log59.+の意味と、打開策
イノセント・ワールドにはレアエネミーという特殊なMOBが存在する。イノセント・ワールドに存在するエリア内において、ごく低確率で出現する強力な敵性エネミーの一種であり、ごく一般的なボスモンスターを凌ぐ強さを誇る、強靭な敵モンスターだ。もちろん、強さの分だけ特殊なレアドロップを狙えたり、或いは経験値が莫大であり、遭遇できること自体が稀であるため、レアエネミーと遭遇したという事実だけでも結構なステータスであると言われていたりもする。証明も簡単である。レアエネミーは討伐を完了しない限り、同じプレイヤー、或いは遭遇したパーティメンバーの一人をランダムで追い続ける。そのレアエネミーの遭遇範囲を適当にぶらつくだけで、向こうが勝手に現れてくれるのだ。
このレアエネミーの強さは、遭遇した時のプレイヤーのレベルによって決定される。ソロであれば、遭遇時のプレイヤーのレベルを、パーティであればパーティ内で最もレベルの高いプレイヤーのレベルを基準とし、そこに概ね10レベル分追加したステータスでもってプレイヤーたちの前に立ちはだかる。
遭遇時は常に10レベルオーバーの敵モンスターを相手にするのと同じ苦労を強いられるレアエネミーであるが、逃げること自体はそう難しくもなかったりする。単純な話、その場で死に戻ればよい。さすがのレアエネミーも、死んでワープしたプレイヤーをワープで追いかけたりはしないからだ。
後は、そのレアエネミーの出現しないエリアで行動すれば、同じレアエネミーには遭遇しないし、そのレアエネミーを討伐しない限りは他のレアエネミーも出現しない。最も、大抵のレアエネミーはプレイヤーを異様な執念で追いかけるため、出現地点がイノセント・ワールド全域に広がったりするため、あまり賢い選択とは言い難い。
そして、レアエネミーから逃避し続ける理由がレベルアップと言うのはさらにまずい。勝てないのだからレベルアップ、それはRPGにおける王道であり、もはや問答無用の鉄板戦術だがそれではレアエネミーを凌駕しえない。
何故なら、レアエネミーは常に遭遇したプレイヤーの10レベル上をゆくモンスターであるからだ。
「―――まあ、単純に、虎の子のレアエネミーを簡単に討伐させないためなんだろうが、これが結構曲者で。ソロで遭遇したからレベルの高いギルメンと一緒に行ったら信じられないくらい強くなってたって話もあるように、どうもレアエネミーの強さってのはこっちの総合戦力に合わせて上昇する傾向にあるのよ。その基準の第一がレベルって話でな。そうして強くなったレアエネミーの名前の横には+の文字が現れ、プレイヤーを更なる絶望の淵へと叩き込むというわけだ」
「話がなっがいのよ!! つまり、要点は!?」
コカトリスの猛攻をかわしながらダラダラと話を続けるリュージに、怒りの咆哮を浴びせるマコ。
残弾も徐々に心細くなり始めているらしい彼女に、リュージは笑って絶望的な事実を突きつけた。
「まあ、要するに。今相手してるコカトリスは10レベルででてくるときの奴より強いよって話。ゴメンネ☆」
「………先の話から察するに」
テヘペロとでも言わんばかりに舌を出してウィンクしてみせるリュージに冷え冷えとした視線を送りながら、ソフィアは完結に原因を述べた。
「………溜まっていた経験値を全てレベルアップに費やしたことで、敵のレベルも上がったのだな………?」
「その通り!! いやぁー、ギアクエモンスターはレアエネミーっぽい立ち位置なんじゃね?とか噂されてたけれど、図らずもその証明の一助になっちまったなぁ。惜しむべきは、俺たち以外に証明者がいないことかね……」
「んー、俺たち以外の誰か? レベルを上げることだけが、必ずしも攻略の糸口にはならないと言う――」
「もういい黙りなさい」
無慈悲な弾丸が悲鳴をあげ、リュージの頭にヒットする。
そのまま衝撃で仰け反り、コカトリスに思いっきり轢かれるリュージから視線を外し、マコは異界探検隊のメンバーと作戦会議に入る。
「完全に想定を外してくれた裏切り者の始末は終わったわ。後はコカトリスをどうするかだけど」
「……現実的には、他に手伝ってくれるものを探すことか。我々では不可能なことも、我々以外の者であれば可能である可能性はある」
難しい表情をしながら、ソフィアはまず思いついた作戦を告げる。
質より量。古来より、物量作戦はあらゆる場面で活躍が見込める万能な戦術の一つであると言える。
しかしこの場合においては問題が。クリアすることを最善とするギアクエストで、より高難易度に跳ね上がったモンスターの討伐に参加してくれる物好きがはたして存在するのかどうか、と言う点が一つ。
そして、よしんば物好きが多数集まったとして、恐らくリュージの14レベルに合わせて強化されているであろうコカトリス幼生に彼らの攻撃が通るのかという点。
「例え数を集めても……火力が通らんのでは話にならん。私のレイピアの斬撃がさしてダメージを上げていない点を考えても、一般的な武器の火力では……」
「……そういう意味じゃ、武器の威力を上げるのも難しいよね……」
コータは手にした剣の柄を軽くなでる。
今、近接戦闘を行う者たちの武器は全てディノレックスの素材にて作成されている。ディノレックスはレアエネミー。出現し、討伐できただけでも御の字だと言うのに、これを上回る質の素材を確保しろと言うのは現状厳しいだろう。
コータの言葉に、険しい表情でマコが小さく頷く。
「あたしの弾丸を強化するのが多少現実的でしょうけど……ギルドハウス買って、お金もすっからかんでしょ?」
「うん……。もう、普通に皆で集めた分のお金しかないよ……」
レミはマコに応えながら、手の中のがま口を開いてみる。
すると口の部分付近に手持ちの残金が表示されるが、辛うじて五桁に届くかどうかと言ったところだ。強化弾薬が買えない訳ではないだろうが、コカトリスを倒しきるには圧倒的に不足だろう。
「強い弾も、今は高いんだよね?」
「到底足りっこないわね……。ああ、クソ、どうしたらいいのよ……!」
「そう悩むこともねぇべな。今ある手札で、十分対抗可能だよ」
苛立たしげに舌打ちするマコの耳に、のほほんとしたリュージの声が聞こえてくる。
ぎりぎりと歯軋りをしながら振り返り、マコは平然と隣に立っているリュージを睨み付けた。
「……まだ生きていたのね。額でタバコを吸うのがお好みかしら……?」
「すこぶる遠慮しておく。それより、コカトリス討伐なんだけどな」
「……期待はしないが一応言ってみろ」
ここ数分の間に暴落してしまったリュージの株は、ソフィアの絶対零度の対応と言う形で猛威を向く。
吹き荒ぶ愛しの人からのブリザードによろめきながら、リュージは何とか気を持ち直した。
「ぐ、ぐぐ……! ここしばらくぶりのブリザードががが……! そ、それはともかく……コカトリスだけどステータス自体はそんなに高くねぇんだよ」
「……というと?」
「同レベル帯なら、脅威になるのは石化攻撃だけなんだ。嘴も太い後ろ足の攻撃も、盾でしっかり防御できれば凌げる程度でしかない。どっちも、本来は石化攻撃への布石だからな」
「それすら必殺になってるのに、どうするんだよ……!」
今まさに必殺の攻撃を放ってきたコカトリスの一撃をかわしながら、コータが声を絞り出す。
コカトリスから距離をとりつつ、リュージは説明を続けた。
「攻撃自体は回避できてんだ。当たらなきゃどうということはねぇ。それから、ソフィアのレイピアは斬撃が通らなかったんだよな?」
「ああ、そうだが」
「コカトリスの羽は、一応斬撃耐性持ちだから、レイピアみたいな刺突属性持ちの斬撃は、効果が薄いんだ。まったく通らないわけじゃないんだけど……そこはレベル差かね」
振り下ろされた後ろ足の踏み付けを、斬撃で持っていなすリュージ。
驚嘆すべき腕前と、珍しく真面目に名前を読んでくれたことに驚きつつ、ソフィアは彼に問いかける。
「ならばどうする? 何か方法があるのか?」
「羽が斬撃を通さないなら話は単純。羽を毟っちまえばいいのよ」
地面を転がり、距離をとるリュージ。
彼の言葉に、レミが目を見開いた。
「そんなことできるの!?」
「このゲームならできる。コカトリスの羽は耐熱性がたいしたことないから、火の出る魔法で羽を焼き払うことが出来るんだ」
「あたしの手持ちだとファイアボール……普通に撃っていける?」
「10レベル相当なら楽勝と答えるとこなんだが……正直わからん。チャージしてもらっていいか?」
「わかったわ」
マコは頷きながら、ファイアボールの展開を始める。
素早く立ち上がったリュージはコカトリスの気を引きながら、残った前衛二人に指示を出す。
「俺たちは俺たちで、跳び上がって奴の羽を毟ってやりゃいい。引っこ抜くにはそれなりにSTRが必要になるけどな」
「じゃあ、リュージがやるのが確実かな。さっきと同じように、僕が気を引くよ」
コータが言いながら、コカトリスの足元に狙いをつける。
リュージを挟んでその反対に立ちながら、ソフィアはレイピアを眼前に構えた。
「レイピアの斬撃は効果が薄い……。では、刺突ならどうだ? 通るか?」
「通ると思うぞ。基本的に刺突属性は打撃とは別方向の装甲貫通だからな。分厚い肉なら、お手ごろの的じゃないかね?」
「よし」
一つ呟き、レイピアを払う。
狙うは胴体。大きく突き易い部分から、効果を試すべきだろう。
―ングェー!!―
コカトリスは一声鳴くと、大きく翼をはためかせ、ズドンズドンと地団太を踏み始める。
コカトリスが一仰ぎするたび、その足元の草花が不自然に動きを止め始めた。
「あれって……!」
「石化羽ばたきって奴? 予備動作がほとんどないわね……」
光線と比べて、回避に猶予はなさそうだ。
手の平のファイアボールにMPを注ぎ込みながら、マコは三人の背中に声をかける。
「もう少し時間を稼いで頂戴! したら、一発でかいのかましてやるわ!」
「OK。したら、汚名返上とまいりますか!」
「出来たら見直してやるぞ!」
「いくよぉぉぉぉ!!」
リュージたち、三剣士が各々の武器を手に一気に駆け出す。
コカトリスは羽ばたきを止め、おのれに立ち向かう剣士たちに咆哮を叩き付けた。
なお、一般的なコカトリスの討伐方法は全身を蒸し焼きにして塩コショウを振り掛けていただく方法の模様。