log71.勢力対抗紅白戦
四聖団による属性スキルの実演を目の当たりにして、一週間ほど。
メインクエストのクリアのための情報を集めるべく、モンスター討伐よりも四方の街々をめぐることを優先したためレベリングは遅々としたものとなってしまったが、それでも異界探検隊の一名を除く全員がレベル25を上回る程度にはレベルは上がっていた。
その約一名のレベルもあと1でギア取得と言うところまで迫っており、コータは安堵の笑みを浮かべると共に、戦闘以外の経験値取得の効率の悪さに戦々恐々となっていた。
「低レベル帯って、割とすいすい上がるイメージがあるんだけど……サンシターさん、本当にレベル上がりませんね」
ミッドガルドに居を構えている異界探検隊のギルドハウスで、女性陣の到着を待ちながら呟いたコータの一言に、リュージが答える
「まあ、このゲームが謳ってる“戦闘以外でも経験値が入ります!”っていうのも、それだけで成長させられるって意味じゃなくて、戦闘に飽きたレベル50オーバー時点でもやることがあります、って意味だしなぁ」
軽く痛んだバスタードソードに、市販品の修理道具をあてがいながら、リュージは一つため息をつく。
「そのくらいになると、大体スキル構成も完成されてSPもあまり始めるから、戦闘以外のスキルにSP振っていけば、それなりに経験値得られるようになるからな」
「自分も、あと1レベルで料理スキルがMAXになるであります。戦闘関連のスキルに比べて、料理なんかはかなりSPの消費効率が良いでありますな」
「へぇー……。でもそれって、本当に効率が良いって言っていいんですか?」
「………」
コータの素朴な疑問に、サンシターが気まずそうに視線を逸らす。
まあ、本来はまず戦闘用のスキルにポイントを振るべきだろう。序盤も序盤、最序盤のうちに戦闘以外に関わるスキルに手を出すべきではない。それはもはや趣味ではなく無謀と言うのだ。
おかげで初めて一年経とうかというサンシターのレベルはいまだ9。その経験値効率は、論ずる必要もない。
割と辛辣なコータの意見に凹むサンシターの背中を叩いてやりながら、リュージは戦闘以外のスキルにポイントを振る利点を上げる。
「まあ、本来は経験値目当てで取るようなもんじゃねぇからな。武器防具の修理代や、戦闘に使うアイテム代なんかは、NPC頼みのままだとレベルが上がるたびに上がっていくからな。特にレベル50を超えたあたりから、サブクエストとかで手に入る報酬よりも1戦闘でかかる費用のほうが高くなる場合もあるんだよな。なんで個人での入手はする必要はねぇが、ギルド単位で見た場合は必須とも言える。例えソロでも、懇意にしているギルドの連中に頼むとかしたほうが無駄な費用を抑えられるのさ」
「そういうところは世知辛いね……。解決方法があるだけましかもしれないけど」
割と切ないイノセント・ワールドの支出事情を聞き、コータの顔も暗くなる。
まあ、今のうちはそこまで真剣になる必要もないだろう。今はとりあえず強くなることを考えればよい。
「で、コータはどの属性にするか決めたか?」
「うーん、実はまだ……。風辺りがいいのかな? とは思うんだけど」
「コータなら火でもいいと思うけどな。わかりやすく火力が上がるし」
「コータ君なら、土や水でもうまく立ち回れるのでは? 双方の属性そのものは火力に秀でてはいませぬが、その後の副属性がかなり強力でありますし」
「あー、そうだなぁ。でも副属性まで念頭に入れちまうと余計に――」
「すまない! 待たせてしまったな」
コータの属性に関する話をしていると、ソフィアたちがギルドハウスへと入ってくる。
所用で遅れたことを詫びつつ、レミとマコも定位置へと腰掛けた。
「ごめんね三人とも、遅れちゃって……」
「大丈夫だよ、レミちゃん」
「女には色々準備がいるのよ」
「その釈明、いるでありますか?」
「割と容赦ないね、サンシター」
スバリと言い切るサンシターの言葉に苦笑するリュージであったが、いわれたマコの手の中にある一枚のチラシに首をかしげた。
「ん? どうしたそれ?」
「ログインして歩いてたら、なんかNPCに手渡された。あんたたちは違うの?」
「俺たちには特には……NPCがビラ撒きってーと」
リュージはマコからビラを受け取り、納得したように頷いた。
「ああ、やっぱ次のマンスリの広告か。もうそんな時期なんだなー」
「受け取ってビビッたけど、このゲーム公式の掲示板とかないわけ……?」
「あるけど、ゲーム内じゃこういうビラ方式だな。世界観的に言えば、イベントの広報やってんのはフェンリルとか各町の行政だし」
リュージは呟きながら、ビラの内容に目を通す。
「“勢力対抗紅白戦”……あー、このイベントね」
「なんかめでたげなイベントだけど、具体的になにするのよ、それ」
「ビラによると、ギルド単位で二つの勢力に分かれて戦う、というようなことが書かれているが」
レミがサンシターとコータにもビラを配るのを待ってから、リュージは今度起こるイベントの説明を始めた。
「まあ、概ねビラに書かれてる通りだよ。紅白って書かれてる通り、ギルドごとに赤組と白組に別れて、それぞれの勢力ごとの総取得ポイント量を競い合うってゲーム。世界観設定的には……フェンリルに所属するギルドの錬度を上げるためのイベントだったかね。お互いの敵対勢力を仮想的に見立てて」
「……今更だけどこの世界のフェンリルってどういう組織なのよ。チュートリアル全飛ばしだから、そういうのあんまり知らないわよ? 説明もないままにメインクエストも始まったし」
マコの今更と言えば今更の疑問。異界探検隊のチュートリアルはジャッキーが担当してくれたため、運営が用意したクエストは通過していない。本来はそこでゲームの世界観に触れ、設定に関する説明も受けるべきなのだが、まあ、そんなものなくても順調に遊べるのがMMOと言うものだ。今までも特に気にする必要のある場面もなかったわけで。
そんな、マコのどうでもよさそうな疑問を受け、リュージは記憶の底を掘り起こしながら回答を述べる。
「一応、えーっと対魔王組織? 魔王が原因とされる様々な問題に対して積極的に対策と対応を行う組織だよ。母体になってんのはこの世界の主教であるユグドラル教を取り扱う教会連中だったかね」
「ああ、司祭長様がフェンリルの偉い人なのはそういうわけなんだ」
コータが納得したように頷く。今更ではあるが、疑問が一つ解消されてスッとした表情である。
「まあ、その辺の設定は気にしなくても大丈夫だわ。あんまゲームプレイに関係ないし。ともあれ、魔王のせいで色々困ったことになったから何とかせにゃと立ち上がったのがフェンリル、ってわけだ。ただ、教会だけじゃ戦力が足りず、一般人の中からより優れた力を持つ者たちを選出しするようになった。教会の代わりに世界を探索し、魔王をどうにかする方法を探す者……探索者。それがプレイヤーなわけだ」
リュージはフェンリルの設定を語り終えると、話を元に戻す。
「……で。そんなフェンリルが、対魔王戦に備えて、シーカーたちの錬度を高めるべく立ち上がるイベントのひとつが、今回の紅白戦だ。プレイヤー同士の対人戦の一つだが、今回はマンハントの趣が強い」
「マンハント……なの?」
人狩りという言葉の重さに、レミが怯えたような声を上げる。
弱小とはいえギルドに所属する身分では、今回のイベントを無視することは難しい。であれば、当然自身も狩りの対象になりえるのだ。
そんなレミの怯えた様子を見て、リュージが軽く否定を入れる。
「ああ、つっても大丈夫だよ。日ごとに変わる専用のバトルエリア内で、互いの陣営の敵をどれだけ倒せるかを競うゲームだ。やりたくなきゃ、そのエリアに近づかなきゃいい」
「あら。そういう風に聞くとサバゲーに近いわね」
リュージの説明を聞き、サバゲが趣味のマコが瞳を輝かせる。
彼女に向かって首肯を返し、リュージは先を続けた。
「獲物は銃だけじゃねぇけどな。敵対陣営のプレイヤーを倒すとポイントを取得して、倒されたあとにバトルエリアに戻るにはポイントを支払う必要があるってのがルールだから、マコなら馴染みやすいだろうな」
「……参加する資格はギルドに所属していることか? 参加した場合の、メリットなどは?」
端的に問いかけてくるソフィア。ビラを真剣に見つめているところを見るに、今回のイベントに興味があるのだろうか。
「参加資格はイノセント・ワールドをプレイしていること。これは全てのイベントに共通してるな」
「そうなると、イベントに参加しなくても、何らかの参加賞的なアイテムはもらえるのかしら?」
「んにゃ。イベントの配布アイテムを手に入れる資格は“1ポイントでも貢献度を稼ぐ”ことだよ。つまり、一人でもいいから他の参加プレイヤーを倒すことが条件だ。アイテム自体はギルド単位で配布されっから、自分で倒さなくても手に入るって意味じゃマコの言うとおりけどな」
「じゃあ、ソロプレイヤーはアイテムが手に入らないのかな?」
「ソロプレイヤーの場合は参加方法が二つあってな。このイベントの時期だけ客員としてギルドに所属するのがひとつ。あともうひとつは、どっちのギルドが勝つのか手持ちの資金をかける事。一度賭け金を払うと後は傍観者の立場になっちまうが、ベッドの締め切り時間が割りと遅いから、それまでは客員として一方に肩入れして、ギリギリまで貢献度稼いで一方を勝ちやすくするなんてこともできるぜ」
「……ソロプレイヤーでそれは難しかろう。仮にもギルド単位で構成された勢力戦を、一個人の力で支えたり覆したりは」
リュージの説明にやや呆れたような顔になりながらも、ソフィアは今度のイベントの概要を概ね飲み込む。
要するに点取り合戦なわけだ。参加も自由意志。アイテムが欲しければ参加すればいいし、そうでなければ余計なエリアに立ち寄らなければいい。
「まあ、ソロプレイヤーの話は置いておいて……勢力の勝敗によって得られる褒章と、稼いだ貢献度によってギルドごとに与えられる褒賞。さらに貢献度を消費することで得られるアイテムなんかもあるんで、結構な参加率を誇るイベントなんだぜ? 入手できるアイテムが、レアアイテムとかで構成されてるからな。ギルドにして見りゃ、稼ぎ時なわけだ」
「ソロプレイヤーには暇なイベントっぽいけどね……」
リュージの説明に、マコはやや悩むような表情でビラを見つめる。
ビラにはイベントによって得られる褒章に関してもかなり詳しく書かれている。
人によっては魅力的に感じるラインナップなのかもしれないが、ゲームを始めてばかりでは“星10レアの強化に!”といった褒章の謳い文句もあまり魅力的には感じない。
レベルもあまり高くなく、属性開放もまだ。となれば、対人戦の要素が強いこのイベントもスルー安定かもしれない。
「…………」
「? サンシター?」
そう考えていたマコであったが、ビラを食い入るように見つめるサンシターの姿が目に入った。
なお、竜斬兵のように、個人でも強大な戦力を持つソロプレイヤーはこういったイベントが開始される前になるとメールに圧殺されかれないほどの連絡が入るのだとか。