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log82.四日目・東欧の牙のガオウ

 イベント開始から四日目。

 バトルフィールドは「アスガルド深林」。機械文明の名残色濃いアスガルドにしては珍しい、木々の生えているエリアだ。

 最も、肝心の木には葉のようなものは生えておらず、枯れ木が群生しているといったほうが正しいかもしれない。木々に吊る下がっているのは、ビニールテープのようなものばかりで、光合成の類が出来るようには見えない。

 だが、そんな有様でも木々は生きているらしく、時折深林が拡大しているのが確認できるらしい。

 まあ、そんなアスガルドの深林事情は、今は関係あるまい。重要なのは、イベントにおける勝敗だ。


「ハァッ!!」


 紅組に所属するギルドの一つ、東欧の牙のGMであるガオウが、手にした刃を振るう。

 巨大なナックルに、三本の肩刃のロングソードを取り付けたような、奇怪な武器は、彼の前に立つ白組の戦士の胴体を容赦なく薙ぎ払う。


「ぐあっ!?」

「くそ!」


 そのまま死亡した相方を見て不利を悟り、陰に隠れていた盗賊が素早く撤退しようとする。

 だが、盗賊が背中を見せた瞬間、ガオウの背後から一枚の符が飛んでゆく。


「戦符・飛雷刃ッ!!」


 少女の声が響くと共に、中空に浮かぶ符は姿を変え、稲光を発するクナイのような姿になる。

 雷のクナイは瞬く間に空を駆け、盗賊の背中に突き刺さる。


「ギャァツ!?」


 全身に走った衝撃に、思わず盗賊は足を止める。

 膝を突くほどのダメージではないのが幸い――いや。


「走牙斬ッ!!」


 足を止められた時点で、詰んでいた。

 一瞬で間合いをつめてきたガオウの刃が、容赦なく盗賊を背後から斬り裂く。

 そのままリスポンへと送られる盗賊の姿を見下ろし、ガオウは小さく舌打ちをする。


「レベル30程度では、ポイントもほとんど入らんか……。くそ」

「ガオウ君……焦らないで。まだ、イベントは終わってないから……」


 苛立たしげなガオウの背中に、先ほど符を投げ飛ばした少女が声をかける。

 ゆらりと金色に輝く狐の尻尾を揺らす、陰陽師風な姿をした少女のほうに向き直りガオウは嘆息しながら返事をする。


「わかっているがな……。まだ白組との得点差は二十万前後。スタートダッシュの時点で出遅れたとはいえ、差が一向に縮まらんのがな……」

「仕方がないよ……。序盤におけるスタートダッシュが、前半の戦力差を決めるポイントだったんだもの。ここが開いちゃうと、負けた側はとにかくそれ以上得点差が開かないようにするので精一杯になっちゃうもの」

「むう、もどかしい……! こうもいいように敵側にしてやられてしまうのはどうも、な」


 両手の自作武器「ガオウ刀」をインベントリにしまいながら、ガオウは深いため息を突く。


「紅組側にマンイーターがついた時点で覚悟はしていたつもりだが……」

「こういう対人戦イベントだと、マンイーターは強いもんね……。どうやってるんだろう? 一番効率がいいのは、大物食いだよね?」

「単純にそれに特化しているのだろう。このゲームは自分の意思でレベル1を維持できる。大物食い専門役として何名かをレベル1で固定し、そいつらが止めを刺せばいい。レベル40を殺せば、それだけで5000ポイント近く稼げるのではないか?」


 確証はないが、レベル差で得られるポイントが変わるならば……そして、そうしたイベントで勝利することに固執するのであれば、そのくらいはするだろう。


「いずれにせよ、遭遇したくないギルドの一つだ。これ以上、得点差を広げさせるわけにはいかんからな……」

「そうだけど……でも、最近は得点差も広がらずにおとなしい感じだよね……?」


 ガオウの言葉に同意しながらも、マナは不安そうな表情で呟く。


「いつもなら、もっと点差を広げに来るよね、マンイーター。それを如何にして防ぐかが、この対抗戦の肝みたいなところがあったし……」

「……確かにな」


 ガオウは一つ頷き、考え込む仕草をとる。


「初日の内にほぼ二十万差を生み出して以降、マンイーターの目撃報告自体が消えた気がする。それだけで確実に勝てると踏んだのであれば、慢心といわざるをえんが」

「でも、賞金首システムがあるよ? 二十万ポイントくらい、それであっさりひっくり返るのに……」

「……マンイーターもそのことはしっかり把握しているはずだろう。なにを考えている?」


 ガオウとマナは顔を見合わせながら、いまだ目立った動きのない“マンイーター”の不気味さに軽く震える。

 マンイーター……ギルド全体を一個として動く、対人戦特化ギルド。その行為行動に善悪のような感情はなく、ただひたむきに勝利のみに固執して動くギルド。

 かつては得点数差五百万が出るまで精力的に活動し、前半部分のみでイベントの勝敗を決してしまったことすらあるマンイーターが、二十万程度の差で満足するはずがない。

 恐らく、確実な勝利を得るための策を練っているか、準備しているかのどちらかだろうが……いずれにせよ、次に姿を現した時が勝負だ。


「賞金首の大量取得から、こちらの貢献度を0にするくらいはやってのけるかもしれんな……」

「そんなの出来る……かもしれないのが、怖いよね……」


 稼いだ貢献度で賞金首を指定しまた貢献度を稼ぐという貢献度ループこそが、後半の追い上げと逃げ切りを支える本イベント最大の峠だ。

 紅組としては、ここで二十万ポイント差をどれだけ縮められるかが勝敗を左右する重要な点になるわけだ。白組もそれは当然考えているだろうし、マンイーターもまた同じ。

 だが、それを想定したところで、マンイーターと競えるのはこのイベント専用のフィールドだけだ。マンイーターのいない今は、手立ての打ちようもない。


「……考えても仕方がないか。次へ向かおう」

「そうだね……。別の人たちも、それなりに勝ったり負けたりしてるから、私たちも頑張らないと」

「そうか、それは重畳」


 クルソルを通じて、別行動を取っている東欧の牙の他のメンバーたちの様子を確認するマナ。

 彼女の言葉に一つ頷きながら、ガオウは新しい敵を探して移動を開始しようとする。

 ――だが、移動するまでもなく敵に遭遇することが出来た。偶然、目の前に敵のほうが現れてくれたのだ。


「ふむ? このようなところにも人がいるものだな」

「っ!?」

「本イベントも、賑わっているようで何よりである」


 ガオウたちの前に突如現れたブーメランパンツ一丁の大男は感心したようにうんうんと何度か頷く。

 小柄なガオウでなくとも見上げてしまうような大男だ。身長は二メートルを超えているだろう。鍛え上げられた上腕二等筋の太さたるや、女子供の太ももよりも遥かに太い。

 その男を見上げたガオウは、愕然とした表情になる。


「な――貴方は……!?」


 だが、ガオウの表情に気が付かない男は、筋骨隆々の体を惜しげもなく曝しながら両腕をゆっくりと上げ、モストマスキュラーのポーズをとった。


「さあ! 若人たちよ! 存分に打ち込んでくるが良い!!」

「ッ!! 戦符――!」


 マナは瞬時に袖の中から符を取り出し、大男に向かって攻撃を仕掛けようとする。

 だが、寸前それを制したのは他ならぬガオウであった。


「やめろマナ!!」

「えっ!?」

「ふむ?」


 鋭い声で呼びかけ、マナの腕を掴んで止めるガオウ。

 突然のことにマナは驚きの表情を浮かべ、大男は不思議そうな顔でガオウを見つめる。

 ガオウはしばし緊張を噛み潰すように黙っていたが、ゆっくりとした様子で口を開いた。


「……トッププレイヤーの一人、砂神無双のアレックス・タイガーとお見受けする」

「え……? トップ!?」


 ガオウの言葉に、慌ててマナは目の前の大男のレベルを確認する。

 白組の表示に隠れるように浮かび上がる彼のレベルは“100”となっていた。

 大男――アレックス・タイガーはガオウの呼びかけに鷹揚に頷いてみせる。


「いかにもその通り。我こそが、アレックス・タイガーである」

「やはり、そうか」

「して、何故立ち向かわぬか? 我輩が何者であれ、今この瞬間は敵同士である。挑まぬ理由はなかろう?」

「……一人であれば、喜んで貴方の胸を借りただろう。だが、今は駄目だ」


 掴んでいたマナの手を離し、ゆっくりと彼女を背中に庇うように動くガオウ。

 タイガーの瞳を見上げながら、彼ははっきりと継げる。


「俺は一人ではない。俺の意地に、マナを付き合わせるつもりはない」

「ガオウ君……」

「ふむ……」


 ガオウの言葉にタイガーは一つ頷き、穏やかに微笑んだ。


「それもまたわがままというものだ、少年よ」

「なに?」

「君がその道を選んだとして、君の後ろに立つ少女はなんと言うのかね?」

「――ガオウ君と、一緒に戦う。それが、私の意志です!」


 タイガーの言葉に、マナははっきりと告げる。


「けれど、ガオウ君がそれを選ぶなら、私に否はありません。ガオウ君の歩いた道が、私の歩く道です」

「マナ」

「ふむ……。失礼、余計な言葉であったな」


 マナの言葉に、タイガーは微笑を苦笑に変え、小さく頭を下げた。


「どうにも歳を重ねると、余計なことを言いたくなってしまう。老骨の戯言を許して欲しい」

「……いえ、俺もまだまだだと再確認させていただきました」


 ガオウは軽く首を横に振り、自身もまた一つ頷いた。


「いずれまた、合間見える機会があればその時に挑ませていただきたいと思います」

「うむ。その時を、楽しみとしよう」

「……貴方にこんなことを言うのもどうかと思いますけれど、私たちを襲わないんですね」


 ガオウの決然とした言葉にいっそう深い笑みを浮かべるタイガーに、マナは胡乱げな眼差しを向けながら呟く。


「貴方が私たちを倒してもほとんどポイントは入りませんけれど、それでも敵同士では?」

「ハッハッハッ。なに、我輩、今回はポイント欲しさにこのイベントに参加したわけではなくてな」


 タイガーは一声笑い、それから困ったように髭を撫でながら首をかしげる。


「我輩、ギルドを一つ経営しているのだが、あまりイベントには参加せぬでな。珍しく全員がログインしている状態で、対人戦のイベントが発生していたので、たまにはと思い皆とここにきたのだが……全員帰ってしまってなぁ。難しいものよ」

「あ、そうなんですか?」

「うむ。……最初に遭遇したのが“自爆タイプ”のプレイヤーたちであったせいか、気を悪くしたようでな。申し訳ないことをしてしまったものだ」

「自爆タイプだと? なんだそれは」


 タイガーの言葉から聞いたはじめての単語に、ガオウは柳眉を吊り上げる。

 自爆タイプといういやな言葉に、タイガーも眉根を潜める。


「……低レベルのプレイヤーが、極めてリスクの高い攻撃アイテムを使って、高レベルプレイヤーを倒そうとする事案が発生しているらしいのだ」

「リスクの……?」


 マナはその説明を聞き、あるアイテムを思い出し顔をこわばらせる。


「それって、アトムナップルですか……?」

「その通りだ」


 アトムナップル。字面はただの果物だが、その実態は小型の核爆弾を想像すれば間違いがない。

 錬金術の一つによって精製できる攻撃アイテムの一つであり、その攻撃力は強力無比。レベルに威力が左右されないアイテムであるため、使うことが出来ればレベル1のプレイヤーでも無策で大物喰らいが可能なアイテムの一つだ。

 ……だが、その強力な効果を受けるのは敵だけではない。このアイテムのリスクは“自爆”。アトムナップルによって発生する爆破効果は、敵味方の区別一切なく、効果範囲の全てを吹き飛ばしてしまう。こうした対人系イベントにおいては、プレイヤー間の暗黙の了解で、真っ先に使用禁止される類のアイテムであると言えるだろう。

 ガオウたちは使用すら考えたこともないし、そもそも精製には結構手間と資金が必要となる。そんなものを、低レベルに分類されるようなプレイヤーたちが用意できるとは思えない。


「何者かが裏から手を回し、紅組所属の初心者と言えるような低レベルプレイヤーたちに配布しているらしい情報を掴んだ。程なく、ジャッジメントブルースを始めとした警邏系ギルドが動くだろうが……」


 タイガーの物悲しそうな表情を前に、ガオウは口の端を噛みながら一つ頭を下げた。


「……情報感謝いたします。誰が手を回したにせよ、同胞がそのような行為に走るなど言語道断。我々も、一時自爆者の確保に回りたいと思います」

「む、そうか。……あまり思いつめないように、気をつけるのだぞ」

「ありがとうございます。……マナ」

「はい」


 ガオウはマナを伴い、深林の中へと潜り込んでゆく。

 音がするほどに歯を食いしばり、ガオウは自らを罰してるように苦しげな声を上げた。


「劣勢に陥るあまりに自爆など……! そして、そのことを想定できなかったなどと……!」

「想像もできないよ……。こんな、ただのイベントで自爆だなんて……」


 マナはガオウの背中に触れ、彼を落ち着けるようにゆっくりと撫でる。


「でも、知ることが出来たから……止めるんでしょう?」

「ああ、そうだ……! 東欧の牙の……四聖団の名にかけて……!」


 ガオウはクルソルを取り出し、イベントに参加している東欧の牙のメンバー全員にチャットを繋ぐ。


「東欧の牙に告ぐ―――!!」


 これ以上の愚行を、誰にも行わせないために。東欧の牙はアスガルド深林を駆け抜けた。




なお、配布元には高名な騎士たちのギルドが関わっているとかいないとか。

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