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ハートレス  作者: 8D
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九話 疑惑と驚愕

 世の中は恐ろしい。

 とても不条理で、突拍子もない所から心と体を痛めつけにやってくる。

 それを体現したような人物が近しい場所にいる。

 ガリガリと精神を削られるようだ。

 ヴェロニカは自分と別の生き物だ。自分の常識は通用しない。

 気持ちを分かり合えず、無理に分かり合おうとすればきっと差異を覚えるだけだろう。

 そしてその差異は広がっていく。


 思案にくれて、自室でベッドに寝転がっていたアランは、しばらくして起き上がった。

 誰かと、この苦しみと孤独を分かち合いたいと思った。

 そうして思い浮かんだのは、今唯一自分が肉親と呼べる人間。


 ジェニーだ。


 彼女と無性に会いたくなった。

 どれだけ冷たくあしらわれたっていい。

 ただ純粋に、彼女の顔を見て話がしたかった。

 外行きの服に着替え、アランは部屋を出る。

 リビングにはヴェロニカがいたけれど、さっきの部屋着ではなくスーツ姿だった。

 椅子に座り、背を向けている。


「どこかに出かけるの?」


 声をかけると、彼女は顔を向ける。

 首を巡らせ、横顔でアランに応じた。


「野暮用だ。でも、必要な事だ。君も外出か?」

「うん。ちょっと……」


 アランは言葉を濁し、顔を俯けて視線を外した。

 ヴェロニカも前を向いて視線をそらした。

 それに気付いてアランは顔を上げる。


「行ってくるよ」

「ああ。俺も遅くならない。昼頃には帰ってくる。君と一緒に昼食をとりたいからな」

「僕も早めに帰ってくるよ」


 返事をして、アランは外へ出た。

 向かうのはパラダイスロスト。

 昨日、ジェニーと再会した場所。そしてロッキーが死んだ場所でもある。


 今アランを苛む痛みが、全て詰まった場所だった。




 パラダイスロストへ向かう途中、アランは交差点を通った。

 ビルに埋め込まれたテレビでは丁度ニュースが映っていた。

 そこに出る人物を見て、アランは立ち止まった。

 テレビの画面には、一人の人物が映っていた。壮年の男性だ。

 その男性の映像を元に、ニュースキャスターが記事を読み上げる。


「「医療の分野において、この街で多くの貢献を成してきたネイサン・バーレル氏が市長より賞状を贈られる事になりました」」


 ネイサン・バーレル。

 この街一番の名医。

 神業のような技術を持つ天才外科医。

 困難な手術へと果敢に挑み、多くの苦しむ患者達を救ってきた人だ。

 彼はアランにとって憧れの人だ。

 彼のような多くの人を救う人間になりたくて、アランは医者を目指していた。

 一度だけ、彼と面識を持った事もある。

 あれは、医療現場へ見学にいった時の事だ。

 偶然にも、ネイサンがそこにいたのだ。

 その上、話をする機会も得られた。


「綺麗な目だ。強い情熱の輝きを秘めている。君がその輝きを失わなければ、きっといい医者になるだろう」


 その時に、そんな言葉をかけてもらった。

 あの時の嬉しさは今でもしっかりと思い出せる。


 今の僕の目には、そんな輝きなんてないかもしれないけれど……。


 今となっては、医者になるなど叶わぬ夢だ。

 アランは苦笑して、テレビから目を背けた。

 そして逃げるように、その場を後にした。



 昼間の歓楽街は驚くほどに閑静だった。

 ネオンの光も、外を出歩く人もない。

 店はシャッターで閉じられ、開いている店は皆無だった。

 そこにある全てが、まるで白日の下に晒される事を嫌っているようだ。


 その中にあるパラダイスロスト。

 入り口には、黄色のテープが張られていた。

 開け放たれた入り口から、中で警官が動き回っているのが見える。

 店の人にジェニーの居場所を聞こうと思っていたが、それは容易な事ではなさそうだ。

 どうしようかと考えていると、店の前で煙草を吸う男が目に付いた。

 彼は、パラダイスロストの従業員制服を着ていた。

 昨日、入店した時によく見た制服だ。


「すいません。ちょっと聞きたい事があるのですけど」


 アランは男に声をかける。

 最初アランの巨体に驚いてギョッとしたが、男はすぐに疎ましそうな表情を作り、睨んできた。


「ブン屋か?」

「違います。ちょっと、店の女の子の安否が心配で」

「なんだ、お客様か」


 実際は違うが、男の警戒が解れたのでアランは訂正しなかった。


「それで、ジェニーっていう子なんですけど」

「ジェニー? そんな源氏名の女はいねぇよ」

「あ、本名なんです。もしかしたら、店では別の名前なのかも」

「名簿には両方載ってる。俺には見覚えが無いな。ジェニーなんて女はここにいない」

「金髪碧眼の可愛らしい顔をしているんですけど」

「そんな特徴の奴は大量にいやがるぞ。他には?」

「えーと、身長が低くてあの、お、おっぱいが大きいです」

「マジか! お前、それが本当だったらこの店で天下取れるぞ。何せ、この店一番の上客のモロ好みだからな。……ま、その上客も昨日の騒動で死んじまったがな」


 ロッキーの事だろう。


「でも、やっぱりいないな。そんな女」

「え?」

「上客のここ最近のお気に入りはタリヤだ。黒髪で褐色肌の小さい女だ。他には覚えがない。……いや、待てよ。そういえば、昨日入った新入りがいたな。俺は見てないけど、ロッキーの相手になったはずだ」

「あ、多分、その子です」


 ロッキーの相手をしていたなら、間違いなくそれはジェニーだ。


「いや、やっぱりそれもおかしい。昨日入ったのは、タリヤの妹だったはずだ」

「え?」

「確か、サプライズとして姉妹揃って相手をする予定だったんだ。まったく、死んだあの客もたいした変態野郎だぜ」

「あの、本当ですか?」

「ああ、すごい変態だよな」

「そうじゃなくて、昨日の相手がジェニーじゃないって」

「間違いないぜ」


 ジェニーはこの店にいなかった?

 じゃあ、どうして彼女はあの場所にいたんだろう?

 ジェニーはこの店に、あの場所にいないはずの存在だったのだ。

 あそこで遭遇するのはおかしい。


「ありがとうございました」


 困惑したまま、アランは男に礼を言う。


「ああ。またのお越しを」


 取ってつけたような言葉を贈る男に、アランは背を向けた。




 疑問が残る。

 けれど、それ以上に今会えない事が残念でならなかった。

 アランの視線は知らず下を向き始め、やがて顔は完全に俯いた。

 彼は渦巻く思いを持て余しながら、当て所なく歩いた。


 彼を苛む考えは、もっぱらヴェロニカの事やジェニーの事だ。


 ヴェロニカには恩がある。

 苦しみ続ける生活から救い出してもらった恩だ。

 けれど、彼女の行いをアランは許容できない。

 彼女を止めたい。

 自分の仇討ちとして行われる殺人を止めさせたい。

 けれど、彼女は聞いてくれない。

 それは、アランが恨みを捨てられないからだ。


 ジェニーはどこに行ったのだろう?

 ジェニーはどこにいるのだろう?

 何故、昨日あの場所にいたのだろう?

 こっちは本当に何もわからない事だらけだ。

 まるで、昨日の再会は幻であったかのようだ。

 けれど考えられずにいられない。

 彼女の安否が気になるのだ。


 どちらの考えも、答えの出ないものだった。

 解決する事のない益体のない考えは、まるで出口のない迷路のようだ。

 同じ所をぐるぐる巡る。


 何気なく、アランは道を曲がり路地に入り込んだ。


 その時だ。


 不意に、何かが彼の前に降り立った。

 その姿を目にして、アランは緊張で硬直した。

 警戒し、一歩後退する。


 降り立ったのは鋼鉄色の強化服を纏った人物。

 ヴァイスだ。


「アラン・ルーシャス」


 歪んだ声が名前を呼ぶ。アランの体がビクリと震えた。


「お前は何故、ハートレスと共にある?」


 気付けば、ヴァイスに距離を詰められていた。

 青い光を発するカメラアイが、アランの顔を下から覗き込んだ。

 しかしどうやら、ヴァイスに自分を害するつもりは無いらしい。

 ヴァイスはサムライソードに一切触れようとしなかった。


「答えろ」


 急かされて、アランは固く引き結ばれた口を開く。


「助けられたから」

「詳しく話せ」


 何故そんな事を聞かれるのか?

 訝しみながらもアランは言われるまま、ヴァイスにヴェロニカと出会った経緯を話した。


「そうか……」


 話を聞き終えると、ヴァイスは一歩下がった。

 話を聞き終り、ヴァイスが何を考えているのかアランにはわからなかった。

 ただ黙し、ヴァイスは思案すると、やがてアランへ声をかけた。


「アラン・ルーシャス。君は善良な人間だ。あれのそばにいるべきではない。あいつからは離れるんだ」

「……ダメだ。僕にはできない」

「何故?」

「ヴェロニカから離れても、僕には居場所が無い」

「そうか……。では、これなら話を聞いてくれるか?」


 そう言うと、ヴァイスは自らのフルフェイスに手をやった。

 フルフェイスと強化服のドッキングが音を立てて外れ、プシューと音を立てた。

 ゆっくりとフルフェイスが外され、ヴァイスの顔が外気に触れる。

 ヴァイスはフルフェイスを外し、一度大きく息を吸い込んだ。

 アランはその顔を見て息を呑む。


「お願い、お兄ちゃん。私の言う事を聞いて」


 そう懇願するヴァイスの顔と声は、アランのよく知る妹と同じものだった。

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