log8.ステートヘキサゴン
「さて、素材の話は終わったが……ここで武器の種類に関しての説明に移ろうか」
「攻撃力にかかわりがあるのが“重さ”と武器の種類って話かしら?」
「ああ、そうだ。といっても直接のダメージ計算にかかわりがあるのは“重さ”のほうで、武器の種類はプレイヤーが装備した上で、適切なダメージが与えられるかどうかという部分に関わってくる」
そこまで説明し、ジャッキーは一人で先に武器の会計を済ませているリュージの方を向く。
「コレ三本ください」
「まいどー」
「リュージ。君はなにを選んだ?」
「んー? 俺はバスタードソード!」
そういってリュージが掲げ上げる大剣、バスタードソードは……なんというか微妙な長さの剣だった。
いわゆる片手持ちのロングソードは刃渡りが1m程度で、両手で扱うことを前提としたツーハンデッドソードと呼ばれる剣が2mくらいとなる。
対してリュージが手にしているバスタードソードは目測で大体1.5m前後くらいの長さに見える。ロングソードというにはいささか長いが、ツーハンデッドソードと呼ぶには短い。
片手剣とも両手剣とも言い切れない、絶妙なリーチを持つ剣だ。
「元々大剣使いだったしな! やっぱり長物のほうが手に馴染むわー」
「だが、君が元々使っていた武器と比べると、だいぶ短い気がするな。ツヴァイハンダーくらいじゃなかったか、アレ」
「フフフ……1Lv盗賊のステ振りだと、ぎりぎりコレじゃないと装備できないんだぜ……」
「……ああ、そういえば君、職業は盗賊だったか」
「「盗賊ぅ!?」」
リュージの選択職業を聞き、ソフィアとコータが驚愕の声を上げる。
端で聞いていたレミとマコも、声には出さないが酷く驚いた様子であった。
「ちょ、え、何で盗賊!?」
「リュージはてっきり戦士選んでたもんだと……!」
「いやー。このゲーム自分でステ振りできるって聞いてたから、スキルが豊富な盗賊のほう選んだんだよねぇ」
「……スキルが豊富?」
「どういうこと?」
リュージの職業選択理由を聞き、初心者たちが頭上にはてなマークを浮かべる。
武器選択の途中だが、疑問を放置もあまりよくない。武器を選んでゆく片手間に、ジャッキーが簡単にイノセント・ワールドにおける職業選択講座を始める事となった。
「さて、では今更ではあるが……各人の選択職業の申告と行こうか」
「僕は戦士です」
「私も戦士だな」
「で、俺が盗賊でー」
「あたしが魔術師」
「私が僧侶です!」
「フム。パーティーバランスは良好だな」
コータ、ソフィア、マコ、レミの職業を聞き、ジャッキーは一つ頷く。
「前衛×2、後衛と補助職とサポート役が一人ずつ。コレが平均的なイノセント・ワールドにおけるパーティーの役割分担となる」
「補助職はともかく、サポート役ってのはなによ?」
「その時々によって、役割が変わる。パーティーの穴を補ったり、苦手分野を補助したり。いわゆる何でも屋だな」
「えーっと……リュージ君の盗賊が、その何でも屋さんの職業なんですか?」
それぞれの職業イメージにジャッキーが告げた役割分担を割り当てると、リュージの盗賊はサポート役に分類されると考えたらしいレミがそう尋ねる。
ジャッキーは彼女の答えが正解であると頷いて返答し、盗賊の説明を始めた。
「盗賊だけだと単なる悪役のイメージだが、この世界におけるプレイヤー盗賊は義賊の立ち位置でね。初期ステータスの割り振りは比較的平均的で、初めから割りといろんな武器が使える」
「イメージ的にはDEXが高めなイメージだけど、盗賊が高めなのはCON、つまり体力なのですよ。DEXはどの職業も似たり寄ったりで……実数だとどれが一番高いんだっけ?」
「錬金術の関係で、魔術師と僧侶が同率1位だったはずだな。まあ、一番低い戦士との差は数値的には誤差の範囲らしいんだが」
ちなみにジャッキーによると、他の職業のトップステータスは戦士がSTR、魔術師がINT、僧侶がPOWとなるらしい。
「で、初期職業によって差が出るものにステータスとは別に、基本スキルというものが存在する。この基本スキルには産廃の攻撃スキルと、ゲームプレイに必須な補助スキルの二種類がある」
「なんで産廃と必須スキルが同じ種類でくくられてんのよ……?」
「実用性と、イノセント・ワールドの成長システムのせいだろうな。攻撃系スキルは、ギアシステムや属性開放があるし。それはともかく、基本スキルの中にある補助スキルは武器の耐久力を回復させたり、武具の製作を行なう鍛冶を学べたり、料理を作ったり、農耕に関わる技術を習得したりできる。イノセント・ワールドで最も横に幅広い種類を持つスキルだ」
「いわゆる“戦うこと以外の技術”が一括りで基本スキルの補助系にぶち込まれてんのさ。基本スキルって、設定上はイノセント・ワールド内の一般人でも使えるスキルって設定だからな」
「……となると、盗賊はその補助スキル習得に何らかのプラス効果が得られる職業ということか?」
「その通り。各職業には職専スキルというものが設定されており、職専スキルはそのスキルの習得レベルを10に設定されているのだ」
「それ以外は高くても大体5レベルくらいで、酷いのだと1しかレベル上げられないのもあるぞ。というか戦士の基本補助スキルは皆1レベルでストップだな」
「戦士は補助が死んでるんだね……」
「まあ、前衛職だしな……」
「ちなみに魔術師と僧侶は?」
「そちらの二職は錬金や魔道書の解読に関わる読書スキルが職専スキルに指定されている。どちらも基本補助スキルだったな」
「なるほどです。じゃあ、何か困ったことがあったらリュージ君に頼る感じなのかな?」
「つっても、俺も前衛的な立ち回りが得意だから、そっち方面はあんまり力入れるつもりないぞ? 不自由感じない程度には上げるけど」
「フルサポートは珍しいからな……一人いれば、快適さは段違いなのだが」
「あ、そっち方面は平気よ。それ向きの人材は確保してあるから」
「? そうなのか?」
マコの言葉にジャッキーは首をかしげる。
今日初めてイノセント・ワールドにログインした彼女に、この世界における人脈があるとは思えない。後から誰か参加するということだろうか。
気になるところではあるが、重要なのはそこではない。ジャッキーは職業の説明を続ける。
「で、戦士だが、申し訳ないが、こちらはスキル方面ではあまり恵まれていない。職専スキルは基本攻撃スキルなので、ほとんど振る必要がなく、ギアスキルや属性スキルに職専スキルの概念はない。なので戦士を選ぶ利点は……1Lvの時点で重装備を施せる点だろうか。STRが高く、CONも盗賊に次ぐ数値なので、武器を使った前衛での戦いに向く」
「職専が産廃なんだ……」
「フ、フフ……この程度ではめげないさ……」
自分たちの持つ職専スキルが産廃と聞かされ、がっくりと肩を落とすコータとソフィア。
だが、初めから強力な武具が使えるのは大きな利点だろう。後になればなるほどその利点は薄れるが、他の職業でもその辺りは似たり寄ったりだ。
「そして魔術師と僧侶はほぼ相互互換の関係だな。どちらも魔法職で、初めに使える魔法系統が違う。まあ、概ねイメージどおりと捕らえてもらえればよいだろう」
「ということは魔術師が攻撃魔法で」
「僧侶が回復・補助魔法ですね!」
「その通り。そして魔法はスキルに区分されていないため、二人とも初めから一つ魔法が使えるようになっているだろう?」
「ああ、あたしは無難にファイやボール覚えたわ」
「私はヒールだよ! 僧侶の基本だよね!」
「うむ。どちらも基本に忠実で何よりだ」
初期取得できる魔法には何種類かあるが、マコとレミが取得したものはどちらも初心者が取得推奨とされているものらしい。
「……職業の差異に関してはこんなところか。イノセント・ワールドにおける職業選択の有利不利は主に序盤に働く。なので、そこまで深刻になる必要はないだろう。基本補助スキルも、はっきり言ってしまえば10レベルスキル持ちのNPCがそこらじゅうにいるからな」
「あ、そうなんだ……」
「うむ。補助スキルを極めようというのは、イノセント・ワールドのプレイスタイルの中ではかなり特殊だからな。イノセント・ワールドのシステム上、そうしたプレイ方法でも経験値は入るが、初心者には特にオススメできん」
ジャッキーはそこまで説明を終え、一つ咳払いをした。
「……武器の種類に関して説明するつもりだったが、だいぶ脇道にそれてしまったな」
「まあ、それだけリュージの職業に衝撃が走ったわけなんだが……」
「フフフ。ソフィアの心の鍵を開けるのはこの俺なのです……」
「キモッ。アンタかっこつけると特にキモいわね」
「どストレートな感想ありがとう。お礼に右ストレートをプレゼントしよう」
リュージは言うなりマコに右ストレートをぶっ放すが、マコは慣れた様子でそれを回避する。他の三人も止めない辺り、いつもの光景なのだろう。
婦女志暴行未遂現場を前にジャッキーは曰く言いがたい表情になるが、とりあえず見なかったことにして説明を続けることにする。
「……武器の種類で問題になるのは大きさによって必要なSTRが決まり、武器の構造で必要なDEXが決まるということだ」
「大きさと構造?」
「うむ。大きければ高いSTRが必要になり、構造が複雑なほど高いDEXが必要になる」
「要するに物理的に重そうだと力が、扱うのが難しそうだったり脆そうだったりすると器用さが必要ってことだな」
「無論例外がないわけではないが、概ねリュージの言うとおりだ。そしてもう一つ問題になるのが……ステータス配分だな」
聞きなれない単語に、マコが首をかしげた。
「配分?」
「うむ。このゲーム、Lvを上げるために経験値を消費してステータスを上げるわけだが、同じタイプのゲームと異なり、複数段階ステータスを上げることができる。
「……? どういうことでしょうか?」
「つまり1Lv上がるのに一つのステータスが5とか6上がるのが当たり前ということだ。そのため、レベルは低いのに、特化したステータスは二倍三倍上のレベルのものと同じくらいという現象が起こる」
「それの何が問題なのよ?」
若干説明が回りくどく感じたのか、苛立たしげなマコが柳眉を上げながらジャッキーに問う。
ジャッキーはそんなマコに答えるべく、問題の核心を告げた。
「先の装備の種類の問題だが、実は数値そのものは問題にならない」
「……はぁ? どういう意味よ?」
「そのままの意味だ。1Lvのリュージが装備できるバスタードソードを、100Lvの特化魔術師は装備できない。STRのステータスは、リュージよりも遥かに高いはずなのに、だ」
俄かには信じ難い話だ。普通のゲームであれば、STRの数値で装備できるものが決まる。100Lvともなれば、STRの数値など1Lvのリュージなど比較にもなるまい。
ジャッキーの言葉を聞き、マコはあからさまに胡乱げな表情をした。
「……え? そんなこと、ありうるの?」
「まあ、一般のゲームではありえないな。これも恐らくロールプレイのためのシステムなのだが、装備の種類に影響を及ぼすSTRやDEXの数値は、ステートヘキサゴンと呼ばれるグラフによって決まるんだ」
「ステートヘキサゴン?」
聞きなれないシステムの名前に、マコは首をかしげる。
そこでリュージが解説に割り込んでくる。ピッと人差し指を挙げ、したり顔でこういった。
「ほら、全身ムキムキマッチョマンの変態って、器用さも敏捷さもなさそうじゃん? 要するにゲーム的にそれを表現したんだと」
リュージのたとえを聞き、ジャッキーは納得したように頷く。
「リュージのたとえが適格だな。先の例で言えば、全身ムキムキマッチョマンのステータスはSTR一点特化型。ひたすらSTRに経験値を注いだ結果、ステートヘキサゴンではこのように表示される」
そういってジャッキーは次のような画像を取り出す。
画像を示して見せながら、ジャッキーは説明を続ける。
「この状態では、いくらDEXが数値上高かろうとも、バランス的には器用とはいえないだろう?」
目の前の画像を見て、マコはようやく得心いった表情で頷いた。
「あー……なるほどねぇ。なんとなくわかってきたわ。手先が器用で動きが素早い輩はDEX特化。どれだけSTRが高くても、脳筋とはいえないわよね」
「ジャッキーさんが挙げた例で言えば、勉強が得意な魔術師はINT特化ってことだよね」
「その通り。数値の上では低レベルのものを上回っていても、ステータスが一点特化過ぎると装備できるものは低レベルのものと比較して幅が狭いということ現象が起きる。その為、ステータス配分には十分気を配らなければならないのだ」
「かといって何でも均等に上げてっても駄目。バランスよく上げちまうと、ステ特化型の火力のある武器が使えなくなっちまうんだ。このゲームのステ振りで推奨されてんのは、2、3点特化型だな。こうすればそれなりに良好なステバランスで、幅広く武器が装備できるらしいぜ?」
「もちろん、全ての武具を装備できるわけではないがね。それでも1点特化よりも遥かに選択肢の幅が広がる。4点以上のステ振りも一応ビルドとしては存在するが、低レベル帯では無駄が多いので推奨しかねるな」
「なるほどー……」
手元の直剣を見つめながら、コータが興味深そうに頷く。
直剣であればステータス配分に気を配る必要はなさそうであるが、そこから武器が大型化したり刺突武器に変わっていったりするにはステータスの配分を代えねばならないということか。
「何でもありの万能キャラはどうしても作れない……それが、イノセント・ワールドだな」
「ふむ……育成には、気を使うのだな……」
レイピアを手に、ソフィアも難しい顔になる。
使いたい武器に合わせるか、或いは戦い方に合わせるか。
どうするかによって、ステータス配分も変わってくるわけだ。
よりいっそう真剣に、コータとソフィアは己の武器の選別を始める。
これから先、その選択に後悔をしないように。
なお、割と何でもありの万能プレイヤーは存在する模様。