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log73.イベント初日・東欧の牙と邂逅

 勢力対抗紅白戦の一番最初の難関は、やはりイベント開始時の勢力割り振りとなるだろう。

 今回のイベントの場合、イベントに参加するかどうかに関わらず全てのギルドが紅か白のどちらかの勢力に割り振られる。これはギルド同士の結束による勢力の偏りをなくすための処理であるとされている。

 ギルド同士が同盟を組み、その結果紅か白の一方が圧倒的に有利になってしまうと、イベントを開催する意味がなくなってしまう。このイベントの趣旨は点取り合戦であり、戦いが成立してくれないと困るわけだ。

 この割り振り時において、大ギルドと呼ばれるような大きなギルドたちは特に困らない。千を越えるようなプレイヤーを抱えるギルドの場合、こうしたイベントで手に入るレアアイテムも人海戦術で入手が可能だったり、あるいは自ギルド戦力で欲しい報酬を狙うことが出来るため、どのような割り振りであっても不利は少ないからだ。

 この割り振りで泣かされるのは、基本的に中小ギルドとなる。中小ギルドは程度の差こそあれ、基本的に各ギルド間の勢力差というものが少ない。そのため、こうした勢力に対するランダム割り振りの場合、本当にランダムに割り振られる。

 ここで自身の所属した勢力の中に名だたる大ギルドがあるのであれば、勝利褒章を入手しやすくなるし、逆に相手側に大ギルドが控えているのであれば、貢献度褒章の入手すら怪しくなることもある。

 勢力戦において、実力や交渉では一切どうにもならないこの“ランダム割り振り”こそが最大の敵だと言うプレイヤーもいるほど、イベント開始初日のランダム割り振りに泣かされてきたギルドたちがいるわけだ。

 そんな、全てのギルドが一喜一憂するイベント初日。一日目のバトルフィールドとしてミッドガルド郊外に出現した“アスガルド雑居ビル郡”を遠くに眺めながら、異界探検隊のメンバーはクルソルで自身の所属する勢力を確認していた。


「俺たちは紅組だな。こっちで一番でかい大ギルドは円卓の騎士(アーサーナイツ)……まあ、敵対しなくてラッキーと思っておくかね」

「白組のギルドの中にCN・カンパニーの名前があるんだけれど……。コハクちゃんとかと、戦わないと駄目かな?」

「いや、CN・カンパニーはこういうイベントにはあんまりでしゃばってこないからな。個人的に参加する奴はいると思うが、あんまり敵として意識する必要はねぇな」

「商業ギルドの連中なら、倒しやすくないかしら?」

「んにゃぁ、そう言って舐めてかかって今まで生きて返ってきた奴を知らねぇからなぁ。手を出す必要がなけりゃ、放って置くのが賢明だろ」

「だろうな……。無理に敵対してもいいことはないだろう。まあ、状況によっては倒すべきだろうが……」


 続々とバトルフィールドに向かってゆくギルドの者たちを見送りながらソフィアが静かに呟く。これから貢献度を争うことになる敵の頭上には白い光が、味方であるだろう者たちの頭上には紅の光が浮かんでいる。あれで、混迷するであろう戦場で敵味方を分けるのだろう。

 ――サンシターを除く全員の意見で異界探検隊が今回のイベントで狙うのは“どこでもキッチンウルトラDX”と決まった。サンシターは隠していたが明らかにこの手のアイテムを欲しがっていたし、今後の事を考えるとサンシターの料理スキルが活きる場面は多くあるだろう。料理の特殊効果をどこでも受けられるようになるのはとてもありがたい話だ。

 どこでもキッチンウルトラDXを入手するのに必要な貢献度は十万ポイント……。ただ普通にプレイしただけでは一週間で、異界探検隊がこのポイントを稼ぎきるのはきわめて難しい。

 効率を考え、狙う獲物を厳選し、確実にポイントを入手していかねばならない。

 その為の準備は、整えてきた。ギルドの平均レベルは現在26。火力面で言えば属性開放まで終えておかねば安定しないのだろうが、イベントの開催期間をフルに使ってもポイントを入手しきれるかどうかといったところなのだ。属性開放のイベントに時間を使う余裕はないと判断し、レベリングも後回しにした。

 武器も、いくつか新しいものを入手してきた。といっても、何か特殊なものを仕入れてきたわけではない。ごく一般的に、イノセント・ワールド内で流通しているものを必要数入手してきただけだ。


「対人、か……」

「……っ」


 コータとレミも、緊張した面持ちで拳を握り締めている。

 今まで体験したことのないプレイを、今日初めてやることになるのだ。その緊張感は推して知るべしだろう。

 緊張した様子の初心者二人を見て、リュージは気楽に笑いながら緊張をほぐすようにその肩を叩いてやる。


「まあ、そうビビる必要はねぇよ。相手はちょっと賢いゴブリンか案山子だと思えばいい。俺たちはまともに敵を相手にする必要はねぇんだ。そうだろう?」

「ん……そうなんだけどね」


 リュージの言葉にコータは小さく笑いながらも、不安そうに呟いた。


「本当にうまくいくか、わからないだろう? やってのける必要のある行程が、結構複雑だし……」

「なに、気にすんなって。肝心な部分は俺とソフィアで分担するよ。お前は離れた場所で見て、やれると思ったときに出てくりゃいいんだ」

「……うん」


 力強いリュージの言葉を受けても、コータの顔色は晴れない。

 やはり、初めての対人戦ともなれば強い不安を抱かずにはいられないのだろうか。

 どうしたものかとリュージは頭を悩ませるが、彼にそんな暇はなかった。


「久しいな、リュージ!!」

「ん?」


 背後から大音声で彼の名を呼ぶものが現れたからだ。

 リュージが振り返ると、イヌ科のケモノ耳尻尾を装備した同い年くらいの少年が腕を組みながら轟然とこちらの方を見据えているのが見えた。


「ヴァルト先生から話には聞いたぞ! レベルが落ちようとも、その腕前は変わらぬようで何よりだ!! それでこそ、俺が認めたライバルだ……!」

「……ええっと? リュージ。こちらの……ええっと」

「この暑っ苦しいケモミミ野郎は誰よ?」


 ソフィアがなんと表現したものかと迷っている内に、マコがズバリと見たままの姿でイヌ耳少年を評する。

 リュージはその評を受け、軽く噴出しそうになりながらも咳払いをして誤魔化す。


「ん、ごほっ。……えーっと、こいつはあれだよ。四聖団の子ギルドの一つ、東欧狼牙組のギルドマスター、ガオウっていうんだ」

「子ギルド?」


 聞き慣れぬ名称に首をかしげるレミに、ガオウが簡単な説明を始める。


「子ギルドとは、ギルド構成員の一部が別途で立ち上げたギルドのことを言う。構成員が肥大化しすぎて動きが鈍くなったギルドなどでよく行われる」


 ピクピクと神経質にイヌ耳を揺り動かすガオウ。リュージに視線を固定しながら、説明を続けた。


「大ギルドの利点は単純に構成員が多いことだが、それは同時にデメリットにもなりうる。そこで、普段は別のギルドとして活動し、必要に応じてギルドの合併機能を利用して本ギルドへと戻るのだ」

「四聖団みたいな、ギルド内でも結構明確に活動内容が分かれてるギルドに良く見られるな」

「ああ、四聖団の場合は四方の町それぞれで活動してるんだっけか?」

「その通り。その中で、俺はヴァルト先生と同じアルフヘイムでの活動を許された者の一人。そして……」


 ガオウはそこで一端言葉を切り、リュージを強く睨み付ける。


「そこの男に苦汁を舐めさせられた者の一人だ……!」

「なにをしたのだ、お前」

「えーっと、決闘だったよな?」

「そうだ! 当時40レベルだった俺を、貴様は20レベルで下した!!」


 はっきりと圧を伴うほどの大音声で叫びながら、ガオウは怒りを露にする。


「わかるか! 20レベル差だ! これでも俺は山峰流抜刀術師範代!! それを、流派の名も背負わぬ一介の、名も無き傭兵に討ち取られる屈辱……!」

「ずいぶん恨みが深いようだが……」

「完全に逆恨みなんだよなぁ……」


 ソフィアの呆れたような眼差しに心外だといわんばかりにリュージは腕を組んでため息をつく。


「確かにレベル20の差であいつに勝ちはしたけど、対戦内容は全うだったろう?」

「そうだ! 貴様の言うとおり……! だがそれで納得がいくわけではない!!」


 ガオウは叫び、拳を握り、リュージを睨み付ける。


「故に俺は腕を磨きなおすためにレベルを1に戻し、修行をした……! いつの日か、貴様を打ち倒すためにだ! だが、ある日突然、貴様もレベルを1に戻したと言うではないか!!」

「ああ、うん。色々準備が整ったし、その為に」

「何故それを言わぬ!? そうなる前に、貴様ともう一度戦おうと考えていたと言うのに……! あまりにも身勝手ではないか、貴様!!」


 そう言って詰め寄るガオウ。

 目と鼻の先まで詰め寄ってきたガオウの顔を押し返しつつ、リュージはめんどくさそうに答えた。


「俺がどういうプレイするにしてもお前には関係ないだろう……。お前がどんなプレイしても俺は気にしねぇからよ」

「少しは気にしろ貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 さらに大声で吼えるガオウ。リュージの態度に心底我慢なら無いようだ。

 なんとなく、ガオウに共感を覚えるソフィア。主にリュージがこちらの話を聞いてくれない方向で。

 その後もしばらくリュージは掴みかかってくるガオウをのらりくらりとかわす。


「貴様が! この、貴様が! 貴様のぉぉぉぉ!!!」

「はっ。ほっ。へっ」


 リュージもしばらくガオウの激昂に付き合っていたが、その内飽きたのか彼の足を引っ掛けてすっ転ばせる。


「っだぁ!?」

「もー、悪かったって……。それはそれとして、またお前レベル下がってない?」

「貴様が下げたと聞いたからだ!! レベルが下の相手に挑むなど、俺のプライドが許さん!!」


 ガオウは叫びながらも立ち上がり、にやりと笑ってみせる。


「だが、これでようやく対等というわけだ……。まあ、貴様はまだ属性解放しておらんようだが」

「お前は開放済みか。まあ、そこまでは早いからなー」

「ふん。戦うときは属性なしでやってやる。今回のイベントで、どちらが真に強いのかはっきりと決めてやろう!!」


 自信満々の表情で宣言するガオウ。

 満ち溢れんばかりの自信を放つ表情。次に勝つのは自分だという確信にも満ち溢れているように見える。

 そんなガオウに軽く頷いて見せながら、リュージは自分のクルソルに紅組の表示を出しながらガオウに問いかける。


「そうかー。まあそれはそれとして俺は紅組だけど、お前は何組なんだ?」

「俺か? 俺はどうやら紅組のようだクソぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁ!!!!」


 リュージに言われてガオウは自分の勢力を確認し、悔しそうに地面を叩き始める。

 流れるようなコントを前に、マコは呆れたように呟く。


「アンタの知り合いには、こんな芸人しかいないの……?」

「芸人とは失礼な。これでも、子ギルドの中じゃトップクラスに腕の立つ連中の長なのよ?」

「信じがたいわねぇ」

「クソォォォォォォォォ!!!」


 悔しそうに地面を叩き続けるガオウを、マコは胡乱げな眼差しで見やる。

 結局ガオウは、仲間たちが回収に来るまでひたすら己の不幸を呪い続けるのであった。




なお、東欧狼牙組といえば、四聖団の斬り込み隊長として名高いとか何とか。

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