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log57.土煙の向こう側から

「……っと」


 一瞬で変わった景色を前に軽い立ちくらみを覚えながら、ソフィアはあたりを見回す。

 足元は地平線まで続く青草で覆われた地平線。

 ……ただし、その色は青一色。“青草”と表現したが、言葉通りの光景がソフィアたちの足元に広がっている。

 さらに上を見上げると、空は淡い紫色に染まり、そこに浮かんでいる雲は曇天を思わせる灰色であった。

 活気溢れるミッドガルドが存在する、イノセント・ワールドにこのような光景があるなどと信じられず、ソフィアは唖然とした表情で呟いた。


「……一体どこなんだここは? 本当に地上にこんな光景があるのか……?」

「ここはアルフヘイムの端のほうだな、確か。普通は誰も近寄りたがらない、何にもないようなポイントの一つだったはずだ」


 ゲート付近でソフィアを待ってくれていたらしいリュージが、腕を組みながらソフィアの呟きに答えた。


「ここ以外も、ニダベリルの外れだったり、ヴァナヘイムの末端のほうだったり、とにかく端のほうにギアクエストのポイントがあるんだよな。そういう、高レベルになるといくような奥地はこんな感じで空間が歪んで変な光景が展開されてるらしいぞ?」

「なんだろう。急に不安になってきたよ」


 真顔で空を見上げたまま、コータがポツリと零す。

 手の平に浮かぶはずのない汗を感じたのか、ズボンで汗を拭うような仕草をし始めた。


「こんなところにでてくるモンスターに、10レベルで勝てるの……?」

「そりゃ勝てないと先に進めないし。他のモンスターは一切出てこないから心配するな」

「遅いわよ、あんたら」


 先にゲートを潜っていたマコが、少し進んだ先で仁王立ちの姿を見せつけながらこちらを睨みつけている。

 隣に立っているレミも仕方なさそうな様子で苦笑していた。


「皆遅いよー」

「あ……ごめんね、レミちゃん」


 コータは申し訳なさそうに頭を搔きながら、慌ててレミの傍に駆け寄っていく。

 リュージは軽く肩をすくめながら二人に近づき、ソフィアは彼の背中を追いかけ歩く。

 リュージの背中を追いながら、ソフィアは彼に問いかける。


「……リュージ。問題のコカトリスだが、いつ出てくるんだ?」

「ん? もうこっち来てるんじゃねぇかな」


 リュージはのんきに応えながら、地平線の向こうを見やる。


「扱いとしちゃ、遭遇済みのレアエネミーみたいな感じで、ゲートを越えたプレイヤーに反応してこっちに向かってかけてくるはずだけど」

「本当に?」


 リュージの言葉をいぶかしみながら、マコが彼と同じほうを向く。

 二人の問答の答えは、自ずと知れた。というより、もう結果はでていた。

 遠い地平のかなたから、土煙をもうもうと巻き上げながら猛スピードで何かがこちらに向かってきていたからだ。


「……草原で土煙って……」

「すごい勢いで地面抉ってるんじゃね?」


 バスタードソードを引き抜き、リュージは軽く脱力しながら敵を待つ。

 他の皆も、各々の武器を構える中、討伐ターゲットのコカトリスの幼生が姿を現した。


―ングゥエェー!!!―


 酷くしわがれた声で、大きな鳴き声を上げる、不恰好な鶏。それがコカトリスの幼生の姿だった。

 全長は、五メートル程度だろうか。十メートルを上回るようなゴーレムに比べれば、全長は低いだろうか。頭頂部のとさかのようなものが、しんなりとしおれているのも全長の低さに拍車をかけているかもしれない。

 だが、肥え太っているかのように見えるが、ドロドロの羽に覆われてもなおはち切れんばかりに膨れ上がっている筋肉の塊のような胴体を見ていると、体が小さいなどとは口が裂けても言えない。

 土煙を巻き上げていた後ろ足など、鉤爪がクワのようになっている。あんなものにつかまれてはミンチではすまないだろう。

 飛ぶというよりは、目の前の敵を叩き伏せるために発達したかのような両翼は、先端がまるで指になっているかのように見える。

 ぎらぎらと殺意に燃えた瞳は異界探検隊のメンバーを捉え、再び大きな鳴き声を上げた。

 ……現れたコカトリスの幼生を一目見たコータは、真顔でこう言った。


「今からでも誰か誘わない? 初心者への幸運(ビギナーズラック)の人たちなら協力してくれそうだけど」

「10レベルじゃないと参加できないクエストなので却下。今回は鍵をかけたまま挑戦するぞー」


 コータの意見をすげなく却下するリュージ。鍵とはそのものズバリ、クエストの参加権利となる。どんなダンジョンにもフリーパスのオープンワールドであるイノセント・ワールドだが、ゲートを潜ることでクエストに参加する人数を制限することはできる。

 ゲートはとても不安定であり、うす壁一枚隔てた向こう側へと移動してしまうことがあり、場合によってはシーカーたちはお互いの存在を認識できなくなる……という設定らしい。

 そんな理由があるため一般のNPCはゲートを使うことが出来ず、また長距離移動には非常に危険を伴うため、特別な理由がない限りNPCが街同士を移動することはないのだという。

 閑話休題。目の前に現れたコカトリス幼生は咆哮を上げ終えると、たくましい後ろ足を振り上げこちらに向かって駆け出してきた。


「来たわよ! 散開!」


 マコは素早く指示を出し、その指示通りに異界探検隊の者たちは動く。

 仁王立ちでバスタードソードを構える、約一名を除いて。


「リュージ!?」

「おい、何をしている!」


 突進してくるコカトリス幼生を前に逃げようとしないリュージを見て、コータとソフィアが非難じみた声を上げる。

 だが、それらを無視してリュージは真っ向からコカトリス幼生を向かえ撃とうとする。


「コカトリスは足が速いんでな。逃げ回るよりは、迎え撃ったほうがいいのよ」

「死んでも骨は拾わないわよ」

「回復、がんばるよ!」


 距離をとり、グロックを構えるマコと、回復魔法を準備するレミ。

 リュージが動こうとしないのを悟ると、コータとソフィアは武器を構えて彼の元へと引き返し始める。

 だが、先に動き出したコカトリス幼生の方が早い。大きく振り上げた後ろ足の鉤爪を、棒立ちにも見えるリュージに向かって振り下ろさんとした。


「えぇい!」

「リュージ! 死んだら酷いからねぇ!」

「言うじゃねぇか! 覚えてたらな!」


 コータの恨み節に噴出しながら、リュージは振り上げられたコカトリスの後ろ足に合わせるようにバスタードソードを振り下ろした。


「オオオォォォォォ!!!」


 裂帛の気勢と共に放たれた斬撃は、振り下ろされた鉤爪に触れた瞬間、空気の弾ける様な音を放つ。

 拮抗は、一瞬。


―ンギィエェェェェ!!??―


 コカトリス幼生の悲鳴と共に、振り下ろされた鉤爪はリュージの脇へと勢い良く逸れた。

 リュージの弾いたコカトリス幼生の一撃は大地を砕き、土煙を上げ、岩の欠片を勢い良く辺りに撒き散らした。


「さすがリュージ! STR特化!」

「伊達にレベルが一番高いわけではないな……!」


 コータとソフィアはリュージの一撃に惜しみない賞賛を上げながら、飛び上がる。

 だが、リュージの表情は浮かない。むしろ今の一撃に不審を覚えたかのように眉根を潜めていた。


「今の……?」


 素早くバスタードソードを構えなおしながらも、リュージは様子を見るように一歩下がった。

 そんなリュージを見て、レミが不思議そうな声を上げる。


「リュージ君? どうしたの?」

「いや、あいつは放っておいて、コータの方を見てやんなさいよ」


 マコは跳び上がった二人の動きを追いながら、やや焦ったような声を上げる。


「え?」

「やっぱ、マルチ前提だけあってえげつない感じね……!」


 マコの視線の先。そこには跳び上がったコータとソフィアが、コカトリスに同時に迎撃されている光景があった。


「くっ……!?」

「嘘だろ……!?」

―ングゥエェー!!―


 跳び上がった二人は、別々の方向から攻撃を仕掛けた。これで少なくとも一人の攻撃は当たる。そういう算段のはずだった。

 だが、コカトリスは二人の想像を遥かに上回る速度で首を回し、跳び上がり回避が出来なくなった二人をくちばしで迎撃してみせた。

 見た目は筋肉達磨のパワータイプだが、反応速度は目を見張るものがあるようだ。

 今の一撃を受け、二人とも一撃で三割も削られてしまった。

 体勢も大きく崩れている。そこを追撃されては、ひとたまりもあるまい。


「レミ!」

「う、うん!」


 マコの鋭い声を聞き、レミは慌てて二人に向かって駆け出す。

 マコはレミに向かってコカトリスが駆け出さないようにグロックの引き金を引く。

 連続で発射された弾丸が、音速を突き破りながらコカトリスに迫った。

 だが、コカトリスは翼でもって弾丸を受け止め、余裕を見せるように大声で鳴く。


―ギウー! ギエェー!―

「チッ。肉は厚めね……!」


 そのまま、弾がなくなるまで射撃を繰り返しながら、レミとは逆の方向に動くマコ。

 マコがコカトリスの気を引いている間に、レミは地面に落下した二人に回復魔法をかけていく。


「ヒール!」

「うう……ごめん、レミちゃん……」

「くそ……! あそこまで速いとは……!」


 体力回復を待ちながら、ソフィアは悪態をつきコカトリスを見上げる。

 筋肉の鎧を身に纏ったコカトリス幼生は、マコの射撃など問題にならない様子で、全ての弾丸を翼で受け切ってみせる。

 マコは小さく舌打ちをしながら、空になった弾装を捨てグロックをリロードしようとする。

 その瞬間を見計らったかのように、コカトリス幼生は瞳をぎらつかせマコへ向かって駆け出そうとする。

 だが、それはさせぬとばかりにあっという間に接近したリュージが、コカトリス幼生の足へとバスタードソードを叩きつける。


「オォラァァァ!!」


 振り下ろされたバスタードソードの刃が、コカトリス幼生の後ろ足へと叩きつけられる。

 ――次の瞬間響いた音は、さながら硬い鱗を叩いたかのような異質な音であった。


「なに!?」

「あの足、装甲があるの……!?」


 響いた音に、驚くコータとソフィア。


「チッ!」


 リュージは苛立たしげに舌打ちをすると同時に、後ろに飛んでコカトリス幼生から離れようとする。

 だが、逃さんとばかりにコカトリス幼生が鋭く鳴いた。


―ギィエー!!―


 瞬間繰り出されるのは、後ろ回し蹴り。神速の勢いで繰り出されたコカトリス幼生の蹴りが、リュージの体を捉えた。


「リュージッ!!」


 ソフィアの悲鳴が上がるが、リュージは声を上げる間もなく地平線の向こう側へと吹き飛ばされる。

 だいぶ遠くのほうまで吹き飛んだリュージは、一度バウンドするとそのままさらに遠くへと飛んでいく。

 一体どれほどの力で蹴り飛ばされたのか。リュージの姿はそのまま見えなくなってしまった。


「……そんな」


 あまりの事態に、ソフィアは呆然と呟くことしかできないでいた。




なお、吹き飛ばされても、敵モンスターの直接攻撃以外ではダメージはそんなに入らない模様。

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