log87.五日目、進路の蛇行を繰り返し
「こっちから声が……! いたぞ、こっちだー!!」
ガオウの声を聞きつけ、白組のプレイヤーたちが大きな声を上げる。
「……ガオウっち、その大声でデコイやってくんない?」
「断る!! というかなんだ、そのうっとうしい呼び方は!?」
リュージの提案に、ガオウは思いっきり噛み付くような声を上げながら、通りの空いている方角に向かって駆け出す。
「来てしまったものは仕方あるまい! こちらだ!」
「あいよー」
ガオウの先導に従い、リュージは通りを駆け抜けてゆく。
「まてー!」
背後から迫る白組のギルドたちの動きを確認しながら、リュージは先を行くガオウに声をかける。
「どーよ、敵はいるか?」
「今のところは……待て、止まれ!!」
先を睨み据えていたガオウは、慌てたような声を上げる。
リュージが進行方向に視線を向けると、そちらでは魔術師らしい格好のプレイヤーたちが列を成し、何か呪文を唱えているところであった。
「待ち伏せか。後ろの連中で追い込みかね」
「かもしれんな……!」
ガオウは素早く左右を見回し、逃げられそうな場所を探す。ここは住宅街のようで、通りを挟むようにいくつか小さめの建造物が並んでいるが、相手の魔法がどんなものかわからない限り、一軒家程度の遮断力でどの程度魔法が防げるかわからない。
そうこうしている間にも、後ろからも敵は近づいてきている。
「く……! 一か八か……!」
ガオウは爪剣を振るい、付近の家屋の壁を破壊する。
「こちらにいくぞ!」
「おーぅ」
リュージは油断なく前後に視線を巡らせながら、ガオウについて家屋の中へと入り込もうとする。
それを見て、遠方で魔法を唱えている魔術師が、にやりと笑ったように見える。その程度、想定の内だといわんばかりに。
やがて、魔術師たちの前方に色とりどりの輝きが生まれ、魔法が完成する寸前まで膨れ上がってゆく。
……しかし、その魔法が放たれる直前。
「いまだ、かかれぇー!!」
「!?」
横殴りに殴りつけるかのようなタイミングで、紅組のプレイヤーたちが魔術師の一団へと襲い掛かった。
魔法を放つタイミングを失い、そのまま為すすべなく崩壊してゆく魔術師の列。
それを見て、後方からの追撃者たちの半分ほどが慌てて魔術師たちの援護に向かい始める。残りもう半分は、それに構わずリュージたちの追跡を続ける。
「ひとまず魔法の釣瓶打ちは回避か……」
「なんだ!?」
「味方が援護してくれたんだよ。向こうは意図してじゃねぇだろうけど」
リュージは呟きながら、後ろから向かってくる白組の群れに向かって、グレネードを一発投げる。
「ちょ!?」
「グレネェェェェッ!!」
転がってきた小さな鉄の炸薬を見て、大慌てで防御姿勢をとる白組。
しかし、半密閉とも言える家屋の中に踏み込み、そのど真ん中にグレネード。逃げ場はなかった。
爆風と共に倒壊する家屋から、すんでのところで脱出するリュージ。
受身を取り素早く立ち上がり、先に脱出していたガオウの姿を追いかける。
「ガオウ! 次はどっちだ?」
「あちこちで戦闘が起こっているな……」
ピクピクと忙しなく狼耳をひくつかせるガオウ。
半獣人の耳も、人よりは優れたセンサーとして機能する。感覚としては、簡易レーダーのようなものらしく、どの方向にどんな規模のプレイヤーがいる程度のことしかわからないらしいが、それでも魔法に頼らない索敵としては十全の働きをしてくれる。
「小規模ながらも、複数人数が戦闘している」
「……さっき見たいな感じで、俺を狙った白組を狙って、他の紅組の連中が動いてんのかもしれんね」
先の光景を思い出しながら、リュージはひとまず適当な家屋の敷地へと駆け込んで行く。
今は、紅組の比較的点数が稼げていないギルドがリュージを狙って動いていると見るべきだろう。
レベル26を一人倒せば三万ポイント。破格と言っていいこの条件を前に、飛びつかないものはいないだろう。既に十分な得点を稼いでいるギルドはともかく、少額しか稼げていないギルドにとって、これほどおいしい話はない。
結果、大量のプレイヤーたちがリュージ一人を狙って一斉に動き出しているわけなのだが、この状況は紅組にとってもかなりおいしい状況といえる。
現状劣勢の紅組にとって、逆転を狙う手札は第一に賞金首であるが、紅組構成員の大量撃破もおろそかにしてはいけない貢献度の入手方法になる。
たとえ得点数が1ポイントであっても、千人倒せれば一千ポイント。塵も積もればではないが、倒せる敵は多ければ多いほどいい。そして、今の白組の目はリュージ一人に向いている状態だ。
先ほどの瞬間のように、リュージのほうに意識が向いているときなど絶好の機会だ。棒立ち状態の白組を、鴨撃ちにしてしまえばよい。
リュージが派手に動き、多くの白組の者たちの注意を引ければ、よりその隙は大きくなる。漁夫の利を狙う紅組のプレイヤーたちも、リュージを狙って動いているだろう。
「こっちとしちゃありがたいっちゃありがたいけどな。その調子で、白組の連中引き受けてくれりゃ」
「そうかもしれんが……」
リュージはジャンプして家屋の屋根へと飛び上がる。狭い路地ではなく、屋根を伝って移動するつもりか。
それに続きながら、ガオウは口を開く。
「だが、全てを頼りきれまい。力及ばず突破される可能性もあるだろう」
「それでも、こっちとしちゃ手間がある程度はぶけらぁな。そんだけ消耗してりゃ、突破なり逃走なりも簡単だろ?」
「そうかもしれんが――」
「もらったぁぁぁぁぁぁ!!!」
大空から奇襲を仕掛けてくる騎士の一槍を回避し、ガオウはその胴を強かに蹴りつけてやる。
「ごはぁっ!?」
「――いずれにせよ、逃げ続けるのも難しかろう。目星がついているなら教えろ。どこに向かっている?」
「いや、まだ完全に絞りきれてるわけじゃなくて――」
リュージは呟きながら、ドーム上の建物のほうに視線をちらりと向ける。
それと同時に、先ほどの騎士の奇襲の声を聞きつけて屋根の上に白組の者たちが上がってきた。
「屋根の上に上って……! 皆に知らせろ! 低レベ三万が屋根の上にいるって!!」
「扇風撃っ!!」
ガオウが爪剣を叩きつけるように振るった瞬間、竜巻が屋根へと上ってきたばかりの白組の者たちを呷り吹き飛ばす。
「「「うぉあー!?」」」
「屋根の上でもこれか……とっとと行くべ」
「おい、まて! 一人で先に進むな!!」
軽い調子で呟きながらも、リュージは白組を避けるようにぴょんぴょんと器用に屋根の上を飛んでゆく。
ガオウもそれを追い、さらに白組の者たちもそれに張り付く。
「まてぇー!」
「三万! 逃すなぁー!」
「ヒィーハァー!!」
「ち、しつこいな……!」
屋根の上を、そしてすぐ傍の通りを追いかけてくる白組の者たちを見て舌打ちをするガオウ。
数の不利は圧倒的。戦うだけ無駄ではあるが、その内追いつかれるだろう。
だが、白組を阻むように、紅組の者たちもまたリュージの前へと現れる。
「いたぞ! リュージって奴だ!」
「よし、後ろの雑魚どもは俺たちに任せとけ!!」
「はいよろしくー」
勇ましく叫んだ紅組の戦士に軽く手を上げて答えながら、リュージは進路を変更する。
それにガオウが追随するのと同時に、その背後で白組と紅組の戦闘が始まる。
「「「「「邪魔するなぁー!」」」」」
「「「「「うおぉぉー!!!」」」」」
「間に合ったか……だが」
背後に回した視線を素早く前に戻すと、リュージが屋根の上から降りるところだった。住宅街が終わり、伝っていける屋根がなくなったのだ。
ガオウもそれに続く。ここから先は三階建て程度の建物が続く。屋根を伝うには、建物の中に入る必要があるだろう。
そして、地面に降り立つと同時に現れる白組の者たち。
「こっちだ!」
「次はどっちだ!!」
「あっちかな? 進路で言えば」
リュージは白組の者たちがいないほうに向かって駆け出す。
細い路地に逃げ込むガオウは、ドーム状の建物を視界の端に捉えながらも、リュージの背中を追いかける。
「シャー!!」
「リュージ!」
そんな路地の真上から、リュージに襲い掛かる黒い影。
手にしたナイフをそのままリュージの頭に叩きつけようとするが、それより早くリュージのバスタードソードがその胸板を貫く。
「っぐぇ!?」
「よいしょっとぉ」
至極軽い様子で呟きながら、リュージはバスタードソードを振り下ろす。
リュージを奇襲しようとしたプレイヤーはそのままそっくり奇襲され返され、あえなく消滅した。
そのまま路地を抜けるリュージ。彼を待っていたのは、やはり白組のプレイヤーたちだった。
「へっへっへっ……遅かったじゃねぇーか!」
「いやん。待った?」
リュージはふざけながらそういうと、素早く路地を横に抜け、駆け出す。
「待ちやがれ!」
「烈風斬!!」
ガオウは路地を飛び出すのと同時にスキルを発動。白組の一団に一当てしてリュージの背中を追いかける。
「うぉ!?」
一瞬怯むが、素早く体勢を立て直した白組たちは、リュージの背中を追いかけ始める。
「待ちやがれぇー!!」
「させませんっ!! 雷雨・霰打ちッ!!」
だが、それを阻むようにマナ率いる東欧の牙の一団が現れる。
大量に降り注ぐ稲妻が白組の者たちを打ち据えた。
「「「「「ぐあぁぁぁぁぁ!?」」」」」
「かかれぇー!!」
「「「「「うぉぉぉぉぉ!!」」」」」
それに怯む白組たちを斬殺すべく、残りの東欧の牙たちが一斉に襲い掛かる。
前線隊長に後を任せながら、マナはガオウの背中を追いかけた。
「ガオウ君!」
「マナか! 首尾は!?」
「応じてくれそうな全てのギルドに声をかけたけれど、実際に来てくれているのは半分くらいで……!」
「チッ! いや、応じてくれるだけマシか……!」
ガオウは忌々しげに舌打ちするが、すぐに考えを改める。
確かに賞金首の撃破は紅組にとって痛手だが、それでも三万程度の賞金首であれば、撃破分を取り戻すのは難しくないだろう。
ともあれ、これで状況は多少なりとも好転してくれるのを祈るだけか。少なくとも、リュージ一人がリンチされるような状況だけは避けねば……。
「お、マナちゃんおひさ。四日ぶりくらい?」
「ど、どうもです! 今日は、私もリュージさんのお手伝いを!」
「前を見ろ、前をぉぉぉぉぉぉ!!!」
後ろを見てマナに挨拶するリュージの前方に、巨大な飼いトリケラトプスが現れる。
「押し潰せぇー!」
―グォォォォォ!!!―
「雷鞭ッ!!」
マナは素早く一筋の稲妻を鞭のように振るう。
トリケラトプスを打ち据えた稲妻は、その上にいる飼い主諸共巨大な恐竜の体を麻痺させる。
「アババババァー!!」
―ギィオォォォォ!?―
そのままダウンする恐竜とその飼い主を尻目に、リュージは曲がって進路を変える。
「待て、リュージ!!」
「ガオウ君! リュージ君はどこに向かっているの!?」
「わからん! だが……」
リュージの背中を追いかけながら、ガオウは再び視界に入るドームを見て、なんとなくリュージの向かう先を確信する。
「……そろそろ着くのかもしれん。邪魔が入らなければ、だが」
なお、乗り恐竜はそんなに珍しくない騎乗用ペットの模様。