log83.四日目終了
イベントもついに折り返し。四日目のログインを終える間近の時間となり、サンシターを除く異界探検隊のメンバーはいつものようにギルドハウスへと戻ってきていた。
「「「「「…………」」」」」
その表情は、一様に暗い。
しばし、誰も一言を発することなく、ただただ静かにいつもの場所に腰掛けていた。
……一番最初に口を開いたのは、コータであった。深く思い悩むような表情で顔を上げた彼はポツリと呟く。
「……思っていた以上に、ポイントがたまらなかったね……」
「四日目終了で、五万ポイントちょい。むしろ、一日3~4時間しかログインしねぇのに、良くここまで稼げたもんだと思うぜ?」
暗い表情のコータを慰めるように、リュージはちゃぶ台の上にコンロを置き、簡単にお茶を沸かしながら何度か頷く。
「しかも、実質五人だけでこれだ。一人につきおおよそ一万ポイント。普通なら、ここでいったん稼ぎをやめてお互いを褒め合うところだ」
「でも、私はほとんどポイント獲得に貢献できてないし、もうあと三日しかないんだよ……?」
能天気とさえ言えるリュージの言葉に、泣きそうな顔になるレミ。
役割分担上、実質的な攻撃手段を持たない彼女は、イベントが始まってから1ポイントも稼げていないことを深く思い悩んでいた。
「私も、もっと攻撃の出来る魔法とか、覚えておけば……」
「そうしょげるなレミ……。君の使うバフがなければ危うい場面だっていくらかあったんだ」
俯いてしまうレミの背中を優しく叩くソフィア。だが、彼女の表情も決して明るいものではない。
むしろ、自身の無力を強く悔いるような、そんな表情だ。
「ここまで、何とか五万は稼いだ。まだイベントは終わっていないんだ。途中で降りるのはなし。そうだろう?」
「――ええ、その通り。途中下車だけはありえない」
ソフィアに水を向けられ、マコが静かに呟いた。
手のひらが真っ白になるほど握り締められ、酷くにごった瞳をしているはずなのにその輝きは異様に強い。
「ここまではこぎつけた……。例え五万稼ぐのに四日かかっても、これから十分十万が狙える。そうでしょう、リュージ?」
「もちろん。賞金首狩ってりゃ、十分圏内よ」
全員分のお茶を入れてやりながら、リュージは軽く頷いてみせる。
「それどころか、いわゆるランカーって呼ばれるようなプレイヤーならここから五十万くらい平然と叩き出すからな。賞金首はイベント貢献度を稼ぐ上じゃ、必要不可欠っていうか、むしろこれで狙っていくもんだからな」
「じゃあ、この四日のがんばりは……?」
「イベントの雰囲気に馴染むため? みんな、概ねイベントの空気とか対人の雰囲気とは理解出来たろ?」
リュージの言葉に、コータが半泣きになりながらちゃぶ台のうえに突っ伏した。
「いや、分かったけどさぁ……。それなら別に、必死になって稼ぐ必要とかないんじゃないの……?」
「……言っとくが、今日まで倒してきた連中なんざランカーの比べたら雑魚だぞ、雑魚」
ズズッとお茶を啜るリュージの言葉に、ソフィアが眉根を潜める。
「雑魚……? いや、奇襲からの一撃必殺を繰り返してきた私が言うべきじゃないのかもしれないが……具体的にはどれくらいなんだ?」
「基本的にソロで行動してても奇襲が出来ない。こういうイベントだと、周囲の索敵が出来る魔法やスキルをほぼ常時展開して行動するからな」
「それはスキルリキャストとかどうなっているんだ……?」
「そりゃもちろん、同じタイプのスキルを十個でも二十個でも積んで、何とかの多段撃ちよ。ランカークラスになると、相手にする場合はこれが前提になる」
「……索敵スキルの効果範囲外からの攻撃は? ロングスナイプショットなら、ランカーでも倒せるんじゃないの?」
「それで倒せるんならランカーなんて呼ばれねぇんだよなぁ。魔法にしろスキルにしろ、武器で防御できるんで、初撃を外されて終わるんだよ」
レミがその説明を聞き、顔をクシャクシャに歪める。
「……でも、複数人で襲い掛かれば、さすがに勝てるよね……?」
「範囲攻撃で一気に吹っ飛ばされるか、一人ひとり適切に対処されるかのどっちかだなー。その辺はランカー次第だな。レミはどっちがいい?」
「……どっちも嫌い……」
あまりといえばあまりなリュージの物言いに、ついに拗ねたように呟いてレミがころりと畳みの上に横になり、そのまま背中を向けてしまう。
レミの珍しい態度に目を丸くしながらも、コータはリュージに対し噛み付くように声を荒げる。
「それじゃあどうやって倒すつもりなのさ? リュージがいったんだよ? 十万稼ぐ確実な方法は賞金首だって!」
「そりゃ、正面きって、正々堂々、がっつり不意打って?」
「……なにそれ」
矛盾たっぷりのリュージの言葉に、コータは唖然となってしまう。
「意味がわからないんだけど。リュージ、ソフィアさんが好きすぎて頭が変になった?」
「失礼な」
やや憤慨しながらも、リュージは完結に賞金首狩りに対する所感を語る。
「まあ、奇襲が出来ない、初撃が打ち込めない、っつっても相手は結局人間だからな。どっかしら動きが甘いし、スキルだって100%こっちに当たるわけじゃないんだ。相手の攻撃をかわして、こっちの攻撃を当てる。やることはシンプルだよ」
「それが出来れば苦労しないんだけど……」
「……まあ、それしかないわよね」
リュージの言葉にまだコータは不満を抱いている様子であったが、マコは諦めたようにため息を突きながらも彼の言葉を受け入れたようだ。
「これはVRMMO。プレイヤーたちの動きが完全に最適化されてるわけじゃない。皆の動きが同じなら、最適なタイミングで行動できるプレイヤーが勝てる。けど、そうじゃないならそれこそが付け入る隙、よね」
自らを落ち着けるように、グロックを手の中で弄びながら、マコは言葉を続ける。
「相手が戦闘のプロでもない限り、皆、ただの素人よね。プロのイノセント・ワールドプレイヤーではあっても、根っこの経験事態はあたしらと同じはず……」
「そのイノセント・ワールドのプレイ経験が絶望的なんじゃないの……?」
「その辺は確かにな。ゲームプレイにおいて知らなきゃならないことはごまんとあるが、決闘での勝敗にはあんまし関係ないからなぁ。この数日でやってきた勝ち筋をそのままなぞれば、基本勝てるし」
「急所狙って、一撃必殺……か……」
ここ数日で幾度、敵の心臓を貫いてきたか。……せいぜい、両手で数えられる程度か。
ソフィアは四日での自分の撃破スコアを思い出して軽く凹む。
だが、リュージの言うとおりだ。装甲部分を回避してプレイヤーの肉体にダイレクトアタックできれば確実に勝てるのだ。
基本的に全身鎧のプレイヤーなどほとんどいない。兜のプレイヤーもほとんどいない。
リアルバレ防止に最もよく用いられるのは、髪や瞳の色の変化。少し変化球でサングラスや仮面といった装身具が主になる。リュージはタトゥーを顔に貼り付けて印象を変えているが、いずれにせよ顔面の装甲点はほとんどのプレイヤーに存在しないと言える。
さらに、ファッション性を優先し金属鎧を身に着けていないプレイヤーも少なくない。こちらは魔法装甲の存在が厄介になるが、遮断ではなく軽減タイプの装甲であれば、特性を無視してクリティカルによる瀕死も狙える。実際に攻撃しなければ判別が出来ないのは厳しいが、鎧を身に纏っていないというだけでかなり楽に戦えるだろう。
「その口ぶりだと、装甲の存在自体はランカーも変わらないのだろう? 勝てないわけじゃないわけだ……」
「もちろん。相手の武装レベルによっちゃ、こっちの攻撃完全遮断もありえるけど、そんなの二十万越えの賞金首くらいなもんだ。五万前後くらいの賞金首なら、俺らにも一応勝機はあるさ」
「言ったからには、あんたが一番槍よ。首級上げなきゃ、市中引き回しに処してやるんだからね……」
マコの瞳が放つ剣呑な光にマジな殺気を感じ取り、軽く体を震わせながらリュージは敬礼を返した。
「イ、イエッサー。ひとまず賞金首の開示を待ってから、誰を狙うか決める感じだけど……」
「最悪、アンタの知り合いの首でいいのよ?」
「縦に振ってくれねぇだろうなぁ」
マコの言葉にリュージはため息をつく。
こちらの都合で死んでくれなどと、身勝手にもほどがあるお願いだろう。
いくらリュージが厚顔無恥であろうとも、そんな願いが出来るほどプライドを捨てているわけではない。願ったところで、請け負ってくれるドMな知り合いにも心当たりはない。
堅実に、倒せそうな賞金首を狙うべきだろう。
「ひとまず、五万くらいからかねぇ。ピンきりだけど、最大でもレベル60くらいだろうし」
「一回勝てれば、後は引き篭もっててOKなんだから、気持ちは楽よね……」
「その一回が、果てしなく遠そうだがな……」
「だねぇ……」
やや前向きな三人の言葉に同意しながら、コータは不貞寝しているレミの頭をゆっくり撫でる。
リュージたちに背中を向けたままのレミは、返事をすることなく不貞寝を続けるのであった。
なお、目安としては賞金額が十万越えは基本的にレベル80越え。下限はレベル40の三万前後の模様。