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log86.五日目、その頃のリュージ

 剣道三倍段なる言葉が存在する。

 曰く、剣を持った相手と戦うときは三倍相応の実力がなければ太刀打ちできぬという言葉だ。

 イノセント・ワールドには、似たような言葉が存在する。

 曰く、20レベルは三倍戦力。20レベルのレベル差を覆すには、おおよそ三倍の戦力差が必要であるとする言葉だ。つまり、40レベルのプレイヤー一人倒すのに、20レベルのプレイヤーが三人必要であるということになる。

 だがこの言葉、実は既に形骸化してしまっている言葉でもある。イノセント・ワールドにおけるレベル差は、スキルの性能差に直結する。レベルが高ければ高いほど、威力が高く範囲が広く隙の少ないスキルを使えるようになる。その為、同じ20レベル差でも、40対20と60対40では、必要な戦力差がまったく異なる。

 さらに言うなら、純粋技量と呼ばれるものを習得しているプレイヤーであれば20レベル差程度であれば、あっさり覆せてしまうのだ。




「っとぉ!」


 かつて竜斬兵アサルト・ストライカーと呼ばれたこともある、リュージのように。

 まるで踊るように飛び上がったリュージが目の前にいる仲間の首を跳ね飛ばしたのを見て、彼の賞金目当てに集まってきたレベル40程度のプレイヤーたちが慄いた。


「な、なんだこいつ!? スキルも何も使ってないのに、何でこんなに早く動ける!?」

「どけぃ、下郎が!!」


 驚きと恐怖で動きが止まるプレイヤーたちの間を、ガオウが一瞬で駆け抜ける。

 強固な鎧で身を固めていたはずの彼らの体は、瞬く間に彼の両手の爪剣によって切り裂かれていった。


「っぐあぁー!?」

「馬鹿な、レベル30ごときが……!」

「フン……腑抜けが。ベニヤ板一枚で体を守れているつもりか。恥を知れ、恥を」

「一応合金鋼製じゃね? その鎧」


 消えてゆくプレイヤーたちの姿を見送りながら、リュージは肩を軽くバスタードソードで叩きながらガオウの隣に並ぶ。


「さすがにベニヤ板扱いはかわいそうだと思うの」

「レベル30で打ち破れる程度の鎧を鋼呼ばわりするほうが悲惨だろう。しょせん、金に飽かせて手に入れた程度の代物。労せず打ち破れるほうが悪い」

「なんといういいよう。……っと」


 リュージは素早く建物の陰に隠れ、その向こう側の様子を窺う。

 ガオウも、彼の動きに合わせてその背後に隠れるように動いた。

 リュージの視線の先では、白組所属のギルドが辺りを見回し、誰かを探している姿が見えた。

 距離があり喋っている声は良く聞こえないが、レベル20がどうのというのはかすかに聞こえてきた。彼らの目的も、リュージの賞金だろう。


「さすがに動きが早いねー。んじゃ、移動しますかね」

「……ああ、そうだな」


 頭を低く下げ、なるたけ周りの視界に移らないようにしながら移動を開始するリュージ。

 リュージに促され、ガオウも体勢を低くしたまま彼の背中についていく。

 じりじりと建物の影を移動しながら、リュージは背中にくっついてくるガオウに問いかける。


「……まあ、助かるけど、何でお前は俺にくっついてくんの?」

「貴様を倒すのはこの俺だ。有象無象に首級を挙げさせるものか」

「うん。あまりにも予想通りの回答ありがとう」


 ガオウの澱みない返答に、リュージは肩を落としながら礼を言う。

 武人気質な彼らしい回答だし、一緒にいてくれるのはありがたいのは間違いないのだが、こうも執着されてしまうといささか気後れしてしまう。

 どんよりした空気を背負い始めるリュージを見て、ガオウも自身の疑問をぶつけてみることにした。


「……何故というなら貴様もだろう。何故仲間と共にいないのだ」

「ん? ソフィたんたちをこの現場に連れてくんのはさすがに酷いと思うよ?」


 リュージは油断なく辺りを見回し、動き回る白組の者たちの動きから次の進路を決めて、近くの建物の窓を乗り越えながらガオウの質問に答える。


「こんな本格的なマンハント、ヘタすりゃトラウマもんじゃない? やっぱ長くゲームを続けて欲しいし、避けられるもんなら避けていくべきっしょ」

「……必ずしも、戦いから遠ざけるのが正解とは限らんがな」


 つい先頃のマナの宣言を思い出しながら、ガオウは実感を込めて呟く。


「その優しさが、相手を傷つけることもあろう。きちんと、話をしたのか?」

「お前からそういう含蓄深い言葉がでるとか何事。話はしてねぇし、こっち入ってから連絡も取ってねぇよ」


 ガオウが近づいてくるのを待ってから移動を再開するリュージ。悪びれた様子もなく、後を続けた。


「まあ確実に怒られんだろうし、最悪ボコられるわな。泣かれたら首をくくる準備せな」

「わかっているなら何故置いてきた」

「それとこれとは話が別って奴だよ。ソフィアが傷つくくらいなら俺が傷つくし、その怒りが俺に向くんなら全部ご褒美!」

「……相変わらずわからん男だ」


 断言しきるリュージを不可解そうな眼差しで眺めるガオウ。


「貴様が仲間を集めてギルドを立ち上げたと聞いた時は、どれほどの猛者をと思ったものだが、先日見たところでは、初心者ばかり。多くの者も首を傾げていた。お前ほどの男が、何故レベルを下げた? 何故、ギルドを立ち上げるに至った?」


 ――リュージがレベルを下げてから、彼に会うこと自体が憚られた。

 いや、自分から避けていたというべきか。レベル80を超えるまでにかかった時間、労力。それらを全て水泡に帰したほどの決意をした以上、その決意が鈍ったり揺らいだりするのは良くないと思っていた。

 ……だが、久しぶりに出会えたリュージの姿はあまりにも前と変わらなかった。レベル80を超えた頃と同じように笑い、ふざけた調子で語る。レベル80超をなかったことにしたとは思えないような、想像もしなかった姿だった。

 そんなリュージの姿に理解が及ばなかった。完全に、ガオウの想像の外に生きている人間だった。


「リュージ。お前は、何を考えて、今こうしているのだ?」


 あらゆる全ての疑問を内包したガオウの一言に対し、リュージが放った返答は至って簡潔なものだった。


「俺がそうしたいからだ。それ以外に、ここにいる理由はねぇよ」

「………」

「レベルを戻したのも、ギルドを立ち上げたのも。あいつらとつるんでるのも、今は置いてきたのも。全部俺がそうしたいからだよ」


 笑っているのが、背中からでも気配でわかる。リュージの顔に浮かんでいるのは、いつもの通りの力強い笑みだろう。


「結局、人生ってのは自分がどうしたいかってことだろ? だったら、楽しい方、面白い方に転んだ方がいいじゃねぇか。何をするにも、それで十分なんだよ」

「……貴様はいいな、単純で」


 ガオウは一つため息をつく。

 これが、リュージという男。今一度、自分が挑もうと考えている男を知ることができた。

 その良し悪しに関しては複雑な気分であるが、少なくとも無駄ではなかったろう。

 リュージの行動に関して言及するのをやめ、ガオウは今後の方針に関して話すこととした。


「ひとまず、他の東欧の牙の者たちには白組の足止めと、協力者の確保を指示していおいたが……どうするつもりだ?」

「んー? なんか盛大に御呼ばれされてるから、今それに応じてるとこ」


 リュージは呟きながら、ひらひらと自分の手配書を振って見せる。

 賞金首は、自分に賞金を懸けた相手の情報を得ることができる。相手に対して意趣返ししたところで、システム的な益は何もないのだが……。

 だが、今回に関して言えば重要だろう。その情報があれば、ジャッジメントブルース辺りを通じてこの騒ぎを鎮静化できるかもしれない。

 ……リュージがその策に乗るかどうかは、別の問題になるが。


「……招待されているという確証はあるのか?」

「派手好きな奴じゃねぇのに、こんな騒ぎを起こしてる時点でな。わざわざあとの不利益を飲み込んでも、賞金賭けてくれてんだ。それにゃ、応じてやらにゃな」


 振り返り、にやりと肉食獣を思わせる笑みを浮かべるリュージ。

 立場は狩られる側なのに、狩る気満々のようだ。

 恐ろしく強気なのも相変わらずのようだ。

 ガオウはリュージの意志を確認すると、一つ頷く。


「ならば、先を急ぐぞ。いつまでも、こうして隠れていられるわけでもないだろう」


 ガオウが背後をちらりと確認すると、白組のプレイヤーがこちらに気が付き大声を上げるところであった。


「いたぞー!! レベル20の三万だー!!」

「……人数が確実に増えてきている。包囲も確実に狭まるぞ」

「けったいな名前で呼びおってからに。したらまあ、いっちょやりますかね」


 声と全周囲向けのチャット、双方で居場所を知らされてしまったリュージは、隠れるのをやめて建物の中から飛び出す。

 それに合わせて飛び出しながら、ガオウは武器を取り出した。


「どうするつもりだ?」

「なるべく静かに隠れられないなら、なるべく派手に暴れて逃げる!」

「……正当戦術とは言い難いな」


 リュージの荒唐無稽な作戦に対し、ガオウは笑みを浮かべながら答えた。


「だがその方が面白い! 一騎当千、果たしてみせよう!」

「はっはぁー! 暴れまくるぞー!」

「いたぞこっち、っぐはぁ!?」


 目の前に現れたプレイヤーを撫で切りにし、リュージは一気に街路を駆け抜けてゆく。

 爪剣で続く二人目を吹き飛ばし、ガオウはリュージの背中に問いかける。


「行く先はどこだ! 逃げるばかりではあるまいな!?」

「さあ? 向こうから連絡来てるわけじゃないしなー」

「げばっ!?」


 次々と寄ってくるプレイヤーたちを殴り蹴り斬り倒しながら、リュージは一方向に視線を向ける。


「……でもまあ、察しはつくかな」

「なに!? どこだ!」

「いちばん広くて、誰も来れない様に封鎖しやすい場所」


 滅んだ市街を再現したこのフィールドの一角。一際大きな、ドーム状の建造物がそこにあった。


「まあ、向こうも待ってるだけじゃなく、正体のための案内人くらい用意してくれるでしょう。それに従ってきゃ、そのうちつくさ」

「悠長に待つ間に、やられねばいいがな!!」


 次から次へとわんこそばか何かのように、お代わりがやってくる賞金稼ぎ達を前に、ガオウが大上段に言い放つ。


「だが、倒させん! 貴様ら如きに、やらせるものかよぉぉぉぉぉ!!」


 その大声を聞き、さらに多くのプレイヤーたちがリュージ達の元へと集まり始める。


「かかりますでしょうか、奴は?」

「わかってて地雷を踏みに来るタイプだよ。必ず来るさ」

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