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ハートレス  作者: 8D
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五話 葛藤と嫌悪

 五話 葛藤と嫌悪




 昼時、ヴェロニカに誘われてアランは中華料理店で食事をしていた。

 アランはここへ来るまでに普段着としてシャツとデニムジーンズとジャンパーを買ってもらい、それに着替えていた。

 ヴェロニカは白いスーツを着ていたが、前に着ていた物と少しだけデザインが違う。

 ジャケットの裾が長く広がっていて、スカートみたいに見えるスーツだ。

 女性的な可愛らしいデザインである。

 店はそこそこに高級で、全個室になっているチャイニーズレストランだ。

 ヌーベル・シノワも提供しているらしい。


 回転テーブルに二人きり、向かい合っての食事だ。

 テーブルにはおおよそ二人では食べきれない量の料理が並べられていたのだが……。


「摂取したカロリーは、その体のどこに消えているんだい?」

「胸でない事は確かだな」


 料理の殆どはヴェロニカが問題なく平らげてしまっていた。

 今はもう、空の皿しか残っていない。

 料理の皿が片付けられ、デザートの杏仁豆腐が来る頃、個室のドアがノックされた。


「入っていいぞ」


 アランが首を傾げていると、ヴェロニカが入室を促した。

 そうして入って来たのは、一人の男だ。

 細身で神経質そうな男だった。

 上にコートを着込み、中は見えない。裾からは黒のスラックスがのぞいていた。

 男はヴェロニカを見て怪訝な顔をする。


「お前、ハートレスか?」

「これからは顔を出す事にしたんだ。可愛過ぎてびっくりしたろ」


 ヴェロニカは今まで、活動する時にマスクとスーツ姿だった。

 彼女の知り合いは、誰も彼女の素顔を知らなかったのだ。

 だからこそ男は驚いた。

 冗談めかした口調のヴェロニカだったが、男に向ける視線は冷ややかで、表情も消えている。

 それでも声音だけは楽しげなのだから不思議な雰囲気だ。


「もういいだろう? 俺はお前に頼まれて、一度仕事をした。それで十分じゃないか」

「こんな寒い時期に路上生活はしたくないだろう?」


 視線を向けられながら問われ、男は顔を青くさせる。


「今回で最後だ。これ以上悪党に利用されないよう、証拠も返してやる」


 そんな彼を安心させるような声色で、ヴェロニカは言葉をかける。


「本当だろうな?」

「もちろんだ。俺が嘘を吐いた事あるか?」


 ヴェロニカの言葉に、男は眉間に皺を寄せて難しい顔をする。

 やがて、口を開く。


「いいだろう。本当に最後だからな。……私は何をすればいい?」

「簡単だ。今日一日のロッキー・バイエルのスケジュールを教えろ。俺の目をじっと見ながら、ゆっくりと口頭でな。それだけでいい」

「わかった」


 男は了承すると、口頭で知りうる限りの情報を喋った。

 その情報に満足したのか、ヴェロニカは床に置いていたトートバッグからメモリーカードを取り出して男へ投げ渡した。


「本物だろうな?」

「もちろん。コピーもとっていない。正真正銘、これで最後だ」


 ヴェロニカが答えると、それでも懐疑的な表情をしながら男は部屋から出て行った。


「今の人は?」


 やり取りの間黙っていたアランが、ヴェロニカに訊ねる。


「バイエル社で幹部をしている男。ロッキー・バイエルにかなり近い人だよ。少し前に弱みを握って使ったんだ。今回はそれが再利用できて丁度よかった」


 ヴェロニカはアランに向けて笑顔で返した。

 ついさっき人を恐喝しておきながら、そこには罪悪感の欠片も見出せない。


「今の話って……」

「君の思う通りだ。今夜は楽しい夜になるぞ」

「やっぱり復讐なんていけない……。やめようよ」

「君が本気でそう思えたならやめるとも。俺は君に嫌われたくないからな。でも、俺がロッキーに復讐しても、今の君は俺を嫌えないだろうな」


 アランは黙り込む。

 恐らくそれは、正しい事なのだろうから。


「自画自賛みたいだが、君は俺の魅力とロッキーの命を天秤に乗せている。その上で、君は俺に重きを置いているんだ。言葉以上に、俺を止めようとしないしな」


 自分の瞳からは、そんな感情が読み取れるのだろうか。

 自分は人の命と人の魅力を天秤にかけてしまう人間なのだろうか?

 だとしたら、とても薄情な事だ。

 自己嫌悪を覚える。


 ただ、確かに彼は彼女の魅力に強く惹かれていた。

 それは否定できない。

 彼女の言う通り、強引にでも止めるという気が起きない。

 そんな意欲は湧かなかった。


「止めるなら簡単だぞ。俺は貧弱だからな。力尽くに組み敷けばいい」

「もういいよ……」


 アランはうな垂れた。

 それから少しして、再び部屋のドアがノックされる。

 入って来たのは大柄の男だった。

 身長は高くないが、横に広い。

 太っているわけではなく、純粋に体格がいいのだろう。

 羽毛がたっぷり入っていそうなジャンパーを着ているせいで、余計に大きく見える。


「お前がハートレスか?」


 男はヴェロニカではなく、アランに向いて訊ねた。

 きっと、彼女とは初対面なのだろう。

 顔見知りなら、マスクをしていたとしてもヴェロニカとアランを間違えるはずはない。

 それほどに体格が違う。

 アランの身長は200センチ以上、ヴェロニカはせいぜい150センチ程度だ。


「違います。ハートレスは彼女です」


 アランは訂正して、前に座るヴェロニカを示す。

 男に視線を向けられ、手振りを交えながら挨拶した。


「初めまして、ミスター・フィンチ」

「何故あの事を知っている?」


 挨拶を返す事もなく、男は本題に入った。

 その声には苛立ちと怒気が含まれている。


「せっかちだな。ふふふ。……俺の趣味の一つに、汚職警官を脅迫して情報を提出させるという物があってな。まぁ、本当に趣味だから、まったく役に立たない資料が回ってくる事もあるんだが……」


 じろりと目を動かし、ヴェロニカは男を見た。


「その中で、巧妙に隠された不正を見つけてしまったわけだ」


 なんという事だ! というふうに、ヴェロニカは大げさな動作で顔を手で覆う。

 男の口から、ギリと歯を噛み締める音が鳴る。


「いや、わかっている。君は善良な警官だ。けれど、君の部下は善良じゃなかった。前途ある若者の未来を閉ざさないため、一時の過ちだろうと君はそれをもみ消した。そのかいあって、君の部下も今じゃ改心してとても善良な警官になっているわけだ」

「何が言いたい?」

「こんな情報が流れてしまえば、君はおろか部下の警官も職を追われる事になるな。待つのは真っ暗な将来の展望だけ、妻子も道連れに路頭へと迷いこむかもしれない」

「俺に何をさせたいんだ?」


 悔しげに顔を歪ませながら、男は訊ねる。

 逆らう事はできないと判断したのだ。


「簡単な事だ。今夜、「パラダイスロスト」という店で事件が起こる。その時に、警官の到着を一時間ほど遅らせて欲しい。それをしてくれるなら俺の知っている情報は外へ漏れないし、むしろ積極的に隠す協力をしよう」

「……一時間は無理だ」

「なら四十分。それも無理なら三十分だ。できる限り遅くしろ。ただ、あまりにも引き伸ばす時間が短かったら、俺の口も軽くなるかもな。情報を食い漁るネズミどもの前で、ポロッと秘密が零れるくらいには」

「わかった。……できる限り引き伸ばす」


 ヴェロニカはにっこりと笑う。


「じゃあ、よろしく頼む」


 男は返事をせず、ヴェロニカに一瞥くれると部屋から出て行った。


「今の人って、警察の人だよね」


 そんな人を脅迫して大丈夫なのか? と言外の不安を声に宿しつつ、アランは確認した。


「あれくらいなら大丈夫だ。明確な掟破りをしなければ、奴は裏切らない」


 それは目を見たうえでの判断なのだろう。

 答えるヴェロニカは自信に満ちた笑みをアランへ向けていた。




 夜の八時になる、少し前。

 一人の男が娼館「パラダイスロスト」に訪れる。

 男は高級スーツに身を包んでいた。

 ネクタイピンや指輪に到るまで、全てが高級感溢れる物で、着こなしのセンスも良かった。

 歳は、三十代後半といった所だろう。

 実年齢に比べて見た目は若く、顔も悪くない。

 口には火のついた葉巻を銜えていた。

 彼の名はロッキー・バイエル。

 バイエル社の社長である。


「これはバイエル様。ようこそおいでくださいました」


 店の前で待っていた店主が、恭しい態度で頭を下げる。

 ロッキーはいつもこの曜日、この時間に欠かさず店へ訪れる。

 この時間に店の前で上客を待つ事は、ここ数年の店主の習慣となっていた。

 店主は手に持った灰皿を前へ差し出す。

 当然といった動作でロッキーは葉巻の火を灰皿でもみ消した。


「お薦めはいるか?」

「ええ。とても若く、可愛らしいのが入荷されております」


 店主の言葉に、ロッキーは満足そうな笑みを浮かべた。

 ボーイに上着を預けたロッキーは、店主に案内されて店内へ入った。


 パラダイスロストはショー劇場も兼ねている。

 上演されるのは、もっぱらポールダンスやストリップショー。

 時に、趣向を凝らして特別会員限定のレイプショーなども行われている。


 一階の入り口から入ると、手すりで区切られた円形状の通路に出る。

 手すりの下には、地下に掘り下げられた広い空間が見下ろせる。

 ホール状になったその空間がショースペースだ。


 今は中央と壁の隅四方にあるお立ち台で、裸同然の格好をしたダイナマイトボディの女達がポールダンスを行っていた。

 それを見て、ホールに溢れんばかりの男達が熱狂していた。

 そんな男達に、ショーガール達も投げキッスなどでサービスする。

 それを尻目に、ロッキーは案内されて店内を進んだ。

 手すりの通路からそれて、扉の奥へ進む。

 その先には廊下が続いており、ホールと違って落ち着いた内装だった。

 廊下を進んでいると、途中に時折番号を書かれた個室のドアが目に入る。

 この一角は、純粋に女を抱きたい者が利用する部屋だ。


 ロッキーが利用しにきたのは、ここである。


 店主は、両開きの扉を前に立ち止まった。

 そこは通常よりも三倍の料金を払って利用できる、特別な部屋でだった。


「いつもの様に、まずはお勧めの一品。その後は食べ放題のコースとなっております。追加が必要でしたら、内線でお呼び出しを。では、お楽しみください」

「ああ。楽しませてもらう」


 一人で部屋に入るロッキー。

 部屋の中には、円形の大きなベッドがあった。

 内装はアラビアンテイストで、ハーレムを模した作りになっている。

 調度品も、曲刀やランプなど洒落のきいたものが多い。

 ベッドの上には、一人の女性。

 むしろ、少女と呼んでも差し支えない女が座り、頭を下げていた。

 少女が顔を上げる。


「ようこそ、おいでくださいました」


 にっこりと愛想よく笑い、少女は挨拶した。

 少女は金髪碧眼で、小柄な体格である。

 が、それとは見合わない大きな胸を持っていた。

 トランジスタグラマーという類の体型だ。


 その凶悪なボディの上に、細い金鎖のビキニみたいな服を纏っていた。

 下は透けるほど薄い下穿きだ。

 それもアラビアンテイストで、王に侍る踊り子が着ていそうな物だ。

 一言で表せば、コケティッシュだ。

 とてもいやらしい。

 顔も悪くない。

 間違いなく、美少女と呼べるだろう。


 ロッキーは、期待が膨らんでいくのを実感した。

 これからこの少女を好きにできるのか、と思うと興奮に息も荒くなった。

 ロッキーは少女に近付こうとする。


 その時だった。


 扉の外がとても騒がしくなった。


 銃撃と怒声が店中で響き始めた。

 こちらの勝手な都合で、明日は更新できないかもしれません。

 その代わり、明後日に二話投稿します。

 読んでくださっている方々、誠に申し訳ございません、

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