log75.大物喰い
本イベントにおいて、異界探検隊の者たちが立てた作戦は単純明快。“奇襲”である。
いかな実力を誇るプレイヤーであっても、中身は人間。機械ではない。当然虚を突けば、レベルや装備で強固に固められた防御を突破することは可能だ。
それでも一撃で倒しきればければ反撃は当然返ってくる。クリティカル込みで、CONガン振りのプレイヤーに当たったとして確実に削りきれるのは恐らく30レベル後半までだろうというのが、リュージの見立てであった。そして反撃された場合、こちらが一撃を耐えられるのはスキルも整っていないであろう30前半までの可能性が高く、大物食いを狙う場合は、どれだけ反撃を受けないかが重要になる。
目標である貢献度十万ポイントに確実に近づいていくためには不必要な戦いを避け、倒す相手を厳選し、一撃で確実にしとめる必要があるわけだ。
「その辺、さっきはジャッジメントブルースの奴らと組めたのはラッキーだったな。楽してレベル50をブッ倒せたし」
「そうだな……。お前の話を聞いてくれてよかった。普通は、その場で戦いになっただろうに」
「リュージ君、本当に顔が広いね」
雑居ビル郡の中を静かに移動するリュージたち。現在コータたちには別行動を取ってもらい、次に狙うターゲットを厳選してもらっているところだ。
あちらこちらで戦いの火花が飛び散っているが、移動を優先しているおかげで今のところは他の敵とぶつかることなく移動できている。
本日のステージが雑居ビル郡であると言うのが非常に有利に働いているのだろう。視界を塞ぐ障害物が多く、さらに足場の高低さも極めて広い。おかげで敵の索敵にも引っかからずにすんでいる。
もちろん、視界が広くないというのはこちらにとっても不利に働く。周囲への警戒を怠らぬように移動すればある程度安心できるが、それでも万全とはいえない。
おかげで、コータたちとの合流にだいぶ手間取ってしまった。
「……遅かったわね」
「すまない。辺りを注意しながら移動していたから……」
「まあ、仕方が無いわね……」
4000ポイント稼いでから、二十分経過してようやく目的地に到達したリュージたちは、無事なコータたちの姿を見て一つ安堵の息をつく。
雑居ビル郡の中でも一際高い廃ビルの屋上に集まったリュージたちは、改めて次のターゲットを定めるべく話し合いを始める。
「とりあえず、三人ともお疲れ様。4000ポイントは大きいね! スタートダッシュとしてはいい感じだよ」
「つっても、同じだけの幸運はそうは続かねぇだろ。一人か二人だけで行動しているプレイヤーなんざ、今のこのフィールドにいねぇだろうし」
「リュージの言う通りね……。予想通りではあったけど、ほとんどグループで行動してるわ」
マコが険しい表情で呟きながら、皆にも見えるように目の前に球体状のモニターのようなものを広げる。
今回のために習得した新しい魔法“偵察眼”だ。視覚を遠くに飛ばすためのビットを生成する魔法であり、おおよそ一キロ半径内の光景を視認することが可能となる。
ビットが見た景色はこうして他者と共有することも出来るため、斥候を努めるプレイヤーの必須魔法の一つとされている。
マコはビットで見た光景をモニターに広げながら、苦々しげな表情になる。
「ほとんどの連中がスリーマンセルで行動。敵とぶつかった場合、即戦闘に突入する場合が多いわね。んで、一番の問題が決着のつくスピードが思ってたより早いってことかしら」
マコが映し出す光景の一つが拡大される。
なにやら物々しい黒い鎧に包んだ三人組が、目の前に立ち塞がった軽装姿の戦士たちと戦ってい始めたところである。
レベル自体は互角であったが、大斧を担いだ戦士が特攻を仕掛け、前に出たそいつを軽戦士たちがしとめようとした瞬間後ろに立っていた二人の黒騎士たちが大技を発動。大斧の戦士を巻き込むほどの範囲の必殺技に巻き込まれ、軽戦士たちはあえなく消滅した。
「イノセント・ワールドって、基本スキルゲーとは聞いてたけど、これほどとは思わなかったわ……」
「ギアと属性を組み合わせたスキルってのは、それなりにでかい敵を相手にする事を想定されてるからな。対人戦においては、この攻撃範囲が厄介で、かわすにゃちと厳しいものがあるんだよな」
マコの映し出す映像を見つめながら、リュージもまた険しい顔つきになる。
「3対3で戦う場合、いかに敵より早く強力なスキルを発動できるかが肝になる。例え当たらなくとも、ある程度の牽制にはなるからな」
「スキルのリキャスト時間を狙われない、それ?」
「別に全員で一緒に発動する必要はねぇんだ。誰か一人が速攻をかけて、それをかわされたら別の奴が一発ぶちかます。それも外したら時間稼ぎの三人目がぱなして、リキャストの終わった一番目がもう一回……ってローテーションを組むのが、イノセント・ワールドにおける一般的なチーム戦の戦い方だ」
「まるで戦国合戦の火縄銃三段撃ちだな」
かつて存在していた戦国大名の、最も有名な戦術の一つを思い出しながら、ソフィアも難しい顔つきになる。
「だがこれだけ決着が早いと、漁夫の利を狙うのも難しいな……。どの対戦結果も、勝者側の損傷が少ない……」
「スキル発動だから、コスト消費とかもなさそうだもんね……」
困ったように眉根を寄せたレミが、小さく呟く。
「高いレベルになるほど、こういう傾向があるなら、大物食いってかなり難しいよね……」
「そこが難だよな。だから一番いいのは他のギルドのおこぼれを貰うことなんだが……」
リュージは一つため息を突く。
そして自分のクルソルの中に並ぶ、白組表示で並ぶフレンドリストを見る。
「今回、ほとんどのやつらが白組っていうね……。それなりに顔は広いつもりだけど、ここまでリストが真っ白なのは始めてみたわ」
「うーん……。そうなると、他の紅組の人と話をしてみる、とか?」
マコが映す映像を見つめながら、コータが一つ提案してみる。
「競い合う目的で、勢力の勝利を目指す人なら一緒に手を組んで敵と当たってくれるかもしれないよね? こうして僕らだけで話をしていても埒が明かないと思うし……」
建設的な意見だ。異界探検隊のみで達成が難しい以上は、他のものと手を組むのが理想だろう。
敵対者を打ち倒すと言う共通目的があるのであれば、協力も簡単かもしれないというコータの意見にマコが難しい表情を見せる。
「どうかしらね……。うまく手を組めればいいけれど」
「マコちゃん? 何か、気になることでもあるの?」
「手を組めるとしたら、基本的にあたしらと同じくらいのレベルの連中でしょ? 大体初心者脱出に成功したくらいの。そんな連中が、レベル30から40くらいの連中を相手取って戦いたいと思うかしら」
異界探検隊の者たちが狙うのは大物喰い。目標十万ポイントに少しでも早く到達するのが目的だ。
だが、その上で狙うべきはレベル30後半から40オーバー。徒党を組む格上を相手に、他のギルドの者たちが賛同してくれるのか……。
「まあ、メリットのほうが大きいし、手伝ってはくれると思うけれど……その先にあるのは手柄の奪い合い。何もない状態で五分五分の勝負でしょうから、何かしら策を用意できればあたしらのほうが有利になると思うけれど……」
「……効率がよいとはいい難いか。難しいな」
ソフィアがマコのいいたいことを察し、一つ頷く。
今回のイベントの本質は点取り合戦なわけだが、これは何も紅組対白組というばかりではない。
異界探検隊の者たちは狙ってはいないが、同じ組同士でも獲得貢献度による順位が存在し、その順位によっても入手できる褒章が変わってくるのだ。
中小ギルドでは、トップランカーとも言われるような高順位は無理であっても、1000位以内くらいなら頑張れば狙えると言われている。だが、総数一万強とも言われるイノセント・ワールドのギルド数の中で、1000位以内を維持し続けるのはかなり難しい。1000位くらいの順位は中小ギルドが団子状態で連なっており、常に順位が変動しているのだ。実際、現時点でも1000位の境界線上では熱いデットヒートが繰り広げられているようだ。
順位の上下と言う形で明確になっている分、むしろ敵よりも味方同士の方が点の奪い合いは激しいかもしれない。
「我々は十万ポイントあれば十分だが、他の者はそうではなかろうしな……」
「疑心暗鬼に陥りすぎるのも良くないと思うけれど……。そうだよね。ポイントが欲しいのは僕たちだけじゃないか……」
その場で結成した同盟などたかが知れていよう。せめて以前から交流があり、ある程度気心が知れているのであれば、信用も出来ようが……。
「難しいね……。ひとまずは、どうしよっか?」
「……まあ、やれるだけはやるしかねぇだろ。一人か二人しか行動していないっぽいの見つけたら、即効で襲う。おとりの可能性があるが、レベルが40とかならおつりが来るしな。なるたけ多くのプレイヤーに眼を向けるために、二手に分かれて行動しようぜ」
「そうね……。ああ、リュージとソフィアは別ね。戦力差を均等にするために、できればコータとソフィアで組ませたいところね」
「チクショォォォォォォォォ!!! こんなときにソフィたんのそばにいられないとはぁぁぁぁぁぁ!!!」
「まあ、仕方が無いよね……ははは……」
悔しさを全力で足元のビルにぶつけるリュージ。
地面に拳を打ち付ける彼を見下ろして嘆息しながら、ソフィアはマコの方を見やる。
「私に異論は無い。で、マコとレミはどうする?」
「そうねぇ……」
マコが何かを思い悩むように顎に手をやった瞬間、上空から誰かが降り立った。
「っ!?」
「ハッハー! こんなところで作戦会議とは、なかなか趣があるじゃないか!」
甲高い歓声を上げながら立ち上がった長身の男は、手にした槍を振り回しながら、大声で叫ぶ。
「我が名はイーグル! ギルド“猛禽槍烈”の一員なり! レベルは低いようだが、手慣らしにはちょうど良かろう!!」
頭に鳥を模したヘルメットを被った男――イーグルは勝利を確信しているようで、大上段で叫び続ける。
「さぁ! かかってくるが良い、ヒヨコども!!」
「レベル32……。まあ、そこそこ?」
リュージはイーグルのレベルを確認すると、一つ頷きマコたちに指示を出す。
「ひとまず、ここはばれたから散らばっちまおう。誰か死んだら、その時点でフィールドの外に一端逃げる。これは徹底な」
「そうだな……! で、こいつは!?」
「俺がやるよ。空を飛ぶためにか、鎧が薄めだしな」
「ハッハッハッ! 我が鎧を見て、侮っているか!?」
パシンと、己の体を覆うけばけばしい装飾の皮鎧を叩くイーグル。
「確かに装甲は薄いが、貴様らの刃が我が肉体を貫くことはあるまい!! 属性開放にも至らぬ未熟を呪うがいいわ!!」
「……リュージ、じゃあ、任せたよ!」
「ひとまずは、レミがリュージといなさい! あたしらはあたしらでやるから!」
「うん、わかった!!」
コータとソフィア、そしてマコはイーグルをリュージに任せるとその場を脱出しようとする。
それを察し、にやりと優越感に浸った笑みを見せながらイーグルは槍を腰溜めに構えた。
「はっはっはっ! 逃げるか!? それは正しいが、猛禽槍烈でも速度に特化した我が槍術から逃れられるとでも―――!!」
そう叫び、イーグルはコータたちに向かって突撃しようとする。
だが、次の瞬間。
「パワースラッシュ」
スキルの発動を確認し、イーグルの体は地面に叩き伏せられていた。
「おげぇあ!?」
「ん? 皮鎧の割りにゃ頑丈だな……。パワースラッシュ一撃で倒れないか」
上段からまっすぐにバスタードソードを振り下ろしたリュージが、感心したように頷く。
「悪い悪い。パワスラなら鎧の上からでもいけると思ったんだ。次はきちんと首を狙うからな」
「ぐ……!? やるじゃないか!! だが、そう何度も喰らわんぞ!!」
イーグルは素早く体勢を立て直し、リュージから一気に間合いを取る。
「不意打ちは一度までしか通じん!! 今の一撃で、俺を倒しきれなかった己の未熟を――!!」
リュージが次の行動に移る前にスキルを発動しようと槍を引くイーグル。
だが、その時にはもうリュージは彼の眼前に迫っていた。
「―――ッ!?」
悲鳴を上げる間もない。
驚いた瞬間には、リュージの一撃がイーグルの首を斬り飛ばしていた。
首や体が地面につく前に消えるイーグル。リュージは彼を倒したことなどもう忘れたかのように、クルソルを確認して少し驚いたように呟く。
「……ふむ? レベル32が相手でも、700ちょい入るのか」
「結構入るね……。二人倒せれば、10レベル上の人よりもポイント入るんだ」
レミが感心したように頷くが、リュージは難しい顔で首を横に振る。
「一人相手にするより、二人相手にするほうが大変だからなぁ。なるべく避けていきてぇところだ」
「そっか……。そうだね」
レミはリュージの言葉に一つ頷く。
「それじゃあ、これからどうしよっか?」
「三人はもう行ったよな? なら、俺らも行こうぜ」
「うん」
リュージがバスタードソードを担いで動く後につくレミ。
戦いは始まったばかりだ。まずは死なぬように立ち回らねば。
なお、竜斬兵は最大で40レベルの差を覆したことがあるとかないとか。