log72.どこでもキッチンウルトラDX
「サンシター、どうしたのよ?」
訝しげにマコが問いかけるが一瞬反応がなく――。
「……ッハ!? あ、なんでありますか?」
「いや、呼んでも返事がないから」
どこからともなく花瓶を取り出して振り上げたマコの気配を察して慌てて振り返るサンシター。
本当に何のために用意したのかわからない花瓶をちゃぶ台の上に置きながら、マコは改めてサンシターに問いかける。
「で、どうしたのよ? そんな真剣にイベントのビラ見つめて」
「あー……えーっと……」
サンシターは先ほどの自分の様子がどう見えていたのかに気がついたらしく、少し恥じ入るような様子で頬を搔く。
「いやなに……イベントの景品はやはり豪華だなぁ、と。自分、今までこうしたギルドの所属ではなかったゆえ、こうしたイベントにはトンと無縁で……」
「ふーん?」
サンシターの返事にマコは納得が言っていない様子だ。明らかに疑ってかかっている。
だが、それ以上の追求をされる前にサンシターは立ち上がり、ギルドハウスの外へと向かう。
「さて、自分は足りなくなった食材を買いにいって来るでありますよ。そろそろ、市でセールが始まるでありますしな」
「お、いってらー」
お手製の買い物カバンを手に出かけるサンシターを見送るリュージ。
マコもそれ以上何も言わずにサンシターの背中を静かに見送る。
そして、扉が閉められた瞬間にぎろりと瞳を輝かせながらリュージのほうへと向き直った。
「で? 今回のイベントの報酬の中にサンシターの気を引きそうな品ってのはあるの?」
「それ俺に聞かれてもなぁ」
鬼気迫る迫力のマコに怯えつつ、リュージはビラに目を落とす。
まあ、サンシターの反応が気になるのはリュージも同じだ。ビラの表面をタッチし、報酬の詳細を表示させてみる。
「えーっと、勝敗報酬……こりゃ上位の育成素材だな。あ、神鉄オリハルコンが勝利側の貢献度一位ギルドに一個配布か。ちょっとした戦争になるなこりゃ」
「神鉄オリハルコンって……何か気になるけどあとで自分で調べるねッ!!」
コータが気になったことを口にするが、マコに視線で殺されるくらいの勢いで睨まれたので口を噤む。相変わらずサンシターが絡むと人というか、格が違う。
その殺意がいつ自分の心臓に向くのかと怯えながらも、リュージは貢献度褒章のページをめくってサンシターの反応の正体を探る。
「順位褒章……は、基本変わり映えしねぇな。大体レアい育成素材ばっかだ。俺たちもレベル40くらいなら狙ってもよかったんだけどなぁ……」
「草剣竜シリーズの強化も、頭打ち気味なんだが……」
「レアエネミーの強化って、案外早く終わったよな……。まあ、それはそれとして。強化素材なんぞサンシターにゃ無用の長物だから……」
一通り順位褒章に目を通し終えたリュージは、次の褒章のページを開く。
「こっちかね。貢献度褒章」
「それって、手に入れた貢献度に応じて手に入る褒賞が変わるって奴だよね?」
「おう。順位褒章と比べると癖の強い感じがするアイテムがラインナップに並んでてな。仕組みとしちゃ、イベント終了時の総獲得貢献度に応じてアイテムが手に入る感じ」
「じゃあ、貢献度が一定以上あれば、たくさんアイテムが手に入るの?」
「いや、ある程度テーブル自体は決まってて、稼げば稼ぐほどたくさんアイテムが手に入るってわけじゃ――」
コータとレミに貢献度褒章の仕組みを説明しながら、大量の褒章一覧をスクロールしていくリュージ。
その指が一点で止まり、その名前をなぞる。
「……ひょっとしてこれか?」
「ん!? どれ!」
「押すな押すな」
リュージの手元を覗き込もうとマコが身を乗り出す。
ぐいぐい顔を押してくるマコの手の平を払いのけながら、リュージは発見した褒章の名前と必要な貢献度を告げる。
「どこでもキッチンウルトラDX。必要貢献度十万ポイント。結構えぐいポイント要求してきやがるな、これ」
「十万ポイント……。それって、結構な強ギルドが目指すポイントじゃないの……?」
「だな。平均的な中小ギルドだと、大体五万いくかいかないか位を目指すのがベストって聞いたことあるな」
リュージは呟きながら、今度は片手にクルソルを持って問題の“どこでもキッチンウルトラDX”について調べ始める。
「で、そのどこでもキッチンウルトラDXとはなんなのだ? 名前で大体の効果は想像がつくが」
「どこでもキッチンシリーズは俺も持ってるよ。場所に関わらず料理が出来るアイテム。俺が持ってるのはコンロだけだけど……これか?」
目的の商品をオークション系サイトから引っ張り、皆にも見えるように目の前の空間に投影してみせる。
「どこでもキッチンウルトラDX。どこでもキッチンの最終進化系として登場。これ一台あればありとあらゆる料理シュチュエーションを再現可能。料理を生きがいとするあなたに、送る最強兵器」
「すごい売り文句だな……だが、その売り文句に違わぬ姿だな」
ソフィアは空間に投影されたどこでもキッチンウルトラDXを見つめて、呆れたようなため息をつく。
どこでもキッチンウルトラDX、その姿はそのままどこにでもあるキッチンそのものであった。
水場にコンロ完備。レンジのようなものやツードア冷蔵庫っぽい入れ物にオーブンの姿も見える。
おおよそ、台所やキッチンと呼ばれる施設にありそうなものを一つに固め、無理やりアイテム化したような物体だった。
もちろん、常時キッチンが展開しっぱなしと言うわけではないらしく、普段は背負いカバンのような形で持ち運びができるようになっているらしい。最も、それにしたところで登山家もかくやというレベルのサイズの大荷物なのだが。
「これ一つあれば、確かに料理には困らなさそうだな。ギルドのキッチンも不要なんじゃないか?」
「いや、冷蔵庫の容量が少なめだわ、これ。多分、一回の探索でまんぷくゲージの補給が二回できるかってくらいかね、俺たちの人数だと」
リュージはどこでもキッチンウルトラDXの仕様に目を通し、それから納得したように頷く。
「とはいえ、サンシターの目に留まるには十分かね。これがあれば、行動の幅が広がるもんな」
「サンシターさん、いつもお留守番だもんね……。ギルドに入ってくれて、料理まで作ってくれて……けど、僕たちがサンシターさんに出来ることって……」
コータは、ギルド・異界探検隊の一人として活動するサンシターの普段の行動を思い出し、暗い顔になる。
戦闘がびっくりするほどへたくそなサンシター。彼がイノセント・ワールドにログインしてやることと言えば、リュージたちがダンジョンなどに行く前にまんぷくゲージを満タンにするために料理をする……………以上である。
ギルドハウス内に敷地を用意できれば農耕くらいできるでありますがなー、などと冗談交じりに呟くサンシターを思い出し、レミも瞳に涙を浮かべる。
「もうホント申し訳ないくらいだよね……。せめてダンジョンに連れて行ってあげようって思っても足手まといって自分で言っちゃうし……」
「何か必要なものをと聞いても、自分に必要なものはないからと、笑顔で言われてしまうとなぁ……」
ソフィアが視線を逸らしながら述懐する。
透き通ったガラスのような笑みには、何か凄みのようなものが見え隠れした。
なんと表現すべきか……こう、与えられ続けることに慣れたが故に、それを疎ましく思っている……とでも言うのか。
ともあれ、こちらから何かを渡そうにもいつも笑顔で断られるのだ。そして彼も何かを欲しがろうとする気配をほとんど見せない。故に、何かプレゼントしようとしても大抵ブロックされてしまったわけなのだが……。
「珍しいことに、さっきのサンシターはガラスの向こうのトランペットを欲しがる少年みたいだったしなー。確定できればいいんだが……」
「いや、多分これであってるでしょ。サンシターの数少ないとりえが料理で、それをどこでも最大限活かせるとなれば、サンシターだって喉から手が出るほど欲しがるわよ」
マコはどこでもキッチンウルトラDXを食い入るように見つめながら、リュージへと問いかける。
「現状戦力で十万。これは可能領域かしら?」
「不可能ではないんじゃねぇの? 稼ぎ方も色々あるし」
少し難しい顔をしながらも、リュージはそう答える。
リュージの言葉にマコは強く頷きながら、真剣な表情で質問を続けた。
「じゃあ、基本的な貢献度の稼ぎ方は?」
「基本は敵対勢力のプレイヤーを撃破すること。注意する点は、戦闘に参加じゃなくて撃破するってことだな。ワンパンで逃げ回っても、貢献度は稼げないってわけだ」
マコの姿勢を見て、自身も協力することを決めたソフィアが横から口を挟んでくる。
「レベルも玉石混交だけど、低レベル狩りで貢献度は稼げる?」
「んにゃ。レベル差が開けば開くほど獲得できる貢献度が下がっちまう。最低値は1ポイントな。逆に自分よりレベルが高けりゃ手に入る貢献度は上がっていくぞ。俺の知る限りだと……大体20レベル差で1000ポイントかね。ちなみに同じレベルのプレイヤーを倒せば100ポイント入るぞ」
獲得できるポイントを聞き、頭の中で計算し、マコはぼそぼそと呟く。
「……自分と同じレベルのプレイヤーなら千人倒せばいいのね……? 一週間あれば、そのくらいは……」
一日に150人ほどプレイヤーを倒せれば、実現可能な数字だ。……一日のノルマが現実的ではないのを除けば、であるが。いまだ学生の身分であるリュージたちに使える時間は日に平均四時間。一時間の内に30人以上のプレイヤーを撃破しなければならないのだ。
やや絶望的な数字を前に、リュージはさらに絶望的なルールを口にした。
「ちなみに、一度倒された場合は自分のレベル×10ポイントの貢献度を支払う必要があるので注意」
「え……? それって、日は跨がないよね……?」
コータが希望に縋るような口調で問う。
対人戦で倒されない自信などない。だと言うのに、現状復帰のために200ポイント強支払わないといけないのは厳しいのだ。
だが、リュージは首を振ってコータの希望を打ち砕く。
「んにゃ、跨ぐよ。一回倒されると復帰にレベル×10だ」
「そんな……」
「今のあたしらだと、一回倒れる間に三人のプレイヤーを撃破しないと駄目ってこと……? でも、それだけやっても稼げる貢献度はスズメの涙……」
絶望的とさえ言える状況を前にマコはうつろな眼差しでぶつぶつと呟き。
それから、顔を上げる。その瞳に、強い光を宿しながら。
「……つまり、このイベントはいかに大物食いをスムーズに出来るかで効率が変わるって事でいいの?」
「そういうことだな。ギルドの勢力割り振りがランダムなのもあって、結構運に左右されるイベントだ」
このイベントの本質を見抜いたマコに惜しみない賞賛の拍手を送りながら、リュージは笑う。
「けど、それだけで諦めちゃ面白くねぇ。やってやろうじゃんか、十万ポイント」
獰猛な獣を思わせるその笑みを浮かべたリュージは、今後のための準備について語り始めた。
サンシター「どこでもキッチンは便利そうでありますが……まあ、無理を言ってはならんでありますよな。自分は年長者。わがままを秘めるのは慣れているでありますよ、うん」