log51.サンシター合流
慎重に協議を重ね、サンシターの安否を考慮した結果、全員ログアウト後にレミがそれとなくサンシターのことを伝えることとなった。
無難といえば無難であるが、他に方法が思いつかなかったとも言う。
結果、次の日のログインはマコによるサンシターハントで幕を開けることとなった。
「ダッシャァァァァァァ!!」
「うわぁぁぁぁぁ!?」
「はしたないよマコちゃん!?」
乙女にあるまじき気勢と共に両足ドロップキックを炸裂させるマコ。下はスカートなのだが、そんなことはお構いなしのようだ。
乙女の必殺蹴りを喰らったサンシターはそのまま倒れこむ。そこに追い討ちをかけるマコのエルボー。
「オリャァァァァァ!!」
「ぎえぇぇぇぇぇぇ!?」
おとなしくされるがままのサンシターの姿を見て、リュージは一つ頷いた。
「比較的穏便に決着がついたようで何より」
「いや穏便ではないだろう。決して」
さらにそのまま腕ひしぎ十字固めの体勢に移行し始めるマコを止めに入るかどうか迷うソフィア。
そんなソフィアの言葉に首を振りながら、リュージは言葉を続けた。
「いやぁ。サンシターを誘うに誘えず悶々としていたのに、当の本人はとっくの昔にイノセント・ワールドをプレイしてたとマコが知ったときにゃ、悶死か憤死かするんじゃねぇかと思ってたからなぁ。サンシターに全ての被害がいくんなら、まだ穏便だべ。いつものことだし」
「いや、そろそろ止めるよ? 天下の往来で、いつまでもプロレスさせるわけにもいかないし」
今いるのはミッドガルドの主街道。今日もイノセント・ワールドは盛況であるため、道行く人々は突然始まった素人プロレスを見て何事かと奇異の視線を向けている。
まあ、街中での決闘が行われないわけではないので、決闘か何かだと思ってスルーしている人たちもいたりするが。
コータはため息を一つ突きつつ、レミと一緒にマコを引き剥がしにかかる。
「ほらほら、マコちゃんドードー」
「別にサンシターさんだって、悪気があったわけじゃないんだから。ね?」
「グルルル……!!」
猛獣のような唸り越えを上げるマコ。まだ興奮冷めやらぬ様子であるが、ひとまずコータとレミのされるがままに引っ張られてゆく。
リュージは倒れたままにサンシターに手を差し伸べて、彼の体を起こし上げた。
「しっかりしてくれよ、サンシター」
「あいたた……面目ないでありますよ……」
サンシターはリュージの手につかまって立ち上がる。
それから一つため息を突きながら、情けない笑みを浮かべた。
「いやぁ、本当に申し訳ないでありますよ……。今までマコがこのゲームに興味を持つとは思わなかったでありますから、話す機会もなく……」
「でもさすがにプレイしてたら気付かねぇか? だってVRだぜこのゲーム……」
「ああ。マコは自分の部屋にはあまり入ろうとしないでありますよ。年頃の女子でありますからな」
「ああ、そうなん? 意外なところで乙女してんのなお前」
「うっさいわボケ」
意外そのものといわんばかりのリュージの言葉に、マコはそっぽを向いて頬を膨らませる。
そんなマコの様子に苦笑するサンシター。
「それに、マコはサバゲが趣味でありますから。VRといえど、ゲームは内向的でありますからあまり好まないとも思ったでありますよ。結構、お高い買い物でありますし……」
「まあ、一介の高校生が出せる金じゃねぇよな。うちじゃ何故か親父がどこからともなく二台持って帰ってきたけど」
「相変わらず謎の多いお父上だな……」
ソフィアは一つため息を突くと、仕切り直しを宣言するように手の平を叩いた。
「それじゃあ、今日からサンシターさんも一緒に行動するということでいいのだな?」
「だろ? 前から誘おうって言ってたんだし」
「そういえばサンシターさんは、ギルドとかに入っていないんですか?」
「いやぁ。友人の所属するギルドに客分として所属したりしてみたりしたでありますが、いまいち馴染めず……今はソロでありますよ」
「ソロで料理オンリーとか余計マゾい……。材料費とかどうしてたんだよ」
「ミッドガルド内の飲食店でバイトして稼いだであります。おかげで、料理スキルだけでも結構快適に過ごせていたでありますよ」
「ああ、バイトとの合わせ技ね……。確か定職に着いても経験値はもらえるんだっけか。どっちにしろマゾいんだけど」
サンシターの行動に納得するように頷きながら、リュージは一つ提案をした。
「んじゃ、ようやく人数は揃ったんだし、ギルドの立ち上げと行くか?」
「え、ギルド?」
コータはリュージの提案に首を傾げた。
「今? マコちゃんの熟練度上げで多少暇はあると思うけど……」
「今日一日で終わらせるわよ、あたしは」
「今までずっと先延ばしにしてたからなぁ。懐のギルドハウス用資金が重たくて重たくて……」
リュージはわざとらしく胸を押さえながらも、嬉しそうな笑みを浮かべる。
「それに、どんな冒険をするにしろ拠点はあったほうがいいからな。今まではカフェだのレストランだのが仮拠点代わりだったし……インベントリの圧迫も問題になってきたしな」
「ああ、アイテムを預ける場所がないから、アイテムを厳選して処分していくしかなかったからな……」
ソフィアがインベントリの中身を確認すると、そこにはぎっしりとつまったアイテムの姿が。
ギルドハウスのような固定の拠点を持たないと、インベントリに入りきらないアイテムを保存する方法はフェンリルに拠点を構えている“預かり屋”というNPCに預けるしかない。
アイテムを預けるのに資金は必要ないものの、この預かり屋はフェンリル本部にしか存在しないため、欲しいアイテムをいちいちフェンリルへととりにいかねばならないという欠点がある。
移動自体はワープでどうにかなるものの、やはりアイテムの保存場所が固定されているというのは極めて不便だ。
その点、ギルドハウスへアイテムを預けるのであれば特定のアイテムさえあればクルソルを通じて自由にアイテムを引き出すことが出来る。やはり利便性を取るのであれば、ギルドに入るなり創設するなりしてギルドハウスを利用するべきなのだ。
「やはり、アイテムを預けられる拠点というのは必要だろうな」
「それに、ギルドハウスにはプレイヤーが使える鍛冶場や錬金釜、台所とかアイテムを作成するのに必要な機能を持った場所を設置できるであります。プレイヤーのスキル次第でありますが、キャラの育成から資金稼ぎまで、全ての事柄をプレイヤーのみで賄うことも可能になるでありますよ」
「へぇ、それはすごいですね!」
鍛冶場と聞いてか、コータが目を輝かせる。
やはり自作武器というのは男の子のロマンなのだろうか。
だが、レミはもう少し現実的な目線で困ったように呟く。
「でも、そういうスキルを取ると戦闘で困らないかなぁ? アイテム作成に必要なスキルって、結構スキルポイントが重かったと思うけれど……」
「あ、そうか」
レミの言葉を聞いて、コータがしょんぼりと肩を落とす。
彼女の言うとおり、アイテム作成系のスキルに必要なポイントは相応の負担となる。
効果の低いものであれば、比較的軽いポイント消費で済むのだが、本格的に極めるとなると戦闘スキルをとるのと同じ程度のレベルでの消費を求められる。
「自分、戦いは苦手なのでそちら方面を取ろうかと思っているでありますが……」
「それにしたって全部は無理でしょう。素直にNPCか、専門スキルを取っているプレイヤーを頼りましょう、そのあたりは」
ソフィアはサンシターを嗜めながら、軽く腕を組んで考える。
「そのあたりはあくまでおまけのようなものと捉えるべきだろう。早急に何とかすべきなのは、アイテムの管理だろうし……。リュージ。ギルドハウスの設立には、フェンリルへの届けが必要なのだったか?」
「その通り。ここに用意してある羊皮紙に、ギルドの名前とギルドマスターの名前を書けばOK」
リュージが取り出したのは、A4サイズの羊皮紙。上部には「ギルド開設書」と書いてあり、簡単な取り扱い説明がその下辺りに申し訳程度に書かれている。
「他に煩雑な手続きは一切なし。ホントに書くだけで、その場でギルドの設立が可能となっております」
「その辺りはゲームだな……。後は、ギルドに入りたいプレイヤーがその羊皮紙に名前を書けば、ギルドに入ったことになるんだったか」
「簡単だねー」
レミは感心したように頷く。
そして楽しそうに笑い、一つの提案をした。
「じゃあ、私たちのギルドの名前を決めよっか! なにがいいかな?」
「俺とソフィたんと愉快な仲間たち」
「くたばれ」
「げぶっ」
即効でリュージが口にした名前というのもおこがましい何かを否定し、マコは彼の腹にそバットを叩き込む。
そのまま静かに崩れ落ちるリュージには目もくれず、マコはフンと鼻を鳴らしながら皆を睥睨する。
「それからギルドマスターもね。誰がやるの? あたしはいやよ?」
「私も遠慮しよう。さすがに、ゲームの経験も持たないものがギルドマスターを名乗るわけにもいかないだろう」
マコとソフィアはそう言って、ギルドマスターになる権利を辞退する。
コータとレミも二人と同じようなことを考えていたのか、小さく頷いた。
「うん、そうだね。やっぱりギルドマスターは、このゲームの経験者がやるべきだよね」
「他のギルドと協力したりするかもしれないもんね。そうなると……」
レミはまずサンシターに目を向けた。
この中で一番の年長者であり、ゲームの経験者でもある。本人の意思があるのであれば、適任かもしれないが。
「……自分、そういうのに向かないこと甚だしいと思うのでありますよ」
「サンシターじゃ無理よ。出来てせいぜい、小学校の学級委員くらいが関の山でしょ」
サンシター本人とマコの厳しい指摘が入る。
だが、そうなると後の選択肢は……。
「……じゃあ、リュージがやるのか?」
「え、俺がやんの?」
いつの間にか立ち上がり、ソフィアの背後に回りしゃがもうとしていたリュージが驚いたような表情で皆を見上げる。
体勢から察するに、ソフィアの太ももでもなでようとしたのだろうか。
とりあえず低い位置にある顔面にブーツの底を叩き込みながら、ソフィアは深いため息をついた。
「……激しく不安だな……」
ソフィアの一言に、リュージ以外の全員が無言のままに同意を返した。