log78.一日目終了
異界探検隊がイベントに参加し始め、三時間ほどが経過した。
リアル学生の身分である彼らには、この程度の活動時間が限界となる。
その為、各々バトルフィールドから撤退し、ギルドハウスまで戻り今日の成果を確認することとなった。
「さて、一日目終了なわけだけど……」
いつものようにちゃぶ台を囲み、顔を付き合わせるリュージたち。
難しい顔をしたマコがまず口を開き、クルソルで本日の貢献度を確認しながらぼそりと呟く。
「一万三千ポイント……っていうのは、効率がいいといっていいのかしら……?」
「いや、むしろ破格だから。普通五人組のギルドで日計一万オーバー獲得ってのは異常だから」
目標とする十万ポイントにはギリギリ届かない程度の稼ぎを前に唸るマコを見て、リュージは呆れたようにため息を突く。
「そもそも、十万ポイントってのは五十人程度いて、全員がやる気満々でイベントに参加するようなギルドが目指すポイントだからな? 効率面で言や劣悪の部類に入るのはお前だって理解してんだろ?」
「だけど……! だとしても……! あたしはそれを覆したい……!」
リュージの言葉にマコは苦悶の表情を浮かべながらも、しかし目標を諦めきれずに足掻くように拳を握り締めた。
サンシターのためにどこでもキッチンウルトラDXを手に入れようと必死になるマコの姿に感心しながら、コータも少しでもポイントが稼げるように今日の戦いを反省することにした。
「でも実際、今日の調子だと間に合わないよね……。マンスリーイベントは一週間しかないから、単純計算でも一万五千ポイントは獲得しないと、余裕がないよね……」
「レベル50の者たちを倒して一人2000ポイントだ。一日にレベル50手前のプレイヤーを七人倒せばいいと考えれば……」
真剣な表情のソフィアの言葉に同意しつつも、リュージは難しい表情になる。
「まあ、その通りなんだけど現実的じゃねぇんだよなぁ。レベル50ともなると、ある程度対人戦も考慮したスキルビルドが可能になるし」
「お前の言うとおりだよ……。レベルが倍にも広がると、ああも人間やめられるのか……」
ソフィアは今日、相対したレベル51の魔法使いとの戦いを思い出し、死んだ魚のような目になる。
「速射砲……いや、ガトリングガンかなにかのように魔法を連打されたときに、私ははじめて無理ゲーという言葉を実感したぞ……」
「あれはどうかしてると僕も思った。魔法って、呪文詠唱が必要なんじゃなかったの……?」
「いや、錬度が上がれば呪文破棄が可能だよ。特に選択属性が被ってる魔法だと、比較的低レベルでも可能だし」
ソフィアと同じように死んだ魚のような目になるコータに同情の視線を送るリュージ。
リュージと同じくらいのレベルとはいえ、イノセント・ワールドにおける対人戦の経験がないコータたちには地獄のような状況だったのだろう。それは、二人の顔を見ていればよく分かった。
「対人戦だと、現状は魔法使い系が強いな。何よりも詠唱破棄が強い。台詞もモーションもすっ飛ばすから威力は六割程度に落ち込むんだが、それでも氷系みたいな行動阻害が強いタイプの魔法だと、相手に何もさせずに一方的に削り殺されるからなぁ」
「危うく削り殺されかけたよ……。すぐに逃げたから、殺されずに済んだけど」
「それが懸命だな」
コータの言葉に頷き、リュージは先を続ける。
「次に強いのは飛び道具系だな。やっぱり銃や弓みたいに間合いが極端に広い武器は強いわ。サーチ系の魔法を常時展開できれば察知もできるんだが、察知できたところで百メートル先にいる狙撃主への攻撃手段がないんじゃ、手も足も出ないからな」
「こっちもに銃はある。あるんだけど……威力が………!!」
愛銃を片手に唸り声を上げるマコを見て、リュージとレミは半目で呟く。
「いや、ヘッドショットでレベル10差の戦士をふっ飛ばしておいてそれはねぇわ」
「マコちゃんいつの間に特殊弾なんか買ってたの……?」
「鉄鋼弾くらいは役に立つと思って。わらしべ長者って偉大よね」
レミの追求に、マコはあさっての方向を向いて嘯く。
基本的に皆で一緒に活動していない間のプレイに関しては互いに不干渉ということになっているが、マコは奇妙な事業に手を出しているらしく個人の資金が図抜けている様子であった。
本イベントに際しても、鉄鋼弾のような特殊弾頭や、強化系のアイテムなどをどこからともなく得ていた資金で揃えて見せた。惜しみなく資金を費やしてくれたのはありがたいが、彼女の持っている資金の出所は気になるところだ。
まあ、今は関係ない話か。それ以上の追求は避け、レミは話を進めることにした。
「今日の戦果は……リュージ君が7人。マコちゃんが2人。ソフィアちゃんが4人。コータ君が2人だよね」
「分かっちゃいたけど、あんたがトップスコアラーよね。なんかコツでもあるの?」
「あるならぜひ教えてもらいたいな。イベント開催まで時間がなくて、ほとんど練習も出来なかった」
「僕にも教えて。もっと相手を倒せるようにならないと、時間が足りないよ」
皆の視線を一身に受けたリュージは、少し気まずそうに頬を搔く。
「コツ……って言ってもなぁ。確実に勝てそうな相手に突っかかっていくくらいしか思いつかねぇもんよ」
「でも、銃持ち相手にも挑んだよね?」
「ありゃレミが囮役を引き受けてくれたからだろ? 銃を相手にするなら一にも二にも、自分に弾丸が飛んでこない立ち回りが重要になる。銃を持ってる相手から、自分の姿を認識させないのが一番楽だな」
「わかるようなわからんような……」
そもそも、それが出来るなら苦労はしないだろう。
リュージの言葉に不満を覚えながらも、ソフィアは次の言葉を引き出そうと口を開く。
「他には何かないのか? いや、別に銃使いに限った話じゃないんだ。少しでも、私たちが格上のものに勝てる方法は……」
「……つっても、そもそも大物喰い自体がイレギュラーだからなー。現時点では「見つけて、見つからず、一撃で」としか言えねぇんだよなぁ」
ソフィアの言葉に対して、リュージが返した返答は申し訳なさそうな否定であった。
「ステータスは基本飾り……とは言わんでも、あまり意識しなくてもいい。でも、スキルはそうはいかねぇ。アクティブにしろパッシブにしろ、結局レベルが上の奴のスキルの方が優れてるのは間違いねぇ。それを覆す方法となると、後はもう天運にでも任せるしか……」
「……百戦錬磨のリュージが言うのだ。きっとその通りなのだろうな……」
がっくりと肩を落とすソフィア。
少なくとも彼の言うことに間違いがないのは、今日、身を持って体験した。
現状のイノセント・ワールドはスキルゲーの側面が強い。つまり、選り優れたスキルを持ったプレイヤーのほうが有利なのだ。
レベルが低いと、当然SPも少ない。SPが少ないと、ギアスキルも属性スキルも解禁できない。
リュージたちにいたっては属性開放すらまだ未達なのだ。この現状でレベルが上のプレイヤーを倒すというのは、縛りプレイ以外の何物でもなかろう。
……だがリュージのようにステータスに秘められた力を100%引き出すことで上位のプレイヤーと対等以上に渡り合うことの出来る猛者もいる。
レベルの高低は必ずしも勝敗を決す要因にはならない。諦めるにはまだ早すぎるはずだ。
「……だが、取ると決めたからには諦めない。勝てないわけではないのだ。まだ終わってはない」
「うん、そうだね……。即席でできる対策は、リュージの言うとおりだとして、今後の方針は?」
「……やっぱり、倒すプレイヤーの数を増やすのが現実的かしら。レベルのバラつきがあるとはいえ、一日に15人じゃ足りない。もっと、もっとたくさんのプレイヤーを倒さないと……」
「怖いよマコちゃん……」
暗い顔つきで呟くマコを見て、レミが軽く震える。呟いている内容が内容だけに、仕方あるまい。
そんなマコを見て、リュージが軽く笑う。
「まあ、そんな無理をして倒れたんじゃ本末転倒だろ? 無理せず行こうぜ、無理せず」
「……気楽ね、あんたは。何か、十万ポイント一気に稼ぐ方法があるのかしら?」
「あるよ?」
胡乱げに放たれたマコの一言に対するカウンターは、埃のように軽い一言だった。
「―――ハァッ!? なによ、どういう方法よ!?」
「あるにゃあるのよ。一気に十万ポイント稼ぐ方法。ただし、イベントの後半にならなきゃやれないし、そもそも確実に稼ぐ方法じゃない。ある意味ギャンブルになるんだよ」
しかしリュージはにやりと笑う。
「けど、うまくいけば現状劣勢の紅組を逆転勝利にも導ける方法だ。俺も傭兵時代はそれでポイントを荒稼ぎしたもんよ」
「どんな方法だ? 今は出来ずとも、あらかじめ聞いておくべきだと思う」
リュージの言葉に生気を取り戻したソフィアが、彼の策を窺う。
リュージはもったいぶることなく、一発逆転の狙えるイベントのシステムを口にした。
「賞金首システムって言ってな。高レベルランカーをブッ倒せば、高額ポイントを入手できるって寸法よ」
「……あー……」
リュージの台詞に内容を察したマコが、うめき声を上げる。
ある意味、レベル20差のプレイヤーを探すよりも茨の道になるだろう。賞金がかかるような、文字通りレベルの違うプレイヤーを討ち取るのは。
なお、レベル20差を覆せたのはリュージだけの模様。