log85.五日目、その原因は
カレンとの合流を終えたソフィアたちは、一目散に今日のイベント会場へと向かう。
五日目からのバトルフィールドは“アスガルド市街”。かつての文明の名残を思わせる、コンクリート市街が戦いの場となる。
雑居ビル群と比べると建造物の高さが低く、大通りを始めとする広い場所も確保しやすいフィールドであるが、雑居ビル群にはなかった細かい路地や、下水道のような地下空間が存在するため、今までのバトルフィールドとは比べ物にならないほどの広さを誇るらしい、というのが道中でカレンが皆に伝えた情報であった。
「広さも構造の複雑さも、今までのフィールドの比じゃないよ。一度はぐれたら、もう一度会うのは至難の業だ……!」
「こういうときは、味方の居場所がわかるポインターのようなシステムが欲しくなるわね……。このゲーム、そういうのはないのよね?」
「残念ながらね……。クルソルのチャットとかメールとかがあるから、そういう表示がなくても割合なんとかなっちまうんだよ」
口惜しそうにカレンは舌打ちする。
昔あったテレビゲームであれば、画面上に移るレーダー類に味方や敵の表示が映るものだが、このゲームにはそれがない。基本的に視界に移るのはポップアップログやシークレットチャットなどの文字類ばかり。そうしたレーダー類はないわけではないが、専門の魔法を取得する必要がある。
「さすがにレーダー系の魔法は覚えてないわね……。コータ、メールの返事は?」
「返って来ないよ……クソッ」
コータが珍しく悪態をつく。友が窮地に陥っているかもしれない現状に、苛立ちが募っているのだろう。
リュージにかかった賞金三万ポイント。賞金額としては最低。他にも同額の賞金首はそれなりにいるが、彼のレベルがダントツで低い。ほかはレベル40台からであるのに、彼だけがレベル26なのだ。
これはもう、狙ってくれといっているようなものだ。案の定、イノセント・ワールド内の掲示板はちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。
「低レベル賞金首現る、か。おいしいかもが現れたことで、リュージを狙う輩が行動を開始しているようだな」
クルソルを確認しながら、ソフィアは沈んだ表情で呟く。
リュージとて、かつてはレベル80までほぼ独力でのし上がった猛者の一人だ。レベルが減じたところで、そう簡単に有象無象共に遅れは取らないだろう。
だが、リュージは異界探検隊の最大戦力。彼がいなければ、今日からあとのイベントにおける稼ぎが覚束なくなってしまう可能性が高い。
いまだ、リュージと連絡が取れない理由も引っかかる。ログインしてすぐであれば一報入れるくらいは出来たはずだ。それすらせず、ギルドハウスまで逃げてくることすらしていないというのは、つまり一人で何かするつもりということなのだろうか。
なにを考えているのか、いまいちわからない。リュージは、一体どういうつもりで単独行動を取っているのだろうか。
重苦しい雰囲気を背負い始めるソフィアを見て、レミは空気を入れ替えようと口を開いた。
「……賞金、って一度倒れたら解除されるんだっけ? それなら、リュージ君が一度倒されれば……」
「いや、倒されても自動で再度かけなおしになるように設定も出来るんだよ。リュウのやつは低額賞金首だから、繰り返し賞金がかかるように設定されている可能性もあるんだ」
「そっか……」
レミの一縷の望みも、あえなく砕かれる。繰り返し設定できるなら、そうされているだろう。支払いは賞金をかけたギルドの持ちだろうが、三万程度の賞金ならば、大した痛手もあるまい。
そこで、マコがカレンに一つ問いかける。
「……レベル26のプレイヤーに賞金かけるなんざ、趣味が悪いもいいとこだけど、その理由に予想はつく?」
「……多分だけど、嫌がらせじゃないかな」
カレンは気まずそうに視線を逸らしながら、マコの問いにゆっくりと答える。
「もちろん、異界探検隊の皆にってわけじゃない。まず間違いなく、リュウ個人を狙ったもんだよ」
「リュージを?」
「ああ。リュウの奴、傭兵としちゃかなり有名だったからね……。この手のイベントじゃ、五十万一人で稼ぐのもざらだったよ」
懐かしそうに目を細めるカレン。まだ半年も経っていないはずなのに、リュージが傭兵として活動していたのがずいぶん昔のように感じてしまっている。
「傭兵としちゃ、シンプルに「一番最初に金を積んだ奴に味方をする」スタイルだったからね。イベントのたび、リュウの気を引こうといろんなギルドがバタバタ慌しく動いたもんだよ。まあ、それを無視するなんて事も、よくあったけどねぇ……。だから、まあ、恨みを買うことも一度や二度じゃないんだ……あんたたちは、知らないと思うけどね」
「「「「………」」」」
カレンの言葉に、思わず押し黙るソフィアたち。
沈黙したままの彼女たちの様子に気がついたカレンが、不審を覚えて振り返った。
「どうしたんだい、急に黙って」
「……カレンは、リュージのリアルに関して知っていることは何かあるか?」
カレンの問いには答えず、逆に質問を返す。
カレンは不審をますます強めるが、ソフィアの問いに軽く首を振った。
「……リュウとはそういう話はほとんどしなかったからね。知っててせいぜい、あんたのことを嫁と呼んでること位さ」
「余計なことしか言ってないな。……まあいい。リュージが現実でもゲームでも、さしてやってることが変わらないことがハッキリしたからな」
「? どういう意味だい?」
「そのままの意味よ」
マコはため息をつきながら、カレンにリュージのリアルを軽く教えてやる。
「あのバカ、学校じゃスポーツ特待生なんだけど、何のスポーツやってると思う?」
「うん? 急に言われても……特待生ってのは納得だけど」
マコの問いにカレンは観念するように首を振った。
「わかんないよ。結構色々出来るやつだから……強いて言うなら、剣道とか?」
「オールマイティ」
「……へ?」
「だから、全部よ。うちの学校が参加するスポーツ競技、そのほとんどに助っ人として参戦したことがあるわ」
呆れたようにため息を吐くマコ。俄かには信じがたいことを言うものだが、コータがそれに同意するように頷いた。
「僕が所属してる剣道部にももちろん来たし、この間は陸上競技のリレーで代理参加。その前はバスケットで故障のある選手のための補欠としてついていったよ」
「うちの学校じゃ、割と有名なの。オールマイティに何でもやってこなす、言葉通りの何でも屋だって」
レミも小さく苦笑し、それから悲しげに顔を伏せる。
「……でも、そのせいで意地悪されることも、少なくないみたいなの」
「……何でも出来るんなら、便利じゃないのかい? どうして恨みを買うんだよ」
「逆よ。何でも出来るから………あのバカ、無形の天才とでもいうべきなのかしら? 特段練習もせず、ある程度以上の成果を上げちゃうのよ。ただの穴埋めじゃなく、レギュラーメンバーの代わりを果たしてしまう。……ポッと出の輩にそんなことされて、リュージのように活躍できない奴はどう考えると思う?」
「……なるほど」
当然、面白いわけがないだろう。一回だけの、穴埋め要員。それ以上を求められるはずもない助っ人に、必要以上の戦果を稼がれては、常日頃から修練を積んでいる正規部員として立つ瀬がなくなってしまう者もいるだろう。
「リュージは“本気で極めようとしている奴には勝てねぇ”っていうんだけどね……。実際、リュージのプレイを見て発破がかけられた人もいるよ。けれど、そうでない人も少なくなくて……」
「あいつはやっかみなんかはほとんど気にしないが、その態度が余計に油を注ぐこともある。……いつでも正規部員のポジションを奪えるんだぞ、というポーズに見えるんだそうだ」
「被害妄想、甚だしいね」
カレンはそう切って捨てるが、ソフィアたちが割りと落ち着いて見える理由に関しては納得した。
要するに、日常なのだろう。リュージが原因の、こうした彼を中心とした厄介ごとは。特に、彼に対するやっかみなんかは、しょっちゅうなのかもしれない。
普通であれば異常を感じる部分だが、カレンにとってはありがたかった。不必要に慌てられ、突出されるほうが困る。
「まあ、リュウの奴はどこへ行ってもリュウなんだってわかって嬉しいけどね、あたしは」
「変わらんよ、あいつは。どこへ行っても、リュージのままだ」
「そうかい……さて、フィールドに着いたね」
もう目前まで迫ってきていたバトルフィールドを見て、カレンが武器を取り出す。
「とにかく、フィールドに入ってリュウを探そう! でも、皆もリュウの仲間って事で狙われてるかもしれないから、固まって動くよ!」
「異議なしだ! いいな!?」
「OK!」
カレンの言葉に、ソフィアたちも武器を取り出す。
そのまま五人は一気にフィールドの中へ突入し、まっすぐに市街の中を駆け抜けていこうとする。
「ヒャッハァー!!」
「っ!?」
だが、その行く手を阻むように、威勢の良い叫びとけたたましい鼻息が聞こえてきた。
巨大な猪に跨った荒くれ者が三人、カレンたちの周りをぐるぐると回り威嚇を始めたのだ。
「見つけたぜぇ、異界探検隊!」
「三万ポイントよこせよぉ!」
「んん!? 白組の奴も一緒かぁ!? 悪いが三万ポイントは俺たちが頂きだぁ!!」
「チッ……! うっとうしいね、こいつら!」
周りをぐるぐると回る猪ライダーたちの姿を見て、カレンは苛立たしげに舌打ちをする。
相手のレベルは50台。一人ひとり相手にするならまだしも、三人纏めてとなるといささかつらいだろうか。
カレンは弓に矢を番えながら、ソフィアたちにこう告げる。
「こいつらはあたいが足止めする。あんたたちは、先にいってくれ」
「っ! だが……!」
「わかってるよ、リスクが高いのは……! けど、このまま猪どもに押し潰されるのはなしだろう?」
「……まあ、そうね」
カレンのその言葉に、マコが頷く。
それを見て、カレンは力強い笑みを浮かべる。
「じゃあ、あたいが仕掛けたら、一気に走りな」
「……ああ、わかった」
「「「ヒャッハァー!!」」」
ぐるぐる回っていた猪ライダーたちは、その鼻面をカレンたちに向けると、一斉に飛び掛った。
「チッ!?」
「防御ォー!!」
「くたばれぁー!!」
完全に先手を取られたカレンは舌打ちと共に矢を引く。
ソフィアたちは猪ライダーたちの攻撃を凌ぐべく、慌てて武器を構えて盾代わりにする。
猪ライダーたちは手にした武器を大きく振り上げ、そのまま勢いよく振り下ろす。
「バニッシュ・ザンバーッ!!」
瞬間、割り込んでくるのは二振りのサーベルを手にした、紳士風の男。
竜巻のような斬撃があたりを包み込むように放たれ、中空の猪ライダーたちの体を容赦なく斬り刻む。
「「「ぎぇえー!!??」」」
「なっ……!?」
猪ライダーたちは醜い悲鳴をあげ、そのまま消滅する。
突然のことに思考が追いつかないカレンの鼻先に、ぴたりと細身のサーベルの切っ先が突きつけられた。
「白組か。何故この子達と共にいる」
「!? あんた……!」
カレンが目の前に立っている男の名前を呼ぶ前に、レミが慌てた様子で彼の腕を取った。
「待ってください、ジャッキーさん!? カレンちゃんは、私たちの友達で、リュージ君を一緒に探しに来ただけなんです!!」
「なに?」
レミに押し止められたジャッキーは一瞬怪訝そうな顔になるが、ソフィアたちの表情から何かを察し、一つ頷いてサーベルを下ろした。
「そうか……いや、すまない。リュージの賞金額を見て、どう考えても荒れるだろうと思ってな……。気が急いてしまった」
「いや、いいよ別に……。あの猪ども諸共斬られなかっただけ、良かったし」
カレンは一つ胸を撫で下ろす。
「あんたたち、ジャッキーさんとも知り合いだったんだね……」
「え? まあ、そうだけど」
「初心者チュートリアルを代行した縁でな。それよりも、カレン君といったか」
ジャッキーはサーベルの血振りを行いながら、カレンに声をかける。
「え? な、なんだい?」
「彼らの先導を頼む。ここは私が押さえる」
「「「「「見つけたぁ!! おらっしゃぁー!!」」」」」
見れば、いつの間にか徒党を組んだ暴徒たちがこちらに向かって突っ込んでくるところであった。
皆一様に目を血走らせ、異様とも言える迫力で迫ってきている。たった三万ポイントに、あれだけ熱心になれるものなのか。
「うわぁ……」
「早く行くんだ。リュージと合流し、急いで離脱を」
「……感謝します」
「あ、ソフィアちゃん!?」
ソフィアはジャッキーに一つ礼を言うと、そのまま駆け出してゆく。
ジャッキーは一つため息を突くと、改めて暴徒たちの前に立ちはだかる。
「……おおよそ賞金をかけた輩は推測できるが、今はこの場が優先か」
二振りのサーベルから風が渦巻き、ジャッキーの体を覆ってゆく。
「初心者への幸運のジャッキー。推して、参るぞ」
「「「「「ッシャコラァー!!」」」」」
もはや人語すら喋らない一団に向かい、ジャッキーは一気に斬りかかっていった。
乱気流のジャッキーといえば、初心者への幸運でも最高の剣技の使い手であるとのこと。