log64.メインクエスト「魔王に関する情報を得よ」
「ありがとうございます、異界探検隊の皆様……。これで、ゴブリンたちに討たれてしまった同胞たちの御霊も浮かばれるでしょう」
「いえ。この世界に籍を置く者の一端として当然のことをしたまでです。むしろ、失ってしまった皆様の同胞を救うことが出来なかったことが――」
その後、無事にホブゴブリンが率いる盗賊一団の討伐を終えた異界探検隊のメンバーは、クエストの完了を伝えるためにアルフヘイムの中でも一際大きな族長テントにやって来ていた。
アルフヘイムは広がる平原や森を住まいとするエルフたちが集う集落であり、立ち並ぶコテージやテントの中でも一際大きな、二階建てのテントが族長の構える住居であった。
今、異界探検隊の者たちは長テーブルを挟んでエルフの族長と対峙している。テーブルの上には、クエスト完了を示すためのアイテムである「血に汚れたエルフ騎士団の団旗」が置かれていた。
「今後も、アルフヘイムの方々にはお世話になるでしょう。そのときは、どうかよろしくお願いいたしますね」
「こちらこそ、多くのご厄介ご迷惑をおかけしてしまうでしょう。その見返りと言うわけではありませんが、お困りの際はぜひお力になりたいと思います」
その二階、族長の執務室兼応接室にてエルフの族長である女性とコータが話をしている。クエスト完了報告自体は、別に誰がしても構わないからだ。ロールプレイにのめりこみやすいコータが話をしたほうが、NPCとの会話にそつがないだろうという事情もある。
ギルドマスターとしてリュージがこのあたりの折衝をこなしてもよいが、中身をある程度知っているためどうしてもメタな視点で話をしてしまったり、面倒臭がって会話の途中を端折ったりしてしまう。そういうのはいかがなことかとコータが文句を言ったのが始まりだ。
「優秀なシーカーの皆様がまたおいでになったのは、アルフヘイムにとって良い事です。いつでもこのアルフヘイムへおいでくださいね」
「ええ、もちろんです」
エルフの族長が和やかに微笑みそういった瞬間、異界探検隊のメンバーの視界にメインクエストの完了とサブクエストの完了を示す表示が現れる。
サブクエストは、族長の依頼である「ゴブリンの盗賊団の壊滅」。そしてメインクエスト……いわゆるシナリオクエストのほうは「四方の町の長に邂逅せよ」である。
ギアを取得しシーカーとして認められたプレイヤーたちには、フェンリルを一端離れ、ミッドガルドを中心として四方に伸びる町々へと訪れるように指示が下される。
世界観的に考えれば、魔王の危機に晒されている若いシーカーたちにこの世界の現状を把握させるため。ゲームシステム的に言えば、四方向に存在する街のチュートリアルといったところか。
ニダベリルなら武器防具の強化成長。このアルフヘイムなら一般的な魔法の取得といった感じだろうか。そういった町の特色を“町の長に挨拶に行く”という形で紹介するためのクエストというわけだ。ギアを取得してからの十日間は、このちょっとした小旅行のようなクエストの完了のために奔走していた。
このアルフヘイムのように、モンスターの討伐だけならいいのだが、中には文字通りお使いのようなクエストを申し渡される時もある。ちょうど、ムスペルヘイムで邂逅したゾンビの町長がそのタイプのクエストを発行した。街中を駆けずりまわされるだけではなく、近くのダンジョンに落し物を拾いに行かされたときはさすがにマコが発狂しかけたものだ。
そんな面倒なサブクエストを絡めたメインクエストが完了すると同時に、新たなメインクエストの表示が現れる。
内容は「魔王に関する情報を得よ」。曖昧な目標だが、幸いに目の前にいるエルフの族長にクエストマーカーの表示がある。
コータはちらりと後ろに座っているリュージのほうへと視線を向ける。
リュージはコータの視線を受け、一つ頷いて見せた。
「―――時に族長。先に現れたゴブリンの盗賊団ですが……あれが、魔王に属する者たちということで相違ないのでしょうか?」
マンスリーイベントのような目立ったイベントがないうちに、シナリオを進めてしまおうと言うのはギルドメンバーの満場一致の意見。聞けるうちに話を聞いてしまいたい。
コータのそんな内心を知ってか知らずか、エルフの族長は少し考えるように俯いた。
「……いえ、どうなのでしょう。あれらが現れたのは確かに突然ですが……あれが魔王の眷属かと問われますと……」
「このたび犠牲になった騎士の方々は、ゴブリンの盗賊団の調査に出られたのでは?」
コータの隣に座っていたレミが、やや前に出ながら問いかける。
血塗られた騎士団の団旗を痛ましそうに見てから、族長は首を横に振る。
「いいえ……。彼らは森へと狩りに出た際にあれらに遭遇しましたので……。生き残った者も、逃げるのに必死であれらが何を言っていたとかも、申しておりませんでしたし」
「ゴブリンどもが現れたのが最近だと言うなら、それより前は? ここしばらくは、魔王の侵攻も大人しかったのかしら」
「え、ちょ、マコちゃん?」
無遠慮とも言える態度でマコが問いかける。相手がNPCだから遠慮する必要がないとでも言わんばかりだ。
マコの物言いに、レミが驚きの声を上げるが族長はさして気にした様子もなく、暗い表情で俯いた。
「……我らエルフも、以前はもっと広く居を構えておりました。今アルフヘイムがある場所は、大陸東側の入り口も入り口。以前であれば、東端の海が見える場所でも我々は暮らしていけたのですが……」
「それが魔王の侵攻でできなくなったと?」
「はい……。魔王の軍勢はどこからともなく現れると、無差別に我々を襲いました……。エルフも人も多く殺され、今では大陸の中心から少し離れた程度の場所に住居を追いやられてしまいました……」
「アルフヘイムは特に荒らされたっていうしな。エルフが魔法に通じてるせいかね」
ある程度先のシナリオまで知っているリュージの言葉に、族長は小さく頷く。
「かも、しれません。しかし何故、と思わずにはいられませんが……」
「単に魔法に通じてるっていうなら、ムスペルヘイムの連中もだっけ? あいつらの場合は錬金術?」
「どちらでもよいだろう。今考えるべきは、問題の根本たる魔王に如何にして辿りつくか、だ」
ソフィアがそう言い切ると、エルフの族長も同意するように頷いた。
「ええ、その通り……。しかし、魔王の眷属どもは神出鬼没。我々の魔法をもってしても、一体どこから現れるのか検討もつかないのが現状です……。お力になれず、申し訳ありません」
「いや。魔王軍の正体がつかめていない以上それは仕方のないことです」
そのまま頭を下げてくるエルフの族長にそう答え、ソフィアは少し考えるそぶりを見せる。
「……アルフヘイムに現れたゴブリンの一党が魔王の仕業かどうかもそうだが、他の町でも魔王の足跡を辿ってみるべきか」
「情報は数を集めるほど良いっていうし……そうすべきかもね」
エルフの族長との会話からは、これ以上情報が得られないかもしれない。そう察したコータは悩むように唸りながらも、エルフの族長に感謝するように頭を下げた。
「本日はお時間を割いていただき、ありがとうございました族長。僕たちも、先達のシーカーたちのように自分たちの足で魔王を探してみようと思います」
「ありがとうございます、皆様。この世界に生きる者として、皆様に感謝を。そして、この先の旅路に幸運が訪れますよう、お祈り申し上げます」
エルフの族長は柔和な笑みを浮かべ、祈るように手を組む。
それを見届け、異界探検隊はエルフの族長の執務室を後にする。メインクエストの表示はそのまま。やはり、あの程度の情報では「魔王に関する情報」を得たことにはならないのだろう。
族長のテントの外に出ながら、コータは小さなため息をついた。
「話には聞いてたけれど……メインクエストは本当にめんどくさいんだね……」
「イベントがない間の経験値稼ぎついでに消化するには退屈しないですむんだけどな。それでも効率は狩りに比べるべくもないし、最終的には誰もやらなくなるんだよなー」
コータに同意するように頷きながら、リュージは腕を組む。
「俺も久しぶりのメインだけど、確かこの段階で三ヶ月かかってたような気がするし、先は長いぞ」
「え……三ヶ月!? こっから三ヶ月もかかんの!?」
想像し得なかった情報を耳にして慄くマコに、したり顔で頷くリュージ。
「おう。まあ、サブやらキャラ育成やらやりながらだったからかもしれんが。それでも魔王に関する確定的な情報を得られたのは……正直偶然だった気がしてならない」
「それって、どうやって手に入れたの?」
「俺ん時は確か……たまたま見つけたサブクエストで入ったダンジョンの中の、ランダム階層の一つに魔王に関する情報が入ったデータチップみたいなもんを拾ったんだったか?」
「一体なによそれは」
ファンタジー世界でデータチップなんぞ手に入れてどうするのか。
そういわんばかりのマコの様子に、リュージはクルソルを手にしながら軽く答える。
「魔王の正体自体が、先史文明の生き残りだからなー。このクルソルだって、先史文明の残した遺産の一つだし、結構ハイテクチックな単語や道具がこの先も出てくるから気をつけろよ?」
「なにをどう気をつけるの……? それとサラッとネタばれやめてよ。そっちのほうに気をつけてよ」
さらりと魔王の正体を語るリュージに、コータは険しい表情になる。
シナリオの先を楽しみにしている人間にネタばれは、さすがにマナー違反だろう。リュージも素直に謝罪した。
「あ、わりぃ。このゲームプレイしてる人間の間じゃ、割と当たり前だったんでつい」
「……まあ、いっか。どうせメインクエストの攻略法とか探してると掲示板で行き着きそうだし」
そう言ってため息を一つつくコータ。やはり先に攻略している人間が数多く存在するVRMMOでは、ネタばれを回避したままゲームを楽しみ続けるのは難しいだろう。名前も知らないアカの他人の、そんな意図がない掲示板の書き込みを見てやるせない気分に陥るよりはマシと考えることにしよう。
気分を切り替え、コータは顔を上げてリュージに今後の方針を問いかける。
「それで、どうするの? 魔王の情報。確実に手に入る方法ってあったりするの?」
「どうだろうな? 特に真面目に攻略してたわけじゃねぇし……掲示板にいきゃ、すぐに手に入りそうだが」
「まあ、しばらくはいいだろう。先に言ったとおり、各町をめぐりながら、少しずつ情報を集めてみようじゃないか」
「そうねぇ。レベルもボツボツ上がっちゃいるし。属性開放までまったり頑張りつつ、次のマンスリーイベント待ちましょうかねぇ」
そんなことをだらりと話しながら、リュージたちはアルフヘイムの中を散策することとした。