log97.斬攪
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リュージは突如現れた閃光を腕で遮りつつ、呆れたように呟く。
「アマテルか、これ。相変わらず派手な奴だな……」
閃光自体は一瞬で収まり辺りの視界も元通りになる。リュージは一つ溜息を吐き、腕を払う。
突然の閃光に敵の姿を見失ってしまったが、おかげで少しだけ頭は冷えた。あんな無謀な特攻を続けていて勝てるほど、甘くはないだろう。その内、本人が本気を出し始めていたはずだ。
そうなる前に、冷静さを僅かでも取り戻せたのは僥倖だった。アマテルの突然の全包囲攻撃に感謝といったところか。
「「「「「さぁて、第二ラウンドだよ」」」」」
「………」
声のした方に振り返ると、マンイーターたちが矢じりのような陣形を取ってリュージを睨みつけていた。
先陣を切るのは剣士たち。その後ろにはボーガン持ち。そして最後部に五人のマンイーター。
ごく一般的な突撃陣形だろう。マンイーターたちは相変わらず顔を隠したままの姿勢で同時に喋り始める。
「「「「「さっきはよくもやってくれたね。だいぶマンイーターも削れちゃったし、ここからは本気で潰させてもらうよ」」」」」
「ほざいてろ弱卒集団。そのまますり潰してやるよ」
リュージの吐き捨てた言葉に、前衛を務める剣士たちが一瞬ざわめく。
「――フフ、フフフ。弱卒。素敵な響だわ」
その時、今までと毛色の違う声がマンイーターの中から響く。
その声が聞こえた瞬間、ざわついていた剣士たちの動揺は収まり、再び静かに陣形の形を保ち始める。
聞き覚えのあるその声を聞いたリュージは、溜息とともにその名を呼んだ。
「……ようやくお出ましか、“マンイーター”。化粧に時間がかかりすぎたか?」
「フフ、フフフ。ええ、そうね。色々準備に時間は掛けるわ。殿方と踊るのは久しぶりだもの」
リュージの挑発を軽く流し、“マンイーター”が語りかけてくる。
「でも残念だわ。もう余り時間がないの。貴方のお友達も、もうすぐそこまで来てしまっている」
「へぇ」
“マンイーター”が素直にソフィアたちの存在を口にし、さらに彼女らがまだ無事であると告げたことにリュージは驚く。
「珍しいな、マンイーター。リップサービスにしちゃ、ずいぶん振舞うじゃねぇか」
「フフ、フフフ。そうね、らしくないと思うわ。けれど、まあ、このくらいはいいんじゃないかしら?」
“マンイーター”は楽しげな笑い声を上げる。
「とても面白いものが見れたもの。人の恋路は砂糖菓子。その一端を舐めさせてもらったんだもの。このくらいは、サービスしなきゃ」
「ふぅん? まあ、別にいいけどな」
“マンイーター”の言葉が誰のことをさしているのかわからず、リュージは眉根を寄せながら肩をすくめる。
(……分かっちゃいるが、声の出処はハッキリしない。相変わらず、掴み所のねぇ奴だ)
その裏で、“マンイーター”の現在位置を探るべくその群れの観察を続ける。
先ほどから“マンイーター”の声は聞こえてくるが、声が聞こえてくる位置は常に変動しており、声だけでは“マンイーター”の居場所を探るのはほぼ不可能と言えそうだった。
(真意も読めねぇ。こちらに有利な情報を何故渡す?)
さらに、こちらに利する情報を今渡してくる理由もよく分からない。
仕切り直しを図ったのは、こちらの攻勢に対し動揺していたマンイーターの一党をもう一度纏め上げるためだろう。あの状態のままリュージがマンイーターたちを引っ掻き回し続ければ、今まで稼いだ貢献度全てを失うことはないだろうが、それでも少なくない損失となったはずだ。
リュージの討伐自体は“マンイーター”の私怨。ギルド全体の損失を無視してまで達すべきものでもない。そもそもレベル30未満のプレイヤーにレベル50オーバーのマンイーターたちが打倒されること自体がイレギュラーなのではあるが……。
ともあれ、一時的に劣勢に立たされていたのはマンイーター側だ。些細なきっかけ一つで立て直せたとはいえ、痛くない出血も伴っている。前衛を務める者たちがリュージを見る目も、既に獲物に対するそれではない。明確に敵として見定めているのだろう。
そんなタイミングでの、ソフィアたちの無事とその接近の報。これはリュージにとっては増援の来訪を予知するものであり、マンイーターにとっては余計な情報となるはずだ。
これ自体がブラフである可能性も否定できない。とはいえ、いつ来るかわからない増援に期待するほど、リュージも人間できていない。ここで攻め手を緩め、時間が経過するのを待つつもりはない。
対して、マンイーター側にとっては余計な時間制限がかかったとも言える。まだ初心者の殻が取れ切れていないソフィアたちでは対マンイーター戦において戦力になるとは言いがたい。だが単純に敵対戦力が増えると言うのは喜ばしい話ではない。デコイが増えるだけでも、十分厄介になるものだ。
つまり、先の情報はマンイーターにとって明かすべき情報ではなかったはずなのだ。リップサービスにしても出来すぎている。
(上機嫌らしいのは間違いないが、何を考えてやがる?)
「フフ、フフフ。モテる男はつらいわね?」
不審を露にするリュージに“マンイーター”はそう嘯きながらも行動を開始する。
「――さあ、お話はこれくらいにしてはじめましょう? Shall We Dance?」
“マンイーター”の号令と共に、マンイーターと言う鏃が前進を始める。
そのまま霧散する“マンイーター”の気配を前に軽く舌打ちしながら、リュージはバスタードソードを構える。
「考えても仕方ねぇ、か」
迫るマンイーターという鏃に、リュージはバスタードソードの切っ先を叩きつけんとする。
だが、その間に割って入る影があった。
「斬撹・十狼陣ッ!!」
ガオウだ。先ほどまで鎖の結界によって捕らえられていたガオウが、巨大な爪剣を両手にリュージの前に立ったのだ。
その数、実に十体に増えて。
「おおおぉぉぉぉ!!」
聞こえてくる雄叫びは一つだけだが、十体のガオウは両手の爪剣を振るい、鏃の先端を斬撹し始めた。
「うぉぉぉ!?」
「ぐあぁぁ!?」
「おぉう。無事だったんか、二人とも」
「はい……! リュージさんも、ご無事で何よりです!」
油断なく符を構えたマナが険しい表情でリュージの隣に立つ。
「これより我々も参戦します……!」
「おう助かる。っていうか、相変わらずガオウは派手好きだな」
「どういう意味だ貴様ぁ!!」
リュージの一言に反応し、マンイーターの前衛を斬り刻んでいるガオウの一人がこちらに向かって振り返る。
「いやだって。わざわざ符を消費してまで十人に増えるって、派手に敵を倒したいとしか思えないんですが。お前なら、もっと楽な方法あるでしょうが」
「私が好きでやってるんです!」
「なんでそこでマナが切れんの?」
何故か顔を赤らめながら叫ぶマナに首を傾げながら、リュージはガオウの取りこぼしを斬り裂いてゆく。
「まあ、討ち漏らしがある辺りガオウもまだまだってことかね」
「ぐぉ!?」
「ぬ!? すまん!」
「いいってことよ。だいぶ楽させてもらってるわけだし」
リュージは笑ってガオウにそう言う。
ガオウはその言葉を受け前を向きながら、笑みを浮かべて言い放つ。
「ハッ! 嬉しいことを言ってくれる! ならば露払いは任せろ! 貴様は大将首を狙うがいい!」
「おう、そうさせてもら――」
ガオウの言葉にリュージが頷いたその時。
マンイーターの一角がゆらりと動いた。
「―――」
明らかに、他の者たちと姿の異なる異形がゆらりと立ち上がる。
のっぺりとした球体状の頭部。体も、腕も、関節も。明らかに人のものではなく、その姿はさながら人形のようだ。
ゆらりと立ち上がった人形の手に握られたのは敵を構えた盾ごと貫く大弓。緩慢な動作で立ち上がった人形は、うって変わって俊敏な動きで狙いを付ける。
「ぬ!?」
ガオウがそれに反応し、敵の射線を妨害しようとするが一瞬遅い。
人形が放った大弓の矢は風切音を上げ、一直線に突進む。
「―――ッ!?」
「マナァ!!」
狙いはマナ。ガオウの強化を担う巫術師の少女。
彼女を倒せばガオウの強化が切れる。なれば狙うのは当然だろう。
だが、マナの体に大矢が刺さる寸前、リュージのバスタードソードがその射線を遮るように振るわれた。
鋭い金属音と共に切り払われた大矢はそのままいずこかへと飛んでいく。
マナはリュージの援護にホッと安堵の息を吐き、彼に礼を言う。
「あ、ありがとうございます、リュージさん!」
「ああ、気にすんな」
リュージはそう事もなげに言ってのけるが、彼の担いだバスタードソードに一筋の罅が入っているのをマナは見てしまった。
「っ!? リュージさん、剣が……!」
「さすがに酷使しすぎたかね。まあ、なんとかならぁな」
リュージは軽く言いながら、にやりと笑いながらマンイーターへと駆け寄っていく。
「さあ、続きだマンイーター! いくぞぉぉぉ!!」
壊れ始めたバスタードソードを遠慮なく振るい、マンイーターを斬り伏せてゆくリュージ。
一撃入れるたび、罅が深くなってゆく草剣竜のバスタードソードは、微かな悲鳴をあげながら主の振るう一撃に耐えていた。
なお、十狼陣はとある少女が「愛する人に囲まれてみたい」という望みを叶えるために開発された魔法である模様。