log69.地水を越えて、激突す
リュージは前を見据えたままバスタードソードを振り上げ、地面に突き立てるように振り下ろす。
そしてドンッ!と地面を踏みしめる音がしたかと思った瞬間、リュージの姿が一気に前に出る。地面に突き立てたバスタードソードと両足を使い、短距離を一気に移動したとでも言うのだろうか。
破裂する爆炎を置き去りにし、姿を霞ませながら僅かに前進するリュージ。剣を振るい、瞬きの間に確実に進むその姿は、どこか居合剣術にも似た鋭さが見え隠れする。
「ふぇ!?」
ラッパ銃射撃を止めぬままに、リアっちは急接近するリュージの姿に慄く。
射撃の勢いは決して止まぬが、リュージの全身も全く止まらない。
大地を踏みしめる音がするたび、リュージは確実にリアっちの元へと近づいてゆく。
その勢いは、不自然と言える移動法を用いていながらもまるで無人の野を行くがごとく。瞬き二回の間に、リュージは既にリアっちを攻撃圏内に納めてしまっている。
「う、うわぁぁぁぁ!?」
焦ったリアっちは、ほとんど目の前に現れたリュージに狙いを定め、ラッパ銃の引き金を引く。
だが、その焦りこそ思う壺と言わんばかりにリュージは射線から消えうせ、一瞬でリアっちの背後まで跳び上がり。
「それはさせませんよっ!」
「っと!」
「マル太!?」
着地の瞬間を狙い済ました、マル太の拳でリアっちへの攻撃を中断させられてしまう。
硬く握り締めた拳を鋭く突き入れるボクシングスタイル。手数で攻めてくるマル太の攻撃に対処せざるをえなくなったリュージは舌打ちをしながらバスタードソードを盾代わりに使う。
「リアっち、引いてください!」
「うぅ~! 戦略的撤退!」
悔しげに唸りながらも、リアっちは素直に戦線を離脱する。
ドラム缶の少女が引いたのを確認したマル太は一足飛びに飛び退き、リュージから距離をとる。
距離が空いた隙にバスタードソードを構えなおすリュージ。彼が次の行動に出る前に、マル太は拳を握り締めて大きく振るう。
「シッ!!」
――リュージに向けてではなく、足元に向かい、勢い良く。
マル太の拳が地面に触れ、容赦なく砕いた瞬間彼を中心とした十メートル半径の地面が勢い良く縦揺れを起こした。
「っだぁ!?」
激しい地震の直撃を受け、リュージは体勢を崩す。素早くバスタードソードを地面に突き立てて倒れこまないようにしたのはとっさのことであったが。
「そこ、頂きましたよ……!」
拳を固めたマル太の前では、迂闊と言わざるをえなかった。
引いた拳を槍の様に構えたマル太は、地面が揺れているのもお構いなしに大地を蹴って加速する。
彼の踏み込みで地面は隆起し、その勢いすら利用してマル太は轟音と共にリュージへと突き進む。
「クエイク・パイル・ドライバァァァ!!!」
「っ!」
大地の揺れの収まらない間の強襲。リュージは表情を険しくし、マル太の顔を見据えるが。
彼がナニカするより早く、彼の拳がリュージの顔面へと繰り出された。
「――見ての通り、マル太の奴が地属性。一般的にゃ自己強化を得意とするバフスキル揃いと認識されてるけど、その爆発力は火属性にも劣らない」
「今、地震を起こしたよね……!?」
まっすぐ後ろに吹き飛ぶリュージを見て顔を青くしながらも、コータは目の前で起きた出来事に驚嘆する。
マル太の拳の一閃が大地を揺らしたのだ。ごく限られた範囲、短時間であったとしても。
魔法ではなく、プレイヤーの拳が地震を起こしたのだ。
「ああ。地属性スキルのアースクエイク。この世界じゃ、ただ地面を揺らすだけだけど、見ての通りワンアクションで敵の足止めが出来るから、インファイトでうまく使われるとおっかないスキルだよ」
「あれで足止めして一気にとどめ……えぐいわね」
マコはマル太の容赦のなさに辟易しながらも、リュージを見て嘆息する。
「……まあ、リュージもやっぱ大概だけどね」
彼女の視線の先では、リュージがあっさり飛び起きているところであった。
「あれをかわすんですか……!?」
「狙い自体は見え見えだったんでな!」
マル太の言葉に、リュージは大上段から言い放つ。
確実に捉えたと考えていたマル太は動揺するが、素早く拳を引き体勢を立て直そうとする。
だが、それよりもリュージの方が素早く動く。
素早く腕を一閃。手の中のバスタードソードをマル太に向かって投げつけたのだ。
「シッ!」
「っ!?」
大地に対し水平に、鋭い切っ先をマル太に向けて。
重量級の武器であるバスタードソードとは思えぬ速度で投擲されたその一撃を、マル太は反射的に拳で受け流す。
刃に対し直角に、剣の腹を打つようなショートアッパー。
リュージの放った一撃を何とか回避することが出来たマル太であったが、自身の失策を即座に悟る。
バスタードソードを投げつけたリュージの姿は既に先ほどの場所にはなく、弾かれた剣を追う様な形ですでに跳び上がっていたのだ。
接近するタイミングと攻撃後の隙。その両方を同時に狙われてしまった。
反射的に身をかがめようとするマル太であるが、バスタードソードを手にしたリュージにはいささかその動きは遅すぎる。
「どきな、マル太!」
しかしリュージの手の中にバスタードソードは返らない。中空で手に取ろうとした瞬間、鋭い水の音と共にバスタードソードがあらぬ方向へと弾かれる。
ラミ子の放った水滴が、リュージのバスタードソードを弾き飛ばしたのだ。
「次はあたしが相手してやろう!」
「後を頼みます……!」
口惜しそうなマル太に変わり、手の中に水球を生み出しながらラミ子はリュージに狙いを定める。
マルタを蹴りで牽制しながら着地したリュージは、素早く視線を巡らせバスタードソードが落ちた場所を確認する。
位置としては、ラミ子のちょうど正反対の場所。距離はさほど離れているわけではないが、ラミ子に対して背中を向けなければならないのは致命的か。
「フフン? さて、どうするかねぇ?」
「どうしようもないかね?」
得意げなラミ子にリュージは小さく苦笑してみせ。
「どうしようもないから、こうするかね」
軽く呟きながら、後ろを向いたまま走り始める。
ラミ子のほうに視線を向けたまま、地面に突き立ったバスタードソードに向かって走り出すリュージ。滑稽とも言える彼の姿を見て、ラミ子は大きな笑い声を上げる。
「あっはっはっ! 相変わらずアホだね、アンタ!」
さらに無数の水球を生み出しながら、ラミ子は手を振るい水球をリュージに向かって飛ばす。
「けど、そういうアホは好きだよ!」
風を切る音を上げながら放たれた水球は、あっという間にリュージに追いつく。
リュージは自身を捕らえて動く水球を横っ飛びに回避する。リュージに当たり損ねた水球は地面に叩きつけられ……地面に穴を開ける。
破片すら残らず、音を立てて穴の開いた地面に足を取られないように跳びながら、リュージは後ろに向かって前進を続ける。
「相変わらず鬼のような威力だなぁ、おい……!」
「これだけが取り柄でねぇ。そぉれ!!」
ラミ子は一声吼え、マシンガンかなにかのように水球を猛連射する。
横向きに降る雨のように迫る水球の連打を前に、リュージは反復横跳びのような動きで回避することしか出来ないでいた。
「……水って、もうちょっと後方支援なイメージがあったんだけど?」
「そうかい? 津波に豪雨……十分に暴力的なイメージはあるだろう?」
遠距離から一方的にリュージを圧殺せんとするラミ子の姿に唖然となるマコ。自身が目指す属性の力の一端に、呑まれてしまっているようだ。
「もちろん、水属性の本来のテリトリーは味方へのバフや敵へのデバフさ。けれど、物理演算が限りなく現実に近いこの世界じゃ、水そのものが凶悪な凶器にもなる。水の性質を知り尽くしたプレイヤーの水属性はウォーターギアなんて言われるほどさ」
もちろんウォーターギアというのは冗談だろうが、それでも水という物質の凶悪さというものを、目の前の光景を見ていると意識せずに入られない。
地面に容易く穴を開け、マル太が掘り起こした地面の一部を容易く貫通する。
人体程度、障子を破るように容易く引き裂くであろう水の威力。それを存分に発揮してみせるラミ子の実力。どちらも末恐ろしいものを感じるに十分であった。
しかし。
「……だが」
「……まあ、言いたいことはわかるよ」
ポツリと呟くソフィアに同意するように、カレンは一つ頷く。
「それでも、リュウの奴は捕らえられないんだよねぇ」
雨のように放たれる水球の連打。岩すら貫通する速度で放たれる水球の群れ。
常人であれば瞬く間に蜂の巣になるであろうそれを前にしても、以前リュージは動き続けている。
動き続け、そして気が付けばバスタードソードを手に取れる位置まで移動しているのだ。
「どんな運動神経してんだいあんたは!?」
「これ一つで、名門校の推薦、奪ったんだ! 数少ない自慢の一つよぉ!!」
リュージは叫び、もう一度横に飛ぶ。
その瞬間、彼の背後に突き立っていたバスタードソードの姿が消え、気がついたときには彼の手の中でくるりと一回りしている。
「チッ!」
ラミ子の舌打ちと共に、彼女の頭上に巨大な水球が現れる。
「ウォーター・ビームッ!!」
短い詠唱と共に、巨大な水球から一条の水が放たれる。
亜音速に到達する速度で放たれた水は、地面に深い溝を掘りながらリュージの元へと向かう。
それに対し、リュージは慌てることなく地面を蹴り。
「ほっ!」
「んなぁ!?」
なんとラミ子の放ったウォーター・ビームの上を走って彼女へと迫る。
水の上を走るには足が沈む前に次の足を踏み出す……などと妄言が囁かれた時代もあったものだが、リュージがやっているのはある意味それの応用。高速で射出され岩すら貫通するに至った高圧水流は……ジャンプの足場にするには過不足ないだけの硬度を持っているということだ。
「常識外れにもほどが――!?」
一度発動したウォーター・ビームは、一定時間が経たねば消えることはなく、その間術者も動けないと言う弱点を持つ。
リュージはあっという間にラミ子の頭上を取り、そのまま大上段から斬りかかろうとする。
「させるかぁ!!」
「っ!」
だが、ヴァル助が竜巻のように回転しながらリュージに突撃してくる。
いや、竜巻のようにではない。竜巻を纏った状態で、突っ込んできたのだ。
「オオオォォォォ!!」
「っとぉ!?」
触れればミンチになりそうな勢いのヴァル助の攻撃を、リュージはバスタードソードでいなす。
高圧水流の足場を蹴り、己の体をヴァル助の回転方向にあわせて回し、バスタードソードで剣閃を弾く。
そのまま勢い良く地面に向かって弾き飛ばされてしまうリュージであったが、何とか体勢を整え、地面に着地する。
だが、その瞬間を狙い、マル太が仕掛ける。
「チェイン・アーム!」
「を?」
マル太の叫びと共に、彼の腕の肘から先が、勢い良く伸びた。
一本の鎖に繋がれたマル太の腕がリュージに迫り、その体を掴もうとする。
だがリュージはそれをバスタードソードで弾くことなく、上体を逸らして回避する。
頭の傍を掠めるマル太の腕。その瞬間、リュージの耳に届いたのは紫電が虚空を弾く音。
「届きませんか……!」
「届いたら感電死じゃねぇか!!」
大慌てでマル太の腕の射線上から逃れるリュージ。
それを待っていたと言わんばかりに、今度はリアっちが叫ぶ。
「とっておき二号だ! もってけぇー!」
彼女の叫びに答えるように、垂直発射されるミサイル。
そのまま天上を目指すように飛翔したミサイルは、リュージの真上で炸裂し巨大な火の玉と化す。
太陽さながらの火の玉はそのままリュージを目指して落下してきた。
「避けたらお嬢たちにも攻撃が届くぞー! いいのかなー!?」
「いじめかなーこれ!? いじめだなーこれ!!」
決闘場内でよりよく見学できるようにと、ソフィアたちも決闘宣言しているのを逆手に取られた。巨大な火の塊が炸裂した時、彼女たちにも被害が出るといわれてリュージがバスタードソードを握り締める。
己の頭上から降り注いだ炎塊に向かい、リュージは勢い良くスキルを放った。
「パワースラッシュァァァァァァァ!!!!」
全力をとしたリュージの一撃を受け、巨大な太陽が真っ二つに裂ける。
同時に吹き上がる爆炎。一瞬、リュージの姿は真っ赤な炎の中へと消えていった。
「当たった……」
「というか、当てられた感じだね。リアっちの奴、卑怯な真似を……」
炎の中に呑まれたリュージを見て、カレンが苛立たしげに舌打ちする。
さすがに先ほどのリアっちの言葉は卑怯の謗りを免れまい。的にするといったのはリュージ一人であり、ソフィアたちは含まれていない。こちらを人質のように扱うのは、マナー違反だろう。
向こうもその自覚はあるのか、ラミ子とマル太の二人が、バシバシとリアっちの頭を容赦なく引っ叩いている。
それで溜飲が下がるわけではないが、ひとまずよしとしてカレンは大きく息を吐き出す。
「ハァー……。まあ、一通り説明は終わったし、いいっちゃいいけどね」
「いや、よくはないよ。これはちょっとどうかと思うし……」
リアっちの行動に、コータも眉根を潜めている。腰に佩いた長剣に手をかけ今にも飛び出していきそうだ。
レミが服の裾を引いてそれを押し留めているが、向こうの出方次第では彼女も飛び出しかねない顔をしている。
「本当、信じられない……リュージ君も、私たちにかまわないでよかったのに」
「余波はたいしたことないでしょ。けど、あいつは絶対避けなかったわね」
マコは冷静に呟きながら、呆れのため息をつく。
「ソフィアがここにいる以上、アイツに撤退の二字はないでしょ。ソフィアに降りかかる火の粉を、あいつは許さないだろうし」
「……それに、それだけの実力はある」
静かに呟きながら、ソフィアは一点を見つめている。
リュージが呑まれて消えた、炎の中を。
カレンも同じ場所を見つめながら、ソフィアの言葉に頷いた。
「ああ、そうだね。アイツにはそれだけの力があるよ。何しろ、レベル20の時点で「力試し」とか言って、決闘位階に挑戦し、レベル40差を覆して見せたことがあるんだからね」
カレンの言葉を証明するように、炎の中からリュージが現れる。
レベル60オーバーの火属性スキルを受けてなお、まだ立つ男は手にした大剣を振るい、肩で息をしながらもヴァル助たちをまっすぐに見据えてみせた。
「っはー……っはー……はぁー……! っしゃ、続きと行こうじゃねぇか」
「……お前が言うなら続行しようと思うが、我々の負けでもよいのだぞ?」
リュージに向かい、ヴァル助は申し訳なさそうに呟く。
「お前に手加減はいらんだろう、などとは言ったが先ほどのリアラはいささかやりすぎた」
「あんたはホントに」
「何故お嬢様を盾にしましたか」
「ごめんて!? ほんとごめんてー!!」
引っ叩かれ続けて声に半泣きが混じり始めたリアっち。ぐらぐら揺れるドラム缶が、今にも吹き飛んでしまいそうだ。
そんなリアっちの様子を見て軽く噴出しながら、リュージはヴァルトの問いに答えた。
「まあ、たまにはいいじゃん? こういうのもさ。昔を思い出すって言うか」
「………」
「それに、相手があんたたちで。向こうでソフィアが見てる」
リュージはヴァル助たちを見て、ソフィアのほうに視線を送る。
まっすぐにこちらを見つめているソフィアの眼差しは真剣そのもの。リュージの姿を一心に見つめているのがわかった。
彼女の視線を受け止め、リュージは強気を笑みにのせ、はっきりと告げる。
「だったら見せたいじゃんかよ。たまにはさ。俺のかっこいいところって奴を!」
「……そうだな。お前も男だ」
リュージの言葉に小さく微笑み、ヴァルトは爪を構える。
「ならば見せてみろ! このヴァルトに、貴様の力を!!」
「おうともよ! いくぜぇぇぇぇぇぇ!!!」
リュージとヴァル助。両雄は武器を構えて、互いに地面を蹴り、交差する。
剣戟の音は絶え間なく、しばしの間、アルフヘイムの平原の中に響き渡り続けるのであった。
当時、名前もなかった竜斬兵の存在を世間に知らしめた決闘位階の下克上。それは竜斬兵の武勇伝の序章に過ぎないと言われている。