log60.引き出す力
音圧を伴った咆哮を全身で受けながら、リュージはバスタードソードを背負いながら宙へと飛び上がる。
コカトリスはリュージを叩き落そうと鋭い嘴でその胴体を貫こうとするが、リュージは両手でその一撃を捌く。
いや、捌くと言うよりは……己の体の位置をずらした、と言うべきか。
まっすぐに突かれたコカトリスの嘴の真横に滑り込むように移動し、そのままコカトリスの体へと張り付く。
―ンギィ!?―
驚きと戸惑いの声を上げるコカトリス。体に張り付いたリュージを振り落とそうと、両手の翼を振り上げるが、それより早くリュージは目の前のふさふさの羽毛に手をかける。
「装飾品にゃ、ちとごわついてるか……ねっ!!」
そして適当に纏めて引っつかむと、遠慮無用とばかりに一気に引っこ抜く。
髪の毛を引き抜くかのごとく生々しく、痛々しい音が辺りに響き渡る。
コカトリスの硬直は数瞬。次の瞬間には、自らの羽根を引き抜かれた激痛にのたうち始めた。
―ンンンゴォォォギィィイアァァァァァァ!!!???―
もはや名状しがたいと形容すべき悲鳴を上げ、じたばたと後ろ足で地面を踏み砕き始める。頭上のHPが減ったところを見ると、羽を抜くのもダメージの内になるらしい。
リュージは引き抜いた羽を手にしたまま、コカトリスの攻撃範囲から逃れるように着地。傍に駆け寄ってきたレミが、リュージの手の中の羽を見て小首を傾げた。
「これって、アイテムの扱いになるの?」
「んにゃ。モンスターの一部だからオブジェクト系だな。手ぇ離したら消えちまうよ」
リュージの言うとおり、彼が適当にコカトリスの羽を放り出すと、濁った色をした羽は草原につく前に消滅してしまう。
「そうなんだ……残念だね」
「まあ、倒した後に手に入れるもんだしな。それより、回復はソフィアとコータによろしく」
「あ、うん!」
レミは一つ頷くと、杖を振り上げ、まずは一つ魔法を唱える。
「バリア!」
魔法によって生み出された光の幕はリュージを包み込み、しっかりと効果を発揮する。
それを見て一つ頷き、レミは魔法の解けているソフィアの姿を探す。
「次はソフィアちゃんだね」
「まだいける! 今はコータを見てやってくれ!」
リュージと同じように飛び上がりながら、レイピアを振るい何とかその肉を貫くチャンスを窺うソフィア。コカトリスの足元にもぐりこもうとしていたコータは、激しく上下する
じたばたと暴れもがくコカトリスの腕は激しく動き、とてもではないが一閃で貫けるような動きではない。
「手は駄目だし、胴体は遠い……!」
ソフィアは一つ舌打ちすると共に、下向けに振るわれた手羽の上に載り上に跳ね上げられるのに合わせて勢い良く飛び上がる。
「ならばこちらだぁ!!」
そのままコカトリスの頭上を取り、重力落下に任せてレイピアの刃をその脳天へと突き立てた。
「ダァァッ!!」
―アギィィィィィ!!??―
瞬間、折れかねないほどに歪むレイピア。脳天を貫く衝撃に、再び悶絶するコカトリス。
ソフィアのレイピアはコカトリスの頭骨を貫くには至らなかったが、確実にダメージを与えることには成功した。コカトリスのHPは、見ればわかるほどに削れてくれる。
コカトリスの頭を蹴ってその場から離脱するソフィアを見上げ、コータがレミのヒールを受けながら驚嘆の吐息を吐く。
「リュージも、ソフィアさんもすごいな……! 僕もあんな風に戦えるようになりたいよ……!」
「コータ君ならすぐだよ! 頑張って、バリア!」
回復と共に防御魔法を掛け、レミはコータの傍を離れる。
体を襲う痛みに再び暴れ始めるコカトリスを前に、コータは両手で剣を握り締め立ちはだかる。
「よし……!」
「ファイアボール!!」
コータが構えると同時に、チャージを終えたマコのファイアボールがコカトリスへと襲い掛かる。
大火球と化したファイアボールはまっすぐに進み、コカトリスは手羽でそれを払い落とそうとする。
だが接触した瞬間に炸裂したファイアボールは目も眩むような閃光と爆火を上げ、コカトリスの手羽を跡形もなく燃やし尽くしてしまう。
―オギィィィィ!!??―
「………!」
斬撃耐性を持つ羽が消えうせ、焼け焦げた鶏肉が露出する。
香ばしい香りも漂ってくるが、コータはそれに目もくれずに一気に駆け出す。
握り締めた剣を徐々に振り上げ、コカトリスと交差するタイミングで地面を蹴って飛び上がる。
―ピギィ!? ギィィィィ!!―
三度、自らに飛び掛らんとする人間の気配を察し、コカトリスは羽毛を失った手羽をさながら拳のように握り固め、コータに向かって解き放つ。
まっすぐに己めがけて飛来する手羽拳を前に、コータは振り上げた剣を一気に振り下ろす。
「エエェェェイィィィィィィ!!!」
まっすぐに振るわれた一撃は、剣道で言う面を狙った一撃。コータにとっては、最も馴染みのある、必殺と言える一発。
裂帛の気合は剣閃にのり、コカトリスの手羽拳を斬り裂いた。
―ホギィィィィィ!!??―
ボトリと音を立てて、拳の一片が地面に落ちる。同時に減少するコカトリスのHP。ファイアボールの先制攻撃があったことを差し引いても、目に見えるほどの量がなくなった。
斬り裂かれた拳を振り上げ、悶絶するコカトリスの背後に着地しながら、コータは嬉しそうに笑みを浮かべてコカトリスのほうへと振り返った。
「やった……! 思ったとおりに、コカトリスが斬れた!!」
「あんなあっさり斬れるもんなん?」
「装甲がなくなったモンスターなんざ、あんなもんだぜ? にしたところで、一部部位欠損引き起こしたのは、ステータス分のダメージを引き出したコータの腕前だけどな」
ソフィアにインベントリから取り出したアイテムを手渡しながら、リュージはマコの疑問に答える。
「VRだけあって、超人にもなれるこのゲーム……ホントの意味で超人を演じられる奴はほとんどいねぇ。大抵は、身についたステータスに想像力がおいつかねぇで、無意識の内にセーブしちまう。人間がその身体能力を三割程度しか発揮できねぇのと……似てんのかね?」
「それは知らんが……これは?」
「油瓶」
手にした無数の小瓶……油瓶を軽く揺らしながら、リュージはコカトリスに向かって駆け出す。
「試したことはないんだが、ある程度動きが止まってくれた今なら当たるだろ」
「油で燃やすのか……フライドチキンを作るわけでもあるまいに、まったく!」
ソフィアは小さく零しながらも、リュージに手渡された小瓶を手に、コカトリスへと接近する。
近づくリュージとソフィアと、二人が武器の代わりに何かを持っているのに気がついたコータは素早くコカトリスの傍を離れる。
己の手羽が欠損してしまったコカトリスは、その激痛が気になりすぎて二人の接近に気が付けない。
「っしゃぁ!」
「ハッ!」
リュージとソフィアは、コカトリスの頭めがけて無数の油瓶を放り投げる。
勢い良くコカトリスの頭にぶつかった油瓶は小気味良い破砕音と共に砕け散り、その中身をコカトリスの全身へと広げていった。
―オギ、ギッ!! ……ギ?―
「マコちゃん!」
「ほんとに燃えんでしょうね……。ファイアボール!」
レミの合図と共に、マコは回復したMPの分だけレベルを落としたファイアボールをコカトリスに向かって放り投げる。
野球のボール程度の大きさのファイアボールであったが、目標付近に到達すると何かが燃えるのには十分すぎる炎を辺りに撒き散らす。
広がった炎の固まりは、コカトリスの油で塗れた羽の上にもかかり……。
―ギ……ギィヤァァァァァァ!!??―
次の瞬間には、コカトリスの全身が勢い良く燃え出した。
盛大なキャンプファイアー、或いは鳥の丸焼きを前にしてリュージが大声で笑い声を上げる。
「ッハッハッハッハァ!! こんな景気よく燃えるとは思わなかったわ!!」
「……これはもう、コカトリスの弱点と呼んで差し支えないだろう……。コカトリスは火に弱い。覚えた」
目の前の光景を信じられないように見つめているソフィアも、呆然とした様子で呟く。
パチパチと火と油が爆ぜる音を立てながら燃えるコカトリスであったが、しばらくするとその火が消える。燃える元となった油と羽が完全に消滅したからか。
全身のところどころが焼け焦げ、痛々しい姿となったコカトリスはそのままズドンと尻を草原に落とす。HPのもうすぐ五割を切る。相当な痛手だろう。
全身の羽はもはやなく、毛を毟られた鶏同然の姿で、コカトリスは呆然と天を見上げている。
「ッハッハッハ、ハァー……さて」
ひとしきり笑ったリュージは、仕舞っていたバスタードソードを取り出す。
ソフィアもレイピアを握り、コータは既に駆け出している。
「ヤァァァァ!!」
「このまま仕留める!!」
既に、刃を阻むものはなく、コカトリスも動こうとしない。
コータとソフィアの斬撃は容赦なく鶏肉を刻み、その体を傷つけていく。
―ギ、ガ……!?―
「アイスバレット!!」
さらに追い討ちをかけるように、マコが解き放ったアイスバレットが、コカトリスの胸板を貫く。
鈍い音を立てながら突き刺さり、砕け散るアイスバレットはコカトリスの胸を容赦なく氷付けにしてゆく。
―オゴ、ギ!!―
凍てついた胸板がコカトリスの体温を奪ってでもいるのか、じわりじわりとコカトリスのHPは減ってゆく。残り、四割弱と言ったところか。
「まだ削りきれない……発狂すると厄介じゃないの!?」
「おう。なんで――」
コカトリスの凍った胸板を足がかりに、リュージがその顔を睥睨するように立つ。
「ここで一撃必殺といこうか」
―ギ、ギ……!!―
徐々にではあるが、意識を取り戻すように鳴き声を上げるコカトリス。
全身年少のショックから立ち直りかけているのか、その瞳には凶悪な色が浮かび上がってきている。
全身の鳥肌は棘のような変質を起こしかけており、色も先ほどとは比べ物にならないほどどす黒くなっている。
「リュージ!」
「さすがに発狂にまで付き合う気はないんでね」
急げと叫ぶソフィアの声に答えるように、リュージは手にした刃を一閃する。
「これで終いだ」
リュージの腕と手にした刃がかすむほどの一撃。瞬き一つ終えた後には、首がポーンと飛び跳ねたコカトリスの姿があった。
コカトリスのHP残量は、当然0。クリティカルを示す快音と共に、リュージの宣言どおりにコカトリスは絶命してしまった。
「……!」
「……むちゃくちゃしやがるわね……」
STR特化型の、全力の一撃。ステータスの数字を、その通りに使いこなせればこの程度わけはないということか。
息を呑むコータの隣で、マコは唾を飲み込む。
「ああいうレベルの人間が……この世界にはごまんといるわけね」
「……だろうな」
ソフィアは地面に降り立つリュージの姿を見つめながら、ポツリと呟く。
カレンと邂逅した日以来、時折リュージの過去が気になって掲示板を覗くようになっていた。
探したのは、トッププレイヤーと呼ばれるような、このゲームを極めてしまった人間たちの足跡。コハクやカレンの態度から察するに、リュージは有名なようであったからそこで何かつかめるかと思ったのだ。
だが、リュージの名をそこで発見することは出来なかった。名前を変えているわけではないはずなので、彼がトッププレイヤーと呼ばれていれば名前があるはずなのだ。
見慣れぬ名前しか発見できないトッププレイヤーたちの名前一覧を思い出して、ソフィアは戦慄する。
レベル14相当で、弱っているとはいえ四割弱の体力を残したコカトリス幼生の首を一撃で落としたと言うのに……リュージの実力は、この世界のトップとして認められていないと言うことなのだろうか。
「世界は広い……と言うことなのかな」
ソフィアはそう呟きながら、レイピアをインベントリに収める。
重たい音を立てて崩れ落ちるコカトリスの肉体。それが完全に横倒しになるのと同時に、ソフィアたちの視界の中にクエスト達成を示す文字が現れるのであった。
なお、理論上、10レベルの時点でもSTR特化でステータスを全部引き出せれば、コカトリスを始めとしたギアクエストモンスターのソロ討伐が可能な模様。