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log94.その怒り、烈火のごとく





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 ギルド・マンイーターが異界探検隊のリュージと交戦する際、彼一人と他のギルドメンバーとの切り離しを図ったことには、二つほど理由があった。

 一つは、不確定要素の排除。リュージ以外のギルドメンバーたちの調査が不十分であり、組み立てた戦術を乱す乱数として危険だと判断されたのだ。

 対リュージ戦術を構築する際の前調査の段階においては、異界探検隊のメンバーたちの資質は“いまだ初心者脱却に至らず”ではあった。レベル30に至るだけの期間は十分あったにもかかわらず、彼らはいまだにその領域に達してはいない。リュージという水先案内人を得ながらも、彼らはそれを十全に活かしきれていない、良くも悪くもイノセント・ワールドというゲームの初心者であるように見受けられたわけだ。

 だがその一方で、異界探検隊の構成員の一人は拳銃で武装し、前衛の三名はレアエネミーとしては最低ランクとはいえ、ディノレックス素材の武器を手にしている。あれらの武器は、レベル30帯の対人戦においても優位に立ちうる装備だ。それを、何故初心者たちが手にしているのかという疑問があった。

 リュージが過去の人脈、財産をフル活用して仲間たちに最良の装備を施したのではないか、という意見もあったが、ならば最もよい装備である遺物兵装(アーティファクト)を手渡さない理由はない。彼の財産は、一つ二つ程度であれば優良な遺物兵装(アーティファクト)を入手しうるだけのものであったはずだ。

 ならばあれらの装備は自力で入手したということになる。自らの選択しうる、最も最良な選択肢を選び続けられるのがこのゲームであるが、その艱難辛苦は想像に難くはない。特に銃を手にしている少女はカテゴリーギアが銃であることも調べが付いている。銃を入手したのは、レベル10前後というわけだ。リュージがいるとはいえ、縛りプレイをしてでも銃を入手したということは、それが少女にとって最良な選択肢なわけで、それを支援した仲間たちも相応の実力の持ち主だろう。

 敵対者を過小評価するのは愚者のすることだ。大なり小なり、過大評価し慎重にことに当たってこそ万全というもの。対リュージ戦において、彼以外のギルドメンバーの排斥は満場一致での決定を見た。

 そして、もう一つの理由はリュージに対する精神的動揺を誘うこと。GM・マンイーターは「リュージという男に人質は効かないだろう」とこぼしていたが、彼とて人の子。地位も名誉も装備もレベルも、全て捨て去り共に歩み始めた仲間たちが憎かろうはずがない。むしろ、今まで付き合いがあったフレンドたちよりも優先順位は高いだろう。

 異界探検隊の人間関係を調査した結果、リュージが“ソフィア”という名前のプレイヤーに強く懸想していることがわかった。これを突かない手はないだろう、と多くのマンイーターたちはリュージの弱点らしい弱点の発見に一時沸いた。

 だが問題はそれをどう利用するのか?ということだ。イノセント・ワールドの規約により、いわゆる成人向けな行為などはご法度だ。軽く尻を撫でる程度でも、即フェンリル地下牢行き。人影のない場所で激しいボディタッチにでも及ぼうものなら、即アカBANとなる。なのでそういう行為でソフィアを脅すのはNG。GM・マンイーターもそういった行為に激しく嫌悪を抱いている。

 ならば暴力はどうか。決闘などで勝利し、痛めつけ、ソフィアという少女を従わせるのは?

 こちらは他のギルドにばれやすいというデメリットが付きまとう。いくら人気のなさそうな場所で決闘しようとも、不穏な気配を嗅ぎ付けて警邏系ギルドがやってこないとは限らない。世の中を平和にしたいと常日頃叫ぶような頭の沸いた連中は、どこからともなく湧いてくるものだ。

 周囲の評価など今更気にするに値しないが、全てのギルドを敵に回すのはよろしくない。如何に対人戦に特化したギルドといえど、イノセント・ワールドの全プレイヤーに睨まれて生きていられるほど傲慢ではない。精神的、暴力的にソフィアという少女を脅す案はつつがなく却下された。

 そして持ち上がったのが、そもそも直接手を下す必要性があるのかということだ。別に直接的な手段に訴えずとも、リュージの精神的動揺を誘うのであれば「仲間が自身の存在のせいで危機的状況に陥っている」と演じればよいのではないか、ということだ。

 これならばマンイーターが手を汚す必要もないし、白組側に適当な餌をちらつかせればリュージ以外の異界探検隊の拉致監禁を代わりにやってくれる可能性もある。レベル30未満の初心者プレイヤーであれば、それ以上のレベルのプレイヤーで足止めが十分可能。

 目で見えず、事実を確認できなければリュージにとって不安な時間が募るはずだ。ゆっくりと時間を掛け、そうして焦りを募らせ、足元を掬えるほどに揺らいだところでリュージの首を狩ればよい。

 そうして、リュージ討伐という通常であれば考えられないような目的を掲げて動き出したマンイーター。果たしてその策は功を奏したと言えるだろうか?


「うあぁぁぁぁぁ!!!」


 リュージに踊りかかるように斬りつけた一人が、一瞬で達磨にされる。

 視界の端に切っ先一筋すら映らぬ斬撃。その余波は、周囲を囲んでいた別のマンイーターたちすら斬り刻む。


「「「うわぁぁぁぁ!?」」」


 幸い、致命傷に至らぬ程度の傷であるが、それでも行動に支障をきたすレベルのダメージだ。斬られた者たちは後方に下がり、それを援護するべくボーガン隊のボルトがリュージに殺到する。


「ってぇー! てぇー!!」


 指揮官懸命の射撃命令に応えるべく、ボーガン隊は奮起し必死の射撃を繰り返す。

 だが、そのボルトは一発たりともリュージの体に掠らない。

 いや、それどころかリュージの体をボルトがすり抜けて通っているようにすら見える。

 高速で移動している故に見せる残像に、ボルトが当たっているせいだろう。


「くそ、くそ……!?」


 己の撃ったボルトがリュージの額をすり抜けそのまま後方へと飛んでいくのを見て、射手の一人が悔しそうなうめき声を上げる。

 だが彼はそれ以上悔しがる必要はなくなった。


「パワークロス」


 大きく薙ぎ払うような二連撃。仕様の想定を上回る速度で放たれるパワースラッシュの連斬が彼を含めたボーガン隊の一角を消し飛ばしたからだ。


「―――!?!?」

「うおぉぉぉ!?」


 何とか生き残れたものたちは大慌てでリュージから距離をとる。その退避を援護すべく槍部隊が前に出て、リュージの侵攻を阻止せんと再び槍衾を展開する。

 長槍、十字槍、突撃槍……古今東西に存在した様々な槍がリュージの行く手を阻むように広がるが、リュージはその存在を意に介さない。

 再びうち一つの穂先を掴むと、そのままグイッと前進した。

 掴まれたプレイヤーは何とか踏ん張ろうとするが、一瞬たりとも拮抗せずにそのままリュージに押し込まれてしまう。


「んがぁ!?」


 無様な悲鳴と共に後ろにすっ飛ぶマンイーターの一人。リュージは槍を握ったままそのプレイヤーを押し切ると、槍衾の内側に悠々と侵入する。


「く!?」

「このぉ!」


 槍部隊は即座に反転しリュージの体を斬り裂かんとするが、刃はただ残像をすり抜けるばかり。

 返す刀で彼らは斬り伏せられ、瞬く間に槍部隊は壊滅の危機へと陥ってしまう。

 無論、マンイーターもやられてばかりではない。倒されても復帰してきた者たちが再び戦線に参戦し、リュージの包囲網を崩さぬように維持を試みる。

 ……だが、鎖によって遠くに隔離されているガオウとマナから見ても明らかに劣勢はマンイーターのほうに見えた。

 個人を包囲し、その消耗を狙っていたマンイーターが、今やその個人によって消耗を強いられている事態に陥っているのだ。

 呆れを通り越して滑稽にすら見える戦いを見て、ガオウは傍らに見えるGM・マンイーターに声をかける。


「……下手を打ったな。先の手札、あれは伏せ続けるべきだった」

「……いや、まだだよ。あんな戦い方をして、長く持つわけがない」


 GM・マンイーターは平静を保ちながらガオウにそう返答する。だが、明らかに虚勢を張っているのが見え見えであった。震えている手先を隠せていない。恐らく、影武者の一人なのだろう。

 ガオウは一つため息を吐くと、リュージの戦いのほうへと視線を戻す。


「奴とはそう長い付き合いではないが、やはり凄まじいな。あれだけステータスを引き出せる人間も、このゲームにはそうはいまい」

「……前から不思議だったんだけれど、あれはスキルじゃないんだよね?」

「ああ、その通り。あれは、このゲームにおける物理演算が正常に働いた結果生まれた正常な反応の一つだ。いわゆる純粋技量と呼ばれるものだな」


 視線を変えぬまま、マナの疑問に答えるガオウ。

 その視線には羨望と嫉妬が渦巻き、ただ一心にリュージの姿を捉えている。


「このゲームに存在する強化系スキルは、ダメージ計算に関わる計算に倍率をかけるのみならず、プレイヤーの動きをある程度強制的に強化する効果がある。ソニックボディなどがその際たるものだ。あれは自身の速度を強化するスキルだが、全ての動作が強制的に加速されるスキルでもある。普通の人間では直線的に動くのが精一杯。その動きをコントロールした上で戦うことなどできはしまい」


 自転車にガソリンエンジンを積むようなものだ、とガオウは述懐する。

 速度を増すために無理やり動力を載せたところで、ペダルによる制御を失った人間に出来ることなどないということだろう。


「だが、普通であればそれでよい。分不相応な力を手にしたところで、人は増長するばかり。むしろ、自分なりのリミットを定め、それを自然に制御できていることをこそ褒められるべきだ」

「……けれど、リュージ君は違う」

「ああ……。奴は生まれ付いての異端者。異常こそが日常。あれだけの力、速さ、動きを御すなど、相当な修練を積んだ者でも出来るかどうか」


 無数の敵を微塵切りにしながら進むリュージを見て、ガオウは歯軋りをする。


「その気になれば、一つの道を極めるのも容易かろう。だが、奴はそれをしない。竜を殺す者(ドラゴンスレイヤー)ではなく竜を斬る者(アサルトストライカー)などと呼ばれても、奴は道を、何かを極めようとはしない……それが出来るだけの才覚があるのに、だ」


 何故自分にそれがないのか。何故彼はそれをしないのか。

 リュージに対する二つの強い感情を胸に抱き、ガオウは吐き捨てるように呟く。


「奴ほど腹の立つ存在もまたいない。鼻歌交じりに、こちらの道をあっさり乗り越えるのだからな……」

「――けれど、だからこそ。立ちはだかるのに最良の相手だと、私は思うわよ?」


 不意に、傍らに立っていたマンイーターがそんなことを言う。

 ガオウはその声に滲む気配、そしてマンイーター自身の雰囲気が変わったのを察し顔を上げた。


「貴様……?」

「フフ、フフフ。少し早すぎたけれど、やっぱり彼は面白いわ。どれだけ用意しても削れてくれない。壊しがいがあると思わない?」


 フードとマントにかくれた体は変わっていないように見える。だが、明らかに先ほどまでとは違う人物が、マンイーターの声で喋っている。

 ガオウがその不審を口にしようとした時、マンイーターは肩をすくめた。


「――けど、時間切れ。一度、仕切りなおししないと駄目ね」

「なに? それはどういう――」


 ガオウがマンイーターの真意を問うより早く、答えのほうが彼の元に到達する。


「――ビィィィィィック、バァァァァァァンンンンン!!!!!」


 閃光と衝撃。ドームの中にいても貫通する、突然のスキル発動。

 驚く間もなく、ガオウの視界は白色一面に覆われてしまった。




なお、マンイーターはドール・マイスターという別名もあるとかないとか。

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