log98.人喰・大蛇の陣
リュージの武器の破損具合はマンイーターも察したのか、リュージではなくその背後で庇われているマナに向かってボーガンのボルトが殺到する。
マナは符を盾のように押し固めることでボルトを凌ごうとするが、圧倒的物量の前には即席の盾などものの数秒で打ち破られてしまう。
それに加え、先ほど姿を現した人形も大矢を発射してくる。ガオウの奮闘もあり、それらのすべてがマナに集中することはなかったが、それを凌ごうとするリュージのバスタードソードの疲労は確実に蓄積していった。
「リュージさん! 私に構わず、本懐を遂げてください!」
「そうはいかんだろう、この状況じゃ。ガオウのおかげで、辛うじて話が出来る程度に戦線が維持できてんだ」
バスタードソードが目に見えて破損し始めたのを見かね、マナはそう叫ぶがリュージは首を振って飛んできた大矢を叩き落す。
「マナが魔法を維持しなきゃ、ガオウの分身も数秒ともたないんだろ? 必要経費さ、割り切っていこうぜ」
「そんな……!」
軽く言い放つリュージであるが、庇われているマナは気が気ではない。壊れれば当然リュージの武器は武器として使えなくなるわけだが、それだけではないのだ。
リュージの持っているバスタードソードが汎用素材による強化武器であるならば、マナもここまで慌てはしない。だが、彼が持つのは最低ランクとはいえレアエネミーの落とす素材によるレア武器の一種。
イノセント・ワールドにおいて武器が破損してしまうと、基本的に修復は不可能となってしまう。
正確には破損した武器は“壊れた~”といった名称の新しいアイテムへと変化してしまう。“壊れた~”は新品のアイテムの扱いとなるため、当然修復などといったコマンドは意味をなさなくなってしまうわけだ。
もちろん、武器を元通りにする方法がないわけではない。“壊れた~”は武器作成の際に土台として使用することが出来るため、これを元に元々使っていた武器を再現すればよいのだ。土台となる“壊れた~”になる前の武器の強化数値は新たな武器の基礎能力に一部加算される形になるため、強化上限を迎えてしまった武器は一度壊れるまで使い、新しい武器の土台に使うことで更なる強化を施すのがイノセント・ワールド式の武器強化なのである。
ここで問題になるのは武器の作成に使用する素材だ。“壊れた~”を土台に武器を作成する際には、“壊れた~”の元となる武器に使用した素材が必須となる。リュージのバスタードソードの場合は、草剣竜由来の素材。牙でも骨でも良いが、とにかくディノレックスの素材が必要になるのだ。
レアエネミーの素材など、そう簡単に手に入るものではない。最も親しまれているレアエネミーのディノレックスの素材ですら、投売り価格は十万を上回る。相応にレベルを積んだシーカーであれば用意できるだろうが、今のリュージたちには十分大金になるだろう。
つまり、今、リュージの剣が壊れてしまうと、かなり長い間同じものを用意できなくなる可能性が高いのだ。
「武器が壊れたら……! どうするんですか!?」
「どうにかなるさよー。それに、“マンイーター”もそう簡単に尻尾はつかませないだろうし」
マナは焦るが、リュージは泰然自若……とはいかない。
姿を見せないマンイーターの本体……つまり、本物のGM・マンイーターを探して首を巡らせる。
「本懐を遂げるにしたところで、本物の位置がわからなきゃ遂げようがない。全員ぶちのめすにゃ、武器がこの通りだし、弱ったなーもー」
「チィ、厄介な……!」
剣士タイプのマンイーターたちを蹴散らしながらも、ガオウの表情は苛立たしげに歪んでいる。
蹴散らす、といっても先ほどリュージがやってのけたように実際に倒しきれているのは数人程度。吹き飛ばされたマンイーターたちのほとんどは自身を回復し、再び立ち上がってきている。
リュージに出来て、己に出来ぬ純粋技量による一撃必殺。その事実がさらにガオウを苛立たせていた。
「この腕の未熟が情けない……! 及ばずともせめて、時間稼ぎ程度は……!」
「焦んなよー。お前が崩れたらマナちゃんが死ぬんだからなー」
「わかっている! くそぉ!!」
ガオウの分身たちが爪剣を振るい、マンイーターを吹き飛ばす。
だが、事態は好転せず、マンイーター側は更なる手札を開いた。
「フフ、フフフ。さらに行かせてもらうわよ?」
いずこからか聞こえてくる“マンイーター”の声に反応するように、マンイーターたちの中から二体の人形が立ち上がる。
時折現れる大弓持ちの人形のように、飾り気のないのっぺりとした表情。だがその身長は二メートルを上回り、その身の丈に迫るほどのグレートソードを片手に携えている。
「さあ、避けて御覧なさぁい……!」
「ぬぉ!?」
人形のグレートソードがガオウの分身たちに迫る。
分身ガオウがその一撃を爪剣にて防ごうとするが、人形はそれごと分身の体を真っ二つに叩き割ってしまう。グレートソードの勢いは分身一体では衰えず、そのまま数体の分身が纏めて斬り裂かれてしまった。
ガラスが砕けるような音共に消え去る分身たちを見て、マナの顔から色が消えた。
「そん、な……! 魔法スキルとはいえ、防御力自体はガオウ君とほぼ同じだけあるはずなのに……!」
「てーことは、本物も武器受けしたら真っ二つか」
「貴様は特にな! 絶対に受けるなよ!?」
プレイヤーと分身ではそう単純な比較は出来ないだろうが、少なくとも武器受けするには危険すぎる相手なのは間違いないだろう。
ガオウはリュージに向かって叫びながら、人形の気を引くように分身を動かしながら自身も囮になるべくマンイーターたちの中を駆け回る。
「まずはこやつをどうにかせねばなるまい! リュージ、まだいけるか!?」
「攻撃受けなきゃもう少し平気だろ。片方は任した」
リュージは言うなり、グレートソードを構えた人形に向かって駆け出す。
「フフ、フフフ。この程度は恐れない、わよね?」
「当然」
「いいわ、やっぱりいいわぁ……!」
愉悦に満ちた“マンイーター”の声。剣士たちの刃を身のこなしだけでかわしながら、リュージは一気に人形へと肉薄する。
「恐れなく、ただひたむきに……! 貴方、やっぱり飽きさせないわぁ……!」
人形のグレートソードがリュージの体を両断と振り下ろされる。
幾人かのマンイーターたちを巻き添えにした一撃をリュージは横に回避し、そのまま刃の上に足をかけて跳び上がる。
「変わらぬ威容、その表情はどうしたら崩れるのかしらぁ!?」
「パワークロスッ!!」
一瞬二撃。仕様を超えた必殺が人形の胴体を文字通り消し飛ばす。
危なげなく着地しながら、リュージはぼそりと“マンイーター”の言葉に答えた。
「少なくともテメェのために喜んだりはしてやらねぇよ、マンイーター」
「残念だわぁ」
“マンイーター”はねっとりとした呟きを残し、一つ指を鳴らす。
「なら、多少は驚いてもらいましょう? 或いは恐怖に歪めてちょうだい?」
「―――ッ!」
“マンイーター”の合図と共に、倒されたはずの人形がリュージの頭上に向けてグレートソードを振り下ろす。
リュージは僅かに目を見開き、急いでその場から飛び退こうとするが、さすがにタイミングが遅すぎる。
どこからか、マンイーターの笑い声とガオウの叫びが聞こえてくる。
「リュージィィィ!!」
「フフ、フフフフ!!」
重なる両者の叫び。為すすべもなくグレートソードの刃を見上げるリュージ。
剛断される寸前、リュージは僅かに顔をしかめる。
“マンイーター”へのわずかばかりの反抗か、それ以上に表情を変えることはなく。
「鋭矢・雷咆ッ!!」
そして、それ以上変える必要もなくなった。
轟音と稲妻を引きずり飛来した一矢が人形のグレートソードをへし折ったのだ。
「ッ!」
「今のは――」
リュージが矢の飛来した咆哮へ視線を向けると、カレンとソフィアたちがこちらに向かって駆け寄ってくるところであった。
「リュージィ! 無事!?」
「助けに来たよぉー!」
「今いくからそこを動くんじゃないぞ!」
「ファイヤボール!!」
口々にリュージへの呼びかけやら牽制の魔法やらを口にしながら駆け寄ってくる仲間たちの姿を見て、リュージは思わず顔を綻ばせた。
「ホッ。ここまできてくれるとは、愛されてるなぁ俺」
「羨ましいわね。そして間に合わなかったわね」
“マンイーター”は現れた増援に向け、また別の人形を召喚する。
手に槍を持った人形がソフィアたちの前に立ちはだかり、そしてその体を貫かんとする。
「まあ、やることは変わらないわ。貴方と一緒に、彼女らも――」
「邪魔だぁぁぁぁ!!!」
「どけぇぇぇぇ!!!」
だが、立ち塞がった人形に、コータとソフィアの一撃が炸裂する。
スキル抜きに振るわれた二人の武器は人形の体に叩きつけられ、そのまま一撃でその体を粉砕してしまう。
再びマンイーターたちに広がる動揺。リュージと同じプレイヤーが、二人も一気に増えたのだ。
「――あら? やっぱり、貴方の同類だった?」
「みたいだな。俺もびっくりしたわ」
軽く肩をすくめるリュージ。ここ数日で確実に純粋技量をものにしてきていると感じていたが、“マンイーター”の人形を打ち破るほどとは思わなかった。
「まあ、嬉しい誤算って奴だな。これなら、全員すり潰せそうだな?」
「―――それは困るわ」
軽く笑みを含んだリュージの一言に、“マンイーター”が硬い声で答えた。
「貴方を倒すのが今日の目的。倒されるのは予定外よ」
同時に、マンイーターたちが、大きく動き始める。
先ほどまではガオウの相手をするために固まって動いていたものが、大きくうねるように動き始める。
その動きはまるで波のように。彼らは足並みを揃え、ドームの中を駆け出したのだ。
「うぉ!?」
「大蛇の陣……さあ飲み込みなさい、マンイーター!!」
長く列を作り、武器を手に駆け回るマンイーターたち。
その動きは地面を這う大蛇のようであり、獲物を飲み込もうと凄まじい勢いでリュージへと迫る。
一糸乱れぬマンイーターたちの動きを前に、慌ててリュージはその進路から飛んでかわす。
「っとぉ!?」
「リュージ!」
人形を蹴散らしたコータが、慌ててリュージの援護に駆け寄ろうとするが、それを牽制するように彼の前をマンイーターたちが通り過ぎる。
「うわっ!?」
「気をつけろ! ひき潰されたら、それで終わりだぞ!」
ソフィアに対しても牽制をかけてくるマンイーター。行進する大蛇の陣は、ドームの中を縦横無尽に駆け抜けた。
なお、これもまた純粋技量の形のひとつである模様。