log54.ゴブリンハント
マコが引き金を引くと、軽い破裂音が響き渡り、ゴブリンの頭部が砕けて消える。
今、マコがいる場所は古代遺跡の神殿郡。最序盤のレベリングに向く場所であり、最下級のゴブリンがわらわらと沸いて出てくる上、遮蔽物もほとんどないため、射撃武器の射線をさえぎるものがなく、目で見える範囲が攻撃可能領域となるため、武器の熟練度上げのようなとにかく撃破数を稼ぎたい時などに持って来いのフィールドだ。
目視で確認できるのは、皮の盾と折れた剣で武装した最下級のゴブリンがざっと六体。
マコは素早くゴブリンたちの立ち居地を確認し、銃口を上げる。
「―――」
響き渡る銃声は六回。リズミカルな音を立てながら、ゴブリンたちの頭がポップコーンのように砕けてゆく。
同時に、手にしているグロックの残弾がゼロを示すように上部のスライド部が後ろに下がったまま戻らなくなった。
マコは周辺を索敵し、ゴブリンが沸いていないことを確認すると手馴れた所作で空になった弾装を引き抜き、弾丸をリロードする。
「グロック……本当に悪くない銃ね」
小さな微笑を浮かべながらスライド部を戻すマコ。
彼女が今手にしている拳銃、グロックと呼ばれる銃であるが、オーソドックスな見た目に違わぬ、ベーシックな仕上がりの拳銃であった。
装弾数は十発。多くもなく少なくもなく。不満はあるが、急いで改善するほどでもない数字だ。
射撃時の反動も、STRを鍛えていないマコでも何とか押さえ込めるレベルだ。だが彼女はサバゲー慣れているため、こうした反動が生まれる拳銃の扱いにも心得があるが、まったくの初心者ではこの反動の重さに思わぬ苦戦を強いられるかもしれない。
弾道もまっすぐで素直だ。びっくりするほど暴れるようなことはないので狙いは容易い。
武器としての威力も、無料で手に入る通常弾のゴブリンをヘッドショットで即死させられる程度には強力だ。当分は、この銃を使えば何とかなるだろう。
「……でも、銃の威力は倍率で決まるって言うのは意外だったわね」
次の獲物を探しながら、マコは一人呟く。
銃を扱うに当たって調べたのだが、銃の威力は銃単体では決まらないとのことだ。
こうしたゲームの場合、銃に攻撃力が定められており、それによって威力が決定されるのが基本だ。
だが、イノセント・ワールドの場合銃に攻撃力は存在しない。銃に定められているのは、銃撃倍率と呼ばれる数字だ。
そして弾丸に基本となる攻撃力と、素材によってかかる弾丸倍率と呼ばれる数字を持つ。これらを単純に乗算して、始めて銃としての攻撃力が決定される仕組みとなっている。
その為、銃の威力を決めるのは銃そのものではなく、むしろ扱う弾丸となるのだ。
「無料の通常弾にはレベルがあって、プレイヤーのレベルに合わせた威力の弾丸を選べるから基本の火力はそれで確保。後は適宜、必要な種類の弾丸を錬金術で生成し、使用するのがガンナーの戦い方……と」
遠くのほうにポップしたゴブリンを確認し、マコはグロッグを引き上げる。
「魔法とあわせて、錬金術のスキルも取るべきねこれは……。皆と相談して、錬金窯とか買えないかしら」
今後のことを一人思案しつつ、引き金を引くと、ゴブリンの頭部があっけなく砕ける。
それに満足して別の標的を探そうと視線を巡らせたマコの耳に、砲撃かと間違えるほどの発砲音と。
「あーっ!! 取られてるー!!」
聞きなれない少女の金切り声が聞こえてきた。
「ちょっと、あなたぁ!!」
「? いったい何よ……?」
マコが声のした方へと振り返ると、ものすごい勢いで手に二連装ショットガンを抱えた少女が駆け寄ってくるのが見える。
撃ったばかりであることを示す白煙を上げるショットガンを振り回しつつ、少女はマコに向かってキーキーとやかましく文句を言い始めた。
「さっきのゴブリンは私が狙ってたのよ!? 横からヘッドショット決めるなんて信じられない!」
「誰がなに狙おうが、こっちの勝手でしょう? 狙うのが遅い自分が悪いんじゃない」
「なによ! この横取り女!!」
妙に激昂しているらしい少女は、素早くショットガンから薬莢を引き抜くと、新しい弾丸を込め直す。
「こっちはむしゃくしゃしてるのよ! このまま、その綺麗な頭フッ飛ばしてやるっ!!」
「………」
少女の口から飛び出した罵詈雑言……それは、このゲームにおける対人戦である決闘を始めるための決闘宣言であった。
冷淡に目を細めたマコは、手にしたグロックに新たな弾丸を込める。
売られた喧嘩は買う主義だ。至近距離でのクイックドロウも悪くない。
「いいわ。その喧嘩――」
手にしたグロックを握る力を込め、少女の決闘宣言に応えようとした瞬間。
「喧嘩はいかん!!」
「んぎゃっ!?」
突如少女の背後に現れた巨漢の男が、鋼の義手を彼女の頭に叩き付けた。
無様な悲鳴と共に崩れ落ちた少女を尻目に、巨漢の男は満面の笑みを浮かべながらマコへと頭を下げた。
「ハッハッハッ! 申し訳ないな、キミ! この子の名前はサラ! そして私は軍曹! 今日はここに熟練度上げに来ていたのだが、まだまだサラは銃の扱いに慣れなくてな! 獲物を一撃で倒せずに苦戦していたところなんだ! 本当にすまない!」
「……ダブルバレルショットガンで? 現実での狩りでも鉄板って言えるほどに強力な銃じゃない」
少女……サラの手からこぼれた銃を見下ろして、マコが呟く。
二連装の銃口から同時に放たれる散弾の威力は、大型の獣も一撃で撃ち倒せる可能性を持つ、強力な火砲だ。さらに違法ではあるが、銃身を切り詰めることで取り回しやすさと殺傷力を上げる改造を施すこともできるという。
少なくとも、ここらのゴブリンを一撃で倒せないというのはよほどサラの腕前がへたくそということなのだろう。散弾では外すほうが難しいだろうし。
呆れたようなマコの声色を感じ取ったのか、涙目のサラがキッと鋭い視線をマコに向けてくる。
「だって、仕方ないでしょう!? 猟銃だからって、標的から五十メートル離れた位置から狙撃しろって言うのよ!? それで致命傷がでるわけないじゃないの!?」
「……確か散弾銃の有効射程距離って五十メートル前後じゃなかったかしら?」
「ハッハッハッ! 接射大好きな私が言うのもなんだが、サラはショットガンで近接戦闘したがりだからな! ただ、五十メートルをはずすのは確かにどうかと思うな。団長の言いつけどおり、しばらくは狙撃訓練だな」
「ううぅぅ………」
軍曹と名乗った男の言葉に、サラはがっくりと崩れ落ちる。どうもインファイターな思考のせいで、遠方を狙うスキルが不足しているらしい。
サバゲだと真っ先に落ちるし、キルカウントを相手に奢り続けるタイプね、などと考えるマコに向かって、軍曹は満面の笑みを浮かべた。
「だがキミは腕が良いな! その拳銃でサラと同じ距離から狙って当たるものなのかね!?」
「当たるんじゃなくて、当てるのよ。カタログスペック上、当たって殺せないはずがないわけだしね」
「だが、カタログスペックは紙上の空論だろう! いい腕だ、うちのギルドに欲しいくらいだなぁ」
「うう~軍曹~」
情けない声を上げるサラの頭を慰めるように義手でなでてやりながら、軍曹は茶目っ気たっぷりにウィンクした。
「まあ、キミのレベルで銃を持っているということは、仲間がいるのだろう!? 所属を窺っても良いかな!?」
「ギルド・異界探検隊の所属よ。ついさっき立ち上がったばっかりの新興の身内ギルド。よろしくね」
「ハッハッハッ! 新しいギルドか! そいつはめでたいな! 我々は銃火団! 全てのギルドメンバーが銃器で武装した、傭兵ギルドだ!」
「銃火団、ね。人手が欲しい時は、貴方を呼べばいいのかしら?」
「いいや、折衝はまた別の者が担当でな! だが、必要なときは遠慮なく呼んで欲しい! 良心的な価格でお手伝いをしようじゃないか!」
「覚えておくわね」
名刺のようなものを差し出してくる軍曹。試しに手を取ってみると、本当に名刺というアイテムであった。
銃火団の名と、軍曹のプレイヤー名。そして、ギルドへ一度だけ依頼メールを送ることが出来るという効果のようだ。
マコがインベントリに名刺を収めると、軍曹がサラの襟首を引っつかんで立ち上がらせる。
「ハッハッハッ! それでは、我々はここいらでお暇させていただこうか!」
「グエッ」
「あら。貴方の愛銃は見せてくれないのかしら?」
「ハッハッハッ! 必要なときがあらば、いつでも抜くさ! 今ではないがね!」
マコの軽い挑発に、軍曹は満面の笑みで応えながらサラを引きずって何処かへと去っていく。
「ハッハッハッ! さあ、サラよ! 目標は五十キルだぞー!」
「ぐえぇぇぇぇー………!?」
襟首が締まっているのか、ヒキガエルの鳴き声を上げながらフェードアウトしていくサラに合唱しつつ、マコは小さく唸りを上げる。
「ふぅーむ……銃火団ねぇ……。傭兵ってことは銃の売買は専門外かしらね」
やや残念そうに呟きながら、改めて獲物を探すマコ。
そんな彼女のクルソルに、チャットの着信音が鳴り響く。
「……ん? 一体誰よ……」
やや煩わしそうな顔つきになりながらも、手早くチャットを起動する。
「ハーイ、誰かしら?」
『自分でありますよ、マコー』
起動したのはテレビチャットで、映像の向こうに立っていたのはサンシターであった。
サンシターは嬉しそうな笑みを浮かべながら、ぐつぐつとおいしそうな音を立てているおでん鍋を掲げ上げた。
『ギルドハウスの購入記念に、おでんを作ってみたでありますよー。マコも食べるでありますかー?』
「今すぐ速攻帰るから。ギルドハウスの場所教えて」
『はいでありますよー』
マコの言葉にサンシターはギルドハウスの場所をメールしてくれる。
マコはサンシターに言葉少なに礼を言うと、チャットを閉じてわき目も振らずにギルドハウスへとダッシュする。
サンシターの手料理を食べられるのであれば、熟練度上げなどしている場合ではないのだ。
なお、サンシターの手料理を食べられる機会は大体月一程度の模様。