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log81.三日目・初心者への幸運のジャッキー

 イベント、紅白対抗戦が始まってもう三日が経とうとしていた。

 ギルド初心者への幸運(ビギナーズラック)に所属する剣士の一人であるジャッキーは、ギルドメンバー共有の談話室を模した食堂の一角で、コーヒーを飲みながら新聞紙型の掲示板で現在のイベントの進捗を確認していた。


「……白組のリードは変わらず。辛うじて二十万ポイント差は開かずにいる状態……か」


 砂糖もミルクも入れていないコーヒーの苦さに顔をしかめながら、ジャッキーは小さく呟く。


(ギルド方針に従うつもりでいたが……こうした惨状を見てしまうと、手を出したくなってしまうな)


 ジャッキーは胸の内で呟きながら、掲示板をゆっくりと読み進めて行く。

 ……初心者への幸運(ビギナーズラック)は本イベントにおいて紅組に所属していることになっているが、ギルドとしての貢献度はほとんど稼いでいない状態であった。

 その理由は、本イベントに対するギルドの方針が「基本不干渉」と決められていたからだ。

 初心者への幸運(ビギナーズラック)は初心者支援特化型のギルドとして活動している。最近ではそれなりに数が減ってはいるが、それでも毎日のようにイノセント・ワールドへとやってくる初心者プレイヤーたちのために身を粉にして活動するのが初心者への幸運(ビギナーズラック)というギルドだ。

 初心者の支援を行うこと以外に特別な活動方針を持たないギルドとして有名であるが、こうした対人特化型のイベントへの参加率の悪さにおいても有名なギルドでもある。

 理由は単純で、マンハントに類するような対人戦に対してよい印象を持っていないギルドメンバーが多いのだ。

 初心者への幸運(ビギナーズラック)は活動方針を定める際、ギルドマスターが采配を取ることはほとんどない。その時その時によってメンバーは変わってしまうが、イベントが始まる前にログインしている個室組による話し合いによってギルドとしてのおおよその方針を固める合議制を採用している。

 初心者への幸運(ビギナーズラック)はあくまで支援ギルドであり、ギルドメンバーという個人ではなく、イノセント・ワールドのプレイヤーという全として活動しようという前提があるためだ。その為、こうした対人による勢力戦においては、なるべく一方の勢力に加担することなく、不干渉の立場を貫こうという暗黙の了解のようなものがある。

 もちろん、個人で参加する分には自由だが、大抵の初心者への幸運(ビギナーズラック)メンバーはこうした対人イベントへの参加は自粛する傾向にある。……狂犬とも呼ばれることがある、約一名とそのほかを除いて、ではあるが。


(こういうときは、アラーキーの実直さがうらやましいな。知り合いが困っていれば、勢力戦であろうがなかろうがまっすぐに手を差し伸べる。時には立場を超え、己の居場所を捨ててまで。……教師になるべくして生まれたような男だ)

「ジャッキー、なに読んでるの?」

「ん、エイミーか」


 掲示板を流し読むジャッキーの肩に、一人の少女――エイミーが手をのせる。

 掲示板を覗き込むエイミーに、ジャッキーは小さくため息を突きながら答えた。


「勢力戦の現傾向をな。相変わらず、白組優勢とのことだ」

「あらー……。結構な差がついちゃってるねー」


 エイミーも紅組の現状を再確認してか、少し顔をしかめながら一つため息を突く。


「ここまで来ちゃうと、手の一つも貸したくなっちゃうけど……さすがに今さらだよねー」

「アラーキー辺りは、気にしないだろうがな。まあ、ここから勝ちに持っていっては他のギルメンたちのメンツもなくなるだろう」


 ここでむやみに手を貸しては、何のためにギルド方針として自粛していたのか、わからなくなってしまう。手を貸すにしても、皆と相談してからだろう。

 それに、まだ完全敗北と決まったわけでもない。

 ジャッキーは新聞をめくり、現在のイベントのアクティブ率と、参加しているギルドの一覧を表示する。


「それに、まだイベントも半分終わっていない。賞金首が開示されるようになれば、紅組逆転の軌跡も見えてくるだろう」

「それもそうだねー。ソロプレイヤーの参加率もいまいちだしー……。案外、劣勢についてくれるヒーローがいるかもしれないしね」


 エイミーはそんな風に冗談めかして笑う。

 ジャッキーもそれにつられて笑い声を上げた。


「ハハハ。それはいいな。この劣勢を、一人で覆せるようであれば確かにヒーローだ。誰がやるにせよ、一気にイノセント・ワールドでの名を上げられるやも知れないな」

「でしょー? 竜斬兵アサルト・ストライカーの子がいなくなってから、その後釜を狙ってソロプレイヤーの何人かが不穏な動きを見せてたけど、結局決まってないみたいだし。この気に乗じて、旗揚げを狙ってくる子がいても不思議じゃないでしょ?」

「まあな。ソロプレイヤーにとって、名声は資金や素材よりも得難いものだ。数値に表れぬそのパラメータで、イノセント・ワールドにおける生活が決まるといっても過言ではない。……まあ、それに窮する様なら、とっととギルドに入ったほうがいいと思うのだがね」

「それも結構難しいのかもよー? 人とのコミュニケーションがしっかりとれる子って、そんなに多くないもの」


 椅子に座っているジャッキーの頭に圧し掛かりながら、エイミーが一つため息を突く。


「私のリアルの後輩の子も、現場にいまいち馴染めないみたいでねー。飲みに誘ったりしてみたんだけど、袖にされちゃったんだー」

「うわばみお化けに誘われたんじゃ、誰だって逃げたくなるだろうさ」

「なにをー」


 されるがままになっているジャッキーの一言にカチンと来たらしいエイミーは、彼の頬をグイッと引っ張る。


「誰がうわばみお化けよ! ちょっと人よりお酒が好きなだけですよーだ」

「ちょっとで、人の家に酒瓶の山を積み上げたりはせんだろう……。また何ぞ増えたが、あれはなんだ?」

「え? あれ、なんだっけー? 最近、また買った気はするんだけどなー……」


 エイミーはジャッキーの追及を前に、真剣な表情で考え始める。どうも、本当にわからないらしく、難しい顔つきになりながらもうんうんと唸り続ける。


「あれ? あれー……?」

「……いや、まあ。あとでレシートでも見てみればいいんじゃないのか?」


 愛する酒豪の魔法少女が思い悩む姿を見て、嘆息しながらジャッキーはそう諌める。

 その一言にエイミーが答えるより前に、彼らの耳に聞き慣れた男の声が聞こえてくる。


「おーっす、ジャッキー……エイミー……」

「あ、アラーキー君?」

「ああ、今日はログインしてきたか。昨日は入ってこなかったから、なにがあったかと思ったぞ」


 ようやくログインしてきた親友の姿に、ジャッキーは茶化すようにそういうのだが、アラーキーはそれに返さず彼の前に静かに腰掛ける。


「? どうした?」

「………」


 なんとも静かで不気味なアラーキーの様子に不審を覚え、眉根を寄せるジャッキー。

 アラーキーはしばらくの間は何も答えずじっとしていたが、やがて重苦しい表情でジャッキーにこう問いかけた。


「……コミュニケーション不足って、どうしたら解消できると思う?」

「なんなのだ、薮から棒に」


 あまりにも唐突過ぎるアラーキーの問いかけに、ジャッキーの眉間のしわも深くなる。

 そんなことを急に言われても、なにがなんだかわかるはずもない。


「教師のお前に問われて、俺に答えが出てくるはずがないだろう。なにがあったか、一から話してくれ」

「ああ、いやー……実はな?」


 ジャッキーに逆に問われ、アラーキーは少し申し訳なさそうな顔になりながらゆっくりと事の次第を話し始める。


「実は昨日な? 俺の受け持ちの生徒が一人、傷害で補導されたんだよ……」

「なに?」

「傷害って……その子は平気だったの?」

「ああ……。というか、体格に勝る男三人くらい相手に襲われたんだけど、逆に相手の骨を一本ずつへし折ったらしくて……」

「……どういう状況だそれは」

「俺も、おまわりさんから周りの状況とか証言を又聞きに聞いただけだからなんとも……。ともあれ、そういう状況だったから、正当防衛って事で今回は何とかなったんだけど……そいつ、何というか空手一筋っていうか、ストイックすぎるところのある奴でなー……」


 珍しく、憔悴した様子のアラーキー。軽く流されているが、補導された少年の今後が不利にならないように懸命に立ち回ったのだろう。これが現実であれば、目の下に濃いくまくらいは確認できるかもしれない様子だ。


「おまわりさんも、困ってたんだよ。なんというか、話は聞いても、説教が効いてるような感じがしないって。今までずっと不注意だった俺にも責任があるだろうし、また同じことが起こっちまったらと思うと気が気じゃなくてなー……。何とかならないもんかなー……」


 がっくりと食堂のテーブルの上に突っ伏しながらうめき声を上げるアラーキー。

 そんなアラーキーの様子を見て、ジャッキーは一つため息を突いた。


「相変わらず、難儀な性格だな。目の前の困った子供を放っておけないというのは」

「うるへー。これが性分じゃい」

「褒めてるんだよ」


 ふてくされた様に返すアラーキーに、ジャッキーは苦笑しながらそう返す。

 嫌味ではなく、本当にそう思う。いまどき、自分の受け持ちの生徒のことでここまで真剣に悩める教師が何人いることか。

 できれば、折れてほしくないものだと、友人の一人として真剣に願うものだ。

 ジャッキーは胸中で小さく呟きつつ、アラーキーにいくつか質問してみることにする。


「アラーキー。その子だが、普段はなにをしている?」

「空手の稽古? 空手部の特待生で、もう既にいくつかトロフィーも貰ってるよ」

「へー、すごいんだねー」

「学校としては手放すまいな……。学校側の処分は?」

「えーっと、ひとまず謹慎三ヶ月だっけな……」

「その間、お前がその子の面倒を見ることは可能か?」

「そんなん当たり前だろ。俺の生徒だぞ、うん」

「ふむ……その子に友人は?」

「……どうだろうな。誰かと一緒に歩いてるところを見たことないんだ」


 質問を終え、ジャッキーは一つ頷くと解決策を提案してみる。


「ふむ……アラーキー。少年犯罪というものは、基本的には子供たちの満たされないという思いの現われだと俺は思っている。どんな子が犯罪を犯すにしても、大体の子供は確たる動機を持たない。それは、埋められない空っぽの胸の中をどう扱えばいいのかわからないからだ」

「……なんか哲学っぽいな、うん。刑事が言うと説得力が違うけど」

「褒め言葉として受け取ろう。それを踏まえて、だが……アラーキー。その子を、イノセント・ワールドに誘ってみたらどうだ? 三ヶ月の間でも構わん。とにかく、ゲームをやらせてみろ」

「……まさかジャッキーからそんな解決策聞くとは思わんかった……」


 ジャッキーの言葉が予想外だったアラーキーは、一瞬唖然とした表情で呟き、それから真剣な表情で問いかける。


「理由は?」

「空手に一心に打ち込み、友人がいないのだろう? 恐らくだが、その子は壁を作ってるとかそういうのではなく、周囲のことが理解できないんじゃないか? 周りの同級生たちと、思考や思想が違うんだ。仏教徒が一人でキリスト教のミサに参加しているような感じかもしれん。そんな状態では、心に考える余裕もあるまい。早晩、過剰防衛を繰り返してしまうかもしれん」

「ふむ……」

「だがイノセント・ワールドであれば、彼と同じ考えを持って生きている人間がいるかもしれん。思想を同じくする友人が出来れば、周りを見られる心の余裕も生まれるだろう。出会えるかどうかは運任せになってしまうが……。DAU百万だ。賭けてみる価値はあるだろう?」

「………………」


 ジャッキーの言葉に、アラーキーは静かに考え込む。

 思い悩み曇っていた瞳が少しずつ晴れ、いつもの輝きを取り戻すのを見て、ジャッキーは彼が何らかの確信を得たのを感じた。


「……決まったか、アラーキー」

「ああ。アイツに、ちょっとイノセント・ワールドを勧めてみるよ」


 ジャッキーの助言に嬉しそうにアラーキーは一つ頷き。

 それから、一つ気になった様子で問いかける。


「……けど、このゲームの筐体の代金って、経費で落ちねぇよなぁ」

「……落ちんだろうなぁ」


 失念していた問題を思い出し、ジャッキーは一つため息を突く。

 普通、ゲームの筐体はどんな組織でも経費で落としてはくれないだろう。




なお、最終的に4:6で、ジャッキーとアラーキーが金を出し合うことになった模様。

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