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ハートレス  作者: 8D
15/21

十四話 理解と拒否感

「ちょっとついてきてほしい所があるんだ」


 ジェニーと別れ、程なくして帰ってきたヴェロニカはアランにそう提案した。

 急な提案に、アランは警戒した。

 今まで彼女がアランから離れていたのは、もしかしたら情報収集のためだったのではないかと思えたからだ。

 情報が手に入ったから、それを元にラットマンの元へ案内されるのではないかと思った。


 緊張しつつ、アランはヴェロニカに従った。

 嫌だとは思っても、その現場に居合わせなければ止める事ができない。

 しかし、アランの予想に反してヴェロニカが向かったのは、イーストサイドのスラムに建つ教会だった。

 教会は荒れ放題になっていて、誰も人がいるようには見えなかった。

 そもそも、入り口の門には「売約済み」という看板がかけられている。

 もう潰れてしまい、人手にも渡っているらしい。


「俺の実家だ」

「ここが? でも……」


 どう見てもこの教会は廃墟だ。

 どこもかしこも荒れ放題で、人のいる気配すらない。

 それにここが実家だというなら、ヴェロニカは……。


「君をママに紹介しようと思って」


 ママ、か。

 アランはその人物に興味を持った。

 前に聞いた話の中にも、ママの話は出てきた。

 そして、ヴェロニカはママの事が好きらしい。

 その時は母親なのだから当然かと思ったが、今思えばそうとは限らなかった。


 ヴェロニカがママに好意を持っているとするなら、きっとその人物は下心なくヴェロニカと接する事のできる人物なのだろう。

 今から会えるなら、少し話を聞いてみたい。

 そう言って、ヴェロニカはパーカーのポケットから鍵を取り出した。

 格子扉の錠に、鍵を差込む。

 扉を押し開けて、敷地内へ入って行った。

 アランもそれに続く。

 ヴェロニカは教会の中へ入らず、建物を迂回して裏庭へ向かった。

 そこには、名前と年代を刻んだ石版が立てられていた。

 墓石である。


「ママだ。残念ながら今は話もできない身の上だが、それは許してほしい」


 ヴェロニカは墓石を示し、冗談めかして言った。




 あれからヴェロニカはいくつかの話題を楽しげに墓石へ語りかけると、軽く墓石を撫でてその場を離れた。

 今の二人は教会を出て、スラムを歩いていた。


「お母さん、亡くなっていたんだね。それから……」

「意外か? 俺が孤児だった事」


 言いよどむアランに対して、ヴェロニカは平然と訊ね返した。


「そんなに不思議な事じゃないと思うがね。テレビに出てくる偉い専門家も言っているだろ? 親のない子供はストレスやら愛情に飢えてるやらで犯罪者になりやすいって。俺みたいな犯罪者になるのは当然だ」

「君の場合は、そういうの関係無さそうだけどね」

「買いかぶるな。俺は所詮、ちっぽけな人間でしかない。今の俺を形作るのは、全部人生がもたらした経験からだ」


 あくまでも、軽い冗談めかした口調でヴェロニカは答える。


「人間は本質的に生涯変わらない生き物だが、経験によって対応は変わっていく。経験と知識を以って、最適化していくから変わっていくように思えるんだ。俺が恩を返す主義を持っているのも、その経験上からできたポリシーでありパーソナリティだ」

「君のそういう所は良い所だね。そこだけなら、僕はヴェロニカを尊敬できるのに」

「じゃあ、俺のそこだけを見ていてくれ。部分的には、そうだな……瞳の奥あたりにある。じっくりと眺めてくれ」


 アランの顔を見上げ、ヴェロニカは口元を歪めた。

 目を見れば、やはり冷たい光が宿っている。

 アランは思わず目をそらした。


「どんな経験が、そのポリシーを作ったの?」


 同時に話もそらす。


「きっかけから話せば、それは俺がママに拾われた時だな。ママは君と同じで、下心なく人を助けられる人だった。俺は基本チョロいからな。人に助けられただけで、簡単に相手を好きになってしまうんだ。だから、その時にママの事がすごく好きになった」


 簡単に言うが、彼女の場合は下心なしに助ける方が難しい。

 下心を持ってしまう事が当然だと思えるほどに、ヴェロニカは綺麗な容姿をしていた。

 そして彼女は下心を簡単に見抜ける。

 そんな彼女にとって、世の中には信じられない人間ばかりだろう。


「ママは見るからにおばさんで、お腹には脂肪がいっぱいだった。

 よく笑い、よく喋り、デリカシーがない。けれど信心深いシスターだった。

 そんなママから言われたのさ。「受けた恩は返しなさい」って。だから俺は、その言いつけを守ってる。

 好きな人の言う事は素直に従いたいだろ? 嫌われたくないからな」


 結局の所、彼女は自分の好意を基準に動いている。

 それは今も変わらず、好意の向かう先が「ママ」から「アラン」に変わっただけのようだった。

 もしかして、ママが生きていたら彼女は犯罪者にならなかったんじゃないだろうか?

 アランはふと思った。


「あの、聞いたら悪いかも知れないんだけど、ママはいつ亡くなったの?」

「二年前だ」


 気を悪くした様子もなくヴェロニカは答える。

 二年前はヴェロニカが犯罪者という生き方に刺激を見つけてしまった時期だ。


「ある日の事だ。俺はママと買い物に出かけた。右手には買い物袋を抱えて、左手は俺の定位置だ。手を繋いで毎日、買い物は一緒。そんな時に、暴漢が現れてママをナイフで刺し殺した。買い物袋を奪って、そいつは逃げていった」

「……君は、ママが死んだ光景を見たんだね」


 アランは痛ましい気持ちで言葉を搾り出す。


「ああ。特等席だ。しかも体感型で、繋いでいたママの手から熱が消えていくのが実感できた。死んだ人間がどうなるのかっていう知識を体験として俺に刻み込んでくれた。

 その時の記憶がしばらく抜けなくてな。ママを殺した男の顔も頭から離れなかった。

 ニット帽を被った男だった。きっとその下にはミラーボールみたいな頭が隠れていたんだろうな」


 彼女の言葉から、アランは思い起こす。

 たしか、ヴェロニカが初めて人を殺した時、その相手はミラーボールみたいな頭をしていたと言っていなかったか?


 もしかしたら、ヴェロニカは復讐を果たしたのかもしれない。

 彼女が犯罪者になったきっかけは、報復によるものだったのではないだろうか?


「どう思う? 普通に消費しても二日持つくらいの食料品。少しずつ食べていけば、もっと持つかな? それだけのためにママは死んだんだ」

「そう……なんだ」

「ちっぽけな理由でママが死んだと思うか? でも、その男にとって見ればその日をなんとか生き延びるための大事な物だったかもしれない。ママもそいつも、二人とも命をかけてたとしたらどうだ」

「どんな状況でも、僕は人を傷付けてまで生きようとした事は無い」


 ホームレスだった時、飢えて死にそうな事なんていくらでもあった。

 それでもアランは、一度だって誰から何かを奪おうと思った事などない。

 だから、胸を張って言えた。


 アランの答えにヴェロニカはにっこりと笑った。


「そう言える君だから、俺は好きなんだ。できるなら、ずっとそんな君でいてほしいな」




「そういえば、今はどこに向かっているの?」

 時間は四時半ぐらい。

 真冬の空からは太陽が傾いて久しく、西日は濃いオレンジの光をビルの隙間から射し込ませている。

 強い陽射しに照らされた道をヴェロニカとアランは並んで歩いていた。


「ラザーロは言っていたな。ラットマンはイカレた奴に雇われている、と」


 ラットマンの名前にアランの顔は強張った。


「君はわかりやすいな」


 ヴェロニカはかすかに笑う。

 アランはばつの悪そうな顔をした。


「それで、イカレた奴っていうのはどういう人間だと思う?

 俺は今まで雇った事すらないから除外として、ヴァイスも雇うとは思えない。雇うフリをして斬殺しそうだ。

 なら、他にイカレた奴ってのは誰だ? そう呼ばれるからには、相当の行いをしてきたはずだ。

 どんな行為がイカレていると思う?」


 アランは戸惑う。

 彼からすれば、人を傷つける行為は全体的に「イカレている」ように思える。

 人を傷付けるなんて事は、考えたとしても行動に移せない。

 具体的な行動を考えるとどうしても相手の心情も考えてしまうから、アランは知らず自制する。

 どんなにカッとなっても、瞬時に冷めてしまうのだ。


「わからない」


 アランは言葉を濁す。


「君からすれば、何もかもイカレて見えるだろうな」


 ヴェロニカに見透かされて、彼は俯いた。


「イカレた行為が具体的に「何か?」と定義すれば、それはマイノリティ《少数派》な行いだと俺は思っている。

 犯罪行為その物は、欲求から行われる事だ。本来なら合法な行いによって得られるそれらを違法な手段によって得る事だ。

 一般的には合法に従う人間が多く、そちら側の人間からすれば犯罪者はみんなイカレて見えるわけだ」


 話しながら歩く彼女の行く先に、ビルの影が横たわっていた。

 彼女はその影の闇へ足を踏み入れた。

 アランは日に照らされた道を歩き、隣のヴェロニカは影の中を進む。

 彼女の言う「そちら側」、アランはその線引きを明確に視覚化された気分だった。


「さて、そんなイカレているはずの犯罪者から見てもイカレている奴はどんな奴なのか……。きっとそれは、犯罪者からしても理解されない欲求を抱えた犯罪者だ」

「それは……どんな欲求なの?」


 聞くのが恐ろしいと思った。

 彼女の話を聞く限り、それは犯罪者すらも怖れる諸行なのだから。

 絶対に、ろくなものではない。


「ここ最近、ニュースでも取沙汰される犯罪がある。とても異常な犯罪だ。聞いた事はないか?」

「異常な犯罪? 猟奇殺人とか?」


 ふと、彼は思い出した。

 どこで聞いたかは憶えていないが、確かに猟奇殺人が起こっているという話を聞いた。


「臓器を抜き取るとかな」


 ヴェロニカの語るキーワードで、アランは完全に思い出した。


「コーディネイター」

「ご名答」


 ヴェロニカは小さく拍手した。


「じゃあ、もう少し頭を働かせよう。コーディネイターは何故、そんな殺し方をするのか?」

「それは……わからない……」


 わかりたくもない。

 人の片目と臓器を抜き取って殺すなんて理解できない。

 犯人の心情なんて考えたくもない。


「正直に言うと俺もわからない。なら、抜き取られた臓器はどこにいくと思う?」

「え、えーと……この話、もうやめない?」


 あんまり、この話題で考えを巡らせたくない。

 アランはグロテスクな話題が苦手だった。


「そうだな。たとえば、カニバリズムが目的だったとしよう」


 どうやら、ヴェロニカに話をやめるつもりはないらしかった。

 そのまま彼女は話を続ける。


「その場合、グルメな側面が見えてくるな。何せ抜き取るのは臓器だけ。筋肉などは残され、内蔵だけが抜き取られる。何故か眼球が一つだけ取られており、しかし脳にはノータッチだ。基本的に内臓へ対する嗜好が強い」


 アランは顔を顰めつつ、続くヴェロニカの話に耳を傾ける。


「だが、少し不可解だな。何故、片目だけを取るのか? カニバリズムではなく、別の理由がある気がする。儀式めいた何かだ。オカルティックな理由かもしれないし、個人としてのポリシーという可能性もある」

「ポリシー?」

「純粋な好み。もしくは、自己顕示欲の表れ。内蔵を抜き、片目を取る事に何かしらの意味を見出している。という見方だな。トロフィーコレクターかな?」

「トロフィーコレクター?」

「文字通り、行った事の記念品トロフィーをコレクションするイカした趣味だ」


 この場合の記念品とは、殺人行為の記念品。

 奪われた目や臓器がコレクションされていると彼女は言うのだ。

 ビンにホルマリン保存された眼球を想像し、アランは気分が悪くなった。


「俺はその線が濃厚だと思ってるし、警察の捜査資料でも同じ見解だ」

「警察って……。君の趣味?」


 彼女の言を信じるなら、ヴェロニカは汚職警官から情報を脅し取る事が趣味だ。


「いや、今回は情報屋から買った」

「ラットマンの居場所はわからないのに、どうして警察の資料が手に入るのさ」

「この街の警察のセキュリティなんて、ストリートギャングのねぐらと同程度だ。何せ、内部に情報源がいるからな」

「いろんな意味で不安になる話だね」


 アランはうな垂れ、ヴェロニカは慰めるようにその肩を叩いた。


「ま、それはいいとして。話を戻そう。これは俺の勘なんだが、犯人は臓器を抜き出す工程そのものを犯行の目的にしているんじゃないだろうか」

「それは……快楽殺人だって事?」

「そうだな。少なくとも、臓器売買のために抜いているわけじゃない。バイヤーに確認したが、下ろされる臓器が増えているなんて話はない。営利目的ではないだろう」


 何だか、さっきから知りたくない裏の世界の話がポンポン出る。

 そんな話が出る度に、アランの気分は重くなっていった。


「だ・け・ど」


 強調して発された声にヴェロニカへ向くと、彼女は人差し指を立てていた。


「何故か、食肉としての臓物は出荷が増えているわけだ。どうしてだと思う?」

「食肉って……」

「そういう好事家は少なくない」


 アランは顔を青くさせる。

 許容できる話ではなかった。

 自分の知る日常の裏側で、こんな現実がある。

 自分のいた世界が、別の次元へシフトしてしまったようだ。

 その事実はとても恐ろしい気分にさせる。

 この気分は絶望に近いだろう。

 もしかしたら、これも彼女のなりの絶望の底を見せる過程なのかもしれなかった。


「移植用の臓器と食肉用の臓器。これらの違いは生きているか死んでいるかだ。

 臓器を移植するには、臓器の組織が生きていなければならない。でなければ、移植しても腐ってしまう。

 だが、食肉用は違う。

 どうせ食べるから処理無しで取り出すだけでいい。

 その手間の違いもあって値段は雲泥の差だ。

 もし、ここ最近出荷されている食肉臓器がコーディネイターから流れているとすれば、コーディネイターは最初から営利目的で臓器を取り出しているわけではないという事になる。

 出荷される臓器は副産物的な物だという事だ。

 そして、死体が放置され、内蔵が食肉として売られるという事はカニバリズム目的でもないわけだ」


 人間の命から供出されたものを商品として扱う。

 平然と紡ぎだされる言葉を聞いていると、それがそう扱われても構わないものだと錯覚してしまいそうだった。

 アランは酷く気分を害しながらも、彼女の話を聞き続けた。


「そこで思ったんだが」


 言って、ヴェロニカはある路地の前で立ち止まった。

 同じく立ち止まったアランへ、体ごと向き直った。


「コーディネイターは殺す事に楽しみを見出す変態だ。そして彼は営利目的での殺人をしていない。でも何故か、臓器は食肉屋に売り出される」


 ヴェロニカは言いながら、路地の奥を指差した。

 その先には建物の影の中、ひっそりと人目から隠れるように建つ一件の家屋があった。

 もしかして、あれが食肉屋なんだろうか。

 アランは思わず、息を呑んだ。


「なんともちぐはぐな行動じゃないか? 移植用として売る方が高いのに、どうしてわざわざ食肉として売るのか? 営利目的を持っていないのに、どうして結局営利に走るのか? 俺は、実行犯と臓器を抜き取る人間が別人だからではないかと思っている」


 その時、食肉屋の入り口が開いた。


「たとえば、雇い主が殺し、雇われた小間使いが人間の調達と廃棄を担当しているのではないか、と」


 中から現れたのは、小柄な男。

 まるでネズミのような顔つきをした男。

 アランは男の顔を見て目を見開く。

 その顔は確かに、一年前に見た男だった。


 ラットマン。


 彼が今、アランの視線の先にいた。

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