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「さて。今日は簡単にギアクエストに関して講義するとしようかね」


 リュージは軽くコーヒーを啜りながらそんなことを言い出す。

 場所はミッドガルドのカフェテリア。ようやくスルト火山の熱気から逃れることの出来た一行は、いつものお気に入りの場所でのんびりと過ごしていた。

 自身も同じようにコーヒーを啜りながら、ソフィアが小首をかしげる。


「ギア……確か、イノセント・ワールドを代表する成長システムの一つだったか?」

「その通り。この世界でシーカーと呼ばれる者は全員ギアを持つ……つまりギアを持つことがシーカーを名乗る条件……ってのが設定的なお話。ゲーム的にゃ、基本スキル以外のスキルを取得するためのもんだな」


 今日はジュースな気分らしいコータが、オレンジジュースを飲みながら続く。


「えーっと、簡単に調べてみたけどソードとかランスとか、その人が得意としている武器がまずギアとして手に入るんだよね?」

「おう。ギアとは天分……自らが選びとった天分こそがギアである……なんて洒落た言い方はしてみたが、要するに使用回数が最も多い武器を得意武器種として特定してギアにしてるらしいんだよな」

「あ、そうなんだ。結構単純なんだね」


 わかりやすいといえばわかりやすい決定の仕方に、コータは一つ頷く。

 その言葉を受けて、レミはいつもであれば隣に座る親友の顔を思い出しながらズズッと紅茶を啜った。


「だから……マコちゃんは一人でダンジョンに潜っちゃったんだねー」

「だな。マコは今までクロスボウ使ってたから熟練度……ギア取得に必要な隠しパラの俗称なんだが、ともかくそいつが圧倒的に足りない。熟練度の上昇にはモンスターの撃破が必要らしいから、とにかくモンスターを倒す必要があるわけだ」

「そのモンスターは自分と同レベルでなくても良いのか? 同レベルでなくてはならないのなら、相応に時間がかかると思うのだが」


 ソフィアの疑問に対し、リュージは唸りながら首を傾げた。


「らしいんだけど、その辺ハッキリしないんだよな。何とかなったって意見もあれば、どうにもならなかったって話もあるし。まあ、俺たちのレベルなら敵がレベル1でも、自分が今まで倒してきたモンスターの数の十倍くらい倒せば確実に目的のギアに届くらしいんで、しばらくマコは低レベルモンスター狩りだな」

「十倍……今まで討伐してきたモンスターの数など覚えていないぞ……」

「クルソルでもそれは見れないしね……。まあ、マコちゃんが倒してきたモンスターの数は……そう、たいしたこともない……よね?」


 コータがやや乾いた笑みを浮かべる。

 後方からの魔法やクロスボウのボルトでの援護がメインであるマコであるが……魔法の威力やボウの狙いの正確さなどが重なり、結構な撃破数を重ねていたりする。

 リュージたちの取りこぼしや、HPの減少したモンスターへのとどめ。或いは遠距離への狙撃に、単純な火力によるごり押しなど。

 魔法職の火力、侮り難しといったところか。最も、ギアスキルのない現状で、唯一有効火力となる魔法を一人で使っているのだから当然といえば当然なのかもしれない。

 今までのマコの活躍を思い出しながら、リュージはやや遠い眼差しで空を見上げながらコーヒーを啜る。


「まあ、心配しなくてもいいんじゃねぇの? なんか、妙に機嫌が悪そうだったから、雑魚ゴブリンを根絶する勢いで倒してくるべ」

「ああ、うん。妙に暗いというか、威圧感を放っていたな、今日のマコは……」


 ログインした瞬間に見た彼女の顔を思い出しながら、ソフィアは肩を震わせる。

 異様に暗いというか、何かを酷く後悔するようなそんな表情だった。

 言葉少なにグロックに無料で手に入る通常弾を装填する彼女の姿をただ見送ることしか出来なかったコータも恐ろしげに頷いた。


「あれは怖かったよね……。静かに黙ってるのが余計に……」

「あれはなんだったのかね、マコは。具合が悪いってんなら無理にインしてくる必要もねぇだろうに」

「あー……あれはね、そうじゃなくてね……」


 リュージの言葉に、四人の中で唯一マコの事情を知っていたレミが少し戸惑い気味に、今日マコになにがあったのか話してくれる。


「実はね……今日こそ、三下さんのこと、イノセント・ワールドに誘おうとしたんだって……」

「ほう。結構なことじゃねぇか」


 前から誘おうとしていたのだ。決心がついたのなら結構なことではないか。

 リュージの言うことに同意するように頷きながらも、レミの表情は暗い。


「でもね……三下さんが、携帯電話で……なんか、女の人と話してるっぽいのを聞いちゃったらしくて……」

「え……いや、それって……?」


 コータも三下という男性については多少知ってはいるが、失礼ながら女性に縁深いような人間ではなかったはずだ。

 それが、携帯電話で話をするとなると。

 勘繰るのはよくないと分かっていても考えてしまうのは人の性か。レミも同じ事を考えたのか、困ったように首を横に振った。


「私は、気にし過ぎだって言ったんだけど……。その後、三下さんが忙しそうに家を出ちゃったせいで、話が出来なかったらしくて……」

「……ああ、なるほど、なぁ……」


 大体マコの機嫌が悪い理由を察し、ソフィアが一つ頷いた。

 恋する乙女にとって、想い人が他の女と会話をしているというのはある意味悪夢以外の何物でもなかろう。

 ……つい先ごろ、似たような苦味を感じたソフィアにとっては共感して有り余る体験だ。


「………」


 あれから、リュージはカレンと連絡は取っていないようである。少なくとも、ソフィアのいる目の前でカレンの名前を出すこともなかった。

 ソフィアはそのことに安堵しながらも、改めて彼との関係というものを意識せずにはいられなくなった。

 リュージ……辰之宮隆司。ソフィアのことを愛していると言ってくれる、彼のことをソフィアはどう捉えればよいのだろうか。

 ソフィア自身も好きだというなら恋人だろうし、そうでないならただのクラスメイトでよかろう。

 だが、どちらかに重きを置くにはソフィア自身どうにも踏ん切りがつかないでいる。

 それはリュージの過剰ともいえるようなスキンシップのせいであるし、彼の時折見せる非凡な才能のせいでもある。

 だがやはり……一番の原因、否、理由は彼がソフィアに与えてくれる無償の愛ゆえだろう。

 リュージはソフィアのことを好きだと、愛していると日常的に口にする。普通にソフィアのことを嫁と呼ぶし、勝手に名付けた愛称で彼女のことを呼ぶのはしょっちゅうだ。

 彼女が呼ばわれば即座にはせ参じるし、彼女が何か頼めば彼自身の出来うる範囲で必ず応えてくれる。

 ある種献身的である彼の全ての行動には、なんら裏は存在しない。彼は決してソフィアに対価を求めない。

 好きだと叫べば一方通行でも構わず、愛しているの答えが返ってこずとも気にしない。

 ソフィアを自分の都合で呼び出すこともなければ、彼女に何か頼み事をすることはほとんどない。

 彼はソフィアが自分のことをどう呼ぼうとも、まるで気にした様子もない。

 どこまでも自分本位で、身勝手で……どこまでも純粋。それが、リュージのぶつけてくる愛なのだ。

 ソフィアは、そんな彼の愛にどう応えればよいかわからないでいる。


「………」


 これほどに忌憚なく、自分の感情を丸ごとぶつけてくるような相手はソフィアの人生の中に二人といなかった。後リュージと比べられそうなのは母くらいなものだが、彼女の愛は彼の愛とは方向性が違うだろう。

 彼の愛を、どのような形で受け取ればよいのか? それを受け取って、どう返せばよいのか?

 今までは、そのことを特に気にすることはなかった。リュージの愛が向けられるのが自分だけだと、そう考えていたから。

 だが、カレンが現れ。彼女がリュージに懸想していると知り。

 仮に……リュージの愛がカレンに向けられるようになったらと考え。

 急に、怖くなった。彼の気持ちが他所に向いてしまうことが。


「……まあ、そのあたりは三下さんとマコとの問題だろう。今はマコの気持ちが落ち着くのを、待つしかないだろう」

「んだなー。三下さんに限って……とも思うがもしかしたらとも思うし」


 そのことを心の奥に隠しながら、ソフィアはリュージの方を窺う。

 いつもどおりの、彼の表情。

 マコに対して仕方がないなー、とでも思っているのか呆れたような表情になっている。

 ……彼は、少しでも考えたことはあるのだろうか。ソフィアの気持ちが別の誰かに向くことを。

 或いは、それを考えたことがあるからこそ、あれだけの愛を無償でぶつけてくるのだろうか。

 ソフィアの気持ちを、自分に向けさせるためだけに、そうしているのだろうか。

 だとすれば、ソフィアの、気持ちは―――。


「……おや? やっぱりそうでありますか」


 悶々とした思いを抱くソフィアの耳に、どこかで聞いた覚えのある声が聞こえてくる。

 一体何事かと顔を上げてみると、こちらを見ている一人の青年の姿が映った。


「……え?」

「皆もこのゲームをプレイしていたでありますねー。やはり高校生ともなりますと、流行のものには敏感でありますなぁ」


 誰かを疑うことを知らないのではないかと錯覚しそうなほど、人のよさそうな笑顔。

 かつて出兵したと自称する祖父の影響を受けた、独特な口調。

 そして、人ごみにまぎれたら数秒で見失う自信があるほど特徴のない顔つき。


「……え、と。三下、さん……ですか?」

「この世界では、サンシターと名乗っているでありますよー」


 マコの想い人である、三下一が、何故かそこに立っていた。


「三下でサンシタっすか。さすがに自分のこと卑下しすぎじゃねーかな?」

「いやぁ、名前がいまいち思いつかなくて……子供の頃のあだ名を拝借したでありますよ」

「あだ名か、これ……?」

「ま、まあ、名前はいいじゃない……。それより、三下……じゃなかった。サンシターさんもイノセント・ワールドプレイしてたんですね」


 思わぬ人物の思わぬ登場に動揺しながら、コータが屈託のない笑みでテーブルの席を勧める。

 サンシターは礼を言って椅子に腰掛けながら、恥ずかしそうな笑みを浮かべた。


「いやぁ、お恥ずかしながら大学の友人の勧めで、一年ほど前からプレイしていまして……」

「一年? って割には、俺たちとレベル変わらないような……?」


 リュージが見上げるサンシターのレベルは8。むしろリュージたちよりも低い。

 それに関して、サンシターは影を背負いながらハハハと乾いた笑みを浮かべる。


「……自分、戦うことに関してはトンと才能がないようで。ゴブリン一匹すら倒せない有様でありましてなぁ……」

「そ、そうなんですか……」


 現実の彼も、祖父の教育によって得た驚異的なタフネスに反するような脆弱な肉体という極めてアンバランスな運動能力を持っていたのを思い出すレミ。

 箸より重いものを持ったことがないとは、きっと彼を示すための言葉なのだと直感したものだ。


「なので、自分料理を。料理だけは得意でありますから、それで経験値を貯めているでありますよ」

「なにそのマゾ縛り。料理だけで経験値を貯めるとか、ドンだけ効率が悪いのかと」

「そんなに悪いの……?」

「っていうか、戦闘全般以外で経験値稼ぐこと自体がなぁ。レベルが上がってステが上がれば、料理とかの性能も上がってそこそこ入るようになるらしいんだけど、それってレベル30超えたあたりからだから……」

「おかげで、一年経とうとするこの時期にまだレベル8でありますよ……。まあ、雨だれ石を穿つとも言うでありますし、何とかここまで来れたでありますよ」

「ご苦労様です……」


 何とも涙を誘う話だ。人が良く遠慮しがちな彼のことだ。友人の狩りについていくのも遠慮したのだろう。足手まといになるからと。


「……ところで」


 彼の境遇に思いを馳せるリュージたちに、サンシターはきょとんとした表情でこう問いかけた。


「マコは一緒ではないでありますか? 皆が揃っているなら、あの子もいるのかと思っていたでありますか」

「……あー」


 サンシターの言葉に、リュージは唸り声を上げる。

 今ここにいない彼女に、一体どうやって彼のことを話したものか。

 誘おうとしていた相手が、既に同じゲームをプレイしていたなどと……。




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