log79.二日目・弓鳴のカレン
イベントも二日目に突入。バトルフィールドは一日目に引き続き、アスガルド雑居ビル郡となっている。
白組と紅組の点数差もそろそろ二十万ポイントに突入しようかというレベルであったが、イベント自体はつつがなく進行していた。
本イベントの趣旨は点取り合戦であるが、獲得点数の上限は存在しない。倒されたプレイヤーの復活にはポイントの消費が必要となるが、組の勝敗に計算されるのは累計貢献度となるため、全体の勝利には影響がない。その為、ギルドの貢献度を犠牲にして、組全体の勝利に貢献することも可能なわけだ。
もちろん、そのような真似をすれば最終的な実入りが少なくなってしまい、ギルドとしての活動は赤字になりかねないわけだが、このルールにあるのは悪い点ばかりではない。
ギルドとしての敗北が、イベント全体を通しての勝敗に影響を及ぼさないので、対人戦に不慣れな新人などを積極的にイベントに起用し、この機会に対人戦に慣れさせようと考えるギルドもいるのだ。
イノセント・ワールドに存在するギルドの一つ、“ナイト・オブ・フォレスト”などは、そんな新人養成に熱心なギルドの一つであった。
「―――」
雑居ビル郡の中に、弓を手にしたカレンが立っている。
それに相対するのは、重武装の全身鎧の騎士が五人。
「ナイト・オブ・フォレストの“弓鳴”……! 短弓一つとて侮るな!!」
騎士たちの先頭に立つ、リーダーらしき騎士が油断なく構えながら、一歩踏み出す。
「奴の純粋技量は侮れん! ただの通常攻撃でも一撃必殺の――!!」
「鋭矢・一鳴」
騎士の説明が終わるより先に、カレンの腕が動く。
気がついた瞬間には弓が構えられており、先頭の騎士が手にしていた大盾が勢い良く弾き飛ばされた。
「ぬぉぉっ!?」
「ぺちゃくちゃうるさいんだよ」
辛うじて盾から手を離さずにいられた騎士に向かって、カレンが不機嫌そうな表情を向ける。
「こっちゃ色々あって不機嫌なんだ。長い前口上に付き合うつもりはないよ」
「……フ、そうか。いや、申し訳ない」
先頭の騎士の大盾が弾かれて、彼の背後に立っていた四人の騎士たちに動揺が広がる。
「お、おい、今の……!」
「弓の一撃があれ!?」
「スキル、使ったよな!?」
「いや、スキルっぽくなくないか……?」
「あいにく、こちらは新人研修の最中でな。貴殿との遭遇自体がイレギュラーなのだよ」
うろたえる背後の四人……新人たちを庇うように立ちながら、大盾を構えなおすリーダーの騎士。
「だが、これもまた一つの好機か。貴殿の実力を、とくと拝見させていただこうか!」
「……その辺はお互い様かい」
カレンは一つ呟くと、手にした弓を構えなおす。
「いい機会だ。あんたみたいな硬さ自慢との戦い方って奴を、おさらいさせてもらおうかね」
「ほう? ――望むところだ」
カレンの含みのある一言に何かを察し、騎士は笑うような気配を見せる。
大盾を構え、もう片方の手には長大なランスを握る。
「ならばしっかりと目に焼きつけよ!! これが、鋼鉄の守護騎士の実力よ!!」
「鋭矢・斬雨」
メタル・パラディンの前進に合わせる様に、カレンは弓から矢を解き放つ。
だが今度は一発ではない。二発や三発ですらない。
それこそ数え切れないほどの矢が、横向きに降り注ぐ雨のようにメタル・パラディンに向けて解き放たれたのだ。
恐るべきことに一切のスキルを発動せず、カレンの純粋技量によって解き放たれたこの大量の矢を、メタル・パラディンもまた己の地力のみで受け止める。
「オオオォォォォッ!!」
降り注ぐ矢の雨を大盾で受け止めながらも、メタル・パラディンは前進を続ける。
その物量に圧されながらも、メタル・パラディンは一歩一歩確実に前へと進んでいた。
「おぉ! さすがメタル・パラディン!!」
「そうだ! いくら矢の一発が強くても、大量の矢が放てても、我々を守る盾や鎧であればその一撃が通ることはないんだ!!」
勇猛果敢に前進を続けるメタル・パラディンの姿を見て、新人の騎士たちがその意気を取り戻す。
実際、カレンの放つ矢の一撃は、どれだけ大量であってもメタル・パラディンの手にした大盾の装甲を抜くことが出来ないでいた。
先の一撃ではじけた盾も鋭矢・斬雨では弾けない。削るような戦い方では、メタル・パラディンを倒せない。
「――ホーミングアロー」
ここで初めて、カレンは一つのスキルを発動する。
鋭矢・斬雨の間を繋ぐよう、斜め上に向けて放たれたいくつかの矢は紫電を纏い、空を飛ぶ。
あらぬほうへと飛翔していた矢であるが……突如その切っ先を翻し、メタル・パラディンの頭上から襲い掛かる。
「うおっ!?」
メタル・パラディンは肩で矢を一発受け止める。ひるまないのはさすがだが、矢が纏った紫電がその体を強かに打ちすえ、HPをジワリと削る。
「な!? 卑怯な!」
メタル・パラディンがダメージを受けた瞬間、思わずといった様子で新人騎士が叫ぶ。
確かに鋭矢・斬雨で足止めしホーミングアローで追い打つのはいささか卑怯に見える。憤慨した様子の新人騎士の言葉を背中で受け止め、メタル・パラディンが苦笑する。
そんな光景を見て、カレンが軽く皮肉を口にする。
「良く教育されているじゃないか」
「まったく、そんなつもりはないのだがな」
メタル・パラディンは苦笑しながら軽く足を振り上げ。
「グラン・ダッシャー!!」
スキルを発動。
震脚のごとき踏み込みと同時に、騎士の前方広範囲……つまりカレンがいるあたりまでの地面が勢い良く縦揺れを起こした。
「ッ!」
カレンは思わずたたらを踏む。
幸い、先の一撃はダメージを与えられるほど激しい揺れは起きなかった。
だが、斬雨は途絶えた。その瞬間、さらにメタル・パラディンが踏み込む。
「シールド・バッシャー!!」
踏み込みと同時に、光り輝く衝撃波を纏いながら、メタル・パラディンの体が勢い良く突撃する。
カレンは素早く体勢を立て直すと、メタル・パラディンの突撃射線上から踊るように回避をしようとする。
だが、メタル・パラディンの突進の勢いは凄まじく、カレンの体に衝撃波の一部が引っかかってしまう。
「っつぁ!?」
飛び上がった中空で、衝撃波の勢いにより再び体勢を崩してしまうカレン。
そんな彼女に、メタル・パラディンは更なる追い討ちをかける。
「マグネ・ボディ“プラス”!!」
「くっ!」
スキル発動と同時にカレンは逃げようとするが間に合わず、メタル・パラディンの体から発せられた稲光のようなものに捕らえられとしまう。
「でた! メタル・パラディンのマグネ・ボディ!!」
「一定範囲外に対象を逃さないスキル! これであの女も終わりだ!!」
メタル・パラディンのスキル発動と同時に喝采を上げる新人騎士たち。
どうやら彼らが言ったとおりの効果を発揮するスキルのようだ。カレンがメタル・パラディンから距離を離そうとすると、見えない壁に阻まれたかのように体が進まなくなってしまう。
メタル・パラディンとの距離は、ちょうど彼の手にした槍の穂先が届く程度の距離だった。
「……地属性、磁石かい」
「その通り。あいにく、素早く動くのも遠くに飛ばすのも得意ではないのでな」
メタル・パラディンは嘯きながら、槍を腰溜めに構える。
「つかず離れず。付き合ってもらおうか!」
「いやだよ、うっとうしい」
カレンは毒づくものの、メタル・パラディンにはそんな事情はお構いなしだ。
「イヤァー!!」
「っとぉ!?」
メタル・パラディンの鋭い槍撃を、カレンは紙一重でかわす。
そのまま槍を引き、また突き。さらに突く。
連続で突き入れられる剛槍の一撃を前に、カレンは防戦一方に見えた。
「さしもの貴殿でも、これだけの素早さで連続攻撃されては弓引く間もあるまい! 往生せよ!!」
「横薙ぎにしないのは、時間を稼ぐためかい……!」
往復距離の短い突きのほうが、範囲は広くとも時間のかかる薙ぎ払いよりカレンの動きを制限できる。
攻め続ければ相手の焦りを。相手の焦りはそのまま自滅を。メタル・パラディンは、つまりそれを狙っているわけだろう。
メタル・パラディンの目論見どおり、カレンに弓を引く隙はなかった。鋭矢と自ら呼ぶ純粋技量も、回避行動を行いながら出来るほど熟達しているわけではなかった。
だが、万策尽きたわけではない。カレンは、インベントリから素早く一本の矢を取り出し、メタル・パラディンへと投げる。
「なら、こっちも切り札を使うよ!!」
「ぬっ!」
槍を突き入れながら、メタル・パラディンは投擲された矢を回避する。
手掌にて投げられた矢の威力などたかが知れている。カレンの台詞は単なる虚勢か、と考えたメタル・パラディンの耳に甲高い笛の音が聞こえる。
「笛の音っ!?」
聞こえてくるのは、先ほど自らの耳元を通り過ぎた矢が飛んでいった辺り。
――鏑矢と呼ばれる矢がある。放たれると、音響を鳴り響かせながら飛翔する、矢の一種。
合戦時において、その音の鋭さから合図に使用されたという来歴を持つ。
「「「「うわぁぁぁぁぁ!!??」」」」
「っ!?」
果たして、此度の鏑矢も合図のお役目をきっちり果たした。
矢の音が響くと同時に、雑居ビルのあちらこちらから大量の矢が降り注ぎ、後方に座していた新人騎士たちの頭上へと降り注いだのだ。
突如自分たちに攻撃が行われたことで、半狂乱に陥る新人騎士たち。
「お前たちっ! 平静を保てっ!!」
思わずメタル・パラディンは新人騎士たちの方を向き、彼らへと渇を飛ばす。
そして、その隙をカレンは決して逃さない。
「サジタリウスッ!!」
「なにっ!?」
三度の鳴弦と共に放たれたスキル。カレンは天空へと向けて矢を解き放っていた。
(サジタリウスを使うか! だが……!)
スキルの名を聞き、メタル・パラディンは警戒を強めるが、同時にカレンの行動に不穏を覚える。
「サジタリウスでは、いささか遅いぞ? 効果が発揮される前に、この場を離れられんとでも?」
サジタリウス。弓ギアの中でも、早期に解禁されるが最上位クラスの威力を誇るとされるスキルの一つだ。
このスキルはいくつかの手順を踏むことで発動する。まず、プレイヤーの真上へと向かって弓を放つ。この時点で、チャージするか否かを決めておく。
ノンチャージであれば即座に矢は降ってくるが、通常攻撃の倍程度のダメージしか敵に与えられず、範囲も狭い。チャージするのであれば、通常攻撃の十倍以上のダメージを与えられ、追尾範囲も広くなるが、その分時間がかかる。
属性を上乗せすることで威力はさらに跳ね上がるが、最も効率的に使用したければどうしても時間が必要となる、癖の強いスキルがサジタリウスなのだ。
メタル・パラディンもその性質を知っているが故に、先ほどの台詞を放ったのだが、カレンはそんな彼に笑みを見せる。
「―――あるプレイヤーの必殺技に、パワークロスってのがある」
「なに?」
「一回だけ通常攻撃の威力を跳ね上げるパワースラッシュってスキルを、その効果が切れる前に二回ぶち当てることで倍以上の破壊力をたたき出すっていう、純粋技量が極まった使い方の一つさ」
カレンは笑いながら、自ら手に持つ短弓を何度か爪弾く。
「あたいで言えば、一瞬で三度矢を放つようなもんだ」
「三度……?」
カレンが何が言いたいかつかめず、メタル・パラディンは不審を強める。
――そんな彼の頭上に、紫電の光が降り注ぐ。
サジタリウスのチャージ完了の合図だ。
「なっ!?」
だが、あまりにも早すぎる。最大チャージで数分はかかるようなスキル。この程度のチャージで倒せると思われているのか?
そう感じ、怒りを覚えるメタル・パラディンに、カレンは話の続きを語る。
「んで、サジタリウスだけど……一発打つ間に三発打てると、三発にスキル効果がのるらしいんだよ」
「―――なん」
「そうすりゃちょっとのチャージでも、最大チャージと同じ威力さね」
そう、カレンが語った瞬間、三つの矢が狙い違わずメタル・パラディンの体を打ち据えた。夥しい輝きを放つ、稲妻と共に。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
「狩人の弓は三度鳴り。あたいの切り札の一つさね」
自慢げに呟きながら、カレンは短弓に矢を番える。
これで倒せると自惚れられるほど、自分には実力がないと彼女は知っている。
故に、詰め手を誤らない。
「じゃあね、鋼鉄の守護騎士。名前の通りの実力だったよ」
カレンはそう言って、弓を鳴らす。
今度の鳴弦は、一度で十分であった。
弓鳴のカレンといえば、ナイト・オブ・フォレストの一番槍ならぬ一番矢として有名な、短弓使いであるとのこと。