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- Lost help -  作者: nau
牢獄篇
2/17

1 『有罪判決』

 目覚めは一瞬だった。

 普段ならば、ぼうっとした意識が覚醒するまでに十五分は掛かるところを、本日は零コンマ数秒の超高速。全日本早起き選手権なる大会があったならば、優勝間違いなしのぶっちぎりの記録と言えた。


「はぁはぁ」


 起きて早々の吐息。

 まるで昨晩の荒々しくも情熱的な出来事を今になって体が思い出したかのようだった。


「はぁ、はぁ、はぁはぁはぁはぁ、すぅはぁぁ」


 一息吸って、思い切り吐き出した。肺に溜まったものをすべて吐き出して、新鮮な空気を取り込もうと全身で試みる。しかし、吸い込んだ空気は口を通って鼻に強烈な臭いを送り、今度は思い切り咳き込んだ。


「がはっがはっ」


 痰が口の中に漏れ出す。目をきつく閉じ、身を縮めながら喉の不調を必死に堪える。

 結局、不快な感触を一層強めて、夕凪の寝起きの時間は終了した。


「おいおいおい、ここ、どこだ。うそだろ、何だよこれ」


 目の前に広がる光景に絶句する。

 そこは窓一つない暗く狭い一室で、三方向を壁に囲まれ、残り一方向に鉄格子が嵌められたまさしく牢獄だった。


「え、どういうことですか。ねぇ誰か教えてくださいよ。無理無理無理、意味分かんないし、何のギャグだよ。今どき流行らねぇよ、こんなドッキリ。なぁ誰かいるんだろ。こんな一室に大学生一人閉じ込めて一体どういうつもりだよっ! 映画の撮影か、エキストラ呼ぶにもきちんと許可がいるんだぞ。無断でこんな場所に入れて撮影してるってんなら、その映画会社を今すぐ訴えてやる。監督は一生表舞台で作品作れなくしてやるからなっ!」


 叫び声は独り歩きし、周囲の壁に反響して、フロア全体に広がった。


「誰かいるんだろ。頼むから出てきてくれよ。どういうことなんだよ。これ、え? もしかして夢、こんなリアルな夢が見られるようになったのか、俺は」


 毛布の手触りを確認し、引きつったように口角が釣り上がる。その感触はとても夢とは思えないほどにリアリティのある質感だった。


「夢じゃないのか」


 きょろきょろと辺りを見回し、臭いを嗅ぐ。

 鼻先に鉄の錆びた香りが漂い、

 遠くの方から水滴の垂れる音が聞こえてくる。

 背中に感じる冷たい空気に身を震わせ、恐る恐る夕凪はベッドから降りた。ベッドの下に置かれていた草履ような履物に足を通し、ゆっくりと立ち上がる。

 意識ははっきりしていたが、体は余り言うことを聞かない様子で、立ち上がって直ぐにまたベッドに尻餅をついた。


「長袖シャツに長ズボン。おまけに服装全部が灰色で統一なんて、どこぞの刑務所もこんな感じなのかな。てか、今の俺ってもしかして囚人設定……」


 簡素な部屋には小さな洗面台と仕切り板のみのトイレが設置されていた。掃除は行き届いているのか、部屋全体を見回しても汚い印象は受けない。


「照明が意外と眩しい……」


 小さく呟き、ため息を吐いていると、通路の向こう側から足音が聞こえてきた。夕凪は鉄格子に飛び付き、覗き込むように通りの奥に目をやった。

 少しすると、通路の突き当たりの角から一人の人物が姿を現す。


「看守役か。にしては派手な格好だな」


 現れた人物は青い髪の青年だった。

白の装束を身に纏い、腰に一本の剣を携えている。白の装束には右胸を通るように縦に二本の線が引かれ、丈は膝下の辺りまである。左胸には何やら紋章の様なものが縫い付けられ、その者の所属を表していた。


「コスプレイヤーか、看守はもう少し地味な服装にした方がいいだろ。あれじゃまるでどこかの国の騎士さんみたいだな」


 簡単な感想を述べ、そのまま青髪の青年を見つめる。青年はゆっくりとした足取りで歩いてくると、夕凪の入れられた牢屋の前で立ち止まった。

 夕凪と視線を合わせ、僅かに目を細める。夕凪は何も言わず青年を見返した。


「108番室。お前だな」

「何がだ」


 咄嗟に夕凪は聞き返した。


「ゼム婆様が呼んでいる」

「いやいや、いつまで続くんだよこの芝居。そろそろ終わってもいいだろ。続けるならせめてこの映画の監督と話をさせてくれ。ギャラ交渉はその後だ」

「何を言っている」

「悪いが俺の出演料は高いぜ。無理やり出演させた分を加味してギャラは提示させてもらう」


 青年は一度夕凪を睨みつけてから手にしていた鍵で牢屋の扉を開けた。


「出ていいのか」

「早く出ろ」

「どうして命令口調なんだよ。というか、いいかげん説明してくれ。この状況は一体なんっいっ……」


 突然背中を蹴られ、夕凪は前のめりに倒れ込んだ。背中に伝わる痛みに奥歯を噛み締めて、床の上で蹲る。


「な、何すんだよいきなり」

「それ以上口を開くな。次開いたら、その舌を切り落とす」


 夕凪を見下ろす青年の瞳には一切の迷いが無く、深く暗いその瞳を前に夕凪は口を閉じた。


(迫真の演技……なのか。いやいや、こわっ)

「立て」


 青年の一言に夕凪はすぐさま直立する。青年に背中を押され、通りを進んで突き当たりの角を左に曲がると、開かれたままの扉の向こうに螺旋階段が見えてきた。

 階段の壁には等間隔に照明が付けられ、牢屋のあるフロアよりも暗い印象を受ける。

 階段を登ると、また通路に出る。左の方向に歩みを進めると、広いフロアへと辿り着いた。


(割と大きな扉、この建物の出入り口か)


 正面に見えるサイズの大きな扉。その上にある細長い窓から眩い明かりが射し込む。扉の左側の角には受付用の部屋があり、中に数人の人影が見えた。


「さっさと歩け」


 また青年に背中を押され、正面の扉の前までやって来る。

 青年が扉を開けると一気に視界が明るくなり、あまりの光量に夕凪は目を閉じた。


(眩しい……)


 一歩ずつゆっくりと足を前に出す。扉を抜けた感覚は直ぐに訪れた。右から左へと風が勢いよく吹き抜け、それまであった建物の圧迫感が一瞬にして取り払われる。


(な、何だここっ!)


 思わず夕凪は叫んだ。

 立っていたのは建物と建物を繋ぐ渡り通路だった。地面までの高さはそれほど高くないが、丘の上に作られた建物からは雄大な景色が一望できた。


(街だ。デカい、はるか遠くまで続いてる。都会って印象でもない。どちらかというと遠い国の風景のような……)

「立ち止まるな」


 目に映る光景を夕凪は必死に否定した。


(ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえない。こんなの、ありえないっ!)


 直感する。今置かれた状況がこの上なく危機的な状況であることを。

 今立っているこの場所が、限りなく元いた場所から遠いところにあることを。


(俺、もしかして死んじまったのか)


 死ぬと天国か地獄かに死者の魂は運ばれていくという。それは広く一般的な解釈で、どれも根拠を得ない妄想の類に思えていた。

 今立っているこの場所が、そのどちらかなのだとしたら、恐らく地獄側だろうと夕凪は自然とそう思った。


(いや待て)


 夕凪の頭の中で記憶の扉が次々と開かれていく。


(そうだ。あの時、俺の影が俺に覆い被さってきて……)


 液体のようにうねうねと揺らめく影が膨れ上がり視界を覆う光景が頭に浮かぶ。


(訳が分からなかったけど、あれのせいなのか。あの影に飲み込まれたことで俺はこっち側に来た)


 頭痛がする。

 まるで記憶を辿ることを脳が避けているように。


(別世界とか、そういう感じなのか)


 吹き曝しの渡り通路を抜け、再び建物へと入る。閉鎖的な空間にまた息が詰まる。

 入った扉の両脇には槍を持った兵士らしき甲冑姿の男が一人ずつ。

 夕凪が踏み込むと同時に二本の槍を交差させて行く手を塞いだ。


「「名を」」

「ミスタスだ」


 背後にいた青年がそう言うと、槍は直ぐに取り払われた。ホッと一息ついた夕凪の背中を青年が押す。

 入り組んだ通路を進み、階段を下って、別のフロアへ。通路は続き、何度か角を曲がった所で、青年はようやく足を止めた。

 正面には扉があり、ノックすると中からノックが返ってきた。

 青年は扉を開け、夕凪を中へと入らせた。

 そこは小さな部屋だった。部屋の中央に机が置かれ、迎え合わせに二脚の椅子が置かれている。


(さながら取調室……)


 向かいの椅子には既に一人の老婆が腰掛けており、部屋へと入ってきた夕凪を表情のつかめない顔で見つめてくる。じゃらじゃらとアクセサリーを付け、どこかの民族衣装のような格好をした老婆は左手に杖を持ち、その指には二つの大きな指輪が嵌められていた。

 老婆の左後方にはもう一人の人物が立っていた。見た目はシスターのような紺の修道服を着ており、深緑の長い髪が布の隙間から流れ出ている。


「ご苦労じゃった、ミスタス。下がってよいぞ」

「失礼します」


 老婆の言葉に青年は素直に従い、一度頭を下げた後で部屋を出ていった。ミスタスと呼ばれた青年が外へ出ると同時に老婆がその場で杖を地面に軽く打ち付けた。


「では、尋問を始めるとするかの」

「尋問って、いったい何を言っておられるのですか。というよりここはどこですか、何が起きてるんだよ、説明してくれ」

「落ち着いてください」


 老婆の傍に立つシスターが優しい口調で言った。浮かべられた笑みに夕凪は思わず見惚れる。


「名を聞こう」

「ひ、人に、名前を聞くときは、じ、自分から、なな、名乗るべきでしょう」


 声を震わせながらどうにか言葉を繋げる。

 老婆は眉をひそめたが、落ち着いた様子でこう答えた。


「私はゼム婆という。こやつはマリルじゃ」

「俺の名前は、ゆ、夕凪颯也ゆうなぎそうや

「夕凪か、聞かぬ名だな。どこの出身じゃ」

「○○県○○市××××」

「異国の民か」

「日本という国から来た」

「ニホン、聞いたことがない。フェンブリナ王国へ来るのは初めてか。目的は何じゃ」

「フェンブリナ王国……、どこだよ」

「この国の名すら知らんのか。ならば、なぜ森にいた。森の中でお主は横たわっていた。本来ならば誰も立ち入ることのない魔物の森で、たった一人装備も付けずに」

「森に行った記憶なんてない。俺は影に飲み込まれたんだ。それで気付いたらここにいて」

「影に飲み込まれた、にわかには信じ難いが」

「当たり前だ。俺だって信じられない。それよりも確認しておきたいんだが、これは映画の撮影とかじゃないんだな。こんな大掛かりなセットを用意して撮影するってのは凄いと思う。だけど、配役が良くない。俺は割と演技には自信のある方だ。小学校の劇ではそこそこセリフの多い脇役をやったし、中学校でも脇役Bだった。でも、そんな俺でも、これだけ大掛かりなセットだと緊張するし、その、まずは順を追って説明するのが筋だと思う訳だ」


 夕凪の言葉を老婆は黙って聞いていた。何も言わず、ただじっと見つめながら。


「あの、その、だからこの状況を説明求む」

「置かれた状況を聞きたいのか。ならば簡単なことだ。お主は捕まったのじゃよ。森への侵入の罪と、そして魔物の使いとの関わりを持った罪でな。疑うべくもない。夕凪よ、お主は有罪じゃ。禁錮百八十年の刑に処す」

「ひゃ、ひゃくはちじゅうねんっ! ストーリー上、そういう役柄ってことか」

「会話が嚙み合わんやつよのぉ。お主の言葉の大半が理解できん。お主は一体どこから来たのじゃ。なぜ魔物の使いの霊気を身に纏っておる」

「何を言ってるかわからないのはこっちも同じだ。禁錮百八十年だとか、魔物の使いだとか、霊気とか、訳わかんねぇよ。いつまで続くんだよ、この状況。ドッキリの板があるならさっさと出してくれ」


 夕凪の返答にいよいよ老婆は呆れた表情を浮かべた。

 それを見て、夕凪は机に勢い良く両手を打ち付ける。


「錯乱状態にあるのか。それともお主の言葉がそのまま真実なのか。判断しかねる」

「だから……」

「もうよい。これ以上の話は無意味じゃ。お主を牢屋に戻す。マリルよ、ミスタスを呼んできてくれ」

「はい」


 シスターは静かな口調で答えた。


「待て、話は終わってないだろ」

「落ち着いてください」


 ゆっくりとシスターが夕凪の方に歩み寄る。美しい白い手を夕凪の首筋に運び、ピンと立てた人差し指と中指でそっと夕凪の首筋を撫でた。

 直後、夕凪の首筋に電流のような痛みが走る。


「いっ!」


 夕凪は瞬く間に意識を失い、机に突っ伏した。

 シスターはミスタスを呼びに行くため、出口の方へと体の向きを変えると、背後から老婆が、


「マリルよ、この小僧から何が見えた」

「困惑と怒り、それから恐怖です」

「その中に嘘は紛れていたか」

「いいえ」

「そうか、分かった」


 シスターは部屋を出ていった。残された老婆は机に伏す夕凪をじっと見つめる。


「偽りなき言葉か。何とも得体の知れん小僧よのぉ」




 目を覚ますと、そこはまたあの独房だった。


「映画の撮影、じゃないよな、これは」


 毛布を除けて体を起こし、首筋を軽く擦った。シスターに触れられた箇所には傷跡一つなく、あの時の激痛も嘘のように消えていた。


「あいつら全員普通じゃない。ていうか、俺の方が普通じゃないのか」


 夕凪を終始見つめていた老婆の顔が頭に浮かぶ。まるで得体の知れぬ何かを相手取っているような表情で、こちらを注意深く観察してくる深い紫色の瞳。あの場にいた誰も、夕凪が尋問を受けている現状を不自然とは思っていなかった。


「俺だけがイレギュラー。ここは俺の知ってる世界じゃない。別世界……異世界、か。異世界……って、マジかよ。俺ほんとに異世界にやってきたのかっ」


 先程までの重たい空気が一瞬にして晴れていき、高揚感が後を追ってやって来る。


「おいおいおい、きたきたきた、きたぁぁああああああっ! そんな事が、遥か子供時代に夢見た別世界のファンタジー。それが今、目の前にある。俺は時空を飛び越えて、次元の境界線を突き破って、ついに、ついに、ついにこの究極の世界に到達したということかぁぁあああああっ!」

「うるせぇぞっ!」


 前方にある独房から聞こえてくる怒号。夕凪はすぐさま口を閉じ、ベッドの中に潜った。


(全然ファンタジーじゃねぇ。むしろサスペンスかミステリー、はたまたホラーって感じだぜ、ちくしょう。超ド級に可愛くて心優しい美少女が異世界に来て直ぐに現れて、そのまま俺をドキドキワクワクウハウハな冒険譚へ誘ってくれたりしないのかよぉ)


 胸の前で両手を握り締め、懇願するようにきつく目を閉じた。蹲るような姿勢で毛布に包まり、どうにか体を温めようと試みる。


(寒くないはずなのに震えが止まらない。こんなこと、信じられるかよ。どうやって帰りゃいいんだよ。まさかずっとこのままか、俺は何処とも分からないこんな狭い牢獄で死ぬまで生活を強いられるのか。父さんや母さん……湊……)


 脳裏に浮かび上がる家族の姿。その中でたった一人、時間に取り残されたまま幼い姿で立っている妹。


(そうだよ。見つけなきゃいけないんだ。俺にはまだやらなきゃいけないことがある。こんなとこでくたばってられるか)


 カンカンッ、と金属を叩く音が独房に鳴り響き、夕凪は驚きのあまりベッドから転がり落ちた。見上げると鉄格子の先に看守らしき男が立っていた。この前の青年とは違い、看守らしい制服を着ている。


「飯だ」


 男は冷たい目で夕凪を見下ろしながら、限りなく無駄を省いた一言を口にした。

 男の手には金属のトレイが握られ、その上に食事らしき皿とカップが三つ置かれていた。男はそれを鉄格子に付けられた細長い穴から差し入れ、夕凪の方を見た。


「取れ」


 夕凪は呆然と男の方を見つめ、それからゆっくりと立ち上がる。差し出されたトレイを両手で受け取ると、看守は仕事を終えたとばかりにその場を立ち去っていく。


「待ってくれっ!」

「あぁん、何だ。トイレならそこにあるだろ」

「頼む。話を聞いてくれ」

「話だぁ」


 男は首だけをこちらに向けて、大層機嫌の悪そうな表情を作った。


「俺は無実だ。何も知らないただの一般人なんだ。こんな場所に入れられるようなこともしていない。信じてくれっ」

「そんなこと俺が知るか」


 男は振り向いて再び歩き出す。


「待ってくれ、本当なんだ。ゼム婆って人にもう一度合わせてくれれば分かるから。頼むっ!」


 拳が凄まじい勢いで夕凪の顔面に襲い掛かった。

 鉄格子が激しく打ち付けられ、フロア全体に音が反響する。

 夕凪は尻餅をつき、手に持っていた食事が床にまき散らされた。


「うっせぇんだよ。テメェの言うことなんざこっちは初めから聞いてねぇんだ。次喋ったらお前を尋問室に詰めて、二度と口が利けねぇようにしてやる」


 恐怖が夕凪の体を侵食していく。体が硬直し、顎が震え、それは次第に全身へと伝わっていく。


(何でだよ、何なんだよ。俺が……何したっていうんだよ)


 頭の中で言葉を思い浮かべても、それを口にはできなかった。男が独房を離れ、姿が見えなくなっても震えが止まることはなかった。

 目を瞑ってもあの時の恐怖が蘇る。

 同時に圧倒的な絶望が脳みそを飲み込んでいく。


(いやだ、いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ)


 どれくらいの時が経ったのだろう。鉄格子が再び叩かれ、毛布から頭を出すと、鉄格子の先に看守の姿が見えた。唾を飲み込み、呼吸が止まる。


「飯だ」


 不規則な鼓動と全身の震えを堪えながら食事の乗ったトレイを受け取る。


「これもだ」


 続けて看守が渡してきたのは薄く灰色に色付いた一枚の雑巾だった。


「それで床をきれいにしておけ。次来た時までに綺麗になってなかったら、分かるな」


 最後の部分だけ、威圧するように声色を変え、帰りざまに鉄格子を叩いた。


(くっそ、どうしたら。どうやったらここから出られる)


 自然と目から涙がこぼれ、唸るような声が口から漏れ出す。


(湊……)

『そんなにここから出たいのか。なら力を貸してやる。ただし、ギブアンドテイクだがな』

(えっ、何だ今の……)

『そう怖がるなよ。私はお前と同じ立場にいる者さ』



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