log84.五日目、開始
いよいよイベントも後半戦に突入。ギルドVSギルドといった集団戦闘から、ギルドVS個人といったマンハントの趣が強まり始める頃合だ。
いつもの時間にログインしたカレンは、ギルドハウスの中で開示された賞金首の情報をクルソルで眺めながら、今日はどんな感じでイノセント・ワールドを過ごすかを考えることにした。
「“砂神”アレックス・タイガー=100万ポイント……。昨日目撃情報があっただけなのに賞金かかってるよ。紅組も必死だねぇ……」
カレンが知る限り、トッププレイヤーの中でも特に倒しづらい相手だと思われる相手なのだが、だから100万ポイントなのか、だけど100万ポイントなのか。
以前リュージが赤子の手を捻るような感覚でぶちのめされたのを思い出しながら、軽く肩を震わせた。
「……純粋技量の塊ってのはおっかないからねぇ……。その上レベル100ときた。あんなのに勝てんのは、全盛期のキング・アーサーくらいなもんだろうに……」
ズズッとコーヒーを啜りながら、白組の賞金首ラインナップを眺めてゆくカレン。
さすがにアレックス・タイガーの100万ポイントを上回るどころか、それに肉薄するような賞金首はまったくいない。というよりは、タイガーの賞金自体何かのジョークに近いのかもしれない。こうすれば、恐らくアレックス・タイガーなら前線にも出てきてポージングの一つも決めてくれるかもしれないし。
だがそれを抜きにしても、全体的に賞金額がかなり高額に設定されているようにカレンには見えた。
「マンイーターが八万ポイント……。レベル60くらいとはいえ、結構かぶせてきたね。確かに単純な戦闘力は低めだしね。他のレベル60くらいで大体七~八万くらいか。誰がポイント出したのやら」
通常であれば、レベル60前後はおおよそ五万程度で賞金額が安定するものだ。賞金額の指定と設定もただではない。確実に勝つために、打てる手を必死に打ってきている感じがひしひしと伝わってくる。
「……自爆なんて戦法とって来るくらいだし、ね」
薄く目を細め、カレンは一つ呟く。
昨日、俄かに話題になったアトムナップルによる自爆戦術の乱発。発生から一時間程度で程なくイノセント・ワールド全土に知れ渡ることとなり、ジャッジメントブルースや初心者への幸運を始めとした多くのギルドが事態の沈静化に臨む運びとなった。
アトムナップルによる自爆戦術の使用者はほとんど、何も知らない初心者ばかり。そのほとんどが、自爆も立派で有効な戦術だと吹き込まれており、味方を巻き添えにする罪悪感も、組全体を勝利に導く必要犠牲だと教え込まれていたらしい。そうした歪んだ教育の強制は、初心者への幸運の者たちが一手に担うこととなった。餅は餅屋である。
ジャッジメントブルースの捜査部門はさっそくアトムナップルの出所と、初心者たちにそのようなことを吹き込んだ不届き者の捜索を始めているが、まだ有益な情報は上がっていないらしい。
まあ、一日経過したかしないか程度で、犯人たちの目星が突いたら苦労はしないが。
カレンは暗い気分をため息と共に吐き出す。
「まあ、考えていても仕方ないよね。あたいに出来ることっつったら、また自爆しようとする連中がいたら、先んじて頭ふっ飛ばすくらいだしね」
物騒なことを呟きながら、カレンは気分転換に紅組の賞金首一覧の確認に移った。
現在優勢とはいえ、賞金首システムの前には吹けば飛ぶような差だ。このままの優勢を維持するのであれば、賞金首の討伐は必須だろう。
「えーっと……。あ、初心者への幸運の狂犬の名前もある。レベル80だけあって、十万越えかぁ。でも、アイツ相手にして十万はちょっと足りないんじゃないのかい?」
狂犬の名前を確認し、カレンはぶつくさと呟く。
彼自身が熟練のプレイヤーであること。レベルが80超えていること。そして、初心者への幸運という初心者支援型ギルドにあって“狂犬”などとあだ名されていること。
これらを考えれば、もう少し賞金額が上がっていてもおかしくないんじゃないかとカレンなどは思う。
まあ、初心者への幸運の人間が対人系イベントの最前列にやってくること自体が稀だ。彼のことは頭の中に入れないでいいだろう。
「えーっと、後は……ああ、この間ぶっ飛ばしたパラディンが六万ちょいか。手ごろな相手だし、見つけたら狩っとこうかなぁ」
完全に獲物の品を定める狩人の目で、紅組の賞金首リストを確認してゆくカレン。イノセント・ワールドを常にプレイしているプレイヤーたちのレベルが概ね六十前後。知らぬ名も多いが、知っている人間の名前もちらほら見る。ちょっとしたテスト順位でも見ているような気分になってくる。
「お、“バンブーブレード”の奴、五万超えてるじゃないか。あいつは喜びそうにないけど」
知り合いの名が挙がっていることに綻びつつ、団子になっている五~六万台のリストから視線を下に移し、賞金額の加減となっている三万台のリストを眺め始めるカレン。
この辺りはカレンよりレベルがやや下程度のプレイヤーに賞金をかけられるため、狩りやすいといえば狩りやすい。まあ、そのレベルで賞金がかけられてしまうという意味を考えると、そのプレイヤーの力量は推して知るべしなのだが、それでも多少は組し易い筈だ。
「えーっと……まあ、当たり前だけどほとんど知らない連中の名前ばっかり――」
一人ひとり丁寧に名前を確認してゆくカレン。
まあ、三万ポイント台などそんなに人数がいるわけもなく、最後の一人まであっという間に確認を終え。
「―――え?」
その、最後の一人の名前を確認し、愕然となる。
本来、そこに名前があるべきではないプレイヤー。
レベル26、異界探検隊のリュージの名前が、そこに載っていた。
マコもいらいらと貧乏ゆすりを始めて雰囲気が険悪になり始めるギルドハウスの中で、ソフィアのクルソルにチャットの着信が合ったのは、いつまで待ってもやってこないリュージを待って焦れている最中であった。
「リュージの奴どこで道草を――ん? チャット? はい、もしも」
《リュウは!? リュウの奴は今どこにいるんだい!!》
鳴り叫ぶクルソルを手に取り、電話を取る要領でチャットを起動すると、即座にカレンの怒号が当たりに響き渡った。
「あが、が!? な、何なのだカレン、いきなり!?」
《ソフィア、リュウは今どこにいる!?》
「へ? リュージか? いや、ログインはしているのだが、待っていてもギルドハウスに来なくて……」
《なんだって!? くそ、じゃあ……!》
あまりにも慌しい雰囲気のカレンの声に、ソフィアの眉はひそめられる。
音声チャットの向こう側から聞こえてくる雑音から察するに、カレンはどこかを懸命に走っているのだろうか?
「カレン? そういうお前は、今どこにいるんだ?」
《今そっちのギルドハウスに向かってるとこだよ! あんたらはいつまでそこにいるんだい!!》
「イベントに参加するときは全員そろってと決めていて……なにがあった?」
驚いたような顔になっているコータとレミと、煩わしそうな顔をしているマコの顔を順番に眺めながら問いかけるソフィアに、カレンは素早く返した。
《賞金首リスト!! 紅組の奴の、一番下だ!!》
「リストの一番下?」
ソフィアが鸚鵡返しに返す間に、マコがてきぱきとカレンのいった場所をクルソルで確認する。
そして、顔をこわばらせて一つため息を突いた。
「あいつは……」
「マコちゃん?」
マコの様子に、レミが不審そうに首をかしげる。
その言葉に答えず、マコは静かにクルソルの画面を適当な空間に表示し、皆に見えるようにしてやる。
三人が賞金首リストの一番下に乗っているリュージの名前を確認し、驚愕したのを察したのかカレンが再び怒号を上げた。
《わかっただろう!? 今すぐリュウの奴を探さないと!》
「連絡もない、ここにもこないのはまさかこれが理由か!?」
「リュージのクルソルに、メール入れてみる!!」
「いや、それよりもとっとと外に出たほうが早いでしょ」
慌てて立ち上がるコータを静かに諭しながら、マコもまた立ち上がる。
リュージが原因……でもなさそうではあるが、持ち上がった厄介ごとを前に頭痛すら覚える。
「あたしらはこれから十万までポイント稼がにゃならんのよ……。死ぬならそのあとにしなさいってぇの」
「まずはリュージ君の心配しよう!?」
「ともあれ、まずはカレンと合流しよう! 協力してくれるんだろう!?」
《当たり前だよ! こんなことしたバカヤロウを引きずり出してやる……!》
唸りを上げながら、カレンがチャットを切る。
恐らく、もうすぐそこまで来ているのだろう。ソフィアも立ち上がり、ギルドハウスへの外へと飛び出してゆく。
(くそ……! リュージ……!)
今ここにいない彼に、恨みとも心配ともいえない奇妙な感情を抱くソフィア。
仲間たちは、彼女の後について外へと飛び出していった。
なお、アレックス・タイガーの百万ポイントの賞金をかけた男は、今日もお山の上でギターを奏でている模様。