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フリーワンライ参加作品

百一匹目のサル

作者: 一条 灯夜

 グラウンドが広くなって、もう、夏が終わったんだって今更気付いた。

 ウチの野球部は万年一回戦敗退だし、新学期に入ってからはグラウンドにあんまり出てこなくなっていた。他の部活は、今まさに最後の大会参加中ってのがいくつかあったけど、……いや、だからこそ、グラウンドが広く感じた。

 日曜日の午前中なのに、ソフトボール部もないし、サッカー部もいない。体育館からはバスケ部の声が聞こえていたけど、グラウンドは陸上部――まあ、それも十名程度だけど――の独壇場だった。

 いや、それさえも終わりか。

 今日の練習は午前だけなので、既に全体でのダウンを終え、撤収準備に入っている。


 運動部って言うと、なんか汗と努力のドラマで青春ってイメージが強いけど、なんだかんだで損なのは一部のトップエリートだけで、平々凡々としている限りは、ドラマチックには縁が無い。

 そこそこに頑張って、そこそこに結果を出して、そこそこに悔しい思いをして引退していく。まあ、人によっては大袈裟にそれを表現して、感動的な演出をするんだろうけどさ。

 どうにもそういうのは、この僕にも、文武両道で勉学以外にも力を入れていると嘯くこのギリギリ進学校にも、縁が無さそうだった。


 世の中的には、そういうのを勝手に悟りだのなんだのとカテゴライズしているみたいだけど、それに対する反論も含めて別にどうでもよかった。

 きちんと起承転結があって、努力は最後に結局報われて、ライバルには上手いこと勝ちつつ仲良くなって、ついでに彼女もいつの間にか捕まえるなんてストーリーは、小説とか漫画、アニメなんかの二次元で充分。自分の人生で、保険もなしにそんな冒険するのはリスキーだからな。


 と、まあ、そんな具合に、今日も無難に過ごすというお勤めを終えた僕は――、水のみ場で、丁度計ったような場所にあった紙屑と目が合ってしまった。

 取り合えず、汗で失った水分を補給してから、その紙屑を広げ、目が合ったナニモノかを確かめてみる。するとそれは――。

「サル?」

 まあ、多分、デフォルメされたサルのイラストだった。ジグソーパズルの、どっかの四隅のいちピースみたいな紙片は、どうも破れた手紙みたいだな。癖の強い小さな字がボールペンで書かれている。だけど、たった数個の単語からは、それがなにを示しているのか推理出来無かった。

 まあ、こういうのは、誰かの秘密を期待させつつたいていはつまらない内容だよな、と、もう一度丸めて投げ捨てようとしたけど……。

 放り投げようと思ったその先に、二切れ目があるのが目に入った。

 もう一度紙屑を広げてみる。

 デフォルメされたあんまり可愛くないサルは、欄外に等間隔で並んでいる。僕の持っている、多分、右上の端の紙片には、上に一匹、右に五匹いた。次いで視線を、吸ってられ手いる紙屑に向ける。

 多分、このパズル――誰かが破いた手紙――の一ピースだろう。イラストから見て間違いない。問題は……。

「偶然か故意か。それが問題だ。誰かの罠か? 僕がからかわれているだけとか」

 まあ、僕をからかうためにこんな仕掛けを仕込んだのだとしたら、随分と暇なヤツがいたものだ、とも思ってしまうが、しかしながら、ポケットか何かに入れた破いた手紙を、ヘンゼルとグレーテルよろしくこんな風に配置していく人間がいるものだろうか?

 ……もしいたとすれば、随分とぼんやりしたヤツか、イタいヤツかのどっちかだな。


 結論として、僕は無視しようとした。

 多分、辿っても良い事なんてひとつも無い。

 部活というお勤めを終えた以上、後は適当に町を――といっても、金も無いので立ち読みできる本屋とか、そのぐらいしか行けないけど――ふらふらするなり、家に帰って部屋で時間を潰すなりしたほうが有意義だ。


 そう、理詰めで解ってしまうんだけど……。


 僕の足は回れ右して、右手が二切れ目の紙片を手にしていた。

 多分、どっかの端の部分だと思う。一辺は鋭利に切られていて、欄外のサルがいるし。でも、ひとつ目のピースと合う部分はなかった。手の中のサルが十二匹になった。

 体育館横の水飲み場から、体育館沿いにグラウンドの端を進む。端っこじゃないピースが三つ、転々と落ちていて体育館の端に出た。

 体育館の裏手にはプールがあるけど、もう今年の授業は終わりだ。そう解ってはいるけど、一応、勝手に泳いでいる誰かの可能性を考慮して慎重に運動場と校舎を繋ぐ道へと出る。でも、まあ、やっぱりプールの入り口には鍵が掛かっているし、手紙は校舎に向かって五切れ落ちていた。

 まあ、そういう桃色ハプニングは、現実には無いよな、と、嘆息してから僕は紙片を拾い集めて校舎へと入っていく。


 下駄箱を通り過ぎ――位置的に、落とし主がこの場所を通ったとしたら、僕と同じ一年だな――、職員室を迂回したいのか、すぐに階段を上がり二年のホールを横切り、もう一度一階へと降り、技術室の前を通り過ぎ……。

 本当に辿って行って大丈夫なんだろうか?

 今になると、なんだかホラーの犠牲者第一号の気分になってくる。四階の吹奏楽部の音が小さくなってきているせいだ。技術室っていうのも頂けない。たしか、五~六年前までは機械工作の部活があったけど、今は無いとか言う話だし、その原因が作業中で事故死しただのなんだのって噂も……。


 カタンと響く物音に、僕は肩をビクつかせ、早足で紙片を広い進めた。

 手の中のサルは、九十八匹。多分、あと少しだ。

 技術室を通り過ぎ、空き教室が三つ並んだ最終区画――確か、昔は商業科があって、その名残として残っている部室候補の教室――にさしかかる。ちなみに、教室が三つ並んだその先はない。行き止まりだ。

 ……紙屑は、二つ目の教室の入り口――ドアが開いている――に落ちている。


 恐る恐る拾い上げる。

 最後の隅のパーツだ。

 サルは百匹目になった。


 息を飲む。

 その一呼吸の後――。


「わ! わー!」

 背中で叫ばれ、迷惑そうな顔で僕は振り返った。

「あれ? 驚かない?」

 なんていうか、すごく……どこにでもいそうな女子生徒がそこにいた。

 改めて確認してみるけど、胸元のリボンは黄色。やっぱり同学年か。肩に掛かる程度の髪に、子供っぽい大きな目。髪も染めていないし、どこにでもいるやや地味な部類ってところかな。

「あのさ。幽霊は基本的に控えめだから美学があるのであって、そんな『わ』とか言われても、普通は驚かない」

 足音も聞こえていたし、と、僕は呆れ顔で解説してやる。

 しかし、女子生徒は、より嬉々とした目で叫んだ。

「すごい! 私より変人がいた!」

 失敬な、僕のどこがキミ以上の変人だ。


 腰に手を当て、ほらやっぱり幻滅しただけだったな、と、無駄な時間を総括して――女子のスカートの端に乗っている百一匹目の可愛くない造形のサルに気がついた。

 当然の帰結だけど、この手紙はこの女子生徒のトラップで――。

 っていうか、この子は、この可愛くないサルになにか感じ入るものでもあるんだろうか? 携帯かスマホかは分からないけど、ストラップまでこのサルで統一しているなんて……。

「悪趣味にも程がある」

 最後の感想だけを口にすると、しっつれいしちゃうわね、と、でかい声で言い返された。

 僕の胸までの背丈の女子生徒を見る。

 やっぱりどうもドラマチックもロマンチックも、僕には訪れないものらしい。

「ゴミはちゃんと捨てろよな」

 女子の手に強引に――触った後で、やや動揺したが、手を引っ込めるのも不自然な気がして、拾い集めた紙片を握らせて僕は背を向けた。

「読まないの? 帰るの?」

 背後から問われて、僕は今日一番のキメ顔で答えた。

「『ただし、美男もしくは美女に限る』は、女子だけの言葉と思うなよ」

「フザケンナ! このやろう!」

 結局、僕はこの地雷から逃げられないらしい。

 ……まいったな。

 まだ昼飯前なのに……。


「で?」

 引っ張りこまれた中央の空き教室――この単語だけなら、どこか色っぽいのに、いかんせん、これじゃない感も強い。この女子生徒も、あと、僕自身も。

 せっせと破れた手紙を修復していた女子は、一枚のフランケンなつぎはぎの手紙を僕の目の前に突き出した。

「ええと、『誰かがこの手紙を拾ってくれることを……』」

「ああ、いや縦じゃなくて横に読んでみ」

「横?」

 またメンドクサイネタを仕込みあがって、と、嘆息してから僕は分の頭文字を並べていく。

「誰、か、青、春、……させてくれ」

 なんだ、ただの寂しい女子か。

 そう結論付けた時、読ませたくせにそれを僕自身の発言とするという小学生レベルの子が、自信たっぷりに胸を張った。

「よーし、私が寂しい男子と甘酸っぱい高校生活を送ってやろう」

「ええ~」

 反射的にそんなナサケナイ声を出してしまうが、一瞬で聞き咎められてしまう。

「なんだよ! その本気で嫌そうな声は」

 嫌そうだと気づいたなら逃がしてくれよ、と思いつつ僕は、無難な政治的な笑みで応じてみた。

「ほら、僕って対人関係ではまず一歩下がるタイプだから、キミとは合わないんじゃないかなって」

「一歩下がる同士だったら、永久に遠ざかるだけじゃない! いいから、ほら、なんか、こうせっかくのこのドラマチックな出会いを華やかに彩りなさいよ」

 最初のツッコミには成程、と、思ってしまったが、後者はまったく同意できなかった。

 いったい、この僕にどうしろって言うんだか。



 強引な女子を僅かに目を細めてみる。

 最悪からスタートした出会いの結末、か。


 まあ、僕程度には丁度良い青春なのかもしれないな。

 上手くいかない方に百ドル賭ける気持ちで、僕はニヤリと悪人の笑みを浮かべて言った。


「まずは、自己紹介からはじめようか」

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