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log7.ワンランク下の素材を

 ジャッキーはプレイヤーが一番最初に降り立つ町……ミッドガルドのメインストリートから、少し外れた道を歩き始める。

 それを追うリュージたち一行は、街道の喧騒から離れ、静かになってゆく周囲の雰囲気に少しだけ肩を震わせた。


「道一本ずれるだけで、こうも静かになるものか……?」

「その辺はゲームだからかしら……?」

「いや。現実でもこんなものだ。人通りの集まる道を外れれば、まるで隔離されたかのような静寂が満ちていることは少なくない」


 一行の先頭を行くジャッキーは、迷うことなく道を進みながら静かに言葉を紡ぐ。


「音が消えたわけではない。消えるのは、人の意識だ。他人に見られているという感覚が消えるだけで、人間はその場を静謐な場であると勘違いするものだ」

「ふぇー……そうなんですか……?」

「学校でも図書室とかは妙に静かに感じるのと同じ様なもんじゃね?」

「ああ、なるほどねー……」


 ジャッキーの言葉に納得するように頷く一行。

 実体験を伴ったかのような彼の言葉には妙な説得力があり、すんなりその言葉に頷く事ができた。

 ……どのような経験を積めば、今の言葉に説得力を持たせられるのかはわからないが。

 コータはそんな彼の背中を見つめ、何の気なく問いかけようとした。


「……あの、ジャッキーさんって――」

「コータ」


 だが、問いかけの先が続くより早く、リュージの言葉と手が彼の体にかかる。

 短く、そして触れるだけであったがその一瞬に込められた力強さにコータは口を噤んでしまう。


「――ッ」

「ん? どうした?」

「いつ目的地に着くのかって気になってんだよ。やっぱり武器屋って男の子だよなー」

「ああ、そうか。すまない、もうすぐ着くからな」

「い、いえ」


 リュージの言葉に納得したように頷き、ジャッキーは少し足早に進み始める。

 その背中を追いかけながら、リュージはコータに短く注意を促す。


「リアルの話題はタブー。気になってもな」

「ご、ごめん……気を付ける」


 VRMMOのようなネットゲームにおいて、最も基本的な事。コータは一瞬、そのタブーを犯しかけた。

 それを察したリュージの洞察力に舌を巻きながら、コータは小さく謝罪する。

 彼らの後ろを歩く女子たちは、二人のやり取りを見てそれぞれに呟いた。


「そっか……気を付けないと……!」

「アンタも聞きかけたわよね、レミ……」

「……その半分でいいから、普段ももう少し……」


 ソフィアの呟きだけ若干意味が違ったのは、ご愛嬌だろう。

 何はともあれ、ジャッキーの案内に従って進んだ一行は路地裏に店を構える一軒の武器屋の前で足を止める。


「ここだ」

「ここが?」

「ああ。NPC商店だが、序盤にしては良い武器を置いてある店だ」


 イチモク装具店。そう記された看板が扉の傍にかかっているが、一見では見逃してしまいそうな簡素さだ。メインストリートの裏に店を構えているのもあいまって、この店の存在に気が付くプレイヤーは果たして何人いるのだろうか。


「ここが……ねぇ?」

「路地裏の秘店、というわけか……!」


 胡乱げな眼差しのマコに対して、ソフィアの瞳は期待に満ち満ちている。対照的な二人だ。

 コータもソフィアと似たような眼差しで店を見上げ、その隣のリュージはしたり顔で頷いてる。


「なるほど、ここかぁ」

「リュージ君も来た事あるんだ」

「いや、こんなとこに店があるなんて思わんかった」

「じゃあ何で頷いたの!?」


 リュージのボケに思わず叫ぶレミ。

 リュージはそんな彼女を放っておいて、ずいっと店の中に入っていってしまう。


「なにがあるのか楽しみー。やってますかー?」

「あ、こらリュージ!?」

「ちょ、いきなり!? ずるいよ!」


 いつものようにマイペースを貫くリュージを慌てて追うソフィアとコータ。

 取り残された三人は、顔を見合わせ一つため息をつく。


「ったく……遊園地に来たガキじゃないんだから、武器屋の入店で慌てるこたぁないでしょうが……」

「もー、コータ君ってば……こういうとこは、ホント子供っぽいんだから……」

「リュージも変わらんな……好いた相手の前では、おとなしくなるかとも考えたが……」

「あ、あいつそういうタイプじゃないわね。好きな子の前でかっこよく、じゃなくて好きな子を愛でて愛でて愛で倒したいっていつも言ってるし」

「そうか……まあ、こちらも彼の扱いに気を使わんでいいならそのほうがよいか」


 ジャッキーはそう言って、レミとマコを伴ってリュージたちの背中を追う。

 扉を開けて三人が中に入ると、さっそく適当な武器を試し振りしている三人の姿と、店の奥にあるレジカウンターで彼らをぼんやりと見つめる片目の青年の姿を見つけた。


「これが剣……!」

「本物のレイピア……思ってた以上に重たい……」

「んー? クレイモアにしちゃ軽いか?」


 リュージたちがそれぞれに握っている武器以外にも、種々様々な武器や防具が所狭しと店の中に並んでいる。

 店内の広さとしては、せいぜいがコンビに程度だろうか。商品の置き場に場所を取られそうな武器防具の店としてはとても広いとはいえない。

 だが、多様さにおいてはそこそこの物が見れそうだ、コータの握っている直刃の剣や、ソフィアのレイピア、リュージの握る大剣を初め、槍に弓矢、盾にクロスボウ、壁には鞭がかかっていたり、店の片隅には大槌が転がっていたりする。変わったところでは大きな刃を持ったブーメランまで存在する。面白い武器が見つかりそうだという期待は持てる。

 店の店主らしい片目の青年はしばらくリュージたちを眺めていたが、新しく入ってきたジャッキーに気が付き、眠たげな眼差しを少し見開いて驚きを表した。


「おぅあー。見知らぬ人らがきたと思ったら、君の紹介かジャッキー」

「ああ。すまんなイチモク。急に押しかけたりして」

「なんのー。普段暇だから、このくらいは平気だよー」


 頭の半分をターバンのようなもので包み、片目も完全にふさいでしまっている青年、イチモクはぼんやりとジャッキーに声をかけると、そのまま頬杖を突いてしまう。


「じゃー、なにを買うか決めたら声をかけてねー。持ち逃げは駄目だよー」

「分かっているさ。邪魔をするぞ」

「……客商売としちゃ、破滅的な態度ね……」


 客を前にして居眠りしそうな体勢に入ったイチモクを見て、マコは呆れてしまう。普通は客の世話を焼くくらいでなければ、店が務まらないだろうに。

 だがまあ、こんな人気のない路地裏に店を構えるくらいだ。こんなのでもそれなりの収入があるのかもしれない。……NPCが経営する店に収入がいるのか?という問題はさておき。


「……さて。勝手に賑わっているが、使いたい武器は決まったのかな?」

「あ!? すみません、ジャッキーさん! つい、興奮して……」

「あ、ああ、申し訳ない。思ったより、気が急いてしまうな……」

「これも微妙に違う感じが。ジャッキーさんや、この店、一体どういう店なん?」


 興奮しきりな自分たちを恥じるコータとソフィアに代わり、相変わらず大剣の振り心地を確かめているリュージ。

 我が道突き進みっぱなしの彼の行動にため息をつきつつ、ジャッキーはこの店の簡単な概要を語り始める。


「この店はイチモク装具店。見ての通り武具を取り扱う店だが、ラインナップが少々特殊でね。劣鋼と呼ばれる素材の武具をメインに取り扱っているんだ」

「あ、劣鋼装備の店? 通りで普通の武器となんか違うわけだわ」

「……劣鋼?」

「劣る鋼と書き、名の通り通常の鋼素材と比べて若干性能の低い武具が作れる素材だ。いわゆる劣化装備の一つであるため通常のルートでは手に入りにくい一品でもあるな」

「……話だけ聞くと、普通は使用しない装備のように聞こえるのだが……」


 ジャッキーの話を聞いて、少しだけがっかりしたように手元のレイピアを見下ろすソフィア。

 まあ、今自分が手にしているものが普通の鋼素材で作られたレイピアより弱いといわれれば、がっかりもするだろう。

 しかしジャッキーはそんなソフィアの様子に落胆することなく、むしろ微笑みさえ浮かべながら説明を続けた。そう、出来の悪い教え子に懇切丁寧に勉強を教える教師のように。


「この店を紹介した理由は、むしろ劣化装備が手に入るからでね。現状、君たちが装備できる“重さ”の素材だと、一番強力なのは劣鋼装備なのさ」

「重さ……? 装備重量のことだろうか?」

「んにゃ、“重さ”だよ、ソフィたん。このゲームじゃ、装備重量と“重さ”は似て非なるものなのさ」


 あれこれといろんな形や長さの大剣を振り回し、ようやく気に入った一振りを見つけたらしいリュージが、大剣を肩に担ぎながらジャッキーの解説に参加し始める。

 刃渡り一メートル前後の直剣を眺めながら、コータは首をかしげた。


「……? どういうことさ、リュージ」

「装備重量はそのまんまの意味だけど、“重さ”はプレイヤーが現時点で装備できる素材の質のことなのさ」

「このゲームにおいて武器の威力は使用された素材と武器の種類によって決まる。同じ素材を用いても、ナイフと斧では敵に叩き付けたときの威力は変わってくるだろう?」

「まあ、当然だな。使い手と攻撃部位次第ではあると思うが」

「うむ。だが、単純に装備重量だけでプレイヤーの持てる武器が決まってしまうと、最もレア度の高い素材で作った武器を持っていれば最初から無敵状態でゲームが始まってしまうだろう? そうした、ある意味でのズルを防ぐためのシステムが装備の“重さ”システムなんだ」


 ジャッキーはおもむろに、インベントリから一本のレイピアを取り出した。

 今ソフィアが握っているものと、見た目はほとんど同じものだ。


「言うよりは体験したほうが早いだろう。ソフィア君。ためしにこのレイピアを試着してみてくれないか?」

「いいのか? というかトレードとかしなくていいのか?」

「問題ないよ。一定の等級以上のアイテムでなければ、トレードを介さず受け渡しが可能なのでな」

「そうか。では……」


 ジャッキーの言葉にソフィアは一つ頷き、彼の手からレイピアを受け取る。

 そしてそのまま軽く素振りをしてみると。


「っ!? お、もっ!?」


 ずしりと手にかかる重さに、彼女は思わずレイピアを手放してしまう。

 ソフィアの手からこぼれたレイピアはそのまま店の床の上を転がる。

 カランと軽やかな音を立てたレイピアは、店の床を傷つけることなくころころと転がっている。

 マコはソフィアがレイピアを手放したのを見て、不可解そうに首をかしげた。


「? なにしてんのよ、ソフィア」

「い、いや、なにって……このレイピアが、重くて……?」


 問われたソフィアも不思議そうに首をかしげている。自身が感じた重量と、レイピアが落下した際の反応が一致しなくて不思議なのだろう。

 床の上を転がるレイピアは、どう見たところで思わず取り落としてしまうような重量には見えなかった。そんなに重いなら、もっと重量のある音が響くだろう。

 首をかしげたままソフィアは、もう一方の手に握っている劣鋼で出来たレイピアを軽く振ってみる。

 こちらは特に問題ない。むしろ軽すぎるくらいに感じる。

 首を傾げっぱなしのソフィアの反応に興味を引かれたのか、今度はレミが床に転がっているレイピアを持ち上げ、両手で持って一振りしてみる。


「った、きゃぁ!?」

「!? 危ない!」


 だがソフィアのようにレイピアの重みに負けるように前のめりに倒れこみ、握っていたレイピアも取り落としてしまう。

 倒れ掛かったレミの体はコータが支え、落下したレイピアはカランと床の上を何度か跳ねる。


「あ、ありがとう、コータ君……」

「どういたしまして。けど……」


 コータはレミを立たせてやりながら、不審そうに床の上を転がるレイピアを見る。

 ただの鋼のレイピアにしか見えないが、二人の反応を見るにかなりの重量があるはずなのだが……。

 一連の流れを見ていたジャッキーは、おかしそうに笑いながらその場にいる全員に次の指示を出す。


「フフ……じゃあ、種明かしといこう。床に落ちているレイピアのステータスを確認してみてくれ。やり方は注視で確認できるアイテムの名前を呼んで、ステータスと言えばいい」

「まだるっこしいわね……レイピア・ステータス」


 めんどくさそうに呟きながら、マコがさっそくレイピアのステータスを確認してみる。

 マコの視界の中に、レイピアのステータス一覧がふわっと現れ、攻撃力や耐久力と言ったステータスの中に、先ほどの話に上がった“重さ”と言うステータスがあるのを発見した。

 ステータス表示によると、レイピアの“重さ”は鋼素材となっており、装備可能レベルは10Lv以降となっていた。


「……これが“重さ”? 早い話が、装備可能レベルの表示ってことじゃない」

「まあそうだな。いわゆるロールプレイのためのステータスだよ」


 ジャッキーはレイピアを拾ってしまいながら、軽く苦笑する。


「だが、装備の出来る出来ないがステータス表示を見なくともわかるのは助かるだろう? 装備するには重過ぎるわけなのだからな」

「まあ、確かに……」

「面白いシステムですね……。レベルが上がって成長すると、今までもてない装備も持てるようになるわけだ」


 コータの瞳に輝きが宿る。


「今は劣鋼だけど……成長して立派な鋼装備を持てるようになればいいんだ!」

「そういうことだ。そうしてよい素材の武器を持つことをモチベーションにするプレイヤーもいる。そういう意味でも、ロールプレイのためのシステムといえるだろうな」

「なるほど……。そう考えれば、この劣鋼装備も悪くはない……かもしれないな」


 ソフィアは納得したように頷きつつ、劣鋼のレイピアを撫でる。

 先ほど軽く振ったときよりも、しっくりと手に馴染む……ような気がした。




なお、鋼素材は10Lvからカンストまで現役で使い続けられる極めて息の長い素材である模様(愛は必要)。

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