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log77.一日目途中経過・マンイーター

 スキル発動と同時に目も眩むような閃光が走る。

 間が空くような感覚が辺りを一瞬支配し、次の瞬間には爆火がその場にいる者たちの視界を支配した。


「ぐっ……! グレネードか!!」


 閃光から逃れるように手で目を覆いながら、白組のレベル40ガンナーが声を張り上げる。


「どこからの攻撃だ!? 警戒しろ!!」

「ハッ!!」


 ガンナーの怒号に、彼の周りを固めていたレベル20ガンナーの二人が辺りを見回す。

 レベル40ガンナーは苛立たしげに舌打ちをしながら、手の中のアサルトライフルをリロードする。


「チッ! あと今一歩のところで……!」


 爆炎の向こうに消えた獲物の姿。剣と槍程度で武装したプレイヤーたちは、恐らくこの騒ぎに乗じて逃げ延びただろう。

 射程という圧倒的優位は、なににも変えがたい優越感をレベル40ガンナーにもたらしてくれていた。現実では到底感得しえない快楽。

 誰からも咎められることなく、それを得ることのできるイノセント・ワールドの決闘(デュエル)を愛する男にとって、このような横入りは到底許せる行為ではなかった。


「誰かは知らんが、八つ裂きにしてやる……!」


 リロードを終えたアサルトライフルを手に、辺りを睥睨する。

 だが、こちらに奇襲を仕掛けてきた不届き者の姿は見えない。恐らく、味方の援護という目的を達して既に離脱を終えたのだろう。

 レベル40ガンナーにも、先の攻撃は紅組の戦士たちの逃走幇助が目的であったのは理解していた。だが、それが怒りの矛先を収める理由になどなるわけがない。

 レベル40ガンナーは苛立たしげに、足元を踏み鳴らす。


「貴様ら! もっと周囲に目を凝らさんか!! やつらの変わりに、貴様らを的代わりにするぞっ!!」

「い、イエッサー!!」


 レベル40ガンナーの怒号に、二人のガンナーが怯えたように返事と敬礼を返す。

 慌てたように周囲の索敵を開始する二人の様子に若干溜飲を下げながら、男も辺りに視線を巡らせる。

 先の獲物は逃したが、爆音を聞きつけて別の獲物がやってくるかもしれない。

 ならば、それを逃す手はないだろう。

 ……だが、次の獲物は予想外の場所から現れた。


「ヤァァァ!!」

「ッ!?」


 消えかけていた爆炎を振り払うように、一人の僧侶姿の少女が飛び出してきたのだ。

 手にした杖を掲げ上げ、まっすぐに突っ込んできた少女はバタバタと大げさに法衣の裾を翻しながら、迷いのない太刀筋で杖を振るう。


「ヤッ! ヤッ! ヤァァァ!!」

「う、うぉ!?」

「ちょこざいなっ!?」


 突然の出来事に、二人のガンナーは慌てたように手にしたアサルトライフルの銃剣を振り回す。

 だが、少女の体に銃剣をつきたてるどころか、鋭く叩きつけられる杖の一撃に強かに打ち据えられる始末。いや、ここは二人の人間を相手取る少女の腕前を称えるべきか。銃剣より間合いの勝る杖を持っているとはいえ、数の不利を補うには技量がいる。人間の最大の武器は数なのだから。

 突如現れた少女の蛮行に驚きながらも、レベル40ガンナーは冷静に下がり少女から距離を空ける。


(先の襲撃者の連れ合いか? いくらなんでも早すぎる)


 先の爆音が聞こえて飛び出してきた可能性はゼロではないが、だとしても一人で支援タイプに見える僧侶が突っ込んでくるのは不可解だ。爆炎の中を突っ切ってきたのもいかにも自信ありげといった印象を受けるが、狙いすぎている感じもする。

 策もなく、突っ込んでくるわけもない。ならば考えられるのは単純な策。


(囮か。舐められたものだ)


 レベル40ガンナーは内心舌なめずりをしながら、辺りへの警戒を強める。

 目の前に突然現れた仲間に注意を集めておき、別の場所から攻撃する。良くある作戦だ。

 であれば、囮から相応に離れた距離から狙撃を狙っている可能性が高い。

 レベル40ガンナーは視線を上げ、雑居ビル郡の中を探る。

 都合の良いことに、この雑居ビル郡の中はほとんど空洞。ガンナーにとっては格好の狙撃ポイントといえる。

 だが、見通しの良くないこのビル郡の中では、自然と狙撃ポイントも限られてくる。その格好のポイントを見つけることができれば、逆に相手方の先手を取ることができる。

 ――はずだったのだが。


「がっ!?」

「ぐぇ!」

「っ!?」


 立て続けに聞こえてきた悲鳴を聞き、慌ててレベル40ガンナーは視線を前にいた二人のほうへと戻す。

 少女と戯れていた二人の姿は既になく、代わりに立っていたのはバスタードソードを肩担ぎながらこちらに突進してくる一人の戦士の姿。

 先ほどまで二人と戦っていた少女は、戦士と立ち位置を変えるようにその背中を追いかけ走っていた。


(な!? まさか、女の背中に!?)


 バタバタと大げさなくらいに翻る、大きな法衣の裾。その影に、隠れてついて来ていたのだろうか。

 レベル40ガンナーが抱いた疑問の答えが開示されることはなく、代わりに聞こえてくるのは力強い踏み込みの音。


「っ!!」


 アサルトライフルを構え、引き金を引こうとするレベル40ガンナー。

 だが、心地よい発砲音が聞こえるより早く、戦士のバスタードソードがアサルトライフルごとレベル40ガンナーの体を両断していた。

 ――刃の届く距離なら、こちらのほうが早い。

 消えてゆく視界の中、レベル40ガンナーはそう呟くように笑う戦士――リュージの姿を見上げることしか出来なかった。






「……相変わらず無茶苦茶やるね、あいつは」


 三人目のレベル40プレイヤーに歓声を上げるレミをなだめるリュージ。

 そんな彼の姿を、雑居ビル郡の屋上の一つから見下ろす影が一つあった。

 大き目の望遠鏡でリュージの姿を観察しながら、小さな影は呆れたように呟く。


「敵の親玉に気付かれないように、女の子を隠れ蓑に接近するなんてね。しかも走りながら。相変わらず変態的な身体能力だなぁ」

「マンイーター」


 リュージの観察を続ける小さな影の傍に、一人の盗賊が現れる。

 どこにでもいそうなごく一般的な盗賊姿の男は、小さな影の傍に傅くように跪くと、なにを見ていたのか問いかける。


「なにをごらんに?」

「リュージだよ。レベル下がってからは一度も会ってなかったけど、相変わらずのようでうんざりだ」


 言葉の内容とは裏腹に楽しそうな影……マンイーターの言葉に男は小さく顔をしかめる。


「相変わらず……ですか。ステータス通りの身体能力は万全のままである、と」

「レベルを下げたのは、別に肉体の不調が原因じゃないしね。当たり前といえば当たり前か」


 マンイーターは軽く手の平で望遠鏡を叩きながら、興味深そうに呟いた。


「それより驚いたのは、ギルドのメンバーと一緒にいるってことかな」

「? あの男は雇われでしょう? ならば別におかしなことでは」

「いや、自分のギルドの。ギルドを立ち上げるためにレベルを下げたってのは本当だったみたい」

「……単なる噂だと思っていたのですが、事実とは」


 マンイーターの言葉に驚く男。


「あの男は生来の一匹狼だと思っていました。寄る辺を持たず……というよりは、あらゆる場所をただ歩き回る……。あるいは、渡り鳥とでも表現すべきでしょうか。一所に留まるような性分だとは思いませんでした」

「ボクもだよ。あれだけの力を持っているからこそ、孤独でいることを選んでいたと思ったんだけど、当てが外れたね」


 マンイーターはそう呟きながら、小さく笑う。


「一人であることが彼の強みの一つだと思ってたんだけど、これでやりやすくなったかなぁ?」

「……では、攫いますか? 一人か二人」


 淡々と、とんでもないことを言い出す男。

 だがその声の中に虚言は含まれていない。マンイーターが命を下せばそれを実行する……それだけの自負と実力を窺わせる。

 だが、マンイーターは男の提案に首を振った。


「いや、駄目だね。それは悪手だ」

「と、言いますと?」

「リュージに攻め入らせる口実を作っちゃうよ。あいつは攻めるのが大好きだし、攻めるのが大の得意だ。攻める理由を作った時点で、こっちの負けだよ」

「……そうでしたね」


 マンイーターの言葉に、男はゲンナリと肩を落とした。

 以前、まだレベルを下げていなかった頃のリュージとぶつかった時、ギルドの戦力半分を攻め落とされたことを思い出したのだ。

 その時にはリュージもまた道連れにすることができたが、プレイヤー一人とギルド戦力の半分では釣り合いがまったく取れない。あの時ほど一個人が恨めしいと思ったことなどなかった。

 それは、マンイーターも同じらしい。唸り声を上げながら、恨めしい声で呟いた。


「けど、レベルが下がった今しかないよねぇ。あの時の仕返しするなら」

「今回のイベントの勝敗……では、いけませんよね」

「そもそも、あいつはそういうのに拘らないし。多分、貢献度を稼いでいるのも何か欲しい物があるからじゃない? それだけのポイントが手に入ったら、もうこの戦場じゃ見かけられないよ」


 勢力として、ではなく個人として。どこまでも己のためだけに、このゲームをプレイしている人間の一人がリュージという……いや、竜斬兵アサルト・ストライカーという男だ。

 勢力の盛衰では、彼の興味すら引けない。もっと、直接的にいかなければ。


「単なる意趣返し……というのであれば、ギルドを挙げて襲うというのもありかと思われますが……」

「さすがに人数五名……いや、六なんだっけ? まあ、ともかく片手でも数えられる程度のギルドに、マンイーターが勢力上げるっていうのも……大人気ないよね?」


 一応プライドとか沽券にも関わるし、と呟いたマンイーターは小さく笑う。


「でもまあ、相応の理由があればその限りじゃないけれどね」

「何か考えが?」

「一応ね。少し待てば、それだけでいい」


 マンイーターは笑いながら、望遠鏡を覗き込む。


「そうしたら、取り掛かるとしましょう? 人狩り(マンイーター)に……」


 ゆっくりと望遠鏡を動かし、リュージがどこへ行くのかを確認した。




 その時、こちらを見つめるリュージと目が合った。




「―――ッ!?」

「マンイーター?」


 思わず望遠鏡から手を離すマンイーター。

 傍に傅く男が思わずといった様子で声をかけるが、マンイーターはなんでもないと平静を装う。

 激しく動悸を繰り返す胸に手を置きながら、マンイーターはうっすらと笑みを浮かべる。


(本当に、退屈と無縁な男……。もっと、遊べるよね? リュージ)






「………?」

「どうしたの、リュージ君?」


 不意に立ち止まったリュージに、レミが声をかける。

 あまり一所に固まるのは危険なのだが、リュージは何かが気になるのかあらぬ方向を見上げて動こうとしない。


「……気のせいか?」


 だが、しばらくすると気が済んだのか首をかしげながらもその場を動き始める。


「わりぃ。なんかいた気がしたんだが……今更俺なんざ見る奴はいねぇよな。レベルも30言ってないし」

「レベルアベレージ34だっけ、この戦場……。私たちなんて、おいしくないもんね」

「ちがいねぇ」


 レミの言葉に笑いながら、リュージは戦場の中へと消えていった。




なお、マンイーターはギルドの名でありギルドマスターの名であり、とあるプレイヤーの名前でもある模様。

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