log80.二日目・マコとソフィア
遠くで響く天雷を見て、ソフィアが一つ感嘆のため息を突いた。
「すごいな……。あんな技がいずれ使えるようになるのか」
「魔法……って感じじゃなさそうね。属性込みのスキルかしら?」
ソフィアと一緒に物陰に隠れているマコが、同じように天雷を見つめながら一つ呟く。
彼女の言葉を聞いたソフィアは、不思議そうに問いかける。
「スキル? そういうのは見てわかるものなのか?」
「んにゃ、適当よ。でも、魔法であれだけの雷を発生させるとなると、あの雷の先に魔法陣くらいは見えそうなものだし」
「そういうものか……」
マコの言葉に一つ頷くソフィア。言われてみれば、確かに魔法陣のようなものは見えなかった。天候魔法などがあれば、あの程度の雷を落とすのはわけないのかもしれないが、ひとまずあの現象がなんなのかはさておくとしよう。
今日はマコとコンビを組むことになったソフィアは、静かに辺りの様子を窺う。
「さて、どうする? マコの言うとおり、比較的戦地から離れてはいる場所に来たはいいが……」
少し離れた場所で響く戦闘音に耳を傾けながら、ソフィアはマコの様子を窺う。
「あと六日以内に八万七千ポイントだ。本当に稼ぎきれると思うのか?」
「……リュージの言うことを信じましょう」
死んだ魚のような目をしながら、マコは静かに呟く。
どこか捨て鉢な雰囲気を醸し出す彼女は、手にしたグロックのスライドを軽く動かす。
「調べてみたけど、リュージの言うとおり決闘位階でもランカーとか呼ばれるようなプレイヤーに、高額ポイントを懸賞としてかけて積極的に狩らせるシステムは実在するわ……。一人で二十万ポイント稼げるようなプレイヤーもいる。その気になれば、一日で十万なんてわけないわ」
「いや、トッププレイヤーを刈り取れと言うのは、いささか無茶が過ぎるんじゃないか?」
ソフィアは自身が調べた結果を思い出しながら、マコに言葉を返す。
賞金首システム。リュージが昨日、十万稼ぐための手段として提示した方法である。
こうした組別対抗戦では、後半における中弛みを防ぐために、それぞれの組が特定のプレイヤーに対して貢献度ポイントによる賞金をかけることが可能となっているのだ。
この賞金は、賞金をかけたいギルドが自分たちで稼いだ貢献度を一定値消費することで設定できる。その賞金首の討伐が完了すれば、消費した貢献度は変換され、尚且つ討伐に成功したギルドは賞金として設定された貢献度を入手することができるわけだ。その上、かけられた賞金の半分の貢献度は敵組の累計貢献度から支払われる。賞金首を倒せれば、その分自分の組を勝利へと近づけることが出来るのだ。
イベント内において極めて厄介であるといわれるようなプレイヤーには積極的にこの賞金がかけられる傾向にある。しかも賞金は一度だけではなく何度でも同じプレイヤーに設定できるため、戻るたびにそのプレイヤーは集中攻撃を浴びるようになるわけだ。
この辺りは、個人に対するマンハントを強める傾向にあるためジャッジメントブルースのような警邏ギルドや初心者への幸運のような支援ギルドは決して良い顔をしないが、イベントの一環としては起爆剤の役割を果たしてくれるため大抵のプレイヤーに受け入れられているのが実情だ。
実際、異界探検隊のような弱小ギルドであっても、賞金首を倒せれば十万ポイントを超えるような貢献度を稼ぎきることができるわけだ。
……問題は、賞金がかかるようなプレイヤーは軒並みレベル80を超えるような玄人ばかりだということなのだが。
「紅組掲示板でも何名か既に賞金首候補が上がっているが……どれもこれも一癖も二癖もあるような猛者ばかりだぞ……?」
「個々ではなく、群として動くギルドのマスター“マンイーター”……。瞬全抜刀術とやらの使い手“アイゼン”……。動く火薬庫“ルースカマー”……。どいつもこいつも、オール80オーバー。無策で突っかかっても勝てる気がしないわね」
マコはそこまで呟くと、陰鬱にため息を一つつく。
「さらに痛いのが、賞金首の候補は上がっても、賞金をかけようってギルドがいないことかしらね……。どいつもこいつも、誰かが賞金かけてくれるだろう、って思ってるみたいだわ」
「紅組は全体的に貢献度の稼ぎが良くないからな……。倒せるかどうかもわからないプレイヤーに賞金をかけて、貢献度を失いたくはないのだろう」
賞金首システムは、全体の勝利に貢献するためのシステムだ。賞金首を倒すことによって得られる貢献度はレベルに依存しない。確実に賞金首を倒せるのであれば、無理にレベル差のあるプレイヤーを狙うよりも遥かに高効率に貢献度を稼ぐことが出来る。
……だが、それも賞金首を倒すという難題をこなせればの話だ。組の勝利にとって厄介であるからこそ賞金をかけられる。そんな猛者を相手に、賞金狙いで突っかかっていっても返り討ちにあうのがオチだろう。
そうして細かい敗北を重ね、貢献度が目減りしていくのでは……賞金首に挑む意味自体がなくなってしまう。
「相手側にしてみても、賞金をかけられるとわかっているなら、それを逆に利用しかねないしね」
「……高ランク賞金首を護衛し、やってきたプレイヤーを狩るわけか」
さらに、賞金首が倒されると組の累計貢献度が減少するというシステムの存在が悩ましい。半分とはいえ、仮に十万ポイントの賞金がかかっていれば五万ポイントの喪失。相手が得る分も合わせると、十五万ポイントの有利を敵組に与えてしまうことになる。勝っていても負けていても、この数字は決して無視できるものではない。
故に賞金首は護衛されるだろう。例え今この瞬間に勝利していても、賞金首が多数倒されれば元も子もない。賞金首は守られて然るべきなわけだ。
当然賞金首を狙う側としては、非常に厄介だ。ただでさえ倒しづらいプレイヤーに、手厚い防御が加わっては勝てる相手にも勝てなくなってしまう。
「ハイリスクハイリターンとは言ったものだ……。損失を考慮しなければ、相応に回数を挑めそうなのが幸いだが……」
「でも十分な復活貢献度があって初めて成り立つ戦法よ。あたしら一人復活するのに大体250ポイント……。全員が倒れたら1250ポイントの損失。それを稼ぐのに、昨日どれだけ時間がかかったか思い出せる?」
「……いや」
悔しそうに呻くマコとソフィア。十万は、意外と手の届く位置にあった。だが、そこに手を伸ばすための実力が本当に今の自分たちにあるのだろうか。
負ければ確実にどこでもキッチンから遠のく。そして、賞金首が利用できるようになるのはイベントの後半から。失敗すれば、あとがなくなるのだ。
「くそぅ……。あのバカの言う事にしちゃまともなはずなのにぃ……!」
「ギャンブルではないが、もっと確実性が欲しいな……。やはり、今の内に稼げるだけ……」
と、その時。すぐ傍の戦場に変化が現れたようだ。
音がこちらのほうに向かって、近づいてきているのがわかる。
「っ。マコ!」
「……だんだんと、こっちに来てるわね」
響き渡るのは銃声。連続した発砲音が、こちらに向かって近づいてくるのがわかる。
何者かが、こちらに向かって敵を追い込んでくれているようだ。紅組と白組、どちらが追う者で追われる者かはわからないが……これはチャンスだ。
「よし……」
「あたしが援護するわ。頂いちゃいましょう」
ソフィアがレイピアを構え、マコは銃を手に取る。
戦場が動く際のおこぼれを狙う。二人の狙いはこれだった。
敗走しているのが敵であれば、そのまま不意打ちで倒せばよし。敗走しているのが味方であれば、援護がてらに追い打つ敵に奇襲すればよし。
どちらであれ、高い確率で先手を取れる。そのまま一気呵成に倒せれば、レベルに差のあるプレイヤーが相手でも、勝てる公算は高めのはずだ。
受動的であるため、回数をこなせるわけではないが……。確実に、ポイントを稼ぐ必要があるのだ。
「………」
「………」
声を押し殺し、静かに待つ二人の下に、足音と戦闘音が共に近づいてくる。
音はやがて、二人のいる場所にまでやってくる。
呵呵大笑といった具合の笑い声と、密度の高い発砲音が、愉快そうに敵を追いかけているのが察せられた。
そして、逃げ惑う誰かの足音が、二人の隠れている場所のすぐ傍まで、接近してきた。
「―――今よっ!!」
「シッ!!」
「なっ!?」
マコとソフィアが、瓦礫を乗り越え姿を現す。
突然現れた二人の姿に、敗走を決め込んでいたらしい盗賊姿のレベル40プレイヤーが驚きの声を上げる。相対した二人が紅組なのを見て、白組の盗賊は絶望したような表情を浮かべた。
ソフィアは握り締めたレイピアを一気に突きいれ、有無を言わさずスキルを発動した。
「ソード・ピアスッ!!」
「あがっ!?」
ソフィアの一撃は一瞬で盗賊の体を駆け抜け、その胸に大きな穴をくり貫いてみせる。
クリティカルの快音と共に、姿を消す盗賊を見て、構えていた銃を降ろすマコ。
無事に敵を倒せたことに安堵の息をつく彼女に、大きな笑い声が聞こえてきた。
「ハッハッハッ!! 異界探検隊の子じゃないか! 君たちもイベントの参加していたのだな!!」
「……アンタ、確か軍曹だったかしら?」
鋼の義手をはめた大男が愉快そうにこちらに近づいてくる。所属は紅組。味方であることを確認し、上げかけた銃をマコはもう一度降ろした。
「悪かったわね。獲物を横取りするような形になって」
「ハッハッハッ! 気にするな、少女よ! 戦場じゃ、流れ弾の方が人の命を奪うものだ!」
「……そういえば、名乗ってなかったっけ。マコよ」
軍曹に少女と呼ばれ、今更ながらに名前を名乗っていないことを思い出したマコは、少し気まずそうに軍曹に名乗る。
軍曹は笑って、マコの名前を復唱した。
「ハッハッハッ! マコか、覚えたぞ! そっちの子は仲間かね?」
「ええ、そうよ。同じギルドの所属」
「ギルド異界探検隊のソフィアという。よろしく」
「ああ、よろしくな!」
ソフィアの挨拶に軍曹は片手を上げて答えてから、すぐに耳元のイヤホンに手を当てた。
「……と、いかんな。すまないが、私はもういくよ。サラがピンチらしいのでね」
「あら、そうなの? お守りも大変ね、軍曹」
「なになに、これはこれで楽しいものさ! それではな!!」
軍曹は大きな声で笑いながら、大柄な見た目からは想像もできないような敏捷さで雑居ビル群の間を駆け抜けていった。
ソフィアは軍曹の大きな背中を見送ると、マコに一つ提案した。
「なあ、マコ。彼と知り合いなら、彼のギルドと手を組むのはどうだ? 味方は一人でも多いほうが……」
「駄目よ。傭兵ギルドよ? そんなところ雇うお金はないわ」
マコはそう言って、悔しそうに以前貰った名刺を睨み付ける。
「口約束やなんかじゃ、傭兵プレイヤーは動かないでしょ。もう、あたしらに余計なお金はないんだからね」
「……そうか、世知辛いな」
ソフィアは残念そうに肩を落としながら、クルソルを確認する。
今日、ログインしてからそろそろ一時間くらい経ちそうだ。その間に、倒せたプレイヤーは一人だけ。
「……今日の稼ぎは、どうなるかな」
マコの陰鬱な雰囲気が乗り移ったように、ソフィアは重苦しいため息を一つ突いた。
なお、サラは軍曹の到着を待たずにやられてしまった模様。