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log99.大蛇の急所

「なにあれキモチワルッ!? ちょっとリュージィ!?」

「いや俺に振られても。俺だって初めてみるわい、こんなん」


 悲鳴を上げるマコ。いつの間にやら追いやられた彼女は、リュージたちと共にドームの中心部分に立たされていた。

 周囲をぐるぐる駆け回る大蛇の陣を見て、リュージは緩やかに首を振る。


「マンイーターの奥の手の一つかね。切り札は伏せてナンボってか」

「多人数同時攻撃ならいざ知らず、多人数同時行動……! かような真似が可能なのか!?」


 マナの分身を消しながら、慄くガオウ。初めてみる戦術を前に、どう対処したものか判断がつかない様子だ。

 うねるマンイーターという大蛇は大きく鎌首を擡げたかと思えば、リュージたちを飲み込もうと怒涛の勢いで迫ってきた。


「っ! 来るよ!」


 コータの声を合図に、各々大蛇の進路から大きく飛び退く。

 刃がずらりと並んだ大蛇の口はそのままやり過ごすことが出来た。――だが、通り抜けざまに放たれる無数のボーガンのボルトによって何人かが痛手を負ってしまう。


「づっ!」

「きゃぁ!?」

「コータ君!」

「マナァ!!」


 それぞれ肩と足にボルトを喰らうコータとマナ。狙いが甘かったのか、或いはボルト自体が粗製だったのか、ダメージ自体はたいした事はなかったが、両者の動きが一瞬止まる。

 その隙を逃さぬように、大蛇は再び大きくうねり、コータとマナを飲み込まんとする。

 しかしそれはさせぬとガオウとリュージが立ち塞がる。


「狼牙、閃空刃ッ!!」

「ほい、っとぉ!!」


 ガオウの爪剣が大きく空を薙ぎ衝撃波を大蛇に叩きつけ、リュージの一閃がその足を奪おうと地面スレスレに放たれる。

 結果、大蛇の行進は大きく逸れる。ガオウの一閃により数名が鱗が剥がれるように行進から零れ落ち、リュージの一撃を回避しようと方向転換していった。


「チッ。外したか」

「大丈夫か、二人とも!」

「なんとか……!」


 レミの魔法でHPを回復させながら頷くコータ。

 マナも同じように治療を受け、レミに礼を言った。


「あ、ありがとうございます……!」

「どういたしまして!」

「うっとうしいねぇ……!」


 辺りを駆け回り、付かず離れずの距離を保つマンイーターという大蛇に、カレンは苛立ちを隠さず舌打ちする。


「鋭矢あたりで纏め撃ちにしてやってもいいかもだけど……縦列で来られたら、ちと厳しいかね」

「鋭矢って、あのスゲェ連射? あれドンだけいけんの?」


 マコの雑な質問に、カレンも雑に答える。


「1千発行けるよ、舐めんじゃないよ!」

「だったら余裕でしょうが!」

「いや、1千発いけるけど、一発の威力はガクッと落ちるから……。あの手の“そこそこ硬くてそこそこ数が多い”連中には連射数が増えれば増えるほど有効じゃなくなるっていう……」

「雑魚掃討用ってか……」


 言われて見れば納得か。弓で連射するということは、当然一発の矢を引く時間も短くなる。その分、矢を引く力も弱めていかねばならない。マンイーターたち全てを射抜くには、数で勝れど質で大いに劣るというわけだ。


「……考えたんだけど、あっちの五人組のフードを倒せばいいんじゃ……? 明らかにこっちと距離を取ろうとしてるし」


 コータはロングソードを構えなおしながら、大蛇と挟んで反対側に並んで立っている、五人のフードマンイーターたちを睨み付ける。

 安全な場所で、こちらの方を観察するかのように見つめてくる五人組。周りを護衛が固めているのも相まって、いかにもな怪しさが満ちている。

 だが、コータの案はリュージによって却下される。


「いや、多分だがあの中に本物はいねぇぞ?」

「え?」

「マンイーターが、あんな露骨な連中だったら、誰も恐れたりしねぇよ。マンイーターのおっかねぇ部分は、あれすらブラフってとこだな。あの五人の中に本物はいねぇ。別の場所でこっちを見つめてニヤニヤしてんのが本物の“マンイーター”なんだよ」

「しゅ、趣味悪いね……」


 リュージの説明に、コータは思わず顔を引きつらせる。

 だがそうなると本物はいずこか? コータはリュージへ問いかける。


「じゃあ、どこに本物がいるか見当が付く?」

「いやそれがさっぱり……。前やりあったときも結局本物の居場所がわかんなくて、全滅させればいいじゃねぇか!と張り切ったんだが半分でアウトになってな……。あとで聞いたんだが、結局アマテルも本物は倒せてねぇとか。伊達に八万の賞金首じゃねぇな……」

「そうなんだ……って、え? 八万の賞金首なの!?」

「知らんで来てんのかい」


 今更なコータの反応に呆れたように返すリュージ。

 そんな男子のボケツッコミをよそに、ずっと沈黙を保っているソフィアにレミが声をかけた。


「ソフィアちゃん、さっきから黙ってどうしたの?」

「………いや」


 レミに生返事を返しながらも、ソフィアはジッとマンイーターの大蛇の陣を観察する。

 一糸乱れぬ動きで行進を続けるマンイーター。頭に相当する部分には手練の剣士がかたまり、後ろ部分にはボーガン兵がすり抜けざまの一撃をさせないためにボルトを補充して構えている。

 体力の概念がないVRMMOだからこそ可能な、チーム一体となる超攻撃的な陣形。

 最後まで削りきれれば大蛇も消えるが、接近戦を挑むにはリスクが高く、遠距離攻撃で仕留めようにも大蛇の速度は詠唱をはるかに上回る。

 突破力は言うに及ばずであり、これを相手取るならこちらも同じだけの人数を用意する必要があるだろうことは想像に難くない。

 ……だが、ソフィアはそんな大蛇の陣に微かな突破口を見出そうとしていた。


(あれだけの人数が一糸乱れぬ動きを繰り返す……。相当に訓練が積まれ、なおかつ優秀な指揮官が必要になるだろう)


 全体の動きを大蛇に見せる。言うは容易いが、行うは難し。決められたルートを通るだけであれば、反復練習を重ねればいいだけだが、これを戦いに利用するとなればそうも行かない。

 普段の訓練に加え、大蛇の動きを統制管理する……言うなれば頭脳の役割を果たす人間が必要になるとソフィアは考えた。


(ならばその立ち位置は? やはり距離を取り、戦場全体を俯瞰的に観察できる場所で、味方に支持を出しているのか?)


 迫る大蛇の動きを捌きながら、ソフィアは先ほどコータたちが本物と考えた五人のフードマンイーターたちに視線を向ける。

 五人のフードマンイーターたちは大蛇を見つめ、微動だにしていない。大蛇があればこちらに攻撃する要なしというわけか。

 五人の視線は常に大蛇の頭を捉え、そして大蛇の動きに合わせて視線の先も動いている。ソフィアたちとは大蛇を挟んでいるので、立ち位置的にも安全といえるし、あれらを攻撃するのには大蛇突破はリスクが高過ぎる。

 指揮官がいるのであれば普通はあそこだろうか。リュージの言を信じ五人の中に本物がいないのだとしても、護衛の立場としてあそこに本物が混じっていてもおかしくはない。

 ……だが、ソフィアの勘があの中に本物はいないと告げていた。


(……微動だにしない。いや、動かなさ過ぎる。指示を出す人間として、一点しか見つめていないというのはどうなのだ?)


 五人の視線は完璧に大蛇の動きを追っていたが……その動きが完璧すぎた。

 完全に大蛇に釘付けになっていて、こちらの動きにはほとんど注意を払っていないのだ。

 動かなくても通信する手段くらい、イノセント・ワールドにはありそうだが指揮官がこちらの動きを見ていないというのはおかしい。

 相互通信により、大蛇側からこちらの動きを受け取っている可能性もあるかもしれないが、大蛇の動きが激しすぎる気がする。目の役割の人数を絞ると情報が少なくなり、多すぎると情報を捌くのに時間がかかる。


(五人がそれぞれに指示を出している可能性もあるが、それは逆に大蛇の動きを阻害する恐れがある。やはり、ブレインは一人が一番効率いい)


 船頭多くして船山登るとも言う。大蛇の動きを御しきれるのであれば、指示を出す人間が一人いればいいはずだ。


(ならやはり、本物は――)

「ソフィアちゃん!!」


 悲鳴じみたレミの声に視線を上げると、大蛇の行進がソフィアを飲み込もうと迫っているところであった。

 かわしきるには微妙なタイミング。ソフィアは素早くレイピアを構え、大蛇へ一太刀を浴びせる。


「ハァッ!」

「ソフィアちゃん!?」


 逃げるどころか立ち向かったソフィアの思わぬ行動に、レミの悲鳴が再び響く。

 ソフィアの放った一撃は大蛇を構成する一刀にて弾かれ、お返しとばかりに無数の斬撃が彼女を襲う。


「フッ!!」


 呼気を吐き出しながら、ソフィアは斬撃を見舞った一瞬の間に飛び上がり、大蛇の行進を大きく飛び越える。

 自らの下を高速で通り過ぎてゆく大蛇。それを構成する人員の一人ひとりの立ち位置と表情をしっかり見つめる。

 ――まっすぐにソフィアを見つめながらも歩みに澱みなし。上をゆく獲物に目もくれず、大蛇たちはまっすぐに走り続けている。まるで、誰かにそう指示されているかのように。


「―――ッ!」


 着地と同時にソフィアは大蛇のほうへと振り返る。

 大蛇は既に次の獲物に狙いを定め、その体をうねらせている。

 ……まだ判断材料が足りない。だが、ソフィアの勘は大蛇の中に本物がいると告げている。

 それをじっと見つめるソフィアを心配して、カレンが近づいてきた。


「無茶すんじゃないよソフィア! アンタ、今、轢き殺されかけたよ!?」

「――カレン。無手にて全体に声を飛ばすスキルか魔法はあるか?」


 カレンの心配をよそに、ソフィアは静かに問いかける。


「はぁ? 何言って――」

「ある程度の範囲に指示を出す方法はあるかと聞いている」


 自らの心配を無視するかのようなソフィアにカレンは思わず声を荒げかけるが、それよりもずっと静かな……冷徹とさえいえるソフィアの声に頭を冷やされる。

 視線を大蛇から外すことさえしないソフィアの声に、カレンは仰天しながらも彼女の問いに答える。


「え、えっと……クルソルのボイスチャット、ハンズフリーってのがあるからそれかね?」

「なら、指示は可能。では居場所を炙り出すにはどうする……?」


 ソフィアはブツブツ呟きながら大蛇の動向を観察する。

 大蛇は次の獲物にコータを狙い、彼に迫っている。


「く、そ!?」

「受けるな、かわせ! うぉぉぉぉ!!」


 大きく跳び退るコータを援護するように、ガオウが爪剣を振るい衝撃波を飛ばす。

 飛来した衝撃波を大蛇の鱗たる剣士たちがその剣で防ぎ、全体への被害を抑えながら駆け抜けていった。

 それを見て、ソフィアの頭に浮かぶ一計。


「……確認するならこれしかないか?」

「ソフィア? おーい?」


 様子のおかしいソフィアに、思わず彼女の頭を軽く叩くカレン。

 ソフィアは自らの頭を叩くカレンの手の平を一瞬で掴み、振り返りながら彼女へと問う。


「……今から言うことを、カレンは出来るか……?」

「な、内容による、かな……?」


 静か過ぎる彼女の声に怯えながら、カレンは返す。

 そしてソフィアの提案を聞き、カレンは声を失うこととなった。




カレンの奥義である「鋭矢・千鳴」。千本の矢を一瞬に放つといえば聞こえはいいが、対人戦における用途としてはこけおどしが精一杯である模様。

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