エピローグ ハートレス
ラストです。
半年後。
「本当は、不安だったんだ」
「何が?」
「君の感情が消えて、俺は君の事がわからなくなった。どうすれば君を喜ばせられるか、どうすれば嫌われるか、そんな事に悩むのは初めてだったんだ。今までの経験が生かせなくて、手探りで君を知っていくしかない。俺にとって、それはとても不安な事なんだ」
「今も?」
「別の意味で不安かもしれないな。こういう時、ブルーになる人間は多いらしい。その範疇だ」
「どうすれば取り去れる?」
「取り去らなくていい。これも良い刺激だ」
「…………」
「君に出会えて俺は、恋をして、嫉妬して、人に怒りも覚えた。そしてこの不安だ。こんなに強い感情を立て続けに懐くなんて、思わなかったよ。俺は今、とても人生が楽しい。とても刺激に満ち溢れている。君に出会えて、本当によかった。ありがとう」
ヴェロニカは心から感謝の言葉を告げた。
作る表情は、本当の意味での感謝に溢れている。
その目にはしっかりとした感情が映っていた。
その強盗はあまりにも稚拙だった。
シンプルで計画性がなかった。
まず彼らは宝石店の前に真っ赤なスポーツカーを横付けた。
その時は誰も、車の主が強盗目的でそこへ車を停めたとは思わなかっただろう。
スポーツカーの後ろには、複数の空き缶が括りつけられていた。
だから、それを見た人間は新郎新婦が記念の宝石を買いに来たのだろう、と想像した。
現に車から降りた男女は、白いモーニングスーツとウエディングドレスの組み合わせだ。
たとえその二人の顔にハートマークをあしらったメイクが施されていても、パーティを盛り上げるための余興によるものだと思われた。
だが実際は違った。
車から降りた二人は、店内に入った途端拳銃を取り出して店員を脅した。
ロープで客と店員を拘束すると、女はその人々を睥睨する。
そして、朗々と歌うような口調で言葉を投げ掛けた。
「ハロー、エブリバディ。俺達は今日、結婚式を挙げるんだ。祝福してくれ。
ここへは指輪を見に来たんだ。でも、ショーウィンドウから覗くだけじゃあ、物の良し悪しなんてわからないよな。
だから、持って帰ってじっくり吟味しようと思うんだ。お試し期間は必要だ。
何せ宝石は高いからな。慎重に選ばなきゃ。この気持ちはわかるだろ?」
彼女が喋っている間、男の方は黙々と作業を続ける。
ショーケースの防弾ガラスに液体窒素を撒き散らし、脆くなったガラスを割って中の宝石を袋へ詰めていった。
「まぁ、返しに来る気は無いけどな! はははははっ!」
最後に大笑いし、女はドレスのスカートをひるがえした。
作業する男の背中へ抱きつく。
「作業はどうだい? はかどってる?」
男は女へと袋の中身を見せる。
宝石類が大量に詰め込まれていた。
女はその袋の中へ手を入れ、リングを一つ手に取った。
「見てくれ、ぴったりだ」
女は取り出したマリッジリングを左手の薬指にはめて、嬉しそうに男へ見せる。
「なら、それにしよう」
男が抑揚の無い声音で答える。
「いいや、もっといいのがあるかもしれない。どうせ全部持っていく。後でいいのを二人で選ぼう。決まったら、君に優しくハメて欲しいな」
「わかった」
迅速に窃盗行為が行われると、二人は宝石店から出て行く。
入り口の間際で、女は振り返った。
「みなさん、ありがとう! 私達、幸せになりますっ!」
祝福を受ける新婦のように店員と客達へ言葉を向けると、両手で投げキッスを振りまいた。
そして女は大笑いしながら男と共に店を出て行った。
「なぁ、こんな言葉を知っているか? 悪は弱さから生じる全てだって」
スポーツカーの助手席にもたれかかり、ヴェロニカは運転中のアランへ話を振った。
車の後部座席には、今しがた取ってきたばかりの宝石が袋詰めにされて置かれている。
「ニーチェ?」
アランは訊ね返す。
「誰の言葉かなんて知らんよ。ただなんとなく、納得してしまう言葉だったから憶えていた」
「その言葉が真実なら、君は当てはまらないな。弱い所がない」
「俺は虚弱体質だよ。それに――」
ヴェロニカはアランの首に手を回した。
アランの膝へ腰を下ろし、向かい合う。
「君とキスしたい、っていう欲求に抗えない弱い女さ」
ヴェロニカはアランの唇に自分の唇を重ねた。
アランは当然のように応じる。
濃厚な口付けを交わす二人。
そんな二人の乗る車、そのボンネットの上に鋼鉄に身を包んだ怪人が降り立った。
ヴァイスである。
ヴァイスはサムライソードを抜き放ち、突きを放とうと構える。
その時だった。
ヴェロニカは左手をアランの首に回したまま、半身を捩った。
そうしてボンネット上へ向けた右手には銃が握られている。
同じく、アランの左手にも銃があった。
右手でハンドルを握ったままこちらもヴァイスへと向けていた。
同時に、二人が発砲する。
ヴァイスは一方の銃弾を刀身の腹で弾いたが、急なハンドルさばきに気を取られてもう一方の銃弾を足に受けた。
ボンネットから転がり落ち、ヴァイスの姿は後方へ置き去りにされた。
車から振り落とされたヴァイスは、サムライソードを地面に突きたてて立ち上がる。
「くそ!」
前方に小さくなっていく車体を忌々しげに見詰め、悪態を吐いた。
「ご祝儀だ。今日は見逃してやる!」
「あっははははは! 本当に退屈しない。あいつとも末永く付き合っていきたいもんだ」
ヴァイスの姿を見ながら、ヴェロニカは笑う。
「ああ、そういえば、最近君がどう呼ばれているか知っているか?」
ひとしきり笑うと、ヴェロニカはアランへ向く。
「いや」
「テンアイズだってさ。閉じた瞼と縦に走る傷が、漢字の「十」に見えるから。あと、縦一筋の傷を「1」、左目の瞳孔を「0」に見立ててとかね。どっちにしろ、とてもクールでよく似合ってる」
「呼ばれた事がないな」
アランが答えると、ヴェロニカは不服そうに唇を尖らせた。
「まぁ、それはそうだ。実は俺が考えて流した名前だ。流行らなかったが……。流行る予定だったんだけどな。本当は、別の名前で呼ばれている」
「どんな?」
「ミスター・ハートレス」
「ハートレス……」
アランは反芻するように呟いた。ヴェロニカの通り名と同じだ。
すると、ヴェロニカは打って変わった笑顔になる。
「ちなみに、俺の呼び名も変わった。ミセス・ハートレスだ。俺達は街の腐った悪党共から夫婦認定されているわけだ。こりゃあいい。そして今日からは、名実共にそうなる」
ヴェロニカはアランに視線を向ける。
アランもまた、ヴェロニカを見詰め返した。
「末永く、可愛がってくれよ。ダーリン?」
ヴェロニカは幸せそうに微笑んだ。
「これからはずっと一緒さ」
「ああ。これからは、ずっと一緒だ」
ヴェロニカはアランの心を掴めませんでしたが、二人はこれからもずっと一緒です。
ヴェロニカは好きなキャラクターなので、いつの日か続編を書くかもしれません。
以上。
拙い話にお付き合いいただき、ありがとうございました。




