log88.邂逅、マンイーター
そのまま、幾度も進路変更を繰り返しながら進むリュージ。彼の視線の先には、いつしかその大きさを感じることが出来るほどに近づいてきたドームの姿があった。
「ガオウ君……! もしかして!?」
「恐らく」
ガオウは小競り合いを繰り返す紅組と白組の者たちの姿を横目に見ながら、マナに一つ頷く。
「リュージの進路を隔てるように現れる白組と紅組……。はっきりそうだといえるわけではないが、何者かの意図を感じる」
「誰かが裏で糸を引いてるってこと?」
「そんなことが出来るかどうはかともかくな。リュージも、案内があるようなことを言っていた……」
リュージがまっすぐにドームを目指し始めると、白組の姿も紅組の姿も現れなくなる。
先ほどまでの行軍が嘘のように、スムーズにドームの敷地内に侵入しながら、ガオウはリュージの背中に声をかけた。
「リュージ! ここで間違いないか!?」
「――間違いないんじゃね?」
軽い調子で言いながら、リュージは油断なく周囲を見回す。
いつでも攻撃に移れるようにバスタードソードを肩に担ぎ、ゆっくりと彼は歩き出した。
「人払いっぽい魔法がかかってる感じだし。多分、ここだべ」
「……確かに、かなり大きな結界魔法が見えますね……」
マナは透けて見えるほどに薄い符を通してドームの上空を見上げながらそう呟く。
彼女には、透けた符の向こうに幾筋も走る幾何学模様のラインが見えている。魔術眼鏡と呼ばれるスキルで、本来はトラップタイプの魔法を見抜くために用いるものだが、こうした半透明の結界を明瞭に見るためにも用いることが出来る。
かなり大規模な結界ともなると、天井の高さも相当なものなので魔術眼鏡がなければその存在も認知できないのであるが……。
外部および内部の音を遮断する防音結界に、外側からでは内部の人間の姿を見れなくする幻影結界、そして空間を歪めて特定のプレイヤーたち以外を入れなくする歪曲結界。少なくとも、この三種の結界の効果を確認した。大きさと効果を考えても、レベル70程度のプレイヤーが六人以上は集まらなければ構築できそうにない結界である。
「……こうまでして、人払いをする、いえ、できるプレイヤーがいるんですか……?」
「いるもんだよ、世の中にゃ。レベル30以下のぷーたろーをブッ倒すためだけに、こんだけ大規模な罠仕掛ける奴が」
「心配するなマナ。これは個人の仕業ではない」
不安をあおるようなリュージの言葉を訂正するように、ガオウが爪剣を構えながら言葉を続ける。
「これはギルドの仕業だろう。でなくば、いくらなんでも説明がつかん」
「ギルドが……? でも、リュージさんを狙うギルドって……」
「心当たりがありすぎるってのも考えもんやなー」
「貴様はわかっているのだろう。これを仕掛けたのが一体誰か」
ゆっくりとドームの入り口に近づいてゆくリュージの背中を追いながら、ガオウは彼を睨み付ける。
「いい加減、白状しろ。一体、誰が貴様に賞金をかけた。誰が貴様を狙っている」
「んー……まあ、いいかねそろそろ。ここまできたなら、逃げるのなしよ?」
「貴様、俺のことをなんだと思っている」
リュージの言葉に侮辱の気配を感じ、ガオウは低く唸り越えを上げる。
だが、次にリュージの口にした名を聞き、彼の言葉の真意を悟る。
「マンイーター。それが、俺に賞金をかけた奴の名前だよ」
「マン……マンイーター!?」
「……連中が、か」
マンイーターの名前を聞き、マナは驚きの声を上げる。
マンイーター。その名の通り、人を狩ることに特化した、対人戦専門のギルドだ。
人喰らいの名に恥じず、決して一対一の戦いをしないことで有名で、どのような相手に対しても、少なくとも三人以上の人員でもって臨む。狙われた以上、マンイーターの敵はただの餌であり、彼らによって貪られるのを待つだけだなどとも言われている。
こうした対人戦でポイントを稼ぎ、競い合うイベントに参加することに心血を注いでおり、いかに彼らと敵対しないかが稼げるかどうかの分かれ目になるなどとも言われていた。
そんなギルドに、リュージ個人が狙われていると聞いた驚きのまま、マナはリュージに問いかける。
「どうして彼らが!? リュージさんのギルドは、マンイーターの牙城を脅かすほどに貢献度を稼いでいるのですか……!?」
「まっさかー。今日まででぎりぎり五万ポイント溜まった程度よ? 目標が十万だから、もう色々焦らないと駄目なくらい」
「少数ギルドで十万は無謀だな。……貢献度が原因でないなら、貴様個人に対する恨みか」
ガオウの言葉に、リュージは一つ頷いた。
「だろうなー。前にやりあったとき、一回だけだけどギルドの戦力半分削ったことがあったし、そんときの恨みかね」
「………………一人で、ですか?」
「だったと思うよ? まあ、もう半分は後からアマテルの奴がやったとか聞いたけど」
「アマテルもそうだが、貴様も大概だな」
ガオウはリュージの武勇伝を聞き、一つため息を吐く。
もし本当に個人でギルド戦力の半分を削ったとあれば、マンイーターの恨みも骨髄にまで染み渡っていそうだ。
マンイーターがリュージを恨みそうな理由はハッキリしたが、ガオウは腑に落ちないといった様子で首を横に振った。
「だが解せないな。マンイーターは私怨で動くようなギルドとは思わなかったが……」
「それは、私も思いました。あのギルドは、勝利のために個人の感情を捨てて動いているものだと……」
マナは以前マンイーターと相対した時のことを思い出しながら、軽く肩を震わせた。
そのときは、仲間と共に少数で行動していた折に、三倍以上の人数によって襲い掛かられた。
極めて統率の取れた動きで持って翻弄され、一人ひとり各個撃破されたのはマナにとってトラウマの一つだ。
数で勝りながらもその暴力ではなく、完成された思考によって確実な勝利をもぎ取る。冷徹とさえいえるその姿勢は、とても恨みなどという個人の感情で動く組織とはいえないのではないか。
――そんな反論を、リュージは首を振って否定する。
「んにゃ。マンイーターってのは超私的組織だよ。っていうか、一個人の気分で動いてる」
「ちょ、超……?」
「ずいぶんはっきりと断言するな。何か、根拠でもあるのか?」
ガオウはリュージに問いかけるが、リュージは答える前にドームの入り口に手をかける。
「根拠っつーか、個人的な感想だよ。私的組織ってのはな。まあ、間違ってねぇと俺は思うけどな」
リュージはゆっくりと扉を開け、アスガルド市街の中心に座すドームの中に足を踏み入れていく。
「まあ、その話はまた後でな。ここまできたんなら、まずは連中の顔を拝もうぜ」
「……わかった」
ガオウは一つため息を吐きながらも、リュージの後に続いていく。
人っ子一人の気配もない結界の中で、ここまで一切の奇襲がないというのが逆に恐ろしい。リュージの言う通りなのであれば、すでにこのドームはマンイーターの手に落ちているはずなのだ。
殺すも生かすもマンイーターの意志一つ……。奴らの手の平の上で、これ以上の無駄話は命に関わるはずだ。こうしてまだ無事でいるのは、マンイーターの気まぐれなのだろうか。
ガオウはつらつらと考えながらも、ドームの入り口を潜る。
真っ暗な通路の中、先を行くリュージの背中を頼りに前へと進む。
その背中にはマナがぴたりと張り付き、辺りに注意を払ってくれている。
……だが、安心は出来ない。暗闇の中で、いつ襲われるともわからないのだ。
「………」
「………」
しかし、結局最後まで襲われることなく、リュージは通路を潜り抜ける。
それに続き、ガオウが眼にしたドームの中の姿は、どこか野球場の想起させる姿であった。
「……これは、運動場のようなものだったのか?」
かつて、アスガルドに文明が根付いていた頃、市民がこのドームを利用して平和的に運動会でもしていたのだろうか?
天井にはいくつスポットライトが付いており、グラウンドの周囲全てを覆うように高台の観客席がずらりと並んでいる。
リュージたちが入ってきたのは、いくつかある出入り口のうちの一つのようだ。彼らが入ってきた場所以外の出入り口は既に、バリケードのようなもので封鎖されており。
「防土壁」
「ッ!?」
そして、今しがた入ってきた最後の一つも土の壁によって塞がれてしまった。
ガオウとマナは素早く剣と符を構え辺りを索敵するが、魔法を放った下手人の姿は見えない。
リュージは索敵を二人に任せ、自分はそのままドームの中心へと向かって悠々と歩き始めた。
「リュージ! 迂闊に動くな!」
「リュージさんっ!」
ガオウとマナが喝を飛ばすが、リュージはまったく意に介さずドームの中心へと歩き続ける。
「くそっ!」
ガオウは慌ててリュージの背中を追って駆け出そうとする。
「「「縛鎖の蔵」」」
「なっ!?」
「きゃぁ!」
だが、それを封じるように彼とマナの周りに鎖で編まれたかまくらのようなものが現れる。
「こなまいきなぁぁぁぁぁぁ!!!」
瞬く間に動きを封じられたガオウは、怒りのままに爪剣を振るった。
だが、鎖のかまくらはびくともしない。ガオウの一撃程度では破壊できない強度と言う事か。
「くっ!?」
「うう……リュージさん!」
あえなく捕らえられてしまったガオウたちに軽く手を振りながら、リュージはドームの中心に立つ。
そのタイミングを待っていたかのように、ドーム天井のスポットライトが動き、リュージの姿を照らす。
そして、ドームの観客席から一斉に声が聞こえてきた。
「「「「「待っていたよ、リュージ」」」」」
「なに!?」
鎖のかまくらの中から、ガオウが驚きの声を上げる。
少女のような声が聞こえてきた途端、観客席に一斉に人の姿が現れたのだ。観客席を埋め尽くすほどのプレイヤーの人数を見て、ガオウは唖然となってしまう。
「これ、全員が……マンイーターのプレイヤーなのか……!?」
観客席に立つ者たちの容姿や性別、年齢はバラバラであったが、身に着けている衣服の意匠装束は統一されており、一糸乱れぬ様子で立っているその姿はさながら軍隊を思わせる。
そんな中で、唯一フードのようなもので顔を隠し、周りの人間に守られているかのように立っている五人のプレイヤーが一斉に喋り始めた。
「「「「「来てくれなかったらどうしようかと思ってたよ」」」」」
「さすがに、賞金までかけてもらっちゃこないわけにもいかんしなー。ご招待痛み入るぜ、マンイーター」
リュージは姿を現したマンイーターを前にしても泰然自若とした様子を崩さず、むしろ余裕を見せ付けるように一枚の手配書を取り出しながらマンイーターに語りかける。
「それに、お前さんにゃ八万の賞金がかかってる。こっちの目標を上回って余りあるんだ。狩らせてもらうぜ?」
「「「「「前、やりあったときには負けたのに? 少し傲慢が過ぎるんじゃないかい?」」」」」
「そりゃ、ギルドを相手にすりゃな。だが、今日もらうのはお前の首だよ、マンイーター。どれだけ群れてようが、頭は一つだ」
脅すように低くなるマンイーターの声に動じることなく、リュージは轟然と言い放つ。
「斬り落とすのは容易い。竜の首を狩るよりな」
「「「「「………」」」」」
マンイーターの沈黙は、呆れか恐れか。
いずれにせよ、それ以上喋ることなく五人のマンイーターは一斉に手を上げる。
それを合図に、マンイーターたちを守護していた周りの者たちが一斉にリュージへと襲い掛かる。
「リュージッ!!」
次の瞬間訪れるであろう惨状を想像し、ガオウが悲鳴じみた声を上げる。
だが、リュージは恐れることなく笑みを浮かべ、大剣を構えた。
なお、ガオウが物理担当でマナが魔法担当なので、ガオウが物理的に壊せないものはマナには逆立ちしても無理な模様。