六話 無力感と同情
いつも通り投稿できました。
なので、平常通り今日は一話だけ投稿します。
『マスカレードパーティ開催ッ!』
その日、ボレアスシティのスラムにある廃倉庫へ老若男女のチンピラたちが集められた。
集めたのは、赤と青、二つのハートマークを両目それぞれの周辺にペイントした少女。
そして、目だし帽を被った巨漢の男だった。
二人ともスーツ姿だ。
少女は大きな箱の上に座り、男はその横で佇んでいた。
集められて渡されたのが、冒頭の見出しを大きく書かれたチラシだった。
チラシには派手なイラストが描かれ、大きく読みやすい字で老人への配慮もなされていた。
チラシに書かれた詳細は以下の通り。
『今夜、夜八時からの三十分限定ボーナスタイム! パラダイスロスト強奪セール! 顔を隠せるマスクを持参の上、パラダイスロストを襲撃しましょう』
「これはどういう事だい?」
チンピラの一人が、少女に訊ねる。
「見ての通りだ。俺が提案すべき事は全部そこに書いてある」
手に持ったチラシをひらひらとさせて、少女は答えた。
チンピラ達はざわめく。
「ああ、不安に思わなくていい。パーティを盛り上げるには、やっぱりそれ相応のグッズが必要だからな。そっちは用意してある」
少女は箱から下りると、今まで座っていた箱を蹴倒した。
箱の蓋が開き、中から大量の銃器が零れ出た。
銃の種類は雑多で、拳銃からアサルトライフル、ショットガンやトミーガンまである。
「プレゼントだ。返却不要。好きに使ってくれ」
おお、とチンピラ達から声が漏れる。
声には歓喜が含まれていた。
強力な銃器類を見て、やる気が出たのだろう。
「取り分はどうなるんだ?」
別のチンピラが訊ねる。
「言っただろ? これはボーナスタイムだ。取った物は全部自分の懐へ入れていい。普段から過酷な環境で暮らしている方々へ、俺から贈る少し早いクリスマスプレゼント。夢の一時だ」
今度はさらに大きな歓声が上がった。
「言いたい事は以上だ。今夜は楽しんでくれ」
そういったやり取りが数時間前にあった。
チンピラを集めた二人はもちろん、ヴェロニカとアランだった。
そして二人はパーティの時間、パラダイスロストの一室を借りて一足先に潜入していた。
個室内にあるベッドの上に座り、黒いスーツ姿のアランは頭を抱えていた。
彼はこんな所にいたくないし、こんな所に来てしまった理由も許容できなかった。
しかし、ヴェロニカは報復の中止も、アランがそれに参加しない事も許してくれなかった。
どうして? 改めて訊ねる。
「君がいないと、君が何に嫌悪を懐くかわからないからな。下手な事をして、君に嫌われたくない」
ヴェロニカはそう答えた。
どうあっても、報復の様子をアランに見せ付けるつもりらしい。
「何より、君に見せておきたいんだよ」
次いで、そんな言葉を続けた。
憎い仇が死ぬ所を見せたいという事だろう。
そんなものは見たくない。
きっぱりとそう言い切る事もできない。
本心では思っていない事だろうからだ。
本気で相手を許す気持ちがなければ、ヴェロニカは止まらないだろう。
彼にとって今は、どうしようもない状況だった。
ヴェロニカに流される事しかできない。
頭だって抱えたくなる。
そして、その葛藤を生む元凶はと言えば――
「ふわぁ、ぬるぬるだぁ」
と無邪気な声を上げながら、バスルームで備え付けのローションを弄んでいた。
「知ってるか? ローションは水草から作られているらしいぞ!」
バスルームから大声でそんな豆知識を語ってくる。
「知らなかった」
コメントに困り、アランはシンプルに答えを返す。
「持って帰ってバスルームに常備しておこうか。どう思う?」
「どうして僕に聞くの?」
「一人で使ってもつまらないじゃないか」
「今、一人で楽しそうにしてるじゃないか」
そんなやり取りをしていると、しばらくして外が騒がしくなった。
主にその音は、燃焼火薬が発する銃撃の多重奏。
そして人々の悲鳴だ。
「始まったらしいな」
手をタオルで拭きながら、ヴェロニカがバスルームから出てきた。
白いスーツ姿だ。
その顔にはペイントが成されている。
それぞれの目の辺りに施された、赤青のハートマークだ。
右目には赤、左目には青である。
手を拭き終ったタオルをぺいっと捨て、ヴェロニカはアランに向き直った。
「さぁ、今回の相手はロッキー・バイエルだ。楽しみだな。楽しみだろ?」
ロッキー・バイエル。
彼は家族を壊すきっかけになった男だ。
一番の仇敵と言ってよかった。
しかしアランの顔色は優れない。
憎い相手とはいえ、その命の喪失を見る事になるかもしれないのだ。
平常心ではいられなかった。
「じゃ行こうか。楽しいパーティの始まりだ。もちろん、エスコートしてくれるだろうね?」
アランの心情を知ってか知らずか、ヴェロニカは朗々とした声でアランを誘う。
彼は溜息を吐くと、目だし帽を被った。
左手をヴェロニカに差し出す。
いつも余裕を見せる彼女の声は頼もしく、聞くと少しだけ緊張が和らぐ気がした。
彼女は小さく上品に微笑むと、差し出された手に自分の手を乗せた。
しかしエスコートされるどころか、ヴェロニカはそのままアランの手を引いて部屋の外へ出た。
廊下を見回せば、部屋の中へ襲撃をかけるチンピラ達の姿があった。
みんな種類の違うマスクを被っている。
統一感は一切ない。
ドアを蹴破り、銃器を部屋の中へ突きつける姿が多く見られた。
そんなチンピラの一人に、ヴェロニカは手を上げて挨拶する。
チンピラも銃器を軽く上げて返礼した。
「俺達はこれから、奥の大扉に行く。他は好きにしていいが、あそこだけは譲ってもらうぞ」
大声で告げるヴェロニカに、チンピラはハンドサインで「OK」を作って応じた。
ヴェロニカは踵を返し、目的の場所へ向けて歩き出した。
大扉の前に着き、蹴り開ける。
同時に、中の人間へ銃を向けた。
部屋の中には二人の人物がいた。
一人が男性、ロッキー・バイエル。
彼はベッドの前に立ち、扉へ視線を向けていた。
そしてもう一人は、ベッドの上に座る女性は――
「ジェニー……」
その女性を見て、アランは呟いた。
彼女はアランの妹、ジェニー・ルーシャスだった。
動揺を隠しきれなかった。
どうして妹がこんな所に? それもすごく卑猥な格好をして。
これじゃあまるで――
自分の名前を呼ばれ、ジェニーは怪訝な顔をアランへ向けていた。
アランはそれに気づいて、目だし帽を取った。
「僕だ。アランだ」
ジェニーは驚いて目を見張る。
「お、お兄ちゃん? どうしてこんな所にいるの?」
「ジェニーだって……」
問い返され、後ろめたい様子でジェニーは目をそらす。
「……私は仕事よ。ここで働いてるの」
「ここで? それって……」
ジェニーがここで働いている。
つまりそれは、彼女が娼婦をしているという事だ。
鋭い痛みが心を襲った。
ボロボロと精神が崩れてしまう感覚があった。
大事な想い出を砕かれ、踏み躙られ、汚されてしまったような苦痛が彼を苛んだ。
そんな時、ロッキーが走り出そうとする。
部屋には従業員が出入りするための裏口があって、そこを目指して逃げるつもりだ。
が、ヴェロニカはそれを見逃さない。
正確にロッキーの足を狙い、拳銃で撃ち抜いた。
「ぐわーっ!」
悲鳴を上げて、ロッキーはその場で転ぶ。
「おとなしくしてろ」
銃を向けて、ヴェロニカは脅す。
ロッキーはうつ伏せから起き上がり、しぶしぶと座り込んだ。
もう逃げる様子は無い。
それを見届けて、ヴェロニカは「続きをどうぞ」と言うように手でアランを示した。
「ジェニー。そんな事をしなくていいんだ。僕と一緒に帰ろう」
「帰る?」
ジェニーは痛ましい表情になる。
「どこへ帰るって言うの?」
問い返されて、アランは答えられなかった。
言いよどむ事すらできない。
ただ口を開き、何も言えずに閉じた。
もう、彼らが帰るべき家はない。
一年前に、それは失われてしまったのだから……。
「出て行って」
「え?」
拒絶の言葉に、アランは疑問の声を漏らす。
「私の事は放っておいてよ。ここから出ても、生きていけないじゃない。だったら私はここにいるわ。体を売って、贅沢できるならそっちの方がいいでしょ」
「そんな、でも……」
「お兄ちゃんに何ができるの?」
「…………」
アランは泣きそうな顔をしていた。
どうにか説得しようと頭を働かせるが、彼女の言う事は間違っていない。
オーディがいなくなっても、ホームレスがまともな職に復帰する事は難しい。
まともな家も収入も、アランには用意できそうになかった。
「それに私、意外と男の人に抱かれるのは嫌いじゃないの」
その一言がトドメになった。
もう、あの無邪気だった妹はいないのかもしれない。
いるのは体を売って生計を立てる一人の娼婦だ。
それも両親の仇である男を客にしようとしている。
そう思うと、アランの胸中に無力感と倦怠感が生まれた。
吐き気を催す。
彼はうな垂れ、ジェニーは顔を背けた。
もっと早く助けられたら、妹は今の流儀に染まる事はなかったのだろうか?
「帰って……。わかったら、帰ってよ」
顔を背けたまま、ジェニーは言い放った。
「あはっ」
そんな二人のやり取りを破るように、ヴェロニカは何が楽しいのか小さく笑った。
「流石はジェニー《天才》。完全論破だ」
からかい口調で言うヴェロニカをジェニーは睨みつけた。
おお怖い、と言うようにヴェロニカは小さく両手を上げて見せた。
「妹さんとの話が終わったなら、本来の目的を果たそう」
言いながら、ヴェロニカはアランに銃を渡した。
それは昨夜、アランにプレゼントされたCz75だ。
あの場で置いてきたはずだが、どうやらヴェロニカはちゃっかり回収していたらしい。
抵抗なく銃を受け取ったアラン。
しかし、手の中の銃を見るとうな垂れたまま首を左右に振った。
「わかってるはずだ。僕にはできない」
「ああ、わかっているとも。けれど、今の君なら引き金を引けるんじゃないかと思ったんだ」
今のアランの心の中には無力感がある。
そして、怒りがあった。
妹を変えてしまった存在への強い怒りだ。
その怒りの矛先の一つが、彼の前にはあった。
ロッキーを睨みつける。
彼は怯えた目をしていた。ブラウンの瞳が揺れている。
とても哀れな姿だ。
死を間近に見た人間は、こうも哀れに見えるものだろうか。
同情すら覚えてしまう。
アランは視線を外し、もう一度首を振る。
「僕には無理だ。殺せない。僕は、君が人を殺す事も嫌だと思ってるのに……」
ロッキーはその言葉に安堵する。
「そうか」
言いながら、視線を向ける事もなくヴェロニカはロッキーを撃った。
パンッ! と乾いた音が室内に響く。
銃弾は正確に眉間を穿ち、ロッキーは即死した。
銃を向けられて、怯える暇もなかっただろう。
あまりにも自然にあっさりと殺したため、最初彼女が何をしたのか理解が追いつかなかった。
唖然とするアランに向けて、肩を竦めるポーズを取る。
「じゃあ、行こうか」
ここに用は無い、とばかりにヴェロニカは部屋の外へ向かう。
アランはそんな彼女を追おうとして、立ち止まる。
振り返って妹を見た。
信じられない、という表情で彼女は身を硬直させていた。
アランはしばし逡巡し、結局ヴェロニカの後を追った。
「どうして、撃ったんだ……」
ヴェロニカに追いついて、その問いを搾り出す。
「俺は君に嫌われたくないから嫌がる事はしない。けど、嫌われないだろう行動は積極的にする。恩を返す事は俺のポリシーだからな。嫌われない範囲で報復は実行するつもりだ」
ヴェロニカはしれっとそう答えた。
アランはそれを咎められなかった。
そんな気力など、今の彼には残っていなかった。
今回の展開に嫌悪感を持った方。
安心してください、とだけお伝えさせていただきます。
勘の良い方、内緒ですよ?