第二話 「新入生歓迎会」
――新入生歓迎会。これはどこの大学でもきっとサークル集まりでやっていることだろう。
4月から俺の大学に入った雪音は、勿論俺と同じサークル『テニス愛好会』に所属していた。
俺は元々高校でテニスをちょっとかじっていただけで、在籍はしていたものの本格的にプレイをしていたわけではない。
本来であれば俺みたいな幽霊部員をさっさと出して欲しかったのだが、俺が在籍していると部員が増えるとか言うよく解らない理由で結局3年そこに籍を置いていた。
その名残が大学に入っても通用していたようで、俺の顔と名前を知っていた先輩が是非っ!と涙ぐみながら勧誘してきたので断れなかった。
テニス愛好会は飲み会をそこそこやっており、部員は男子40名、女子40名と結構な人数でやっている。
ありがたいことに強制参加なことは少なく、俺は適度にイベントに参加させてもらいながら楽しく過ごしてきた。
「今年のテニス愛好会の新人ちゃんにかんぱ~い!!!」
サークルの部長を務めている経済学部4年の御岳さんと神崎さんが音頭を取る。
俺は久しぶりの参加だったが、まさかの雪がテニス愛好会に入るという風の噂を聞いて飲み会には強制参加させられることとなった。
隣に座ってきた法学部4年の三好さんは男漁りで有名な子だと聞いていたのでちょっとだけ距離を取っていた。
法学部の子はなかなかに肉食女子が多く、頭はキレるから相手の性格や内面的な事情にずばずば介入してくる。
出来れば俺と雪の関係には深く入って来てほしくないのだが、酒をちびちび飲んでいても雪は可愛いのですぐに目立つ。
今も今回入った新人の挨拶をしているのだが、雪はいつものように「ひろちゃんが居るのでテニス愛好会に来ました」と笑顔で言っていた。
しかも俺の姿を見つけてすぐさまにこにこと近づいて隣に座ろうとしたので、流石にそれは同期から止められた。
1年生はこっち!と部長達に連行される雪は物凄く寂しそうな顔をしていたが、公私混同するわけにはいかないのでそれは当たり前だと思う。
部活とか、そういうのって縦社会なのは変わらない。ここにはここのルールがあるんだから、俺達がいくら兄妹で恋人だからってそれを例外には出来ないのは当然だ。
「…ねぇねぇ。雨宮君。あの桜田雪音ちゃんって、雨宮君の妹さんなんだって?」
「うん……そうだけど?」
肩が触れそうな距離まで近づいてきた三好さんがこっそり俺に耳打ちをしてきた。
グラスに持っている酒は大した強いカクテルではない。明らかに誘ってきているその態度にちょっとだけうんざりした。
俺が苦笑しながらすっと腰を引かせると、三好さんは何処となくむっとした表情になるが、別に興味のない女性から絡まれるためにここに来たわけじゃない。
「そんなに警戒しなくてもいいじゃん?――で、雪音ちゃんにカレシは?」
「さぁ……そういうこと、詮索して楽しいの?」
「えぇ~。弘樹お兄ちゃんと一緒に住んでるんでしょう?そういう話の一つや二つくらいあるじゃ~ん」
ぐいぐいと腕を揺さぶられて俺はどう返したらよいか本気で悩んだ。
俺が彼氏ですと言ったら雪はこれからの大学生活が真っ暗になるだろう。まさかお前兄ちゃんと付き合ってるの?なんて知られたら雪が可哀想すぎる。
とは言え、俺も薬剤師の資格を取る為に6年制の専攻にしたので、あと2年間はここで耐えないといけない。
せめて、俺と一緒に過ごした面子が卒業してくれたら雪もちょっとは気が楽になると思うのだが……
俺達は結局お付き合いすることにしたが、雪はまだ苗字と戸籍を変えていない。
なので、俺達は未だに家族の戸籍に入っているが、夫婦別姓という形をとっているので俺と雪ははたから見たら兄妹には見えない。
勿論血も繋がっていないので全く似ていないし、別に付き合ってますと言ったところで害はないのだが、やはり周囲が俺達が兄妹の関係であることを知り過ぎているので、今更お付き合い始めましたとも言えない。
「あーっ!ひろちゃんが浮気してるっ!ダメだぞユキの目の前で他の女といちゃいちゃするなんてっ!!」
突然大声でかかった雪の声に、俺は思わず飲んでいたビールを吹き出しそうになった。
驚いた三好さんも俺の腕からするりと手を離してくれる。その様子を満足そうに見下ろした雪音はジョッキを片手に立ち上がった。
「ひろちゃんは、ユキの大事な彼氏でーすっ!だから、ユキに内緒で手を出したら怒っちゃうからね!」
けらけら笑いながらジョッキに入ったビールを飲む雪音……
あれ、そういえば雪ってまだ未成年――……
「おぃっ!誰だよ、雪チャンのジュースとビールすり替えたやつ」
「はにゃ……」
ぐいっと一気飲みしたのはビールだったようで、雪は一気に顔が赤くなっていた。
さらに陽気になった雪を見てこれはやばいと思った俺は慌てて席を立った。
「すいません、俺、雪連れて帰ります」
「おぅ、悪ぃな雨宮。親御さんによろしく言っといて……流石に未成年に飲ませたのバレたらやべーし」
ふらふらになっている雪を背後から支えた御岳さんが後は頼むと雪を俺に託してくる。
「はい。すいませんがお先に失礼します」
俺はまだ笑っている雪にぐっと近づいてその小さな手を取ると居酒屋を後にした。
背後から仲良いねえ、とかいい兄ちゃんだなぁと笑っている声が聞こえてくる。
外の冷たい空気に触れると雪もようやく現実に戻って来たようで、小首を傾げながら不思議そうな顔でこちらを見つめてきた。
「……あれぇ、ひろちゃん。なんで出たの?」
「雪がお酒飲んじゃったから」
「えぇ~。ユキ飲んでたのオレンジジュースだよぉ」
へらっと笑う雪は未だにビールを一気飲みしたことを覚えていない。これでもまだ意識が飛ばなかっただけマシだと思う。
「ほら、雪。おぶるから」
「うんっ!」
すっかり足元がふらついている雪を背中におんぶして俺は家の最寄り駅まで歩く。
きゅっとしがみついて来る雪は嬉しそうに笑いながらひろちゃんの背中あったかいと呟いてそのまま眠っていた。
すぅすぅと心地よい寝息を立てている雪を起こすのが可哀想だった俺は、そのまま電車には乗らず、家まで徒歩30分の道のりをちょっとだけ成長した雪をおんぶしたまま帰ることにした。