log6.一番大切なこと
「さて、唐突ではあるが……イノセント・ワールドにおけるプレイで、最も優先すべき事項はなんだと思うかな?」
五人の先を行き先導するジャッキーからの問いかけ。
それを聞いてイの一番に反応したのはマコであった。
「お金」
「ふむ。それも重要だが、大抵のものは時間と努力でどうにかできるレベルだ。ゲーム内物価も、現実のそれとそう変わりないのでな」
ド直球過ぎる返答に対するジャッキーの返しはクレーバーなものだった。恐らく予想の範疇だったのだろう。
何故か悔しげなマコの隣で考えていたソフィアが顔を挙げ、ジャッキーの背中に答えてみる。
「情報だろうか。何事においても、情報が重要だと思うのだが」
「悪くない答えだ。だが、優先すべきかといわれると否だな。前情報一切なしの状況は、イベントダンジョンなどでよくあるのでな」
「そうか……」
イベントにおける人柱プレイは、ある意味で醍醐味とも言えるだろう。
誰も踏んだことのないダンジョンを、誰よりも早く踏めるのであるから。
残念そうなソフィアに続いて問いに答えるのはレミであった。
「じゃあ、防具でしょうか? モンスターさんと戦うなら、やっぱり倒されないようにするのが一番だと思います」
「惜しいが違うな。防具の防御力を上げると、その分重量も増す。人によっては、それによって動きが取りづらくなってしまうので、逆に防具は優先順位から早めに外すべき項目かもしれない」
「そうですかー……」
もちろん素材の良し悪しにもよるだろうが、中世時代のような世界観をベースとしたゲームであれば、防御力の高い鎧は必然的に重くなる。
それを装備して動きが遅くなり、敵の攻撃に当たりやすくなるのでは本末転倒だろう。
ここまでの三人の回答を聞き、コータが残った答えを消去法的に答えてみた。
「じゃあひょっとして……武器、でしょうか?」
「うむ、正解だ。このゲームにおいて、まずプレイする上で優先すべき事項は武器の強化になる」
「やられる前にやる、ってのがタイマンの必勝法だからな。それ以外の項目ってのは火力の強化が終わってからで十分なのさ。……もちろん、防具とかの強化が遅れるとオワタ式になっちまうから、怠っていいわけじゃないぜ?」
「へぇー」
ジャッキーとリュージ、二人の経験者の言葉に納得したように頷くコータ。
もちろん、彼らの言い分が全てというわけではないし、この世界の真理とも言い切れない。どんな状況もありえるだろうし、プレイスタイルによってその辺りは十分に変化しうる。
だが、攻撃力の強化が優先順位として高いのは間違いないだろう。火力が低ければ当然戦闘が長引く。そうなれば被弾しうる可能性も増え、その分プレイヤーのHPが0になる確率は上がっていく。
ゲームで現実の体力を消耗することはないが、集中力は磨耗する。一時間超、身を削るような戦いを強いられれば、誰しもミスをするだろう。そうならぬためにも、まずは火力を強化すべきなのだ。
そしてジャッキーの言葉に、彼が向かう先の見当がついたマコがポツリと問いかける。
「……じゃあ、当然あたしらが向かってるのって」
「無論、武器屋だ。私が紹介でき、なおかつ諸君らが現状において装備できる、最も優れた武器を取り扱う店に連れて行こう」
「経験者の紹介か……胸が躍るな……!」
「だねぇ……!」
最も優れた武器、という言葉を聞いてソフィアの瞳が俄かに輝き始める。
こう見えて、ソフィアはフェンシング部に所属している大会優勝経験者。他の三人に比べると血の気の多いほうだ。
同じように剣道部に所属するコータも武器の話になって若干瞳が輝き始めている。やはり男の子としては、良い武器に目がないということなのだろう。
対して普通の女の子であるレミは、不思議そうにジャッキーの背中に問いかける。
「……でも武器なら、えっと……フェンリルってところでも売ってませんでしたか? 窓口受付みたいな感じで、剣とかが並んでるのが見えたんですけど……」
「ああ、フェンリルでも武器は売っているが……あそこはプレイヤーのLvに応じたランクの武器を段階的に開放する方式でね。君たちでは初期装備に毛が生えた程度の性能の武器しか売ってくれないのだよ」
「プレイヤーの最大拠点、って割には渋ちんね」
「まあ、あそこは良くも悪くもお役所だからなぁ。その代わり、Lv50を超えりゃ、ドロップ狙うよりはマシな性能の武器が手に入るんで、レア掘り前に武器を調達するんなら便利だぜ?」
そういって笑うリュージ。
そんな彼に、ソフィアはなんとなく問いかけてみた。
「……そういうお前はなにを使っているんだ?」
「うん? 俺?」
「ああ。ジャッキーさんは、サーベルのようだ。同じイノセント・ワールド経験者であるお前は、どんな武器を使うんだ?」
ソフィアの問いは、目的地に着くまでのつなぎであったし、純粋な興味でもあった。
先んじてこのゲームをプレイしていたリュージ。剣術家の母を持つ彼であるが、本人は何でもありが得意だと嘯いたりする。
そんな彼が、この世界でどんな武器を使っているのか、ソフィアは興味があった。
だが、その問いに対するリュージの返答はソフィアの予想の斜め下だった。
「いやぁー。ソフィたんとの新生活のための資金を工面するために装備は全部売ったし、Lvも1に戻しちゃったから、今は短剣装備ですのことよ?」
「……は?」
「だけれどおかげでお金は潤沢にあります! 充実の一千万G! 二人+愉快な仲間たちのための新居購入費用にほとんど消える予定だから、使えるのは十万ちょいくらいだけどね!」
「ちょっと待てリュージ。君の装備一式なら、その倍は軽く値がつくはずだろう。その分はどうしたんだ?」
「いや、在庫処分の意味も込めてコハクにプレゼントしてきた。それにほら、黒歴史も葬りたかったし……」
「ああ、あの二つ名か? そう気にすることもないだろう? よくある名前じゃないか……」
「言わんといてジャッキーさん! あの名を呼ばれるたびに、ドヤ顔で登場ポーズとか決めていた、ノリノリな自分を思い出して首吊りたくなるの……!!」
「本当の意味での黒歴史だな……」
「え? なになにそれそれ。ちょっとあたしにも聞かせて? ねえ?」
「僕も興味あるなぁ。リュージの二つ名。ジャッキーさん、教えて教えて?」
「ここぞとばかりに貴様ら……! 当分は死守してくれるわ!! ずっとは無理でも!!」
「まあ、ずっとは無理だなぁ……プレイヤーネームが変わってるわけではないし」
リュージの二つ名、と聞いて面白がって前進するマコとコータ。
普段のおふざけのお返しとばかりに弄り倒そうとしてくる二人から、二つ名を死守しようとするリュージ。
そんな彼を見つめたまま、なんとなく申し訳なさそうな表情になっているソフィアを見つけて、レミが軽く肩を叩いた。
「ソフィアちゃん? どうかしたの?」
「ん、いや……リュージが装備やLvをリセットしたのは、私と一緒にゲームをプレイするためなんだよな」
「まあ、リュージ君だし。ソフィアちゃんと一緒にいるなら、そのくらいはするんじゃないかな?」
ヤメロー、だの、グワー、だの、三人で道を歩きながら騒ぎ出すリュージたち。
珍しく焦ったような表情になる彼を見つめながら、ソフィアはなんということもなさそうに呟いた。
「いや、気にすべきじゃないんだろうが……私の存在が、彼をどれだけ変えてしまうのだろうとふと思ってしまってな」
「……というと?」
「このゲームだけ切り取っても、彼は今までプレイしてきた積み重ねを全てふいにしてしまったということだろう? ジャッキーさんの言葉を考えれば、今あいつが手にしている金額は、その積み重ねの半分以下だ。……あいつは、そうしたものを時に容易く捨ててしまう」
VRMMOというゲームは、基本的に時間と労力を積み重ねるゲームだ。
ゲームであるため、プレイヤーの扮するキャラクターには最終目標が定められているものだが、究極的にはそれらを無視してひたすらゲームプレイを積み重ねるゲームだ。
それはLv上げであり、レアアイテムの入手であり、モンスターの撃破であり、イベントのコンプリートであり。
人によって種々様々な目的を持ち、それを達するために時間と労力を積み重ねてゆく……それが、VRMMOなのだ。
だが、今回リュージはそうした積み重ねを全て資金に変換した。しかもその積み重ねの半分以下の価値で。
そうしたリュージの行い自体はいつものことなのだが……他人の口からそう指摘されるのを聞き、ソフィアは改めて彼の行動というものを意識してしまう。
「あいつは私のために行動してくれているのだろうが……私にはそれだけの価値が本当にあるのかな……?」
「ソフィアちゃん……」
「……いや、すまない。馬鹿な話をしたな」
誤魔化すように小さく微笑んだソフィアは、少し遅れてしまった歩調を急がせる。
その背中を追いかけながら、レミはなんとなく暖かい気持ちになって微笑んだ。
(……ちゃんと、意識はしてるんだねソフィアちゃん)
リュージな過激な行動に対するソフィアの返答は、冷淡か呆れか或いは羞恥か。大体は以上の三つになる。
その中に込められた想いは、リュージに対しての好意が時折透けて見えるものだったが、もっと深い部分に関しては大体その場の空気のせいで霧散してしまっていた。
つまり、リュージに対して本気でどう思っているのか。レミから見て、ソフィアの本音というものは今まで読み取ることができなかったのだが……。
今ので、少しだけわかった。ソフィアは、自分の存在がリュージを変えているのを少しだけ恐れている。
その恐れは裏返せば……リュージのことを真剣に考えているということだ。良くも、悪くも。
(今まで、いなかったもんね。こんな風に、ずうずうしい人は)
人目も憚らずアイラブユーと叫ぶような、そんな男は。
ソフィアと一緒に遊ぶために、それまでのプレイを全て無に返してしまうような男は。
ソフィアと同じ学校に通うと言うそれだけの理由で……雨大付属中学のスポーツ特待生枠をたった半年程度で獲得してしまうような、そんなずうずうしい男は。
これからも、リュージはソフィアが己の人生の岐路に絡んでくれば、迷うことなく彼女がいる側を選ぶだろう。それが、どれだけ己に不利益を及ぼす選択肢だろうとも。
だから、ソフィアは気が気でないのだろう。
リュージのまっすぐさは強さだが、それは危うさでもある。リュージは自分が歩いている道がどれだけ危ういものであっても、それをリスクとして換算しない。ソフィアがその先にいるというだけで、リスクの計算を全部無視して突っ切ろうとするのだ。恐らく、そこに命の危険が関わっているとしても。
ひょっとしたらリュージの一挙手一投足にハラハラさせられ、気が気でないのかもしれない。
(少しだけ、羨ましいな)
それだけ、真剣に想ってもらえることが。
コータと想い合う仲ではあるが、それだけ情熱的に迫ってもらえることはほとんどないレミは少しだけ嫉妬してしまう。
(……でも)
レミは思う。
これはきっと、リュージとソフィアだからこそ成立する関係だ。
まっすぐに追い迫るリュージと、後ろを気にしながらひた走るソフィアだからこそ、成立する関係なのだと、なんとなく思う。
「……リュージ君は、おばかさんだから。ちゃんと見てあげないと、駄目だよねー」
「うむ、そうだな。……いや待て、私は見ないぞ? 見ないからな?」
「はいはい。……ふふ」
そんな二人の関係を間近で見ることのできる幸運に感謝しつつ、レミはソフィアの背中を叩く。
反射的に頷き、即座に否定を始める彼女を見て、レミはおかしそうに微笑んだ。
なお、コータとレミは穏やかな少女マンガみたいな展開を経て恋仲になった模様。