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log92.合図は太陽




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「―――ぐ、げほっ! ごほっごほっ!」


 閃光は瞬く間に辺りを包み、そしてあっという間に消えていった。

 自らの上に乗っかっていたなにかの残骸を押しのけソフィアが立ち上がると、その辺りにあったはずの家屋や建造物が一掃されたアスガルド市街の姿があった。


「なん、だこれ……」


 ソフィアの目前百メートル圏内が、完全にまっさらな地平と化してしまっている。吹き飛ばされたようには感じなかったため、立っている場所は先ほどと変わっていないはずだ。場所が変わったわけではない。


「ぬぉぉぉ! 皆無事か!」

元始之一撃(グラウンド・ゼロ)……! 味な真似を!」


 すぐ傍から、軍曹とカレンの声もしてくる。さらに、仲間たちのうめき声も。

 皆が無事なのは喜ばしい。だが、これから相手をしなければならないのは、こんな風に地形を変える相手なのだ。

 目の前に広がるあまりの光景に絶句していると、彼女の頭上から声がする。


「呆けてる場合か? 余裕じゃないか」

「っ!」


 ソフィアが慌てて振り返ると、半ばから折れ、地に倒れたビルの残骸の上に腰掛けている一人の少年の姿が目に映った。

 見覚えのある黒衣のジャケット。ソフィアが彼の名を思い出すより早く、カレンが弓に矢を番えながら叫んだ。


「NGッ! アンタまでこんな馬鹿げた騒ぎに参加してんのかい!?」

「カレンか。まあ、一応はな」


 ギルド・錬金学園に所属する魔術師の一人であるNGは、カレンの啖呵に淡々と答える。

 カレンと同じように軍曹も右腕のガトリングガンを構え、顔から笑みを消してソフィアたちに声をかける。


「立ちたまえ諸君! 彼は今までのとは少し毛色の違う相手だぞ!」

「条件が整えば、レベルリセット前のリュウとも互角にやりあった相手だ! 下手に動けばやられるよ!!」

「リュ、リュージと……!?」

「さっきの魔法も、この人の……!」


 事の重大さに気付かされたコータとレミは、慌てて武器を構える。

 マコもグロックの動作確認をしながら立ち上がり、しかし落ち着いた様子でそれを腰のホルスターに収めてしまう。


「マコちゃん!?」

「別に慌てる必要はないでしょ。やる気があるなら、さっきのタイミングであたしら程度は全滅でしょ?」

「………」

「……それは」

「わざわざ範囲を広げた魔法であたりの障害物を消し飛ばすなんてパフォーマンスを見せ付けてくれて、それ以上の追撃はなし。なにがしたいのかは知らないけれど、こいつはあたしらにまだ用がある」


 マコはNGの姿を見上げながら腕を組む。

 NGは自らを見据えるマコの挑戦的な眼差しを真っ向から受け止めた。


「……違いない。用がなけりゃ、不意打って終わりだ」

「答えてくれてありがとう。それで、一体何の用かしら?」

「――センパイ!」


 マコの質問にNGが答えるより早く、シルクハットを目深に被ったマジシャン姿の小柄な少年がNGの背後から顔を出した。


「辺り一帯のスキャン終わりました! まだ、誰もここにいないはずです!」

「―――マンイーターが白組に流した依頼の内容は「異界探検隊とそのGM・リュージの合流阻止」。報酬は「マンイーターとの同盟権利」。連中がリュージを気が済むまで嬲ってる間、あらゆる手段を使ってお前らを足止めしろってのが連中の依頼だ」

「……あら? ずいぶんあっさり白状するのね」


 少年の報告を聞いた途端、口早に現在の白組の状況を答えるNGを見て、マコは拍子抜けしたような表情になる。

 以前、拳銃を入手するためのクエストを受領するための情報を出し渋ったところから、何らかのレアアイテムやら条件やらを飲まされるものだとマコは思っていたのだが。

 何か裏があるのかと疑るマコを見て、NGはタバコのようなアイテムを取り出しながら苛立たしげに呟いた。


「白組が一から十まであの連中に従うと思うなよ。あのバカどものやり方に苛立ってる連中だっている。カレンだって、その口だろう」

「……あたいはもっと個人的な感情で動いてるよ。けどNGはもっと合理的というか、損得で動く奴だと思ってたよ」


 油断なく弓を下ろしながら、カレンはNGを見上げる。

 NGは口元にタバコをぶら下げ、その先に軽く火をつけながらため息をついた。


「まあな。だが、連中と手を組むのは願い下げだな。こいつは、うちのギルドメンバー全員の意見だ」

「ほう? マンイーターとの同盟権利をもらえるのであれば、有益じゃないかね?」

「本気でいってんのか、銃弾狂い(パウダー・トリッパー)。連中が言うところの同盟ってのは“使い捨ての駒”と同義じゃねぇか。他人に利用されるのはかまわねぇが、使い捨てられんのは我慢ならねぇよ」

「……利用されるのはいいんだ」


 思わずといった調子で呟くコータに、NGは一つ頷いてみせる。


「互いに利用し、利用される。そのどっかにこっちにとっての利があって、そいつを狙う機会がある。必要であれば、相手の横っ面を張り倒すこともかまわねぇ。これが俗に言う“同盟”って奴だろ?」

「乱暴な言い方だが……まあ、間違ってはいないか」


 一組織の長の娘として生まれたソフィアは、すれた考えを見せるNGに同意するように頷く。

 結局のところ、自分たち以外のすべてが競争相手であるならば、どこかで見切りをつけねばならない瞬間は必ずある。それをせず、相手に恩を売って次に繋ぐか、そこで縁を切り敵として潰すかは、その時の流れや状況にもよるのだろうが。

 だが、これでNGは味方ではないにせよ敵でもなさそうだということはある程度伝わった。利用させてもらえるうちは、利用させてもらうとしよう。


「……じゃあ、質問。リュージの居場所に関して、知ってることは?」

「連中はあんたらを遠方から監視し、その上でこっちに情報を流しちゃいるが、リュージの居場所に関しちゃ一切だんまりだ。そっちはそっちで、追い込みをかけるための連中を使ってるらしいことくらいか、わかってるのは」


 紫煙を燻らせながら答えるNG。彼の言葉に、レミは沈んだ表情を見せる。


「やっぱり、リュージ君の居場所はわからないんですね……」

「……すみません。マンイーターは、こちらをあまり信用していないみたいで……。こうして、皆さんと話す機会を得られているのも、恐らくそんなに長くは続きません」


 申し訳なさそうに、少年は頭を下げる。

 彼の言葉に、ソフィアが眉根を潜めた。


「信用していない? どういうことだ?」

「奴ら、よほどリュージとおたくらが合流するのを避けたがってるようでな。白組の中からリュージの協力者になりそうなギルドとの接触をなるたけ避けてる節がある」

「……ふぅん? 徹底しているというか……なんか、あたしらまで警戒されてる感じ?」


 眉をひそめたマコは、軽く肩を震わせる。

 見知らぬ相手に勝手に警戒されるのは悪い気はしないが、それでもここまで徹底的に排除されるとなると気味が悪い。

 NGは吸った煙を吐き出しながら、マコの言葉に頷いた。


「そういうことだろう。まあ、あのリュージが突然連れてきた連中とギルド組んだとなりゃ、警戒もするわな」

「リュージさん、すごかったですもんね……。あの人のお眼鏡に適った人たち、ってだけで一時期騒然となりましたもんね……」

「そんなにか。なにやらかしたのよ、あいつは」


 シルクハットの少年の苦笑にマコはゲンナリと肩を落とす。

 まさか初めて半年もたたない初心者がこれほど警戒されるとは思わなかった。

 マコに同情の眼差しを向けながら、NGは言葉を続ける。


「それに、マンイーターには恨みがあって、リュージの奴には恩があるプレイヤーってのは結構多い。白組の中にも相応の割合でそういう連中は含まれてる。マンイーターへの嫌がらせに、おたくらの手助けをしたがってる奴もいるだろうさ」

「もっとそういう連中が現れてくれないかしらね……。まあ、いいわ。マンイーターから情報がなくても、リュージがいそうな場所に見当とか付かない? マンイーターって連中が、長々あのバカをいたぶり続けるんでもなければ急いだほうがいいだろうし」


 マコの言葉に、NGは軽くタバコを揺らしながら考える。


「……このアスガルド市街で言うなら、そこそこ心当たりはある。が、それが今はどっかに消えちまっててな」

「消えた? どういうことよ?」

「大規模な隠蔽魔法が使用されてる可能性があるんです。外側からだと視認が出来ない、そういう結界が張ってあるかもしれなくて……」


 シルクハットの少年の言葉に、コータが苦々しげな顔つきになる。


「そんな……。今の僕たちのスキルじゃ、そんな結界を見破ることはできないし……」

「そもそも、本命だけ隠蔽しているとも限らない。マンイーターとやらがこれだけ大規模に策を展開しているなら、当然フェイクの仕掛けもあるはずだろう」


 ソフィアも険しい表情で一つ呟く。

 クルソルなどでリュージの現在位置を知れれば良かったが、アスガルド市街にいることはわかっても、細かい現在位置まではわからない。このままでは無為に時間だけが過ぎていってしまう。

 だが、肩を落としため息をつくソフィアたちに、NGはタバコの先を揺らしながら答える。


「だがまあ、方法がないわけじゃない」

「えっ!? なにか、リュージ君を見つける方法が!?」

「いや、そっちじゃなくて結界を破る方法なんだがな」

「ああ、そっち? でもこの際そっちだけでもいいわ。一体どうすんの?」


 NGの言葉に僅かな期待を込めながら彼を見上げる異界探検隊。

 NGは彼らの期待にこたえるべくかすかに唇を動かし――。


全てを射抜く無双槍(グングニール)ッ!!!!」


 直後、飛来した謎の一撃を回避するため、シルクハットの少年を小脇に抱えて大きく飛び上がった。

 何者かが射出したその一撃は、NGが腰掛けていたビルの上半分を一瞬で抉り、消し飛ばしてしまった。


「え、ちょ、えええぇぇぇぇ!?」

「皆様! ご無事ですか!?」


 謎の一撃よりも、NGの姿が遠のいてしまったことに声をあげてしまうコータの耳に、幼い少女の声が聞こえてくる。

 慌ててそちらのほうへと振り返ると、顔を騎士の甲冑をかたどったマスクで隠した少女たちが、異界探検隊を守るようにこちらへやってくる姿が見える。全員紅組なので、味方なのは間違いなさそうだが。


「え、えぇっと……?」

「我らスペード騎士団、異界探検隊の皆様をお助けにまいりました! ――NG! 貴方、こんな初心者を襲って恥ずかしくないんですか!!」

「薄らやかましいわ腰巾着ども。テメェらにいちゃもんつけられる筋合いは、一マイクロミリもねぇよ」


 先の一撃を回避し終えたNGは、極めて不機嫌そうな表情でビルの残骸の上に再度降り立ち、抱えていた少年を適当なところに放ると、スペード騎士団を睥睨し始める。


「毎度毎度、人様に突っかかってきやがって。人が楽しくゲームしてるところを邪魔するんじゃねぇよ」

「だまらっしゃい!! 今日という今日は絶対許しませんよ! お姉様の、そして異界探検隊の皆様の屈辱は今日晴らします!!」


 少女が鞘から剣を解き放つと、他の少女たちも剣を手に取る。

 それを見下ろしながらため息をつくNGは、少女の頭越しに異界探検隊に声を投げかける。


「――ひとまずここまでだ。連中の差し金だろうし、今は走りな」

「ご武運を! 僕らもここから逃げますのでぇー!」


 シルクハットの少年は一声叫んでそのまま遠くへと走り出す。

 同じようにスペード騎士団から逃げ出しながら、NGは最後に一言だけ残した。


「合図は太陽だ。それで化けの皮を引っぺがす。覚えておけ」

「……太陽が、合図?」

「まちなさーい!!」


 逃げるNGを追うスペード騎士団。もはや質問することもできなくなってしまったが、事態は刻一刻と変化してくれているということだろうか。


「……マコ」

「今は、ひとまず信じるしかないんじゃない? 太陽とやらが何かは知らないけど、合図としちゃわかりやすいでしょ」


 マコはグロックを構えなおしながら、ソフィアの背中を叩く。


「じゃあ、あたしらも移動よ。スペードなんちゃらはNGにくっついていっちゃったし、また追いかけっこの時間だわ」

「……ああ、そうだな」


 ソフィアは一つ頷き、野原と化したアスガルド市街の一部を駆け出した。




なお、NGを狙撃した張本人は遠くから彼を見つめている模様。

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