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第五話 「10センチの距離」

 講義の入っていない日曜日に俺と雪はとあるスポーツ用品店を訪れていた。

 俺がいるという単純な理由でテニス愛好会に入った雪は、実際テニスなんて全くのド素人だ。

 女子高上がりの雪は勿論学校でもテニスなんて授業で触れた程度しかない。

 彼女の友人である田畑たばた 麻衣まいちゃんは羽球をやっているので、雪も何度かこういう店を訪れたことはあるそうだ。


 俺は論文提出に追われていたので昨日も殆ど眠れていない。だが、雪からお願いと言われたら断れない……

 くぁーっと手を押さえてあくびをしていると、丁度俺の方を見ていた一般人と目があった。

 大あくびをみられて恥ずかしいと思い顔を背けると、今こちらを見ていた人がずずっと近づいて来た。


「あのぉ……もしかして、雨宮先輩ですか?」

「へ……?あぁ、うちの大学の人?」

「はいっ!藤崎ふじさき 秋華しゅうかと申します。一応テニス愛好会に在籍してるんですけど、なかなか先輩いらっしゃらないから……」


 そうだった…あのサークルは女子40人もいるんだから俺も覚えてなくて当然か。

 しかしあちらは俺のこと覚えているのに、俺は部員の顔を殆ど知らない。

 ……これって失礼に当たるんだろうなぁと思いながらも忙しさに負けて名前程度しか把握できていない。


「先輩、お買い物ですか?」

「うん。俺じゃなくて雪が――……」


 ちらりと店の中に視線を向けると、雪はTシャツとラケットで悩んでいるようだった。

 ラケットなんてどれも変わらないのに、とその真剣に悩んでいる雪の姿を遠目で見て思わずくすりと笑みが零れる。

 俺の笑顔をまじまじと見ていた藤崎さんは変ですよ…と一言だけ呟いた。


「桜田さんって、先輩の妹さんなんですよね?」

「そうだけど?」


 苗字が違うので義理の妹であるということはみな肌で察している。

 だが、明らかに雪の異常な俺への執着はどう見てもただの兄妹だけでは片付けられないと薄々感じているようだった。


「ってことは、雨宮先輩って今フリーですか?」

「……ノーコメント」

「えぇ~っ。ずるいです。教えてくださいよ。彼女いるんですか?」


 新人歓迎会の時に雪が酔っぱらった勢いで『ひろちゃんはユキの彼氏でーすっ!』と言っていたのだが、誰一人とてその発言を真に受けてる者はいなかった。

 今もこの1つ年下の後輩が俺の腕を引っ張りながら教えてくださいよ~と絡んできている。

 面倒なので雪が恋人ですと言ってしまった方がいいような気はするのだが、如何せん肝心の雪の気持ちが分からないので躊躇われる。


 買い物を終えた雪の視界に俺と藤崎さんが絡んでいる姿が入り、一気に表情が険しくなった。


「ひろちゃん!」

「あ、あぁ雪。買い物終わったのか?」


 雪が戻ってきてくれたので俺はするりと藤崎さんの腕の拘束から逃れて雪の頭をぽんぽん撫でる。

 自分の隣に戻って来た俺を見て雪は不機嫌な表情を一変させてにっこりと微笑んでいた。


「ひろちゃん、帰ろう?」

「……桜田さん、ちょっと」

「ほえ?」


 小首を傾げながら藤崎さんのちょいちょいという呼びかけに応じる雪は何か耳打ちをされているようだった。

 何の話をしたのか、雪は物凄く嬉しそうな顔をして彼女の手を握ってぶんぶんと上下に振っていた。

 戻って来た雪の笑顔があまりにも幸せそうでこっちまで幸せな気分になる。

 帰り道は風が冷たかったので、久しぶりに雪の小さい手をぎゅっと握って歩く。


「えへっ……ひろちゃんのおててあったかい」

「風邪引かないようにしなきゃな」


 俺は照れ隠しの為にマフラーをさらに深く口元までもっていき、少しだけ赤くなった頬を隠して手を握ったまま電車に乗り込んだ。




*************************************************




 昨日の論文仕上げの所為で睡眠不足だったのがピークにきた俺は二階に上がり自分の部屋のベッドに転がった。

 昔は180㎝のパイプベッドを使っていたが、流石に勉強机とベッドの底がぶつかりそうになったので解体して今はシングルベッドを置いている。

 雪は購入してきたものを自分の部屋で並べているようだし、これでお買い物は終了…と俺はぼふっとベッドに沈む。

 あぁー…歩いたし眠いしちょっと疲れた……


 ――……


 うとうとしていると腹の辺りにずしりと何かがのっかっている感覚があった。

 何かと思い恐る恐る目を開くと、そこには馬乗りになって俺の腹の上に座っている雪がいた。

 しかも、先ほど一緒に買い物にいった時に買ったテニス用のウェアを着用している。

 白いスカートに、白いシャツ……

 ぴらりと揺れるスリットから見える白い太腿に俺ははっと現実に引き戻され、ぎくしゃくしながら雪の顔を見つめた。


「ゆ、雪……その格好は?」

「可愛かったから、スコート買ってみたのっ。練習用にどうかなぁ?あと、白いシャツも可愛かったから買ったの!」


 似合う?と微笑まれても非常に困る。


 雪が微妙に乗っている位置は俺の股間のすぐ上だし、際どいテニスのスコートはパンツがちらりと見えそうなくらい短い。

 それに――可愛いと言って買ったその白いシャツからはピンクと黒のレースがついたブラジャーがはっきりと透けて見えていた。

 ……こんな、男の理性をぶった切るような格好させるわけにいかない。

 しかも……あと10センチくらい下に座られていたら俺は大変なことになっていた気がする。


「雪、その格好は大学で禁止な?」

「どうして?」

「……俺が嫌だから」

「うん、わかった!じゃあお家で着る用にするね?」


 あっさりと納得した雪は目の前でいきなり白いシャツを脱ぎ始めて俺は慌てて顔を覆った。

 だから……昔と違うんだし、もう少し女の子らしくして欲しい……

 いきなり男の前で着替え始めるとか……俺だってそんなに理性が強いわけじゃないんだから……。


 ……もしかして、雪は襲って欲しいんだろうか?

 でも雪の気持ちが兄妹の延長線上な気がしてなかなか手が出せないから困る。

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