼすれ違いだ。

 雪はきっと俺と一緒の大学に入ったら1年間くらいは一緒に居られると思っていたのだろう。


 大学4年になると殆どが実習や論文、研究が多いのでサークル以外で雪と顔を合わせることなんて無かった。

 今日は久しぶりに家で論文をやるって聞いていた雪は相当嬉しかったに違いない。毎度違う人の家で論文作業に追われている俺をただ待って……。

 文句の一つも言わずに一途に待っててくれる雪の深い愛情を感じた俺は泣きじゃくっている雪をぎゅっと抱きしめた。

 小さな身体はすっぽりと両腕の中に収まる。


「雪、一緒に寝ようか」

「ホント?ひろちゃんと一緒?」


 ぱぁっと雪の表情が明るくなる。やっぱり雪には笑顔が一番似合うし、可愛い。

 この笑顔があるからこそ、俺は今の辛い論文と実習に耐えられるようなものだ。


「……その代わり、声出すなよ」

「?……うん」


 泣いていた顔はすぐに笑顔へと変わり、俺は雪の涙をそっと指の腹で拭い、唇に触れるだけのキスを落とした。

 柔らかい髪を梳きながら額と頬にも軽く口づける。

 もぞもぞした雪が恥ずかしそうに顔を赤らめていたので、俺はだから言ったのに、と笑いカチリと電気を消す。

 最後にお休みのキスをして、二人で仲良く狭いベッドで眠れない夜を過ごした。

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