log55.ギルドハウスにて、食後
サンシター作おでん争奪戦は、無事におでんの種がなくなることで解決を見ることが出来た。
サンシターが入れてくれたお茶を啜りながら、マコは満足げなため息をついた。
「あぁ~……久しぶりにサンシターのご飯食べたわぁー……」
「お粗末さまでありますよ」
自前の土鍋を片付けながら、サンシターは嬉しそうにマコの言葉に答える。
マコと同じようにお茶を啜りながら、ソフィアは興味深そうに呟いた。
「これほどにイノセント・ワールドで食べる食事がうまいと感じたのは初めてだ……。何か、特別なレシピか調味料を使っているのですか?」
「いえ、出来合いでありますよ。昆布の代わりに、海面草なる乾燥植物を使ったくらいでありますか」
「ああ、海面草だったのね。なんか微妙に昆布だしと風味が違うと思ったら……」
「海面草、って何さ、リュージ」
「文字通り、海の上に生える草でな。昆布と違って潜らなくても取れるから、お手軽な海の幸の一つとしてミッドガルドでも安く手に入る食材だな。安いだけに味もそれなりなんで、このおでんのうまさはサンシターの腕前だねぇ」
「ホントにおいしかったよねー」
各々、感嘆の吐息をつく異界探検隊のメンバー。
皆の反応で笑顔になりながら、サンシターは自室に食器類を持ち込み、そのまま皿洗いをはじめる。
開きっぱなしの扉の向こうで皿洗いをしているサンシターの背中を見つめながら、マコがポツリと呟いた。
「しっかし……サンシターの部屋がそのまま台所って、色々間取りおかしくない? このギルドハウス」
「本人のたっての希望だったんだよ。このギルドハウス、拡張機能が各個人の部屋に設置するだったのは、俺も知らなかったんだよ」
やや渋面になりつつ、リュージがお茶を啜る。
リュージたち異界探検隊が購入したギルドハウスであるアパートメント・ミッドの内装構造は、大部屋一つの周辺に六つの小部屋がくっついているという極めて簡素なもの。この六つの小部屋が、ギルドメンバーに割り当てられる個室となるわけである。そしてサンシターが立っているキッチンのように、メンバーの個室に丸ごと一個の機能を割り当てる方式の改装が取られることが多い。
異界探検隊のように、身内同士の少人数でギルドを組む場合、各人がそれぞれの専門技能を取得することが多いため、こうした改装方式が良く取られるのだと、CNカンパニーの改装職人は言っていた。
「一人が少しずつ技能取るよりか、誰かがしっかり役割を果たすほうが効率がいいしな。ひとまず、サンシターにはうちのギルドの料理番を勤めてもらうってことで問題はねぇよな?」
「自分はいいでありますよー」
皿洗いをしながら返事をするサンシター。彼が言いというのであれば、他の者たちにも否はなかった。
「正直、驚いていますよ。サンシターさんは料理がお上手なんですね」
「自分の唯一のとりえでありますからなー。ソフィアさんの舌に合うようでなによりでありますよ」
「フフフ、サンシターは掃除洗濯料理と全ての家事をパーフェクトにこなせる、完全なる主夫なのよ……!」
「それ、決して褒めてないよねマコちゃん」
「ハハハ……」
マコの言い草に苦笑しながら、コータはお茶を啜って一息つく。
「フゥ。……それで、ギルドハウスは無事買えたけど、今後はどういう風に動く予定なの?」
「それだけどな。ギアクエストの変更が行われるのは三日後ってことで間違いなさそうだ。マンスリーイベントが終わった後だな」
リュージはクルソルを弄りながら、今後の予定に関して口を開く。
「今度開催されるギアクエストは“コカトリス幼生の討伐”らしい。ヒドラと比べりゃだいぶ楽になるな」
「コカトリス……石化の状態異常を持つ鳥だっけ? 強いの?」
「強いっちゃ強いが、幼生だからな。でかそもそこそこで、俺たちの人数でやりあうならこいつがベストだろ」
「リュージ君が言うなら、そうなんだろうねー」
レミが一つ頷き、それから皆の顔を見回す。
「後三日あれば、マコちゃんの熟練度上げも終わるよね?」
「たぶんねー。どの程度倒せばいいかわかんないけど、数だけは積んどくわ」
「その間に、レベルアップも済ませておくか……。気がついたら、10レベルなんて話じゃないくらい経験値が溜まっていたし」
少なくとも、三レベルは上がりそうなほどにたまった経験値を見て、ソフィアは唸り声を上げる。
「ふぅむ……。これ以上ギルドに人員を招く予定はないのだな?」
「一応はな。赤の他人と組む気はねぇし。まあ、客員として招くくらいはするかもだけど」
「そうなれば、サンシターさん一人に料理を始めとするサブ技能を負担してもらうわけにもいかないだろう。役割を当てるにしても、料理と後もう一つくらいが限界じゃないか?」
「自分はどれだけ当てていただいても問題ないでありますが……」
さらりととんでもないことを言い出すサンシターに、リュージは呆れたような声を上げる。
「いや、スキルポイントの量考えろって、サンシター。そもそも、レベルアップも遅いんだから、こっちの強化に追いつかねぇって」
何らかの役割に特化するのも大事だが、特化させる方向の見極めはもっと大事だ。
サンシターが言ったように、本当にサブ技能を彼一人に一極集中しては、肝心なスキルのレベルが足りなかったり、或いは彼がいないと何もできなくなるということも起こりうる。
ソフィアの言うとおり、サブ技能は各人へと分担するほうが良いだろう。
「そうなると……今後のレベルアップは、自分のやりたいことと、取得するサブ技能の事を考えながらステータスを上げていく必要があるわけだね」
「そういうことだな。可能なら、一つの技能を二人以上が分担し、誰かがいなくてもゲームプレイが成立する状態にするのが好ましいが……リュージ。イノセント・ワールドをプレイする上で、必要になりそうな技能はあるか?」
「大抵のもんがNPCに頼れば何とかなるからなー。えーっと、料理以外だとー……」
リュージは腕を組み天井を見上げながら、うーんと唸り声を上げる。
「武具の修理が出来るように最低限の鍛冶技能があると便利かね。マコが銃を使うんなら、銃弾生成が可能な錬金技能も欲しいよな……。とりあえず思いつくのはこの二つかねぇ」
リュージは軽く首を捻りながら唸る。
「このゲーム、できることが極めて多いから何が必須ってのも目的で変わるからなぁ……。サンシターが自給自足を目指して農業を始めるって言われても、それが出来ちまうのよな」
「出来るでありますか? それは夢が広まるでありますなぁ」
「まあ、広大な土地と下働きのNPCが必要になるから今すぐにゃ無理だけどな。話半分で聞いておいてくれ」
皿洗いを終えて戻ってきたサンシターにそう返すリュージ。
「まあ、当面の目的は30レベルまでいって、属性開放までやっちまうことだけど」
「属性開放?」
「そのままの通り、四属性の攻撃属性をプレイヤーのスキルに付与できるようになる育成システムのこと。ここまでやれば、ひとまずキャラを完成までこぎつけられるからな。そこまでは一直線だ」
そこまでいってからが、本当のイノセント・ワールドだとも言われているとリュージは口にする。
「キャラをひとまず完成させ、この世界の端から端まで歩けるようになってから……それからが、イノセント・ワールドを本格的に楽しむ余裕が出来るって感じだからな」
「要するに、キャラの育成以外に出来ることが増えるってことでしょ? まあ、当面の目標がしっかりと決めてあるのはいい事よね」
お茶を啜るマコは、軽く瞑目しながら呟く。
「そこまであっさりといけば良いけれどね」
「レベル上げに、うまくいくも何もないだろう? 中途のイベントの参加不参加は適宜決めれば良いさ。今回のようにな」
ソフィアはマコの呟きに答えながら、腕を組んで頷く。
「しかし、こうしてギルドハウスの中で、今後の予定を話し合っているだけでも、何というかギルドらしい感じがして楽しいものだな」
「あ、なんとなくわかるよ。リアルだと普通しないような相談もできるしね」
ソフィアの言葉にコータが乗っかり、楽しそうな笑みを浮かべる。
「今日はどのダンジョンに潜るとか、あのアイテムが欲しいとか……ミッドガルドの喫茶店で話し合うのも良いけれど、やっぱり自分たちの拠点で話し合うほうがそれっぽいよね」
「なんだか……わくわくしてくるよね。私にも、わかるよ」
コータに同意するように、レミも朗らかな笑みを浮かべる。
他人の視線がないというのもあるのだろう。二人ともリラックスしているのがよく分かった。
笑顔を浮かべているコータとレミを見て、ソフィアもまた小さく微笑む。
「ギルド、か。実感がわくかどうかわからなかったが、こうしてやってみて始めてわかるというものなのだな……」
「その辺は人次第でしょ。VRは所詮VRって奴もいるだろうし」
皮肉っぽいことを言いながらも、マコはにやりと笑ってみせる。
「あたしは結構好きだけどねこういうの。サバゲにも通じるところはあるし」
「皆が楽しそうで何よりでありますよ」
「まったく。誘った甲斐があるってもんだぁなぁ」
楽しそうな笑顔を浮かべる仲間たちを見回し、リュージとサンシターもまた笑みを浮かべる。
その後、特にすることもなくだらだらと一同はギルドハウスないの中でくつろぎ……。
異界探検隊、ギルド結成の記念すべき一日目は、ギルドハウスで待ったりすごすことで時間が過ぎていった。
なお、食事に使ったのはちゃぶ台だが、これはギルドハウスに備え付けのオプションの模様。